大当たりと大ハズレ
ブラッドバイソン。その名の通り毛皮が血のように赤く、それでいて常に興奮している大牛のモンスターは、侵入者を見るなり片方の蹄でニ、三度地面を蹴って突進を仕掛ける。
すれ違ったメノウが目にも留まらぬ早業で、その首を輪切りにした。
巨体が重々しい音で倒れる様を一瞥し、彼女は言う。
「……ハズレだ。魔石が見つからない」
「モンスターだったら全部取り付けているってわけじゃないんだね。厄介だなぁ」
「嘆いても仕方がない。他を当たるとしよう」
通り魔よろしくでモンスターを仕留めながら石造りの回廊を進む。
途中で他の受験者との遭遇したこともあったが敵対せずにこちらから逃げるように離れた。
「競合相手に些か気を回し過ぎではないかな?」
「このくらいの障害、乗り越える気概がないと王立獣魔騎士になんてなれないよ」
「そうまでして目指す理由とは」
「色々あるけれど、ひとつはお父さんと同じ道を目指すことかな」
「お父上殿も騎士に属しておられていたのか?」
「うん。もう昔に亡くなっているけれど。憧れているんだ。だから顔向け出来ないようなみっともない真似はしたくない」
話しながら息を切らさず走るルチルははにかんだ。
並走するメノウは納得した様子で頷く。
「……見上げた心掛けだ。元々乗りかかった船、貴殿の流儀に合わせるとしよう……むっ」
やりとりをしていると次なる標的と会敵する。
グレイバイコーン。二本の角が生えた灰色の馬が立ち塞がった。角の片割れに魔石の収まったリングがはまっている。
今度のモンスターは魔法攻撃を得意としているようで、光が発したかと思うと無数の稲妻が通路を埋め尽くす。
「ボクが相殺する!」
進み出たルチルが【烈風】をマジックメイスに吸わせて振りかぶる。
──【《超過烈風》】!
雷撃を暴風で追い返し、同時にモンスターを強い風圧で動きを拘束する。そして既に抜刀していたメノウが接近。
オーラを纏うように刀身から水が溢れ、上段から袈裟斬りを仕掛けた。
──滝壺断ち!
太刀筋に白糸のごとき水の軌跡を率いて二本角の馬を両断する。
グレイバイコーンは一撃で絶命。リングのついた片角が地面を転がる。
血と油を吸った刃は滲み出た水に洗い流されることで、鋭い切れ味を保っているようだ。
「メノウのお手柄だからその魔石はメノウが持っていてよ」
「ではありがたくいただこう。連携すると効率よくモンスターを仕留められる。急がば回れというのもあながち間違いではないな」
「これで二人とも魔石が三個。二個ずつ集めれば合格だね」
「うむ。次は──」
地下内で地響きが広がった。そこまで遠くはない。
見合わせたルチルとメノウは、様子を見るために急行することに決めた。
「く、クソォ! こんなヤツがいるなんて聞いてないぞ!? 命がいくつあっても足らねぇ!」
震源にいたと思わしき他の受験者が喚き散らしてこちらにやってくる。
一瞬身構えるも、戦闘の意思よりも離脱の気持ちの方が大きいようだ
「アイツを倒せば揃えられたのに……! ちくしょう!」
「どうしたの?」
「大ハズレだ! 魔石欲しさにあんなの相手していたらお前らも潰されるぞ!」
助言を残して去っていく。取り残され、ルチルは首を傾げた。
「どういう意味だろう?」
「確かめねばわかるまい。魔石欲しさ、と口にしていたのも気掛かりだからな」
到着したのは行き止まりの大部屋だった。ダンジョンのゴールと呼ぶにはあまりに寂寥としていて宝箱もなにもない。それと、若干の戦闘の形跡。壁や床が所々砕けている。
代わりに待ち受けていたのは青銅色の巨人。こちらの二回り以上も大きい。
その正体はゴーレム。遥か昔、人為的に制作され意思を持たないながらも与えられた役目のために自立して行動するモンスターである。
その額には赤く光る宝玉がはめこまれて瞬いていた。しかも数は四個。
侵入者を感知するなり、外見では考えられない身軽な挙動で飛び上がり、こちらに殴り掛かってきた。
ルチルとメノウは散開。元いた場所の床が大爆発でも起こしたように砕ける。周囲に振動が広がった。揺れの正体はこのモンスターが暴れたことによるものか。
「まさしく大当たりにして大ハズレ、だな」
メノウはモンスターの脅威を目の当たりにしてそう評した。
このゴーレム一体を倒すだけで合格という破格のリターンに仰せて、その戦闘力は非常に高いことがうかがえる。なんせ繰り出した一撃だけで地面が吹き飛ぶほどの威力を誇っていたのだから。ハイリスクだ。
力量差をわかって引いたあの受験者は賢い。これと闘うくらいなら他のモンスターを狩っていた方が堅実なのだから。
「どうされるルチル殿?」
「え? 聞くまでもないよ」
ケロッと狼魔族の少年は言ってのける。以前であれば尻尾を丸めて戦意を失っていたところであったが、伊達に修業をしていたわけではない。
それに彼の師であるオニキス・キャスパリーグを考えればあまりに脆弱で大きくなったマトぐらいにしか思えないだろう。
「こんな絶好のチャンス、撤退するなんてありえない。これで一気に合格しちゃえばいいんだ! あっ、メノウの方は大丈夫?」
「同感だ。拙としても臨むところ」
「よーしィ! じゃあやろっか! ゴーレム退治」
離れた距離で互いの意思を確認し合い、両者はそれぞれの武器を前に掲げた。
†
一方、B班が潜ったダンジョン内でも似たような様相になっていた。
むしろこちらの方が限られたモンスターの持つ魔石と最初に渡された魔石を巡って、受験者同士の抗争が激化している。
特に魔石を多く入手しリードしていたサーフィアは格好の的となり、広大な空間で複数人の競合相手から狙われた。
「……ったく。オニキスの野郎、話が違うじゃねぇか」
蒼銀の髪をガシガシと掻いた狼魔族は自らの作り出した銀の大剣をベンチにして力なく腰を下ろす。その周囲には幾人もの受験者が倒れて呻いている。
集団で狙えば勝機があると踏んで挑み、返り討ちにされた者たちだ。
「なにが『お前らと同じく腕に覚えのある連中と競い合うことになるから気を引き締めろよ』だ。どいつもつっかかってきた割には大して強くもねぇしこれじゃあ試験にもなりゃしねぇ。手加減したっていうのに、普段の修業の方がよっぽどハードだっつうの」
襲ってきた以上遠慮なくサーフィアは彼らから魔石を取り上げ、自分の腕輪に必要な分を揃えた。むしろ余ってどうしようかといくつか手の中で弄ぶくらいである。
後は自衛を続けていれば合格は確実となり、そろそろダンジョンの入り口へ引き返そうと立ち上がった。
戦闘不能になった受験者たちを素通りし、悠々とその場を後にする。
別の空間に出ると幸いにも戦闘は起きておらず、モンスターや他の受験者たちの姿は見えない。
しかし、彼は立ち止まる。
どうやら、まだ障害を取り除かなくてはならないようだ。
「出てこいよ。オレに不意打ちする気ならもっと上手くやれ」
「……ウキキ、生憎そのつもりはねぇさ」
「一騎当千だな、サーフィア」
行く先にある通路の影からひょっこりと姿を見せたのは顔馴染みのエンキとボークだった。敵意はうかがえない。
「なんだよブタザルコンビか。相変わらず徒党を組んで仲がいいこったな」
「一匹狼気取るよりその方がやりやすいんだよ」
売り言葉に買い言葉でやり取りをしている傍らで、サーフィアは警戒の糸を張り詰めていた。
「で、試験中にわざわざ駄弁りにきたわけじゃあないよな? お前らの目当てはコレか?」
「ブヒ、当たり」
「話が早ぇな。こっちは三個ずつ魔石を揃えているんでな、持て余しているようなら分けて貰いてぇんだ」
「やなこった」
即答する。
「オイオイケチ臭ぇこと言うなよ。そんなに必要ないだろうがよ」
「もしかすると余計に集めた分ボーナスにありつける可能性だってあり得るんだ。誰がやるか。それに、お前らに渡すくらいなら踏み砕いて捨てた方がマシだ」
徹底して拒否をする。
だが、二人は分かっていた様子で首を振った。
「ま、お前性格悪いから譲らねぇのは分かりきってたがね」
「で、どうすんだ? 力づくで奪ってみるか?」
「ああ。そうさせて、貰うわ」
と、意地の悪い笑みを浮かべて猿魔族のエンキが片手をこまねく仕草をした。
「なぁサーフィア、俺の魔法紋がどんなのだったか覚えているか」
「あん? 大したことなかった印象以外忘れたよ」
「だーから足元掬われるんだよなぁ」
サーフィアが握り締めていた魔石に変化があった。突然見えない力に引っ張られ、手の中から魔石がすり抜ける。エンキのもとへとひとりでに飛び出し、彼の手中に収まる。
「んなっ」
「《収奪師》は近くにあるものを引き寄せるんだよ。それを鍛えて強化したんだ。範囲を広げるのはもちろん、油断してる相手からかすめ盗れるくらいによ!」
「悪いなサーフィア!」
必要な魔石をくすねた二人組は脱兎のごとく逃走する。まんまとしてやられたサーフィアはいきり立つ。
「野郎──」
追いかけようと通路を目指す彼であったが、そこを狙う第三者の攻撃にサーフィアは反応する。
飛び退いた矢先、足場を緑のなにかが埋め尽くした。
植物の蔦だった。意思を持ったように、従来ではありえない速度で伸びて彼を捕縛しようとした。
言うまでもなく誰かの魔法紋による仕業である。その出掛かりを見ると、素性を隠したローブ姿の受験者が足場からそれを生やしている。
「だから言ったんだ。不意打ちするならもっと上手くやれって、な」
最初からサーフィアが投げ掛けたのはこちらの方である。エンキたちのやり取りで油断したように見せかけていたのだ。
更に無数の蔦を伸ばし、滞空するサーフィアを追撃。
銀剣を無数に展開し、彼は応じた。ようやく骨のある相手が出てきたと好戦的に笑う。
「どいつも素性隠しやがって、流行ってんのかよオイ」
植物による魔手をすり抜け、切断し、足場にしてローブの受験者へ特攻する。
素早く柄を逆手に持ち変え勢いよく前のめりに振り降す。そして手放す直前、刀身の周りに連鎖的に同じ規格の銀剣を複数本生成。
サーフィア・マナガルムが銀剣を生成する際、剣がその状態と連動する性質がある。具体的に言えば掴んでいなくても落下時であれば同じ慣性が働いて一緒に落ち、飛び上がっていれば同じように浮力が働いて置き去りになることはない。
更に身体の延長線で既に握っている銀剣の慣性がその付近で生成した銀剣にも働くという点を彼は応用した。
──剣現陣形・針千本ッ!
そうして無数の銀剣たちが前方目掛けて一斉に撃ち出されたのである。
すると、相手から呟きが漏れる。
か細い少女の声であった。
──《緑の恋人》!
素顔の窺えない彼女を守るように、無機質な地下で大樹が佇立する。刃の雨を幹が盾となる。
(植物の操作、支配系……いや、魔力を物質に変えるオレと同じ物質系の魔法紋か? まぁどっちでも構いやしねぇ)
やることはただひとつ。
未知数の相手の力を分析しながらもサーフィアは猛攻を仕掛ける。
見るからに近接戦を得意としない相手にはとにかく接近するのが有利であると踏んだためである。
更に追い詰めるべく大木を切断。
開けた視界の先で、ローブの襲撃者は自らの身体に蔦を巻き付けその場から素早く離脱していた。
すると、飛び越えようとした切り株の横合いから、また異なる植樹がなされていた。
それは一本の林檎の樹である。鮮やかないくつもの果実がみるみる内に実らせている。
そして赤熱の輝きを起こし、爆発の予兆を窺わせる。
罠におびき寄せられた。
──《魔知草》・爆林檎!
「あ?」
相手は言葉を紡ぐ。信じがたいごとに、先程とは異なる魔法紋と思わしき言葉を。
そうした二重の意味で驚愕するサーフィアを爆炎が包む。
次回の更新は10月18日(火曜日)を予定しています!
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