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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
大収穫祭編
100/100

女王の秘めゴト


「……わー、勝っちゃった」


 観客席で一部始終を目の当たりにしていた白猫の王女デイアは、心底感服した様子で呟く。


「本当に驚いたわね~。あんなすごい子がヤルンウィドの森で暮らしていただなんて。いいお友達を持ったのね~」


「そうなんです。とても優しくて穏やかな性格だから、こういう激しいレースに向いているとは思っても見ませんでしたよ」


 隣のコーラル・マナガルムの感想に相槌を打つ。村の子供たちだけでひっそりと交流をしていたつもりだったのが、実は大人たちからも周知の事実であったようで見守られていたそうだ。


「優勝してしまってルチルも大忙しでサーフィアも武闘大会の予選の真っ最中ですから、もうしばらくしてから二人に会いに……」 


 言いかけて、突如として立ち上がったデイア。おっとりとした雰囲気が変わる。


「……デイアちゃん?」


「おば様。ちょっと席を外しますね、お先に戻ってくださいませんか」


 そう言いながら彼女はなにやら反対側の観客席に向けて冷たい視線を送っている。


「身内の汚点を、見つけてしまったので」


 正確には、軽蔑の眼差しに見えた。



 フードを被ったローブ姿の人物は会場を出るなり、吸い込まれるように裏路地へと入る。


 溜まり場らしき簡素な屋台に着くなり、激情を露にした。賭博の紙を頭上に放る。


「話がっ! 違うじゃないかっ! なんだあのトンデモ新参は!」


 ローブの人物は凛々しい女性の声で両手をわななきながら怒鳴る。フードから鮮烈な紅髪の一部が揺らいでいた。


「実績なしの野良ドラゴンが記念参加同然でいきなり優勝するか普通!? これまで名を馳せた強豪たちが何頭もいるレースなのに! しかも出場したオッズが低く手堅い現最強の翼竜を差し置いてだ! あり得ないだろォおおお!」


「そう言ってもしょーがないよグラたーん。身内贔屓していたら大分取り返せていたんじゃないノ」


 石畳にどっかり腰を据え、紙屑になった券をポイと投げているのは喋る大きな着ぐるみだった。


「勝負は勝負だっ。そんな甘ったれた気分で賭けられるかァ! それならせめてスカイとメテオールにだな……」


「それでどれくらい注ぎ込んだんですか」


「あん? さっきも言っただろう本命のフーフシュミット単勝に10万J(ジュエル)でリンドブルームには──!」


 遅れて、着ぐるみからの問いかけではないと気付き、荒ぶっていた女性は不自然に首を横に動かした。


 静かに微笑んだデイアがいつの間にか近くで立っていた。ほんの僅かにだが片方の口角がつり上がって痙攣している。


「ご機嫌麗しく存じます女王陛下。先ほど執り行ったパレード前の顔合わせぶりですね」


「……で、デイア。お前もいたのか」


 ひきつった半笑いを浮かべ、冷や汗まみれになっていたのはあろうことかこの国の女王であるはずのグラナタス・フェリ・ベスティアヘイムだった。


 とても似つかわしくない場所でとても似つかわしくない空気の中、母と娘は対面する。


「あちゃー」と着ぐるみ騎士クリプは布地の丸い手を頭にやった。


「わたくしは応援のため観客席にいたところ、偶然陛下の御姿をお見かけしまして。聞くまでもありませんが、あんなところで、いったい、なにを、なさっていたのでしょう」


 無機質な問いかけに「あ、ああ、いや、その」と完全にテンパった調子で王女は答えようとする。普段の威厳は欠片もない。


「おかしいですね。執務が残っているとのことで王宮に戻られたと聞き及んでおりましたが」


「こ、これは、公共事業の経済回りを御身自らの目で確かめにきたのであってぇ」


「個人で賭けに興じる言い訳にはなっていませんよ。どこに公務の要素があると? 宰相様の許諾をいただいているとは思えませんが」


 つらつらと論破されるにつれ、同時に腹でも小突かれているとでもいうように「お、あっ、うぐ」とグラナタスから呻きが漏れる。


 見下げた様子のデイアの冷ややかな視線が突き刺さる。


「王族で……この国を支え模範となるべき立場でありながら年甲斐もなく賭けごとに夢中になるとは。恥を忍んでしかるべきですよ」


「そ、それを言ったらルビィだって公務そっちのけでレースに出ていただろう! ワタシが許可してやったんだぞ!」


「姉のレース参加は学業行事の一環ですよ。不純な賭博行為と一緒になさらないでください。なんですか、貴重な民草の血税を無駄遣いして」


「おおい無駄かどうかは偏見が過ぎるぞ。きちんと自分のポケットマネーの範疇で守っているし。それに今回は負けたが勝つ時は勝つ……」


「総合収支は?」


「えっ」


「これまでいくら勝っていくら負けて、差し引きはどうなっているのかお尋ねしているのですが。わたくしが物心ついた時から既にとてもお詳しそうでしたから、さぞ儲けることができているのでしょう。でなければそこまで続けられないはずですよね? ねぇ?」


 たまらずグラナタスは黙りこくってしまった。クリプが助けに入ろうとする。


「まぁーまぁーデイア殿下ー、陛下だってネ、日頃溜まっているんですよ鬱憤ガ」


「貴方は引っ込んでいてください谷駆け(パージヴァル)卿。愚かな母への苦言の邪魔なんですが。そもそも──」


 怒りの矛先は制止しようとした着ぐるみ騎士にも向き、デイアの瞳からハイライトが消えて瞳孔が丸く広がった。ぶちキレた猫魔族特有の瞳の変化だった。


「──騎士ともあろう者が主の愚行を諌めるどころか一緒になってギャンブルして何事ですか同罪ですよ」


「うォ! 聖女のすっごいデビルフェイス! ぐ、グラたん、あの子めっちゃ当たり強いじゃン。育児放棄(ネグレクト)の賜物?」


「馬鹿言うな、放任主義と言え。コイツ昔ボーイフレンドと無理やり引き離したことをまだ根に持っているんだよ」


「…………自業自得じゃなイ?」


「貴様どっちの味方だっ」


「こちらを差し置いて勝手に盛り上がるのやめてもらえませんかいい加減不愉快です」


 デイアの舌端火が吹いたことで一緒に縮こまるグラナタスとクリプ。主従を越えた愉快なやりとりに彼女も苛立ちを隠せなくなっていた。


「反省の色も見せませんがそうですか。そんな好き勝手に行動なさるならこちらにも考えがあります。今度の夜会に出席しませんし、今後の行事にも一切協力致しませんから」


「やめろワタシの面目を潰す気か?!」


 だったら潰れなさいよと、いつになくデイアは辛辣だった。


 そんな居たたまれない空気を、パンパンと鳴らす柏手が破る。


「は~いそこまで。せっかくのお祭りで喧嘩しないの~」


 仲裁に入ったのは妙齢の狼魔族女性。観客席から抜け出したデイアにひっそりついてきていたコーラルである。


「おおーコーラルたんっ、チョー久しぶりじゃーン!」


「お久しぶりですね~クリプ先輩、お話はまた後で」


 あらたまってお忍びで翼竜(ワイバーン)レース場へ訪れていた女王にコーラル・マナガルムは向き直る。


「パレードの時は話す機会がなかったから話せて嬉しいわグラス。久しぶり」


「あ、ああ。そう、だな。」


 ベスティアヘイム王国を治める相手に親しげに話しかける彼女。グラナタスもたじたじながらも思いがけない助け船に戸惑う様子を見せた。


「おば様……」


「デイアちゃんの気持ちはわかるけれど、滅多にないお母さんとの時間をこんな風にいがみ合っていたら勿体ないじゃない?」


「だいぶ一方的な気もするが」グラナタスは野暮な注釈を入れた。


「グラスも。忙しくてプライベートの時間もないのはわかるけれど、そうやって家族を蔑ろにしちゃってデイアちゃんが怒るのも無理もないわ」


「だって、今回のレースは数年周期のまたとない……」


「だってもラテもありません。愛想尽かされちゃってもいいの? 言われている内が華なのよ?」


 平民が女王にお説教するという異様な状況であるのだが、この場にいるのは身内だけで咎める者はいない。


「それにデイアちゃんが怒っているのはね、親子として触れ合える機会が殆どないこと。でもそれは国のためで仕方がないことだって割りきって我慢していたのに、今回みたいに自分の楽しみを優先していたことが赦せないと感じちゃったの。一緒にルビィちゃんを応援しにレース場へ行こう、と誘うだけでよかったのよ」


 つらつらとグラナタスの至らなかった部分、そして改善策を述べていく。


「しかし、それではワタシが叱られるだけではないか。故に内密に賭けていたというのに……」


「あら? ちょっとぐらい叱られたっていいじゃない。不誠実な行いよりは不純な行いの方がまだマシだわ。デイアちゃんだって、ちゃあんと話せば最後はわかってくれるはずだもの。ね? デイアちゃん」


 話題を振られたデイアは「そう、ですね」と歯切れが悪く答え、不承不承な様子でチラリと路地の石畳に散乱するレースの投票権を見やる。


 その中にはルビィの駆っていたフレアボールターボを一着予想するものがあることに気付く。


 スゥ……ハァ、と深呼吸と溜め息を一度に済ませて王女が唇を動かした。


「……賭け事そのものを否定するような物言いはたしかに軽率でした。あくまで個人の範疇でなら、お目こぼしするのもやぶさかではありません」


「……こちらも執務と偽って赴こうとしたのは浅慮な行いだった。二度とこんな真似はしないと誓おう」


 そうして親子はぎこちなく堅苦しい謝罪と和解を遂げ、その仲介役を見事に果たしたコーラルはニコニコと相好を崩しながら頷いていた。


 

「やれやレ。雨降って地固まる、ってネ」


 谷駆け(パージヴァル)卿クリプ・クエスティングが肩を竦めて締めくくる。





 モッフンを無事に学院へ戻したルチルたちはあらためて校長への報告と共にトロフィーを受け渡した。かなりの額の賞金をもらえたが協議の結果それは運営費へと寄付することになった。


 他ならぬモッフンの手柄であり、自分の身に余る褒美だからお世話になってる厩舎に還元したいとルチルは考えたのだ。


 加えて騎竜部の活動においてレースの優勝は相当な恩恵があるようで、製作していたフェザードラゴンのグッズがかなり売れるという。


 たとえば、常日頃集めていたモッフンの抜け羽根によるモッフン羽根ペン。石膏で作ったモッフン手形。モッフンの筆談技術によるモッフンサイン色紙などなど。


 これは飛ぶように売れますぞ~むほほ~、とジャック部長は学院の帰路で商売っ気を出していた。


 それよりも心配なのはまだ戻ってきていないフレアボールターボのことである。負傷した情報などは入ってきていないが相当な消耗をしているらしい。


 とりあえずルビィたちからの続報を待とうとして厩舎に赴いていたところ、なにやら騒がしい気配があった。


 ギャアギャアとフェザードラゴンたちが鳴いている。見知った兎魔族とどこかで見掛けた記憶のある大柄な獣人、そして見知らぬ猫魔族の少年が口論になっているようだった。


 一足先に訪れていたジャック・アルネプ部長がなにかを制止するように二人組に立ちはだかると「目障りだこの地味ウサギっ」と年下と思わしき少年に脛を蹴られてあえなく撃沈する。


「チェシャ様、ここが学院です。あまり乱暴な真似は」


「うるさいゴードン! コイツが邪魔をするのが悪いのだ!」


 もう片方の見事なアフロに山羊角の大男に諌められるも、脛蹴りを決めたチェシャ様と呼ばれた少年は怒鳴り返す。身なりからして身分が高そうである。


 思い出した。あの特徴的なアフロは、レースの中間地点で働いていた関係者だ。ではもう一人の方はいったい……


「なにしてるんですか……!」


 駆け寄ったルチルの声で煩わしそうに顔をしかめる猫魔族の御曹司であったが、こちらの姿を捉えるなり憮然と鼻を鳴らした。


「フンッお前、あのフェザードラゴンの騎手だな。あの貧相な名前をしたドラゴンに用がある」


 横柄な態度で有無を言わさずに要求から入った。草地で転がるジャック部長は泣き所を抑えて呻いている。


 ルチルがきたことで様子を窺うべく、モッフンは恐る恐る厩舎から顔を出す。


 値踏みでもするようにジロジロと眺めたあと、猫魔族の御曹司は遠慮なく言う。


「いい育ち具合のドラゴンだな。俺に譲ってくれよ」

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