第二十二話 商人ハルク
「お待たせして申し訳ございません。じきに戻られるとは思うのですが…。」
柔らかい笑顔でいかにも優しそうな初老の執事ゼルさん。
「大丈夫ですよ。突然うかがったのはこっちなので。」
「左様におっしゃっていただきますと心苦しさも紛れます。どうです?お暇でしたらこのスラー商会について少し昔話でも…。」
それは願ってもない事だ。一癖も二癖もある人と言っていた。事前の情報は多い方がいい。
「我らスラー商会は1度この国を離れているのです。」
ゼルさんは、ゆっくりとした語り口でスラー商会の変遷を語り出した。
先代までは、元々ペンレシア一の商会であったこと、現王、大臣、現商人ギルドに国庫金横領の罪を擦り付けられ全資産を没収された事。先代はその罪で処刑され、残された親族は国を追われたこと。その後隣国ロマチェスで元々繋がりのあったロマチェス王に拾われた事、そこで現当主が頭角を現したこと。数年でひと財産築きロマチェスでも名を知らぬ者のいない大商会まで成り上がった。その卓越した商才、交渉力、先見の明は国王、他商会から1目も2目も置かれる存在となり、数年前念願のペンレシア王都に支部を開設するまでになったのだという。
なんかすごい人みたいだぞ。緊張してきちゃった、聞かなきゃ良かったー。
「おや、帰っていらっしゃったようですね。」
と、ゼルさんが言った次の瞬間、
ガチャリ。
応接室の扉が開かれた。
「ゼル、急ぎの客人ってなんだよ。
歩き回って疲れてんだ、約束外の相手だろ?
少し休ませてくれよ。」
そう言って部屋に入ってきたのは二十代前半の小柄な男だった。
「ハルク様、お客様の目の前です。」
ゼルさんが戒める。
「客かどうかは俺が決める。
もしつまらない用件だったら俺は休む。」
そう言うと、俺が座っている応接用のソファーの脇を通り過ぎ、資料や契約書などが乱雑に積み上げられた机の奥の座椅子に腰かける。
「んで、誰からの紹介だって?」
「あ、初めまして、ヒトシと言います。」
「んな事は聞いてねぇんだよ!
聞かれたことだけ答えろ!」
「冒険者ギルド長のダンテさんです。」
「なんだお前、冒険者なのか?
そんな弱っちい格好で、市民か何かが物乞いにでも来たのかと思ったじゃねぇか。」
「ダンテが紹介状を寄こすなどよっぽどの事かと。」
「確かにな!あのオッサン俺の事もだし、ゼルの事も苦手だもんな。」
ハルクさんは完全にダンテさんをバカにした様子だ。でも、ゼルさんが苦手ってどういう?
「あぁ、ゼルとあのオッサンの関係が気になるのか?まぁ、あのオッサンから話すわきゃねぇもんな。」
「ハルク様、あれでもダンテは私の愛弟子。確かに素行は悪く、行儀も礼儀も身だしなみもなってはいないただの筋肉バカかもしれませんが、あまり蔑む様な言動は心外です。」
ゼルさん、アナタもかなりディスってますよ。
「まあな、曲がりなりにも冒険者ギルド長だ。
認めてねぇわけじゃねぇ。
んで、紹介状は?」
「はい、こちらです。」
ゼルさんは俺の渡した紹介状をハルクさんに渡した。
「…あのオッサン…相変わらず字だけは綺麗なんだよなぁ…。」
とか言いながら読み進めていく。
そして、目の色が変わった。
「お前が噂の、へぇ。人は見かけによらないもんだな。」
「助けてもらえますか?」
ハルクさんの左の口角が上がる。
「いいぜ、だがアイアンリザードの買取価格はこっちの言い値だ。そうじゃなきゃ乗る気は無い。」
「分かりました。」
そう言った瞬間、ハルクさんの顔から笑顔が消える。完全に興味の失せた顔だ。
「交渉は終わりださっさと帰れ。詳しい契約内容はギルドに送っておく。
ったく、何のためにあのオッサンはこんな奴寄こしたんだ?」
「ひとついいですか?
アイアンリザードを狩るとき副産物としてロックリザードも出るんです。」
正確には副産物じゃなく、狩り&通り道確保、兼レベル上げなんだけど。
「ロックリザードを副産物ってか…。おもしれぇ考え方だな。それで?」
「それも買取ってもらいたいんです。」
「ロックリザードは、知ってると思うが重量、でかさの割に値段がつかねぇ。ロマチェスには運べないぜ。」
「ですね。なのでハルクさんの力で国内で売りさばいて欲しいんです。
」
ハルクさんは天を仰ぎ、少し震えていた。
「ヒトシ、ヒトシだな!」
正面に向き直ったハルクさんは悪魔のような笑いを浮かべていた。
「覚えたぞ、絶てぇ忘れねぇ!
俺の力で売って欲しいだと?誰にモノを頼んでるのか分かってんのか?俺にケンカを売るなんて十年はえぇってことを教えてやる!
いいぜ何でも持ってこい、買取ってやる。ただしロックは5、アイアンは40。そして一日のノルマは500以上だ。」
わー、なんか怒ってる。そんな怒らせるようなこと言ったかな?
でもロックが銅貨5枚だと足が出るな。それにアイアンが銅貨40枚の買取だと相場が銀貨1枚だから、他の商会に流れる恐れもある。
そろそろ御者のおっちゃんに相談して、あれをやるか?
ハルクさんはおそらく無理難題を吹っ掛けてきている。でも、ここをクリア出来れば認めてもらえるかもしれない。
俺はギルドを通したいのでその分の上乗せだけお願いしますと言って足早に屋敷をあとにした。
だって怖いんだもん!
ーロックリザードの巣、入口ー
御者のおっちゃんとブルーレインと話し合い中。
「…と、言うわけなんですけど、ロックリザードの買取は少し考えがあるんですけど、アイアンはどうしたものかと…。とりあえず冒険者としてはいくらの利益があればいいですか?」
「そうだな。運び出し、剥ぎ取り、輸送、直接出費に関わりはしないが移動時間、危険度。それらを全てひっくるめると銅貨70枚は欲しいところだね。」
「ですよね。おっちゃんはどう思う?」
「こっちは毎日仕事が安定的にあるなら2往復で4枚。いや、3.5枚でもいい。最近やけに街道が整備されててな、馬車の故障も少ないんだ。」
「こんな人気のないが移動を整備ですか?誰に得が?」
「あ、俺です。段々と幅も広くして走りやすくしてるんですよ。」
「…やっぱりヒトシしかいないよな。」
「で、おっちゃん。あれは手に入れた?」
「ヒトシくん、あれって?」
「それは、秘密だ。この前ちょうど見つけてな。ツイてる時はツキが続くもんだな。ガッポリ稼がせてもらった金、全部つぎ込んで即購入だ!」
「本当ですか?それは助かります。では、見てからのお楽しみという事で。」
俺とおっちゃんは顔を見合わせてニヤリとする。
「…そうか、それは楽しみだ。」
ハイトさんも聞きたくてうずうずしているけど、楽しみに待ってくれそうだ。
「ちょっと待ってくれ。もう一つ問題がある。
輸送の件なんだが、この前盗賊に襲われた。」
「アイアンリザードの馬車狙いですね。」
ロックと違ってアイアンには価値がある。
強奪するに値するほどの。
「意外と早かったですね。」
ハイトさんも警戒はしていたようだけど、さすがに噂が広まるには早すぎると思ったようだ。
「護衛をつけなきゃいけなくなりそうだ。」
それはつまり輸送コストのアップを意味する。
「ちなみにどれくらいですか?」
「それなりの冒険者を雇わなきゃならないからな、一日銀貨4枚ってところか?」
銀貨4枚…。
安くなった輸送費が元通りだ。
アイアンはそれも織り込み済みだけど、やっぱりそうなるとロックリザードは足が出てしまう。
「ロックリザードにアイアンリザードの利益を少し乗っけたいと思うんですけど。」
俺はこの提案しかないと思った。
「それは僕達になんの利益が?」
確かに、ロックリザードはマイナスってなると狩る意味は無くなる。
でもそれだと、誰もロックを狩りに来ない。狩場が発展しないんだ。
ブルーレインがいくら単体で頑張っても限界があるのだ。かと言って戦いをクローンに頼ったら面白くない。今回はサポートに徹する。
「先にロックリザードを別のパーティに狩っておいてもらうんです。そうすれば、ハイトさん達はすんなりアイアンリザードまで辿り着ける、という訳です。」
「なるほど、討伐料を支払うという事だね。」
剥ぎ取り師、運び屋、御者、取引先、これらの手配、交渉の心配をしなくても安定して収入が得られる、そして力をつければその先のアイアンにも手が届く。そしてその先も。いいね。流行らせたいね。
夢は広がるばかりである。




