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第六話『小生はマスター殿のお役に立てていますか?』
普段よりも一時間も遅めの昼食の後、染物商の男は自室で七色水晶を眺めていた。
昨晩は全く散々な夜だった。
自慢の塀はヒビだらけにされた上、元凶のコボルトは引っこ抜かれた途端に風のように逃げ出してしまった。
御者も同じだ。
損害賠償の請求すら出来なかった。全く持って忌々しい。
おまけに大枚をはたいて雇ったレクスは屋敷に戻ってくるなり一方的に暇を願い出て来た。
勝手に屋敷を離れていたらしい彼をそのままにしておくつもりは無かったが、先手を取られたようで面白くない。
ただ、妙にやつれた顔をしていたのは気になったが……
後始末に疲れきった体は癒しを求め、手は自然と隠し金庫へ伸びた。
そして小一時間ほど七色水晶を眺め続けている。
やはり美しい……美しい…が。
不思議と昨晩以前に感じていたのめり込むような感情は沸き起こらなかった。
しかし新たに湧き上がる別の感情もあった。
それは『楽しさ』である。
よくよく目を凝らせばこの七色水晶は微かに視点を動かすだけで煌きの装いを変える。
それはどの角度から眺めようとも美しく、また見る者の心を飽きさせない遊び心に満ちていた。
男は錬金術師としては三流も良いところである。
芸術を解する心が人並み以上にあるわけでもない。
だが、確かに男の琴線に触れるものがあった。
彼が理解できる感情がこの宝玉にはあった。
それは誰かを楽しませたい、喜ばせたいと言う想いだ。
それがあったからこそ、男は成功できたのだ。
不意に、男の意識は過去の記憶へ跳んだ。
あの日、一巻きの糸を持って呆然と立ち尽くした日。
私が染物屋をやろうと決心できたのは、一体何故だったのだろう。
男の意識は更に過去を遡る。
深く深く記憶の海に沈んでいく。
そうだ。
私は彼女に布を送りたかった。
彼女の蜂蜜色の髪によく似合う翡翠の様な深碧の布を。
そう……私は、美しい彼女を愛していたのだ。
そして叶わぬ恋は歪に捩れて屈折した欲望へと変じた。
だがその黒々とした情念を伴わずしてそれを思い返すことが出来るのは何故だろう。
この石がそんな感情を吸い取ってくれたのだろうか。
分からない。分からないが―――
今はとても晴れやかだ。
男は立ち上がり、隠し金庫に宝玉をしまった。
おそらくもう、そう何度も見ることは無いだろうと漠然と感じる。
ただ、この石を彫った者に深い感謝の念を覚えていた。
今日は新しい色を作ろう。
もっと鮮やかで、もっと輝かしく、あの虹にも負けぬ誰かを喜ばせる色を。
◆◇◆
その後すったもんだの末にグリムの体は王都まで運び込まれた。
そして、どうにかこうにか、グリムは立って歩けるようになった。
尤も『どうにかこうにか』の詳細を知るのはグリムの他にはアーリヤだけである。
処置の後のグリムは丸一日の間、アーリヤと共に研究室に閉じこもったのだ。
そして森で倒れて三日目に、ひょっこりとジルバーシュタインの執務室に顔を出したのである。
レイシアニルは彼の体格が微妙に変化していたことに気付いたが、何も言わなかった。
ジルバーシュタインもまた、微妙に引きつった笑みを浮かべるだけで言及しなかった。
ただ『大臣閣下には秘密だな……』と呟いたきりである。
ちなみに、グリム達があそこへやって来た理由を尋ねると師は些か困ったように頭を掻いた。
「あの男がどうしても不安だと言って聞かなくてな。
行きつけの店で情報を聞き取り、早馬で駆け付けてみれば尋常ならざる魔力の波動が見えた、というわけだ」
「先生。隠し事は止めて下さい。あの森は街からかなり離れていた筈です」
「……あの石はな、大昔にあの男自身が作ったものだそうだ」
「……!!」
「仮面を自分なりに解析しようと石に写し取ったものらしい。自分で作ったものなら魔力も辿れようというものだ」
師はそれ以上は教えてくれなかった。
それ以外にも件のエルフの女を内々で『賢者の塔』へ引き渡す動きがあったようだが、レイシアニルは詳しくは知らない。
ただ、自らの師が険しい顔付きで書状に印を押したのを見たばかりである。
そして今日、ピーチの店でささやかな祝宴が開かれた。
「えー本日はお忙しいところ私、グリム・レッドハートの景気祝いにご列席賜りまして誠にありが」
「「「かんぱーい」」」
「……ありがとうございますっ!」
グリムはヤケクソ気味に挨拶を締める。
既にキリゥ達はジョッキをあおり始めていた。
本日の祝宴には主賓のグリムとアーリヤはもちろん、キリゥ達3人組、そしてレイシアニルと何とジルバーシュタインまでやってきている。
彼らの為にピーチの店二階中央の丸テーブル三つが用意され、山のようなご馳走が並べられていた。
メレルは秒でジョッキを空にし、休まずワインのボトルをラッパ飲みにしている。
ヘイヤンは肉の塊を鼻先を突っ込むようにして貪っている。
キリゥは酒はそこそこに気味の悪い笑みを浮かべながら金貨の枚数を数えている。
三人とも相変わらずである。
レイシアニルもジルバーシュタインにお酌をしながら料理を楽しんでいた。
ピーチの店の料理はどれもこれも大変な美味である。
味わったことの無い独特の香草がふんだんに使われている。
香草というものは料理人の腕次第では嫌味にしかならない難しいものだ。
それを数種類も巧みに組み合わせて使い分けるピーチさんの技量は大したものだと感心する。
ジルバーシュタインも初めて彼女(?)を見たときはギョッとしたが、今ではオークの作った料理を抵抗無く受け入れていた。
主賓であるグリムを置き去りに、皆めいめいで好き勝手に宴に興じている。
しかし、グリムの隣にちょこんと腰掛けたアーリヤだけは沈んだ面持ちであった。
彼女はじっと手元に目を落とし、黙りこくっていた。
「アーリヤ、エルフィル工房のケーキもあるよ。わざわざピーチが取り寄せてくれたんだ。食べる?」
アーリヤはふるふると首を振った。
「マスター殿が召し上がって下さい」
実のところ、グリムが回復してからも暫く万事こんな調子であった。
紅茶をスライム化させることも無く、グリムの耳元でおぞましい詩を熱唱することも無い。
いつも丁寧に部屋を掃除し、グリムの邪魔をすることも無く部屋でうずくまっていた。
グリムは困ってしまった。
アーリヤの元気が無いとこちらも調子が出ない。
「いつもの様にニコニコしながら俺に嫌がらせして欲しい……」
「ミスター・レッドハートってマゾだったんですね」
無意識の呟きに容赦の無いツッコミを入れたのはレイシアニルである。
顔が赤い。酒には余り強くないようだ。
彼女はグリムの隣に腰掛けると、ドンとワイン瓶をテーブルに置いた。
「いいですか、ミスター・レッドハート。この機会ですからよ~~~っく聞きなさい」
「はっはっはっ ノルガラード女史、飲みすぎは体に毒ですぜ」
「聞け」
「はい」
目が据わっている。逆らわない方が良さそうだ。
「もっとちゃんとアーリヤちゃんを見てあげなさい」
「はい?」
「貴方がしっかりしてないからアーリヤちゃんが不安になるんですよ! ほら! 貴方のせいであんなに落ち込んで……可哀想でしょう!」
「えぇ……」
レイシアニルは酒精を帯びた吐息を吐きかけながらグリムにとうとうと小言を並べる。
思わずグリムは援護を求めて視線をさ迷わせた。
アーリヤは駄目だ。いや、元気な時も弁護するどころかしばしば追撃を加えてくるが。
とにかくアーリヤ以外だ。
グリムは弁舌達者なリザードマンと目が合う。
「キリ」
「そうだ! 何もかんも、てめえが悪ぃぞグリム!」
「えぇ…」
「てめぇが際限無く我侭放題に甘やかしやがるから、そんな手のつけられねえガキになるんだよ! あん時だって俺の忠告を聞くような奴なら奥の手に気を付けろぐらい言ってやったわ! たまには拳骨の一つもくれてやれ!」
「そんな! だってこんなに可愛いんだぞ!? 世界一カワイイんだぞ!! 厳しくなんて出来ん!!」
「だから付け上がるんだっつってんだろ!!」
初めから弁明にすらなっていない言い訳などキリゥの前には無力である。
早々に論殺されたグリムは再び味方を求めて辺りを見渡した。
二階へ次の酒を運んできたピーチと目が合う。
「ピ」
「一階まで聞こえてきたわよ! グリム、貴方アーリヤちゃんを泣かせたんですって!!」
「誤解! 誤解です!!」
グリムは四方八方から言葉でタコ殴りにされた。
おかしい。こんなのぜったいおかしいよ!
そもそもこれは俺の景気祝いだった筈では?
まかり間違っても『不死身の死霊術師をサンドバックにしましょうの会』ではなかったはず。
わけがわからないよ。
精神的にボロ雑巾にされたグリムはアーリヤと向かい合わせに座らされた。
どうにも『もっとアーリヤと話し合え』という点で皆の意見が一致しているらしい。
「アーリヤ……アーリヤ?」
声をかけてみるが、彼女は俯いたままだ。
「…アーリヤ」
三度、精一杯の真心を込めて呼びかける。
すると、上目がちに美しい顔が上げられた。
「……マスター殿」
「うん」
「小生は浅はかでした」
「……うん?」
「小生のせいで、マスター殿に仮面を使わせてしまいました。
マスター殿を……危険な目に会わせてしまいました。
どうか、お許し下さい」
「それは全部が全部、間違ってるな」
アーリヤは怯えるような目でグリムを見上げる。
グリムはつとめて静かに言葉を重ねた。
「一つ、俺は誰かの『せい』で仮面を被ったことなんか一度だって無い。
いつだって自分の意思でやってきた。
それはアーリヤが一番よく知っているだろう?」
アーリヤは頷く。
「二つ、俺はいつでも保険を打ってる。
予防線を張ったリスクは一々危険とは呼ばないモンだよ。
あの時も魔術院長殿が助けてくれただろう」
「俺はいい迷惑だ」
ジルバーシュタインがぼやき、レイシアニルが笑みを漏らした。
「三つ……謝るのなら、それは俺に対してじゃない。
お前に付き合ってくれたノルガラード女史とキリゥ達に対してだ」
キリゥは『そうだそうだ』とばかりに力強く頷く。
メレルは『こら』と彼の脇腹を肘で突き、ヘイヤンはヒクヒクと鼻を動かした。
「アーリヤ。俺はね、皆がいてくれるおかげでこうして息をしている。
アーリヤには俺がいつも一人ぼっちに見えたかもしれないが、全然そんなことは無いんだ。
そしてそれはアーリヤも同じだよ。ほら」
アーリヤは促されるままに周りを見回した。
ハーフエルフにして宮廷魔術師のレイシアニル。その師にして王立魔術院長ジルバーシュタイン。
爪弾き者達が寄り合う店を切り盛りするオークの女将ピーチ。
ならず者紙一重の冒険者達、リザードマンのキリゥ、ダークエルフのメレル、コボルトのヘイヤン。
皆が、グリムを助けるために力を貸した。
アーリヤはそのことを改めて想い、深々と頭を下げる。
「……皆さん、ありがとうございます。申し訳ありませんでした」
「謝らないで、宮廷魔術師としての仕事を果たしただけよ」
「あやつとの腐れ縁のせいだ。お前さんのせいじゃない」
「グリムが酷いことしたらすぐアタシに言うのよ。懲らしめてあげるから」
「なあに、俺ぁ幾らでも付き合うぜ。金さえ貰えりゃな! へっへっ!」
「アーちゃん、またいつでも呼んでね~」
「アーリヤ、もっと肉をたべろ」
「そして最後に」
グリムは続ける。
「俺は、アーリヤが大好きだよ。何があろうと、ずっとね」
アーリヤは今度こそ、パカッと大きく口を開けて笑った。
「当然であります。何しろ小生は、マスター殿の最高傑作ですので!」
これにて三章はおしまいです。
お付き合い頂きありがとうございます。
また、今回は途中で更新が途切れて申し訳ありませんでした。
今回は思い切ってたくさんキャラクターを出してみました。
皆様のお気に召したキャラはいたでしょうか?
ご感想、ご意見お待ちしております。




