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第九話『マスター殿の魔力は綺麗です。世界で一番綺麗です』
彼らは戦った。懸命に戦い続けた。
槍は折れ、バリケードは穴だらけになり、結界は弱まり、兵士達も僧達も次々に倒れていった。
それでも尚、ただの一人も捨て鉢にならず、教会騎士達の指示の元で力の限りを尽くしていた。
何度となくあった危うい場面も必ずグリムとアーリヤが凌いでくれた。
だが、終わりが見えない。
スケルトン達はまるで無限にいるかのように一向に勢いを衰えさせない。
雨は益々激しくなり止む気配すら見えない。
もはやこれまでか。いや、まだだ!
騎士の心が絶望に飲まれまいと必死に抗い始めたその時、傍らから魔術師と少女の緊張感に欠けた話し声が聞こえた。
「毎回毎回、今度こそ楽をしてやろうって下準備を重ねるんだけどなあ。毎回毎回、出たとこ勝負の泥まみれになるんだ、これが」
「現実が想定を上回るのは当たり前のことであります。だからこそ、下準備の有無が命運を分けます」
「ああ。そしてそれが今だ。騎士様」
ハルディーンが振り向くと、グリムがへらへらと笑っている。
彼は笑みを崩さず騎士に一礼した。
「漸く条件が整いましたんでね、ちょいとこれから奥の手を使います。ただ注意点が一つ。効果が出るまでもう少しだけ時間がかかります。その間、決して正気を失わないで下さい。何があろうと決して。よろしいですね」
まるで緊張感の無い笑みにも拘らず、その声は騎士が問いを差し挟むことを許さなかった。
騎士の是非を待たずにグリムとアーリヤは前へ進み出る。
彼はハルディーンに背を向けたままぽつりと呟いた。
「素性定かならぬ私達を信じて受け入れて下さったこと、心より感謝します。本当に…嬉しかったですよ」
少女は積み上げられていた建築資材の上に飛び乗った。
そして、ぐい、とグリムのローブの首根っこを掴む。
「なるべく優しく扱ってね☆」
「寝言は寝て言いやがれであります」
あっと騎士が叫んだ瞬間、既にグリムの体は宙を舞っていた。
アーリヤに天高く投げ飛ばされたグリムは弾丸の如く空へ上っていく。
叩きつける風雨に逆らって教会の結界を突き破った彼は更に上昇を続け、ローブをはためかせながら猛烈な速度でぐんぐんと空へ上りつめる。
冗談のような時間をかけて緩やかに速度を落とした彼は、街の遥か上空で放物線の頂点に達する。眼下には真っ暗闇に沈んだ街と唯一赤く燃える教会の灯り、そして蠢くスケルトン達の影が見えた。
その大半は既に街の中だ。読みどおり城壁の外にはまばらにすらいない。
重力が再びグリムを大地へ戻そうと彼を引っ張る。彼は街に向かってゆっくりと再加速を始めながら、落下点を見据えて懐から取り出した仮面を被る。
刹那、蛇の如くのたうつ七色の光が教会の天上にオーロラの如く広がった。
虹の悪魔が降りて来る。白き衣を纏い、真っ黒な雨を引き連れて。
「我は死 蘇る死
我は死してなお蘇るものを従える」
遥か頭上で呟かれた低く小さな言葉は、何故か教会にいる兵士達全員の脳裏に響き渡った。
より正確には、その光を見た全員に。
ハルディーンも例外ではなかった。
空に、恐ろしいものがいる。
恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる恐ろしいものがいる
頭がそれで一杯になる。
叫び出したいのに、呼吸が出来ない。逃げ出したいのに、手足が痺れて感覚が無い。
その恐ろしい七色の光から、目が離せない。
ああ、死ぬ。私はここで死ぬ。
ガンッ!と何かが騎士の頭を殴りつけた。
「しっかりなさって下さいっ!!」
建築資材のレンガで騎士の兜を殴りつけたアーリヤが叫んだ。
声を聞いた直後にハルディーンの頭の中でバチッと理性が結び合う感触が走る。
「全隊!!気を付け!!」
ハルディーンのこれまでに無い咆哮に近いほどの号令が轟いた。
号令と共に放射された騎士の強烈な自我の波が硬直していた兵士達の理性を激しく叩き起こす。
「浸せ!! 抜けっ!! 構えェ!!」
騎士の号令に従って訓練された兵士達の体は条件反射的に槍を動かす。
「叩けえッ!!」
無数の槍が振り下ろされた。
防壁の全周で結界を破りかけていたスケルトン達は軒並み粉々になる。
「ハルディーン様、今しばらく堪えて下さい。あの方が事を終えるまで、あと少しです!」
「む!? むむ、うむ!」
走り出したアーリヤは瞬く間にぐるりと防衛線を一周する。復帰しそびれている兵士には喝を入れ、結界を乗り越えてきたスケルトンは片っ端からバリケードの外へ蹴り飛ばす。
再起動したハルディーンの指揮とアーリヤの補助により、崩壊しかけた防衛線はどうにか持ち直すことが出来た。
虹の悪魔は真っ逆さまに落下しながら詠唱を続けていた。目指す場所は教会の少し先の噴水広場。街の中心でありグリムが少年達に描かせた魔法陣の中心だ。
慎重に魔力を練り上げつつ、祈るように呪文をつむぐ。
「“決して満たされてはいないだろう”
“飢え渇き死して尚もお前達は求めているだろう”
“ならば我は約束しよう”
“より輝かしき明かりを示そう”
“より深き眠りを約束しよう”
“我こそ主”」
虹の悪魔が夜に溶けるような漆黒の杖を両手で構える。兵士達が構える槍のように、先端を真直ぐ、地上へ向ける。
次第に速く、鋭く、虹の悪魔は一筋の矢のように落ちてくる。
それにつれて視界に広がる街は大きく大きく、狭く狭く拡大され、遂には噴水の広場で満たされた。
そして杖は音も無く噴水に沈み込む。
「“我を畏れよ”
“ドミネイト・アンデッド”」
結びの言葉と共に黒い閃光が迸る。
噴水を中心に放たれた光は物理的な圧をもって瞬時に街中に広がった。
唯一、白い膜で覆われた教会だけがその光を遮る。
街中を覆い尽くしていたスケルトン達は一様に時を止めたように硬直し、しばらくしてだらりと両手を下ろした。
「“眠れ”」
虹の悪魔の声が木霊した後、街中からさざなみが聞こえてきた。
しかし水の音ではない。それは崩れ落ちる骨がぶつかり合う音だ。
黒の光を浴びたスケルトン達は一斉にばらばらと崩れていく。その音が海のさざなみに似た響となって、教会の兵士達の耳へ届いた。
目の前で崩れ去っていくスケルトン達を呆と眺めながら聞く音は、雨音の中にもはっきりと響き渡る、物悲しい音色だった。
助かったのだ。
誰もが皆そう感じ取ったが、そこには歓喜も熱狂も安堵すらも無かった。
ただ寂寥とした事実だけがあった。




