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第七話『マスター殿はロリコンですから近付かない方が良いですよ』
ハルディーンは共に駆けるグリムを感心しきった目で眺めた。全身甲冑を着込んだまま走る騎士の脚力たるや相当な物だが、大きな背嚢を背負って少女を抱きかかえたまま遅れず付いて来るグリムも中々の健脚である。
二人の俊足はスケルトンとの距離を見る見る引き伸ばした。
「改めて貴公らに感謝する。名乗るのが遅れたが、教会騎士のハルディーンだ。貴公らの助力が無ければ我々は半分の住民も救えなかったに違いない」
「恐れ入ります」
アーリヤはグリムにしがみ付きながら耳元へ囁いた。
「マスター殿の腕を犠牲にしなければ助からない連中なんて死んだ方がマシであります」
「やめなさい」
騎士は走りながら礼を述べた後、掻い摘んで襲撃後の状況を説明する。
「騎士様、この後の予定を伺っても?」
「うむ。この街は放棄する」
騎士の考えはこうだ。
教会を中心にバリケードを築き、聖別結界と合わせた防壁とする。
そして亡者の動きが弱まる朝まで教会内で聖水と聖別武器の補給を行い、日の出と共に街を脱出する。
「だが問題だらけだ。幸いにして教会内には備蓄があるが、住民総出で隣の領地まで行軍できるかは怪しいところでな。これはもはや司教猊下を飛び越えてでも王都へ早馬を出して助力を嘆願するしかあるまい。更に問題なのが……」
「単純に日が差し込むまで持ちこたえられるかどうかですな」
雨の勢いは重く厚い。朝方に止めばいいが、雨が途切れなければ亡者の活動時間も延びる。教会の結界は亡者に対しては頑強比類なき防壁となるが、それでも限度と言う物がある。
「貴公のポーションのおかげで私も倒れず指揮を取ることが出来た。貴公の働きで我々は命を救われた。その……この上更に図々しい願いをするのは恥ずべきことだ。十分な報酬が用意できるわけでもない。全くもって厚顔たる話だが……しかし…背に腹は代えられぬ……つまり……むむむ……」
「なにがむむむですか。察してちゃんマジうぜぇでありますね、マスター殿」
「だからアーリヤ、やめろって。騎士様、街のために是非とも協力させて頂けませんか」
「そ、そうか! 貴公の厚意、恩に着るぞ」
「亡者避けの魔術には多少心得があります。教会の結界と合わさればきっと朝になって雨が止むまで持ち堪えられるでしょう」
ハルディーンはグレートヘルムの上からも分かるほどにホッとした様子だった。
渡りに船はグリムも同様である。大臣閣下からの指令を抜きにしても出来るだけ死者は出したくない。
また彼は騎士が自らの素性を敢えて問わなかったことに感謝した。
状況的に考えればグリムは怪しいことこの上ないが、それを飲んで尚、グリムの助力が必要な状況だと騎士は理解しているのだろう。
ひょっとすると、騎士自身にこの一件に対する何らかの思うところがあるのかもしれない。
だが、それはこの場を切り抜けてから改めて調べれば良い。
しかし腕の中でじっとするアーリヤは相変わらず不満気である。飽きもせず街と教会への文句をブチブチ呟いていた。
「マスター殿。小生はご命令さえあれば、いつでも皆殺しにして差し上げますからね」
「絶対やるなよ!」
「『押すなよ!絶対押すなよ!』というヤツでありますね。かしこまりました」
「フリじゃないっ」
◆
三人は無事にバリケードまで逃げ切った。
ハルディーンが無事に結界を乗り越えて入ってくると、兵士達は見るからに安堵していた。
結界の縁とバリケードが重なる境界線では兵士達が聖水に浸された槍を構えている。どうしても雨に流されるため小まめに浸け直さね
ばならないが、結界を乗り越えたスケルトン達を端から突き崩す構えだ。
「どうした魔術師殿。早く入られたまえ」
グリムはバリケードの外で立ち止まっている。彼は結界の中にいる騎士へ尋ねた。
「今一度お尋ねしますが、『入って良いのですね?』」
「むむ?『ああ、勿論入ってくれ』。亡者達が今にも押し寄せて来るぞ」
教会騎士の『招待』を得たグリムとアーリヤは神の家の境界を難無く乗り越えた。
グリムの指先は緊張と安堵の間で幽かに震える。
その震えも意味するところも、ただ一人アーリヤだけが感じ取っていた。
作りかけの大聖堂の敷地内に避難してきた街中の人々がごった返していた。
傷の手当を待つ者、炊き出しの列に並ぶ者、蹲って顔を伏せたまま動かない者。
皆憔悴しきっていた。
兵士達でさえ士気が高いとは言い難い。
元気なのはスラムの子供たちぐらいだった。
「あ、ツギハギのニーチャンじゃん」
「なんかめっちゃ人いっぱいいるけど何これ」
「おれ等のいつものねどこ取られちったじゃん。どーしてくれんだよーアニキー」
「炊き出しのもらいも減るだろ。どーにかしろよーアニキー」
グリムを見つけるなりワラワラと寄って来た彼らは口々にグリムへ話しかける。
避難民の中でも一際みすぼらしい身なりの彼らだが、一番明るく血色がよいのも彼らだった。
「『アニキ』はやめろガキども。と言うかだな、お前らはさっき散々食っただろ」
「足りねーし」
「全然足りねーよ、おかわり作ってくれよアニキ」
「マスター殿、大人気でありますね」
「ええい、クソガキどもめ」
騎士は孤児達に纏わりつかれるグリムを微笑ましく見ていたが、やがて声を掛けた。
「魔術師殿、すまないが司教猊下に一応の報告をしてくる。暫し暖を取って待っていてくれ。ヘイル、アード、ついて来い」
「「はっ」」
騎士は大きな天幕の下にすえられた火鉢を指差した後、二人の兵長を連れてその場を離れた。
天幕の下では雨に冷えた人々が少しでも体を暖めようと身を寄せ合っている。
「ガキども、火に当たってろ。風邪ひくぞ」
「こんな雨でへばるほどヤワじゃねーし」
子供達はケラケラ笑いながら走っていった。
アーリヤは離れていく小さな後姿をじっと見つめている。
グリムは彼女を後ろから優しく抱きしめた。
「……頑張ろうな、アーリヤ」
「はい、マスター殿」




