閑話休題 『 決意の雨 』
……雨が降っていた。
空は灰色に覆われ、足下の水溜まりには波紋が広がっていた。
一粒、また一粒と降り注ぐ度に身体が重くなるのを感じた。薄汚れた革靴に水が染み込んでいるせいだけではない、何かがアイズの肩に重くのし掛かっているせいであろう。
リンゴーン、リンゴーン
教会の鐘の音が王都に鈍く響き渡る。しかし、その音は降り注ぐ雨に押し潰され、掻き消されてしまった。
アイズは王都の東ある集合墓地にオルカと共に訪れていた。
あの日、突然の〝金喰〟の襲来から次の日。クロスハート夫婦の葬式に、アイズとオルカと親しい者らが参道した。
式は中途、小降りの雨に見舞われるも淡々と執り行われた。その中でもミロの主婦仲間やガクの仕事仲間も参道しており、終始ハンカチで涙を拭う者もいた。人当たりの良い夫婦であった二人の死を嘆く者は多かった。
式が終わるもしばらくの間、皆が感傷に浸るも、唐突に激しさを増した雨を巻く引きにその日は解散した。
そんな中、二人の墓前にアイズとオルカが立ち尽くしていた。
『……』
二人は傘を差し、耳を澄ませた。雨が傘を、芝生を叩く音、水溜まりに溶ける音。色々な雨の音が聴こえた。
「……アイズくん、帰らないの」
「……」
オルカが催促しても、アイズは動かなかった。
「アイズくん?」
オルカが気遣わしげにアイズの顔を覗き見た。
――アイズの頬が微かに濡れていた。
「……泣いているの?」
「泣いてねェよ、雨が差し込んだだけだ」
アイズは機嫌悪そうにオルカを睨み付けるもすぐに俯いた。
「ただ後悔していた」
「……後悔?」
アイズの言葉にオルカがおうむ返しした。
「俺、二人が死ぬまでミロさんとガクさんって呼んでいただろ」
「うん」
――俺のこと、親父と思っていいからな
――わたしのこと、お母さんって呼んでもいいのよ……あっ、御袋は駄目よ
クロスハート夫妻の言葉を反芻し、アイズは唇を噛み締めた。
「二人に母さん・父さんとか呼んでやればよかったのかな」
アイズの母はルイズ=シファー、アイズの父はバルトルト=シファーだ。アイズはそれを否定したくなくて、クロスハート夫妻を親だと認めることができなかったのだ。今に思えば、二人はアイズの両親が戻らないことに気を遣っていたのかもしれなかった。
「泣いてもいいんだよ」
「泣かねェよ」
「……」
「……」
アイズとオルカは二人して黙り込んでしまった。沈黙には雨がよく響く、それがどこか気まずくて、アイズは口を開いた。
「泣かないって約束したんだ」
……先に口を開いたのはアイズであった。
「ミロさんが言っていたんだ、男が泣くときは彼女にフラれたときだけだ、て」
アイズは過去に交わした約束を口にした。
「だから、俺は泣かない」
「強情だね」
「強情で何が悪い」
「……いや、羨ましいよ。強いんだね」
そう笑うオルカの目元はうっすらと赤らんでいた。
「そうでもないさ、これでも結構ギリギリなんだ」
「うん、知ってる」
アイズは苦笑いを溢し、オルカもそれ以上追及しなかった。
王都に降り注ぐ雨は更に激しさを増し、雨は視界と鼓膜を埋めつくした。
そろそろ帰ろう、しかし、アイズは最後にするべきことがあった。
「 強くなるよ 」
アイズは亡きミロとガクの墓標を見つめ、そう口にした。
「もう二度と大切な者を失いたくないんだ、もう無力な自分はこりごりなんだ」
アイズの声は怒鳴るような大声でない、しかし、はっきりと響く声で言葉を紡いだ。
「やり方なんて関係無い、〝金論術〟が使えないとか関係無しに絶対に力を手に入れてやる」
それは誓いだ。
「俺は強くなるんだ!」
それは祈りだ。
……何者かがアイズの背中を勢いよく叩いた。
「いってェっ、何すんだよオルカ!」
オルカの突然のオルカの攻撃(?)にもアイズは辛うじて傘を放さなかった。
「うん、強くなろう」
オルカが笑った。
「わたしももっともっと強くなるよ」
「おう」
「だからアイズくんも追い付いてきてね」
「すぐにな」
「約束ね」
「ああ、約束だ」
二人は互いの面を見合わせて、不敵に笑った。
雨が降る。
気分は憂鬱だ。
それでもいつか晴れるのだ……。




