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  第1話  『 理由 』


 ……世界には超人がいた。その数は希少であり、その希少さが超人をより一層に際立たせた。


 超人は金貨を代価にそれ相応の〝奇跡〟を起こすことができた。

 教会関係者は奇跡の技を操る超人を〝神人〟と呼び、一方で科学者は金論術師と呼んだ。

 彼ら金論術師は文明の進歩に加担したいとその能力で人々の生活を支え続けた。

 しかし、時代と共に力の在り方も形を変え、人類同士の争いの道具として活躍するようになった。

 それから長い年月を経て、国と国との争いは終戦の時を迎えた。やっとのことで訪れた平穏、しかし、それを祝福するにはそれまでに消えた多くの国や民は剰りにも多すぎた。

 人々は亡き者、荒廃した大地を見て悲しみに暮れた。それでも、人類はその傷を少しずつであるが癒し、荒廃した大地の整備や半壊した街の復旧作業など一つ、また一つと前進していった。


 ――そんな時だ。


 ……今より十年前、金喰の怪物が地上に生まれた。

 それは人や獣にも似た異形の姿で、世界中の〝金〟を〝喰〟らう生物であり、一部のものは金論術を操ることができた。

 人々はそれを〝金喰(こんじき)〟と呼んだ。

 〝金〟を喰らい、歯向かう者は鋭い爪や牙、そして金論術によって粛清し〝金喰〟は地上を支配せんとばかりに戦力を拡大していった。

 危機感を覚えた各国の政府は金貨使用の廃止を計画するも、金論術は神による奇跡であり、その代価である〝金〟は唯一神が認めた硬貨であると主張する教会と衝突が生じた。基本国家は国王と教皇の二大権力が拮抗した状態であった為、計画は一向に進まなかった。

 そこで教会は一つ提案する。〝金貨〟を保護するのであれば教会派に属する金論術師を軍と提携させ、共に〝金喰〟を壊滅させよう、と……。

 そして、教会派と政府派の金論術師が提携し、金論術を以て〝金喰〟を祓う組織――〝金色(こんじき)十字架(じゅうじか)〟が創設されたのであった。

 彼らはセントラル王国に本部を置き、奮戦し、少しばかりの〝安全地帯〟を確保した。

 そして、現在。セントラル王国の王都クロスガーデンより半径五十里まで〝安全地帯〟を確保し、現在進行形にて少しずつではあるが〝安全地帯〟を拡大していった。それに加え、年に一度の〝金色の十字架〟入団試験を行い戦力の拡大に尽力していた。

 それでもなお〝金喰〟の支配領域は広く、〝安全地帯〟より外には多くの難民が取り残されているのであった。

 故に、〝金色の十字架〟の当面の目標は〝安全地帯〟の拡大及び難民の救出であり、最終的には地上に住まう〝金喰〟の壊滅であった。

 ……………………。

 …………。

 ……。


 「以上っ、これを以て第九回入団式の終了を宣言する! 総員敬礼を以て、解散せよ!」


 壇上に立つ総司令官のギルティ=サンダーバードの一喝に、新団員十名が敬礼し、第九回入団式は幕を閉じた。

 「はぁー、明日から三ヶ月間の訓練か」

 「いいんじゃない、世の中にはなりたくてもなれない人がいるんだし」

 明日から始まる過酷な訓練を思い、同期の少女が溜め息を溢し、オルカ=クロスハートがそんな少女の肩を叩いた。

 「それって知り合いの誰か?」

 「ふふふっ、どうかなー?」

 そんな少女の疑問にオルカはニコニコと笑いながら受け流した。

 「あっ、もしかして彼氏とか?」

 「そっ、そんなんじゃないよぉ! ただの幼馴染みだよ!」

 「幼馴染みの彼氏だな!」

 「だから彼氏じゃないよぉ!」

 ……受け流せなかったオルカであった。

 「……ところでさっきから気になっていることがあるんだけど」

 「……何?」

 少女は自分の衣類や日用品の収納された荷物を持ち上げた。

 「鞄はどうしたの?」

 「……」

 少女の問いにオルカは沈黙した。そして、ゆっくりと口を開いた。

 「忘れた」

 「取りに行きなさい」

 ……当然、すぐに回収しに向かった。



 「世の中受かるエリートいれば落ちるバカありってね」


 ……王都で入団試験に受かった二人が戯れている中、アイズ=シファーは一人自分の部屋でぼやいていた。

 アイズは埃っぽいベッドの上で寝転がり、低い天井を眺めていた。

 ここは王都クロスガーデンより東南部に位置する農村――テルー第二農村区。農村区の名義の通り産業は農業が主流であり、ここで育った野菜は王都に流通される仕組みである。

 ちなみに東南部はテルー、西南部はノーラ、北西部はカルティ、東北部はラッドと分断されており、それぞれ農業・工業・漁業・鉱業と役割を担っている。

 クロスハート夫妻も農業を営み生計を立てており、アイズとオルカはその手伝いをしていた。

 早朝の水撒きを終えたアイズは金論術の訓練をするも一度も成功せず、休憩という名の仮眠をしていた。

 「……俺、才能ねーのかな」

 この十年間、〝金論術師〟になる為に努力し続けていた。しかし、一度も成功したことはなく、今日もまた例外ではなかった……オルカは三年でできたのに。

 瞼を閉じた。光を無くす替わりに嗅覚が刺激された。

 十年間嗅ぎ続けた土と草の香りがした。その香りが嫌でもここが王都ではないただの農村であることを知らしめた。

 虚しくなって、悲しくなった。それ以上に不甲斐なかった。

 「ごめんな」

 ……一緒に〝金色の十字架〟に入団することを誓ったオルカに謝った。

 ……入団したら沢山仕送りすると誓ったオルカの両親に謝った。

 「ごめんな」


 ……そして、今は亡き者たちに謝った。



 ……十年前。アイズとオルカがまだ五歳の頃の話である。

 王都クロスガーデンより一〇〇里離れた長閑な田舎町――ルーペン地区に二人は住んでいた。海は青く背の低い草木が広がる、牧畜の盛んな地域であった。

 アイズの父親は半年前に原因不明の病で他界し、母親は隣町で働いている為、家で一人になるアイズは毎日クロスハート邸まで足を運んでいた。

 その日はアイズがオルカとその家族の住まう家に遊びに行っていた。

 「もォういいィかい」

 「まァだだよ」

 木造の家の周りで二人はかくれんぼしていた。オルカが鬼でアイズは家からおよそ一〇〇メートル内で隠れた。


 ――ワンワン


 アイズが茂みの陰に隠れているところ、大型犬のエリザベスが吠えた。エリザベスはクロスハート家の飼い犬であり、オルカが生まれるより早くからクロスハート家の一員であった。

 「バカ犬っ、オルカにバレたらどーすんだよっ」

 ――ワンワン

 アイズが叱るも、エリザベスは吠え続けた。

 「アイズくん見ぃ付けた♪」

 当然あっさり見付かるアイズであった。

 「ダァー、このバカ犬! 見付かっちまったじゃねーか!」

 「こらっ、バカ犬じゃないでしょっ、エリザベスでしょ!」

 理不尽にも叱られるのはアイズであった。

 「だってこのバカ犬、オレが隠れるときだけ吠えるんだぞ!」

 「だから、バカ犬って言っちゃ駄目だって!」

 「お前はこのバカ犬とオレ、どっちの味方だよ!」

 「アイズくんがエリザベスのことバカ犬って呼ぶんなら、わたしはエリザベスの味方!」

 あっさり突き放されたアイズは怒りで顔を真っ赤にして、走り出した。

 「もうゼッコーだ!」

 アイズはオルカの方を見ずにがむしゃらに草原を駆けた。目的地は無い、ただ今はオルカの側から離れたかった。情けないことに目の下に涙を滲ませていた。


 ――僅かに地面より隆起した岩に足を引っ掛けた。


 アイズは勢いよく転倒し、地面を二回転した。

 「……っ!」

 手の平と膝を擦りむいていた。薄皮の剥がれた手の平と膝から鮮血が滲んでいた。

 「……あっ」

 怒りによる脳内麻薬が薄れ、痛みと出血の事実は確かな痛みと出血となった。

 「……うぅ、イタイよぉ」

 また泣いた。幼少の頃からオルカに〝泣き虫〟と呼ばれる涙腺の弱さは伊達ではなかった。

 随分と走ったせいか、オルカもエリザベスも追い掛けては来なかった。それを少し淋しく思うも、泣き顔が見られなくてよかった安堵した。好きで〝泣き虫〟と呼ばれているわけではないのだから。

 ……それからしばらくの間、アイズは泣き続けた。しかし、日が暮れる頃には泣くのに飽きていた。アイズは空腹に身を委ね、帰宅しようと腰を上げた。


 ……足下に真っ赤な石が転がっていた。


 「危ない、危ない。忘れるところだった」

 アイズは慌てて落ちていた真っ赤な石をポケットに入れた。真っ赤な石はドロップ程の大きさで、血の色に似ていた。

 「父さんと約束したんだ」

 アイズは手の平と膝の土を払って、帰路に着いた。


 ――これは大事な石だ、だから万が一に父さんが仕事から帰らなかったアイズがこの石を呑んでくれ


 ……半年前、病に伏し、死期を悟った父親がアイズに残した言葉である。そして、父親は二日後――妻と息子に看取られ、静かに息を引き取った。

 それからというもの、アイズは毎日この石を持ち歩いていた。アイズに石を託す父親の瞳に、今までに見たこともないような真剣さを垣間見たからである……とはいえ、明らかに食物とは思えない石を食べようとなどは思わなかったが。

 「……♪」

 アイズは鼻歌を歌いながら帰路に着く。

 沢山泣いてせいか、すっかり腹を空かせたアイズは今晩のおかずは何かと想像を膨らませていた。

 沈む夕陽にどこか物寂しさを感じながらも、アイズは鼻歌を歌った。


 ――何かが草原の草を潰す音が聴こえた。


 アイズは鼻歌を止め、音の方向へと視線を傾けた。

 「……何だよ……これ」

 ……そして、困惑した。

 それは金色で、

 歪なかたちをしていて、

 どことなく猿に似ていた。

 まさに――


 ――バケモノなり。


 「……ぅっ」

 アイズは驚愕の剰りに尻餅を付く。情けないことに恐怖で身体が動かなかった。

 しかし、バケモノはアイズの存在に気付いていながらまるで関心を向けなかった。

 「……」

 『……』

 アイズとバケモノ、両者の視線が交差する。そして、交差すること数秒、バケモノはアイズに背を向け、重い躯を引き摺るように歩き出した。

 冷や汗が頬を伝い、落ち、大地に溶けた。

 「……何だよ、今の」

 アイズは冷や汗を拭い、立ち上がった。

 「アイツ、どこに行こうとしていたんだろ」

 アイズは自分が今、歩いたばかりの道を進むバケモノを見つめ、首を傾げた。しかし、追い掛ける勇気もないアイズは、疑問を残したままその場を立ち去ろうとバケモノに背を向けた。


 ……嫌な予感がした。


 一つ、バケモノはアイズが今、歩いたばかりの道を進んでいる。

 二つ、アイズはクロスハート邸から帰宅する途中である。

 三つ、オルカ=クロスハートはアイズの幼馴染みである。

 (オルカが危ない!)


 ――気付けばアイズは走り出していた。


 (知らせないと!)

 アイズは遠回りになるが直進するバケモノとは違う順路でクロスハート邸へと向かった。

 (速く!)

 何とも言い難い焦燥感に背中を押され、アイズは小さな歩幅を最大限に回して草原を駆け抜けた。

 (速く……!)



 「バケモノが来る?」


 草原を走り抜けること三分、アイズはクロスハート邸へとたどり着いた。

 「……ハァ、ハァ、うん……もう、すぐ近くに来ているんだ」

 アイズは息を切らしながらも要件を伝える。

 「すぐに逃げてっ、大事なものを持って一分以内にっ」

 「ホントだ、遠くに何かキラキラしているのが来ているよ」

 アイズの話に耳を傾けているオルカの母親――ミロ=クロスハートを他所に、オルカが窓の外を指差した。


 「三匹」


 ……オルカが三本指を立てた。

 「……えっ?」

 オルカの言葉にアイズはすっとんきょうな声を溢した。

 アイズは駆け寄り、窓の外を見た。

 犬、鰐、虎――に似た金色のバケモノがかなり離れた位置にいた。

 (……別のが来ているのか、でももう少し掛かりそうだな。もしかして、さっきのは違う進路なのかな)

 アイズは三体のおおよその距離を予想し、安堵の息を溢した。

 「急いで準備をしよう」

 仕事でいないオルカの父親を除く三人で簡単な支度をして、クロスハート邸の裏口の扉を開いた。

 「……えっ、何で?」

 アイズがまたもすっとんきょうな声を溢した。

 『……ギギギッ……ギギッ』


 ――猿の姿に似たバケモノが三人の前に立ちはだかった。


 「……違う方角にいたのかよ」

 アイズは自分の短絡的な判断に絶望した。

 ……猿の姿に似たバケモノはずっとクロスハート邸を目指して歩いていた。少しずつ、しかし確実に歩いていたのだ。

 『ギギギッ』

 低い声で唸るバケモノの変容具合にアイズはギョっとした。

 (……さっきと様子が全然違う)

 つい先程アイズとすれ違ったときはまるで無関心であった。しかし、今は違う。目の前にいるアイズ達に明確な殺意があった。

 (……狙いは何だ? オレじゃない、オルカか! ミロさんか! はたまたエリザベスか! それとも――)

 アイズがオルカとミロとエリザベスの方を順番に見定めた。

 (――それ以外か!)

 「アイズくん!」

 オルカが叫び、アイズは正面を向いた。


 ――バケモノが目の前にいた。


 「……えっ?」

 迫る。金色の躯が、金色の牙が、金色の爪が――迫る。

 『ガギャァァアア!』

 二人と一匹を見定めていたアイズだけが反応できなかった。

 (……ヤバい、死ぬ!)


 ――エリザベスの体当たりに弾かれ、アイズは草原を転がった。


 「……っア!」

 まさに紙一重。アイズはバケモノの突進を回避した。

 バケモノの突進は強烈で、裏口の扉を木っ端微塵に破壊した。

 もし直撃していれば……砕け散る裏口の扉が自分の姿と重なり、アイズは肝を冷やした。

 「逃げてっ!」

 ミロが叫んだ。その叫びにアイズは現状どれだけ窮地であるかを思い出した。

 三人と一匹は一心不乱に草原を駆け抜けた。

 「ハアっ、ハアっ……お母さんっ、もう走れないよっ……!」

 「オルカっ、背中に乗りなさいっ」

 「ワンッ、ワンッ」

 アイズはふとクロスハート邸の方へ顔を向けた。


 ――グラァァァァアア! 怒りに満ちた形相でバケモノが追い掛けてきた。


 「駄目だ……追い付かれる!」

 「アイズもオルカも荷物を捨てなさい!」

 三人は荷物を投げ捨て加速した。

 景色が流れていく。草原を踏みつけ、小石を蹴り、前進した。

 三人は走る。目的地は無い。ただ遠くへ、バケモノのいない地へ、走る――走れ!

 ……しかし、限界は容赦なく訪れる。

 「……脚痛い……横腹痛い……もう無理」

 ――遂にアイズが足を止めた。

 「アイズく――えっ!」

 オルカが叫び、振り向き、驚愕した。

 アイズは苦しげに呼吸をし、草原に寝転がった。

 「ハアっ、ハアっ……あれ?」

 アイズは仰向けになり息を整える。しかし、一向に姿を見せないバケモノに首を傾げた。

 「……いない?」

 つい先程走り抜けた方角へ首を傾ける。するとそこには一面にまっ皿な草原が広がっていた。何より金色のバケモノの姿は見当たらなかった。

 「ハアっ、ハアっ……一体何だったのかしら?」

 ミロもオルカを下ろし、草原を見下ろした。

 『……』

 アイズ・オルカ・ミロの三人はただ呆然と草原の上に立ち尽くした……三人?

 「……ねえ?」

 アイズは酸欠のせいで青白くなった顔をミロに向けた。


 「エリザベス、どこ行ったの?」


 『……っ!』

 アイズの言葉にミロとオルカが絶句した。

 辺り一帯に広がる広大な草原……それしか無かった。

 「……どうしよう」

 情けないことにアイズは泣いていた。あんなに喧嘩ばかりしていてもアイズにとっては友であり兄のような存在なのだ、いなくなったことが不安にならない筈はない。

 「エリザベス、いないの?」

 今度はオルカも泣き出した。エリザベスとの思い出がアイズより多いオルカは、不安に押し潰されそうになっていた。

 そんな二人を見たミロが決心した。

 「……戻りましょう」

 危険は承知であり、母親として子供の安全は最優先だ。しかし、エリザベスもクロスハート家の一員だ、見捨てることができなかった。

 ミロの言葉に逆らう筈もなく、二人は涙を拭って頷いた。

 走った道程を引き返すこと三分、三人はつい先程投げ捨てた荷物を見付けた。

 「……荒らされている」

 荷袋は引きちぎられ、中身は草原の上にぶちまけられていた。しかし、確かな異常が一つあった。

 「……金貨だけ持ってかれている」

 そう、確かに全財産を荷袋に入れた筈だったのだ。そして、教会の権威によって通貨は金貨に限られる為、アイズたちは全財産を失ったことになる。一家の家計を管理するミロは苦い顔をした。

 「……あっ、エリザベス!」

 奇妙な光景に目を奪われていた三人であったが、オルカの声で我に返り、オルカの指差す方へと視線を向けた。

 「……っ!」

 アイズも夕日を背に這いつくばるエリザベスの影を見て走り出した。

 「駄目っ!」

 アイズがエリザベスの方へ駆け寄ろうとするも、ミロがアイズの襟首を掴み、それを止めた。

 「離してよ、ミロさん!」

 「駄目よっ、ちゃんと見なさい!」

 ミロに叱咤され、アイズはハッとした。

 「……夕日……じゃない……!」

 そう、夕日だと思っていたそれは、ただ夕日が反射して輝いていた――


 ――犬の姿に似たバケモノであった。


 しかも、よく見るとエリザベスは傷だらけで、バケモノはそんなエリザベスの脚を噛み、引きずっていた。

 「……アイツら、エリザベスをどこにやるきだ」

 アイズはバケモノに引っ張られるエリザベスを呆然と立ち尽くしていた。

 「エリザベスを連れてかないでっ!」

 呆然と立ち尽くすアイズを背に、オルカがエリザベスの方へと駆け出した。


 ――ジロリッッッ、バケモノがオルカの声を聞き取り振り返った。


 (……まずい! 気付かれる!)

 アイズがそう思うと同時にミロがアイズとオルカの腕を掴み、それを引っ張り、茂みに隠れた。

 バケモノがアイズ達の方を見ていた、アイズは暴れる心臓を抑え、バケモノが去るのを待った。

 『……』

 しばらくするとバケモノは興味を無くしたのか、どこかへ行ってしまった。

 そして、バケモノとエリザベスの姿が見えなくなって……。

 「うぁー、ぁー、ぁー」

 「エリザベス行っちゃったよぉ」

 ……アイズとオルカが泣き出した。

 そんな二人をミロが無言で抱き締めた。

 あー、あー、あー ……二人はしばらくの間、泣き続けた。涙が涸れ果ててしまいそうなほどに泣いた。



 ……それから、三日後。三人は〝金色の十字架〟に保護され、王都クロスガーデン周辺地域に移民した。一度、クロスハート邸とシファー邸に戻るも結局、オルカの父親――ガク=クロスハートやアイズの両親は帰らなかったからである。

 そして、ミロに引き取られ、テルー第二農村区で定住すること半年。移民の住居区の割り振りも落ち着いてきた頃にガクと再会した。しかし、アイズの両親は帰らなかった。

 更に半年が過ぎ、六歳となったアイズとオルカは将来の目標を決める。それは〝金色の十字架〟の一員になることであった。無論、バケモノに復讐心が無いわけではない、しかしそれ以上にもう大切なものを失いたくなかったのだ。

 その為に二人は畑の手伝いの合間に毎日金論術の特訓していた。早い段階でオルカとアイズの才能の差が窺えたが、アイズはそれに構わず努力した。その頃になってもアイズの両親は帰らなかった。

 バケモノの発見から三年、バケモノは公式に〝金喰〟と名付けられた。その頃にはオルカは金論術を使いこなしていた……アイズは未だに使えなかった。オルカが志願を待っていてくれたお陰でアイズは諦めずにいられた。その頃になってもアイズの両親は帰らなかった。

 ……更に時は流れ、あの日から十年目。アイズは待たせることにいたたまれなくなり、オルカに入団試験を受けるようにと説得した。結果、オルカは合格して家を離れ、アイズは一人自室のベッドの上で傷心していた。ちなみに今もアイズの両親は帰ってはいなかった。



 「……潮時ってやつか」

 アイズは力なく笑い、瞼を閉じた。

 明日から金論術や白兵戦闘の特訓をやめて農業の勉強をしよう、そんな気持ちの切り替えの為に深呼吸をした。


 ――どんッッッ! 床が、壁が、家全体が大きく揺れた。


 「何だ、何だよ!」

 アイズは衝撃に驚き、ベッドから飛び降りた。


 「キャァァァァァァアア!」


 悲鳴が聴こえた。

 「……ミロ……さん?」


 ……その悲鳴はミロ=クロスハートのものであった。


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