battle in imaginary-arena #1
そもそもの話。
この戦闘、模擬戦が、これほどまでの長時間に及び、ついには日没を迎えることとなるとは、誰も考えていなかった。
ヒサトは、山影に沈もうとしている真っ赤な太陽を眺めていた。
いま、あかね色に染まっている空はやがて、青みの注した夕闇に姿を変えていくことだろう。
そのすぐ傍には、黛ユウカの姿もある。
ヒサトの口から思わずため息が漏れる。
一方、黛ユウカは固く口を結んだまま、周囲の警戒を続けていた。
時間を遡り、順を追って説明しよう。
まず、『現実仮想拡張』を行う前からだ。
模擬戦にあたって、ヒサト、セツナ、黛ユウカ、には、各種兵装が割り当てられた。
うち共通のものは、ヘッドギア、バックパック、そして投擲型の武器、だ。
ヒサト達はヘッドギアを頭部に装着する。
「ピチカートが鳴いた、ピチカートが鳴いた。……みんな聞こえるか?」
すると、黛ユウカの冴えた声が耳元に聞こえてきた。通信チャネル共有の確認だろう。続いて「セツナ、了解」と短い返事。ヒサトもそれに合わせて「ヒサト、こちら聞こえてる、どうぞ」と返事する。
通信に特に問題は無く、みなからも簡単な応答が返ってきた。
「ヒサト様、本オペレーションのサポートを行うAIです。よろしくお願いします」
続いて耳元に響いたのは、抑揚の無い、機械的な音声だった。
今日のヘッドギアの持つ主要な機能は、大きく3つに分類される。
ひとつは頭部の保護、もうひとつは通信やスマートグラスなどの情報インターフェース機能、そして最後のひとつが『戦闘支援AI』機能である。
『戦闘支援AI』には、装着者の視覚情報や、各種センサー類の感知した情報を集約し、装着者に通達する役目がある。
また、装着者が見逃した危機を警告するなど、状況判断支援の役割も担っているのだった。
今日の戦闘にあたってAIは、最も近しい相棒と言え、AIのカスタマイズは死活に直結するものだ。
見ると、セツナと黛ユウカはそれぞれ、ヘッドギア側部に設けられたスロットのメモリ差し替えを行っていた。
各々、カスタマイズの施されたAIに変更を行っているのだろう。
続いて、バックパック。
特に説明するほどでもないが、その中には、携帯食品や医療品などが収められていた。
最後に投擲型の武器。
というと、手榴弾、炸裂弾系の武器をイメージするかもしれないが、今回支給されたのは次の2種類だった。
ひとつは、スタングレネード、閃光弾などと呼ばれる非殺傷型の投擲武器。
もうひとつは、インビジブル弾、光学迷彩弾などと呼ばれるものだった。
スタングレネードは、光と爆音によるスタン効果、そして電磁パルスによるジャミングや情報機器誤作動を狙う武器だ。
一方、インビジブル弾は、『使用者たちを敵から見えなくする武器』である。
原理は、発動時において周囲環境のスキャンを行い、自軍に関する情報の消し込みを行い、それを周囲環境に投影フィードバックする、という高度なものとなっている。
そういう意味では、スタングレネードと、インビジブル弾、それぞれ原始的な科学アプローチと高度な科学アプローチをとる、真逆の武器とも言えるだろう。
ヒサト達は、訓練用に着替えた戦闘服に、それら各種装備を装着していった。
13:30
B・ブルックは、空中にプロジェクションされた作戦情報上から、『現実仮想拡張』申請用の書状を展開した。
その書状の下部には、『適用』の文字の書かれたボタンがある。
「それでは、現実仮想拡張を開始する」
手元の時計で再度時間を確認したあと、B・ブルックは『適用』のボタンを押し、その上に流れる筆致で自身の名をサインした。
周囲の風景が、『絶海の孤島』設定のものに置き換えられていく。
空の色は一層青々としたものに、木々を彩っていた新緑はいくぶん濃い目の色に置き換わり、起伏の乏しかった地面にも変化が起こる。
特に大きな変化があったのは、四人が立っていた場所の背後だった。
なだらかな丘陵は、彼らの背後にも続いていたはずだったが、見返すとそこは、海に向かってそびえる断崖へと変化していた。
その向こうには、当たり前のように、はるかな水平線が広がっている。
周囲のほぼすべての風景が置き換わったあと、ヘッドセットに着信が届く。それと合わせて眼前50cmほど前に地図情報が投影された。鳥瞰視点で描かれる、いびつな円状の地形。この孤島全域を示す地図だ。
全員にそれら情報が行き渡ったのを確認すると、B・ブルックは説明する。
「この島の大きさは約6.4平方km。北南約2.9km、東西約2.8kmのほぼ円形の島だ。地図下部のブルーのアイコンが私達。そして地図上部にある赤いアイコンが敵勢力を示している。作戦開始時の初期位置もこの地図が示すとおりとなる。これより作戦開始の14:00までは、敵味方とも、ミーティングや地形把握など作戦計画に関する利用が認められている。ここまででなにか質問はあるか?」
ここまで断固たる流れで話が進んできた以上、腹をくくるしか無いのだろう。
ヒサトたち3人はそれぞれ考えを巡らせる。セツナが口を開いた。
「作戦開始時間までにおいて、奇襲は認められるのでしょうか?」
話の流れから考えてそんなことは認められないはずだ。ヒサトはそう思ったが、セツナの表情は大まじめだ。黛ユウカも真剣な顔でそれを聞いている。B・ブルックはその質問にも丁寧に答えた。
「作戦開始前における、作戦行動は認められない。つまり奇襲も認められない。なお、作戦開始前における罠の設置が作戦行動となるかは不鮮明だが、考課でプラス扱いになることは無い。本模擬戦の意図は、作戦行動中の対応能力を見ることにある。それを踏まえた行動を頼む」
「サー、イエス、サー!」
ヒサトはそのやり取りを聞き、少し薄ら寒いものを覚える。
自分達は、これより、大まじめで、戦闘に及ぼうとしているのだ。それが模擬戦であるとはいえ。
「また今回の模擬戦では、会敵促進のため位置情報申請ルールが採用されている。こちらも忘れることの無いよう気をつけるように」
「「「サー、イエス、サー!」」」
「では、他に質問が無いようであれば、私はここから離脱する。再度確認だ、質問は無いか?」
「「「サー、イエス、サー!」」」
3人の返事を聞き、B・ブルックは真摯な表情のままで、その顔を各々の生徒に巡らせる。
候補生達の顔も真剣であり、戦闘初心者のヒサトでさえ、そこにはある種の決意が伺えるのだった。
「では、作戦終了まで私はこの場を離れる。諸君らの健闘を祈る!」
B・ブルックはそう言いながら敬礼をする。
その所作には、3人に対する最大限の敬意が込められていた。




