第1話『不可侵』と、命懸けの約束
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王都の裏通りにある、こぢんまりとした温かいカフェ『ルピナス』。香ばしいコーヒーと焼き菓子の香りが漂う店内で、エルはカウンター越しにお茶を淹れる可憐な看板娘の少女——そのエプロンドレス越しでも隠しきれない圧倒的な爆乳を、ニヤニヤと遠慮なく眺めていた。
「……エルさん。どこ見てるんですか」
カフェオレのカップを置く音とともに、少女がジト目を向けてくる。
「いやぁ、今日もコレットちゃんの胸は素晴らしい実り具合だなと思ってさ。男のロマンだよ」
「……っ、エルさんってホント、出会った頃からずっとおっぱい好きでスケベですね! どこ見て話してるんですか!」
少し頬を赤くしてプンプンと抗議する少女に、エルは調子よくニッと笑ってみせた。
「男のピュアな本能って言ってくれよ。……それじゃあ、ちょっと行ってくるよ。夕方には戻るからさ」
「気をつけてくださいね。いくら簡単な後衛のお仕事だからって、相手は魔獣なんですから」
呆れつつもどこか心配そうに眉を下げる少女に、エルは指を立ててアピールする。
「ははっ、大丈夫だって! 王都近郊の雑魚狩りだよ? 荷物持ちみたいなもんだ。この仕事が終わったら、約束通り王都で一番美味しいって噂のケーキ食べに行こうな!」
「……もう。わかりました、待ってますからね」
少し照れたように微笑む少女に見送られ、エルは意気揚々と店を出た。
──それから数時間後。
(……俺のバカ野郎!! なんで出発前にあんな死亡フラグみたいな約束してんだよ……!!)
月明かりすら届かない深い森の中、エルは後衛の補給物資を抱えながらガタガタと震えていた。
「くそっ、数が多すぎる! 前衛、耐えきれるか……!?」
ギルドの事前情報では「下級魔獣が数匹」のはずだった。しかしフタを開けてみれば、どこからともなく湧き出た無数の魔獣たちが群れをなし、冒険者たちをじわじわと包囲しつつあった。次々と押し寄せる数の暴力に、前衛の陣形はすでに崩壊寸前へと追い込まれていた。
「そこまでだ、雑魚ども!」
絶望的な空気を切り裂くように、力強い声が響いた。 森の木々を蹴って現れたのは、数々の大型魔物を屠ってきた実績を誇るAランクパーティ『黒竜の牙』だった。
「お頭! 前衛の崩壊を食い止めます!」 「応よ! 押し返せ!!」
リーダーであり、『黒嵐』の異名を持つベテランハンター・バゼルが巨大な大剣を豪快に振り抜く。彼らは圧倒的な連携と熟練の武技を駆使し、押し寄せる魔獣の大群を次々と両断し、焼き払っていく。
「さすがAランクパーティ『黒竜の牙』だ……! 助かった……!」
「だが、数が多すぎてキリがないぞ! 一体どこから湧きやがる……!」
彼らの参戦によって戦局は持ち直したかに見えた。しかし、魔獣の群れは減るどころか、まるで底がないかのように次々と森の奥から溢れ返る。押し寄せる圧倒的な数の暴力に時間がかかり、実力派のバゼルたちにすら徐々に焦りと疲労の色が濃くなり始めた──その時だった。
空を突くような冷厳な威圧感とともに、戦場へ一筋の閃光が降り立った。
──ズバァァァァンッ!!
突如現れた女剣士が、静かに腰の『黒い剣』を抜く。 次の瞬間、目にも留まらぬ無数の漆黒の剣閃が嵐のように吹き荒れた。魔獣の爪牙はおろか、返り血の一滴すら彼女の周囲には届かない。神速にして苛烈なる剣技が創り出す、刃の防壁。
近づくものすべてを塵に変える『絶対不可侵の領域』。 それこそが自らの力で頂点へと上り詰めたSランク冒険者、『ブラックアンタッチャブル』の異名を持つシオンだった。
「遅くなりましたね。後衛は下がっていなさい」
シオンは地を蹴り、瞬閃の速さで間合いを詰める。凄まじい魔力を纏わせた一閃が走り、熟練の『黒竜の牙』すら手を焼いていた膨大な魔獣の群れを、わずか数瞬のもとに一蹴し、全滅させてみせる。
「す、凄すぎる……これがSランク……!」
「流石はシオン様だー!!」
圧倒的な無双ぶりに大歓声が上がり、エルも「助かった〜、これで無事にケーキが食える……」と胸を撫で下ろしていた。
──だが、惨劇はまさにここから始まった。
──ギィィィィィィィィンッ!!!!
空間そのものが悲鳴を上げたかのような、鼓膜を裂く異様な高音。 一瞬前まで歓喜に沸いていた戦場から、一瞬で血の気が完全に引いた。
割れた空間の亀裂から這い出てきたのは、先ほどまでの群れとは比較にならない、禍々しい異形——空間を歪めるほどの圧倒的な魔気を撒き散らす、災害級(Sランクオーバー)の未知なる超規格外モンスターだった。
「な……んだ、あの魔力は……っ!?」
「総員、構え——ぐあぁぁぁっ!?」
圧倒的なプレッシャーに身動きすら取れない『黒竜の牙』の精鋭たち。彼らは抵抗する間もなく、怪物が無造作に振るった巨腕の余波だけで一瞬にして吹き飛ばされた。『黒嵐』のバゼルですら自慢の大剣を叩き折られ、血を吐いて崩れ落ちる。
「ひっ……!? Aランクの『黒竜の牙』が一撃で……!?」
シオンは舌を打ち、剣を構え直す。
「全員、下がりなさい……っ!!」
シオンは怪物の前へ飛び出し、迫り来る規格外の質量攻撃に対し、持てる全速度で剣を振るう。 しかし、災害級が放ったのは空間そのものを圧し潰すような壊滅的な濁流攻撃だった。
──ガキィィィィッ!!!
「くっ……あぁぁぁっ……!?!?」
いかなる敵も寄せ付けなかった彼女の『不可侵の領域』が、圧倒的な力の奔流に押し込まれていく。愛用の黒い剣が悲鳴を上げ、シオンの額から汗が吹き出す。
(嘘……押し切られる……!? 私の剣が、届かない……っ!?)
頂点たるSランクとして磨き上げてきたプライドと誇り。それが今、未知の暴力の前に砕かれようとしていた。
——ガシャアンッ!!
災害級の巨腕がシオンの防壁をぶち破り、その身体を容赦なく弾き飛ばした。 大木へと凄まじい勢いで激突するシオン。重い衝撃とともに、彼女の胸の防具が木っ端微塵に砕け散った。
砕けた防具の破片が散らばり、破れた布地の隙間から血が滲む。胸元が無防備に剥き出しとなったまま、シオンは大木に背を預けて倒れ込んだ。
「あ……が……っ……!!」
血を吐きながら立ち上がろうとするシオンだが、激痛で身体が動かない。 自分の完璧な防壁を破られた屈辱と悔しさに、シオンは歯を喰いしばる。
(ふざけるな……こんなところで……! 掠り傷ひとつつけられず……一方的に押し潰されて終わるなんて……っ!!)
不屈の闘志で立ち上がろうともがく、その時だった。
「——おいおいおい、冗談だろふざけんな生きてくれええぇぇぇっ!?」
物資の箱の陰から、泥だらけの冒険者——エルがなりふり構わず飛び出してきた。
シオンの露出してしまった胸元が、エルの視界をジャックする。
(うわっ、なんつー極上の爆乳……! 形もハリも完璧すぎるだろ!! って、そうじゃないだろ!! こんなカッコよくて超魅力的な女の子が、服を破られ血を流して倒れかけてんだぞ!? 可哀想すぎるだろ!!)
エルは考えるより先に動いていた。 迷わずシオンの身体に飛びつくと、彼女の無防備な胸元を隠すように、ガバッと力いっぱい抱きしめた。
「なっ……!? あ、何を——っ!?」
突然の強引な抱擁に、シオンの思考が完全にフリーズする。 耳元で、エルの切実で熱い吐息と、欲望と本気が混ざり切った叫びが響き渡った。
「負けてんじゃねぇよ、ブラックアンタッチャブル!! こんなバケモノに負けて死ぬなんてお前らしくねぇだろ!! 俺にもっと、最高にカッコいい姿を見せてくれよ!!」
「っ……!? 私の……カッコいい姿……!?」
「そうだろ!! それに……こんな最高なおっぱいしてる可愛い子が死んでいい理由なんてねぇんだよ!! 倒したら、王都で一番高い店でバカでかい特上ステーキ奢ってやるから! デートして、俺にスケベなシオンも拝ませてくれよ!!」
エルとしては、「大好きなカッコいい強者女子へのリスペクト」と「爆乳を拝めたことへのスケベ心」100%の魂の叫びだった。
だが、抱きしめられながらその言葉をぶつけられたシオンの頭の中で、歓喜とパニックのギアが狂ったように回転し始める。
(こんなボロボロなのにカッコいいところ見せろだなんて、ずいぶん勝手なこと言ってくれる。それに爆乳でめちゃめちゃ可愛いって……確かに鏡に向かって笑顔の練習してる時は自分でも可愛いかなと思う時もあるけど……っ、で、デートしてそのまま〇✕△なスケベなことだなんて……っっ!! ……ホントに、こんなところで死んでられないわね!!)
密着したエルの体温とともに、彼の異常なまでの「女の子への愛」から漏れ出す無自覚の波動(神級オートバフ)が、肌と肌の接触を通じてシオンの体内に怒涛の勢いで流れ込んでいく。
「——っっあん……ぁっ!?」
屈辱や疲労が一瞬で吹き飛び、死んでいた全身の細胞がドクンと熱く脈打った。 体内から溢れ出すのは、これまでの限界を遙かに超えた高密度の魔力。パニックと圧倒的な恋心で、シオンの顔は真っ赤に染まっていく。
「……う、うん……っ! 貴方だけに……最高にカッコいいところも、す、スケベなところも……全部見せてあげるからね……っ!!」
シオンはエルから離れると、その手にする黒い剣を握り直した。 解放された彼女の誇りと激しい恋心に呼応し、漆黒の大剣が世界を塗りつぶすほどの凄絶な光を放ち始める。
「——おおおぁぁぁぁっ!!」
シオンの一閃。 概念ごと空間を切り裂くような圧倒的な黒い刃が走り、あれほど恐しかった災害級モンスターが一瞬で影も残さず消滅した。
静寂が戻った戦場で、シオンは荒い息をつきながら振り返る。
そこにいたのは、胸を撫で下ろし、 「よっしゃあぁ! これでコレットちゃんとのケーキデートにも間に合うし、シオンちゃんとの特上ステーキデートの予定もゲットだぜ!!」 と、ただのスケベ顔で一目散に走り去っていく冒険者の男——エルだった。
誰も立ち入らせなかった自分の『不可侵領域』を強引に抱きしめ、強烈なデートの約束でぶち破って去ったその背中を、シオンは溢れ出る涙と激しい恋心で、頬を染めながらいつまでも見つめ続けていた。
※なお、この時のエルはまだ知らなかった。
明日、このSランク女剣士が自分の部屋の鍵を破壊して不法侵入してくることを——。
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