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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

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75_特別任務

 話は岩鉄が舟橋から上がる轟音と火柱に驚愕する少し前に遡る。


 アヤセに与えられた任務は、舟橋の破壊だった。


 「ラタスの南西のバヤン川に、敷設された舟橋が破壊されれば帝国軍は逃げ道を失い、降伏せざるを得なくなる。この任務を君に依頼したい」


 (「舟橋」は舟を浮かべて繋げた臨時的な橋のことだろうが、もう少し内容を聞いてみたいな)


 「内容をもう少し詳しく伺ってよろしいでしょうか?」

 「勿論だ。それではもう一度図面を見ながら説明をしよう」


 既にランベール達はマリーを連れ司令部ごと移動しており、この場に残されているのはアヤセとモリス主計長、そして図面が置かれた一台のテーブルだけである。ぽつんと置かれたテーブルとその近くにいる二人の人物は見晴らしの良い草原において目立つ上に不自然であり、時折通り過ぎる行軍中の王国軍兵士から怪訝な顔を何度も向けられたのだった。


 「舟橋はラタスの西、そして我々左翼軍からみて左斜め前の方角に敷設されている。おおよそ長さは千五百メートル、幅は四メートル前後でこれが三つある。帝国軍は、この舟橋を僅か一日で作り上げ、あっという間に王国領に侵入して来たのだ」

 「そんな大がかりな施設をたった一日で……。敵の工兵は中々優秀なようですね」

 「ああ。第三軍の工兵連隊の名を知らぬ者はいまい。ブルボンヌ地方の諸都市があっさり陥落したのは、かの連隊が城壁を崩し、防御施設を破壊したからだ。できれば、丸ごと降して我が軍に取り込みたいものだが」

 

 降兵の士気や練度は低いだろうし、何より元々敵兵だった者達がそう簡単に王国のため命を懸けて戦うものだろうかとアヤセはそんな疑問を抱く。


 (最も、シミュレーションゲームでも元敵兵を自軍にすぐ編入できたりするからな。まぁ、そこはゲームと言うしかないか)


 「話を戻すが、目標はこの舟橋だ。君は『剛槍のジェムグン』と対峙した際、爆発物を用いたと聞いている。それは木製の舟橋を焼き払うのに適当だろう」

 「焙烙玉のことですね。確かにうってつけです」


 他に所持しているアイテムの中では、ラタスの湿原地帯で採取した泥炭やゲンベエ師匠から贈られたレシピで生産したオリーブオイルといった可燃物も有効活用できそうだが、焙烙玉の運用に当って懸念点が一つだけあった。

 

 「しかし、焙烙玉は先ほど全部使い切ってしまいました。作製するにも素材の持ち合わせがありません」

 「物資は心配しなくて良いぞ。輜重隊も押し上がって来ているから、必要な物を提供するよう伝令を出しておこう」

 

 (それは、随分太っ腹だな。高価な硝石がどれくらいあるか分からないが、なるたけ多くの焙烙玉を作るためお言葉に甘えるとしよう)

 

 焙烙玉の作成には複数種の素材が必要で、アヤセはそのほとんどをバンボーの顔役であるリセイに用立ててもらったのだが、その中で「硝石」の価格が飛び抜けて高かったのが印象に残っていた。

 現実世界において黒色火薬の原料のひとつである硝石は、王国内では供給が安定していないらしい。もしかしたら、火薬で弾丸を飛ばすマスケット銃の配備数が多いランベールの近衛第二師団が大量に占有しており、それが原因になっている可能性があるが、国内だけでなく大陸全体での産出量がそもそも少なく、流通に難が生じているのかもしれない。


 「御配慮ありがとうございます。それでは輜重隊から必要な物を分けてもらいます」

 「戦果を上げるためだ。遠慮はいらぬぞ。最も堅陣を抜けなければならないから色々と入り用になるだろう」

 「……」

 

 アヤセはテーブルに置かれた図面に目をやる。ラタスの西側のバヤン川の上に両国を繋げるように三本の線が加筆されている。そして王国領側の川岸にはこの線を守るように半円がぐるりと書き加えられていた。


 「防御陣地……」

 

 アヤセのつぶやきにモリス主計長が深刻な面持ちで頷く。


 「ここにいる守備隊は全く無傷な上、数も多い。警戒も厳重だ。舟橋に辿り着くには相応の準備が必要だろう」

 「まぁ、確かにそう見えますね……」


 モリス主計長の言うとおり、大勢の敵が待ち構えている場所に一人で殴り込みをかけるのも無謀だし、ライデンが星見の台地に潜り込む際に駆使したような隠密系スキルを一切取得していないアヤセにとっては、敵地への単独潜入も難しいだろう。しかし、本人は図面を一目見た瞬間から、別の方法を思いついていた。

 

 アヤセは図面の一点に人差し指を置く。そこはアヤセも帝都から王都を目指し何度も歩いた街道であった。

 街道をなぞるアヤセ。指はラタスを経由し、そのそばにあるラタ大橋を渡り、渡り切ったところで川沿いに上流に向けて南下する。そして、川を横断する三本線のところまで到達すると、動かしていた指を止める。

 モリス主計長はアヤセが指し示した軌跡を、始めから終わりまで追っていたが、全て合点がいったようで、大きく頷き改めてアヤセに顔を向けた。


 「『ラタ大橋』の迂回ルートは、正面から行くよりも警戒は緩いはずです。急いで移動すれば、撤退を始める敵に対して先手を打てます」


 ==========

  

 舟橋の反対側に回り込むというアヤセの目論見は、結果的に当っていた。


 近くの街道に出て補給部隊と接触しつつ、騎兵部隊の奇襲が成功し、更に出撃した籠城軍に挟撃され、大混乱に陥った攻囲軍が駆逐されているラタスを横に見て通り過ぎ、ラタ大橋を敗走する帝国軍の兵が殺到する前に渡りきり、帝国領に入った後はラタ森林地帯を途中で出くわす低級モンスターのゴブリン達(帝国兵扱いのようだが、何故戦場から離れた場所にいるのか不明である)を斬り伏せて進み、足元が非常に悪い湿地帯の川沿いを南下し、目的地の舟橋の帝国領側入口には、当初予想していたよりも早く到達することができた。


 (一応帝国兵はいるみたいだが防護柵も無いし、警備も手薄だな)


 どうやらこの辺りは、帝国軍の後方拠点に位置付けられているようだった。

 対岸の戦況は後方拠点のこの場所からも窺い知ることができ、自軍の劣勢は認識できるはずであるが警備兵は緊張を欠き、周囲の空気はここが戦場であることを疑いたくなるほど弛緩していた。


 (まぁ、そのお陰でこうして侵入もできたのだからな。金品や性能の高そうな装備品は回収できないが、価値が低い物資は大丈夫そうなのでこの際頂戴してしまおう)


 そう思いつつ、アヤセは、山積している弾薬や糧秣等の物資から有用な物をインベントリに回収し、警備兵の目を盗んで拠点の奥へと進んでいく。

 

 (間もなく敵も王国領から撤退してくるかもしれない。必要な物も一通り揃ったし、そろそろ始めるか)


 舟橋に近付くため、アヤセは撹乱を企てる。その方法は至って簡単で、所狭しと積まれている物資に片っ端から火をつけるというものだった。

 飼葉の上に、ポテンシャル「火勢の加勢」が付与された泥炭と、ついでにオリーブオイルも放出して飼葉に十分染み込ませ、フリントロック式ピストルの火打ち石で火花を飛ばして発火させる。火花が引火し、火はみるみるうちに他の物資に燃え移り、勢いを増していく。これを何箇所かで行った結果、後方拠点は至るところで火事になり、警備兵が異変に気付いて大慌てで消火にあたる間隙を衝いてアヤセは舟橋へ辿り着いた。


 (事前に数字で聞いていたけど、やはり間近に見るとその規模に圧倒されるな。一体何艘の船を調達したのだろうか?)


 警備兵が配置されていないようで、誰何(すいか)されることなく、アヤセは三本の巨大な舟橋のうち真ん中の橋を悠然と渡っている。

 巨大な舟橋は歩兵なら五列、騎兵でも二列縦隊で通行はできそうなほどの幅で、これが一・五キロメートルも続き、おまけに同じ物が三つも敷設されているなんて驚きだ。

 

 五月晴れの雲一つ無い青空が午後の昼下がりに広がり、川面は風もなく、繋がれた舟と流れがぶつかる、たぷんたぷんという音が辺りに聞こえるだけの舟橋をアヤセは駆ける。


 舟橋でもやることは先ほどの撹乱と同じだ。とにかく舟や渡し板に火をつけ、更に焙烙玉で爆破する。優秀な工兵達に修理されると面倒なので複数箇所の破壊が必須であるが、実際に駆け抜けながら既に両脇の橋も含め数箇所において設置が済んでいる。焙烙玉の導火線が燃え尽きれば、間もなくこの舟橋も後方拠点同様に炎に包まれるはずだ。


 (これだけの舟橋をたった一日で敷設する工兵連隊の実力は大したものだ。モリス主計長が味方に引き入れたいと思うのもよく分かるな)


 工兵連隊に対し敬意を覚えるアヤセ。同時にこのような立派な施設を吹き飛ばすことを惜しいと思っている自身に気付く。


 (ご主人~。そろそろなの~)

 (ああ、了解。……勿体ないがこの橋を壊さないと王国軍の完全勝利は無いから仕方あるまい)


 チーちゃんの報告が念話で届くと同時に、一番初めに仕掛けた焙烙玉が轟音を上げ、爆裂する。アヤセが後方に目をやると、爆発で吹き飛ぶ木片や煙、そして高い火柱が空高く上がっていた。

 

 (取り敢えず一箇所目、と)

 (まだまだ序の口なの~)

  

 索敵を終えたチーちゃんがアヤセの左肩に降り立った。


 (これで、敵も戦意を失くせばいいが……)

 (そのためには、徹底的にやるの~)


 再度轟音と火柱が上がり、川面を赤く染める。空高く舞い上がる炎の渦は、間違いなく対岸で後退を続けている帝国軍の目に入り、退路が断たれたのを悟るだろう。敵の戦意をくじき、降伏を促すためには、チーちゃんの言う通り念には念を入れ破壊を続ける必要がある。


 (最も、対岸から帝国兵がこちらに向かってくるだろうから、鉢合わせするまでに大方の仕事は終えておきたいけど。……まずいな。早速来たか?)

 

 見るとアヤセから見て左側の舟橋の前方に数人の人影が走り寄って来る。早速帝国軍が厄介事に対処するため精鋭を送り込んできたのかと思ったが、チーちゃんが訂正をする。


 (さっき見たけどあれは違うの~。逃げてきた人達なの~。ちなみに、全員黒バラ記章を付けているの~)

 (何だって! 奴らは、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の連中なのか! 状況が不利になった途端、味方を見捨てて早々に逃げるとは、トップクランの名が泣くぞ!)


 相手も向こうからやって来るアヤセを敵と認識し、走りながら弓や銃や魔法杖を構え、攻撃を加えようとしていることが見て取れた。勿論、アヤセも連中を見逃すつもりはない。


 クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の団員達の目前に大量の粘土をインベントリから放出する。攻撃を仕掛けようとしていたところ、突然降り注いだ大量の泥に気勢を削がれた敵に対し、すかさず焙烙玉をその頭上に放出した。


 (これでも食らうの~!!)

 (吹き飛べ!) 


 念を入れ通常よりも多めにばら撒いた陶製の火薬爆弾は、瞬時に閃光を走らせ炸裂する。飛んできた木片や鉄製の破片を展開したプリスで防いだアヤセが、目をやると、橋上には誰もおらず、敵がいた場所はぽっかりと大きな穴が開いたように舟橋が分断され、つなぎ止められていた舟が川の流れに乗って、下流に流されているところだった。


 (破片や爆裂でやられたか、川に落ちて沈んだか分からないが、取り敢えず全員片付いたようだな。橋も破壊もできたし、一石二鳥だ)

 (ご主人、お見事なの~。この調子でどんどんいくの~)


 思わぬところで、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の団員を撃破することができた結果に満足しつつ、アヤセは引き続き舟橋を破壊すべく、爆破に必要な焙烙玉等を仕掛けながら駆け抜けるのだった。



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