74_【閑話】舟橋(ポンツーン)
今回も何とか敵の襲撃を撃退することができた。しかし、その代償も大きなものだった。
「各員後退!」
岩鉄は、大声で周囲に向け指示を飛ばす。これを受け団員達は撤退を開始するが、動作は非常に鈍重で、その様子は、ここにいる者達が精鋭揃いのトップクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の団員であるということを疑いたくなるほどであった。
士気旺盛な王国軍の波状攻撃は正に「熾烈」というに相応しく、これまで岩鉄達は追いすがる敵を相手に激闘を繰り広げてきた。その中で、青と白と黄色を基調とした防具で統一されたクラン「蒼き騎士団」の襲撃が特段激しく、何度も何度も再攻撃を繰り返してくることにより、団員達は消耗を強いられ続けた。動きが鈍いのも度重なる襲撃に、休む間もなく戦闘を強いられ続けた結果である。
「損害は?」
岩鉄が短く尋ねる。
「さっきの戦闘で一人やられました」
これで、死に戻った団員は全部で十人に達した。この人数は、トップクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」が戦争イベントに参戦して以来、最悪のものだ。
「そうか……」
「何で俺達が王国軍のザコにこんなに苦戦するんだよ? なんでだよ!」
岩鉄は生き残った団員達を見る。ヒーラーのMPやアイテムも底を尽き、回復が望めない中、HPを削られ続ける団員達は、無傷の者は一人もおらず正に満身創痍である。
いくら二軍扱いのサポート班のメンバーが中心とはいえ、生粋の戦闘職で構成されたトップクランの団員の平均基礎レベルは他を凌ぎ、敵に対し大きなアドバンテージとなるはずである。それなのにここまで苦戦を強いられていることに、先ほど叫んだ団員のみならず、全員が疑問に感じずにはいられなかった。
「やはり士気の差か」
現在の両軍の士気は王国軍が100、帝国軍が41であり、その差は59まで広がっている。このくらい差が広がれば、基礎レベルは30から35程度カバーできる計算になるため、王国最強のクラン「蒼き騎士団」の猛攻は彼らにとって十分脅威になり得たのだった。
「クソッ! ゴマすり野郎共がしくじりやがって!!」
岩鉄の近くにいた団員が悪態をつく。勿論、相手は「深紅の連隊旗」をアヤセに奪われたなるるん、クリード、カラバーシのことを指している。
「……」
岩鉄は、悪態を聞きながら、どうしてこのように苦境に立たされているか、その原因を考える。
開戦時から既に王国軍と帝国軍の士気に30程度の差がついていた。最も士気は攻め込んだ側が低くなるのが仕様であり、それを回復させつつ戦闘を展開するのが常道である。しかし、今回は帝国軍側がその措置を取らず、低いままの士気を放置し続けていた。
それは、第一戦で劣勢に立たされたふりをして後退し、後方から奇襲部隊による強襲を成功させるため、王国軍の油断を誘うのが目的だったからである。奇襲が成功すれば士気が逆転し、戦況は一気に帝国軍優勢に傾いただろうが、しかし結果は見てのとおり、差がついた士気を巻き返すどころか更に差が開くことになり、気付いた時には取り返しがつかないほどになっていた(王国軍の士気が全く下がらず100を維持しているのも、帝国軍側にいる岩鉄には理解できない現象だった)。
本来、戦闘の勝敗を決める重要な役割を、基礎レベルや対応力に不安が残るなるるん達に任せる真似などしたくなかった。しかし、アイオスの強引な推薦に最終的に従ってしまったことを岩鉄は深く後悔した。
「……」
岩鉄は改めて周囲にいる団員を見回す。
王国軍を何度か撃退できたものの、その損害は決して軽視できるものではない。これ以上の継戦は難しいものになっているのは誰が見ても明らかだった。
「そろそろ限界か」
誰に語る訳でもなく、岩鉄がつぶやいた言葉に、周囲にいた団員達はほっとしたような表情を見せる。
「遺憾だが、我々は戦場から離脱する。『舟橋』まで急げ!」
「舟橋」は、一般的に川に船を浮かべて鎖やロープで繋げて、その上に板を渡らせた浮橋のことを指す。
帝国軍は王国との国境線の役割を担う大河バヤン川に大規模な舟橋を三箇所浮かべ、合計十五万の軍勢を速やかに王国領に送り込んだ。この電撃的な侵攻に、従来通りラタ森林地帯を横断する街道に架かる「ラタ大橋」を渡って攻め込んでくるものと思い込んでいたラタス駐留の王国軍は虚を衝かれ、慌ててラタスに籠るしかなく、帝国軍は渡河にかかる損害を出さずに済んだのだった。
つまり、舟橋は渡河時には侵入路として、そして、敗色が濃厚になった今は退路の役割をそれぞれ担うのである。いずれ舟橋周辺は、敗走する帝国兵で押し合いへし合いになり、更に王国軍の追撃が加わって大混乱に陥るだろう。そうなる前に自分達が落ち延びるためには、兎にも角にも急がなければならない。
元々、今回の戦争イベントへの参加は、アイオスの帝国軍に対する点数稼ぎが目的だ。そんなことで駆り出された団員達をこれ以上、危険に晒すなんて馬鹿げている。トップクランたる自分らが敵に背中を見せるのは、恥ずべきことだが今はそんなことを言っている場合ではない。岩鉄はクランの面目よりも団員の安全を優先することを決断したのだった。
==========
「全員いるか?」
「……いますよ。やられた奴ら以外はね」
何とか舟橋を防衛する安全な陣地まで逃げ込んだが、点呼に答える団員の言葉にはトゲがある。彼らが思っているところでは、なるるん達に重要アイテム「深紅の連隊旗」を預けたことによって奇襲が失敗したことや、撤退時に多数の団員がを死に戻ったのは、全て岩鉄の判断ミスによるものと思っているようだった。
最も、連隊旗の旗手とその護衛を選んだのはアイオスであり、撤退時にしても無闇に逃げ出せば背後から敵の攻撃を受け、総崩れになるところ、敵に損害を与えつつじりじりと我慢の後退を堅持した結果でもある。もし、岩鉄の選択した戦術や本人の奮戦が無ければ、もっと多くの団員が犠牲になっていたことだろう。
だが、岩鉄はそのことを一切語らない。現状に至るまでどんな事情があろうとも、負け戦には変わりはなく、今言い訳をしたところで、それは見苦しいものだと思っていたからである。
生き残った団員は岩鉄を除き七人。どの顔も疲労が表れ、一刻も早い戦場からの離脱を望んでいる。
「舟橋を渡れば離脱できる。貴様達は早く渡れ」
「……」
団員達は岩鉄に命じられるまでもなく舟橋へと駆け出す。やがて舟橋を渡り始めるが、ここで岩鉄が動かずその場に留まっていることに気付いた。
「おい、岩鉄の奴、残るのかよ?」
「知らねえよ。なるるんやクリードのアホ共に旗なんて持たせて、トチったくせに、最後はカッコつけてサムライ気取りか? ふざけんなよ!」
「全くだ。今回は略奪もできねーし、本当に無駄骨だったぜ」
「放っておきなさい。所詮団長の金魚の糞なんかに指揮なんて無理だったのよ! さっさと逃げるわよ!」
岩鉄に対する侮蔑の言葉を無遠慮に大声で口々に吐き、団員達は遠ざかっていく。そんな団員達を岩鉄は黙って見送り、王国軍が迫りつつある湿地帯に向き直った。
……期待に応えられなかった自分に団長は失望をするだろうか。だが、それも仕方あるまい。敗戦の責任は元をたどれば自身にある。だから、せめて最後は責任を取り、団員達とついでに帝国兵が脱出するまでの時間稼ぎをしよう。
岩鉄は悲壮な決心を秘め、敵を迎え撃つため陣地の外に出ようと歩みだすが、突然背後から耳をつんざく大きな爆発音が自身の身体を覆いかぶさるように響いた。
「何事だ!?」
出し抜けな轟音に振り返って岩鉄は、舟橋に目を向ける。そこには信じがたい光景が広がっていた。
「橋が、燃えている……!?」
三つの橋は、巨大な火柱を何本も上げ燃えていた。
この様子だと橋を渡り退却をしている団員達の安否は絶望的だろう……。そんなことを岩鉄が考えている間にも轟音がひっきりなしに鳴り響き、新たな火柱が上がっていった。
「王国軍の襲撃か!? 馬鹿なっ!」
いくら戦況が帝国軍に不利であっても、舟橋の守備陣は健在で厳重な警戒をしており、そう簡単に王国軍の間諜がすり抜けられるとは思えない。それでは、どこから敵は入り込んだのか? 岩鉄は、思考を巡らせるがやがて一つの結論を導き出した。
「帝国領……! 敵はラタ大橋を迂回して侵入したのか!!」




