表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/128

73_ランベール

 アヤセとマリーがモリス主計長によって案内された左翼軍司令部は、野外に粗末なテーブルと椅子が並ぶ至って簡素なものだった。

 

 「司令官殿」


 参謀と思しき士官達に囲まれ、椅子に座らず立ったままテーブルに両手を預け、無造作に広げられた図面をじっと見つめている男性に、モリス主計長は二人を引き合わせるため声をかける。きらびやかな銀色の甲冑を着込んだ男は、図面から視線を離しつつ、モリス主計長に体を向けた。


 「モリス殿か。よく戻られた」

 「只今戻りました。仰せのとおり、旗手をお連れしました」

  

 司令官と呼ばれた男は、背丈がホレイショくらいありそうだが、細身の体型で、艶のある金髪は肩くらいまでの長さがあり、後ろで几帳面に束ねられている。年齢もアヤセと同じくらいに見え、この若さで一軍を預かる要職を務めているくらいだから、貴族の名門出身だと想像できる。自信に満ち溢れている整った容姿は、文句なしの美男子だった。

 

 「御苦労だった。それで、旗手は……?」


 男は、初めにモリス主計長の背後に控えていたアヤセに視線を向けるが、その顔はうろんな様子を隠そうともしない。頭からつま先までジロジロと値踏みをするように見られることにアヤセは、司令官の無遠慮さを快く感じなかった。


 「どうやら君では無いようだな」


 興味を失った司令官がアヤセから目線を外し、続いて隣にいるマリーを見るのだが、彼女の顔を見るや否やアヤセを品定めしていたときとは態度を変え、目を輝かせ素早い動作でその目前まで近づくと大げさな動作で片膝をついた。


 「おおっ! 旗手は貴女に違いない! 私が想像した通りのお方だ! どうか貴女のお名前を聞かせてもらえないだろうか?」

 「えっ!? あ、あの、マリーです」

 「マリー殿! 嗚呼、なんて美しき名なのだろうか! これほどの美貌を持つ貴女の慈愛を受けたのだから兵達が奮い立つのも道理にかなっているというものだ。正に貴女は女神だ! 『戦場の女神』と呼ぶに相応しい!」


 自身に接した態度から豹変し、傍目で見ていると鳥肌が立ちそうなくらいの声色で、歯の浮く台詞を並べマリーを褒め称える司令官の様子にアヤセは面食らう。周りの者達がこの人物に対しどの様な顔を向けているか見てみるが、苦笑いを浮かべる主計長以外は全員無表情であった。


 「やれやれ、また司令官の悪い癖が出おったか……」


 モリス主計長は、そっとため息をついて小声でつぶやく。どうやらこの男は、美人に目がないらしく、マリーのことを大層気に入り、口説かずにはいられないという中々困った性質を持っているようだった。


 「あ、あの?」


 マリーは戸惑いの様子を見せるが、司令官はそれを意に介さず自身の右手を、掌を上にしてマリーに差し出す。


 「?」

 「マリー殿、お手を」

 「は、はぁ……?」


 言われるがままに右手を差し出すマリー。その手を自然な仕草で取った司令官は、そっと手の甲に口づけをした。


 「!!」

 「なっ、何をするんですか!」


 慌てて引っ込めた右手を庇うように身をよじらせ、司令官に対して抗議の声をマリーは上げるが、司令官は全く悪びれる様子を見せなかった。


 「美しき功労者には相応する感謝の表明を。これは、私なりの御礼です。申し遅れましたが、私、王国軍近衛第二師団長のランベールと申します。此度の戦では左翼軍司令官を務めています。以後、お見知りおきを」


 左翼軍司令官ことランベールは、そう言いつつ優雅な笑顔を浮かべる。見ようによっては能天気に見えるその態度から、マリーが手の甲に接吻をされるのも、そして、自らがそれをするのも当然のことだと思っているようだった。


 「人によってはこのようなスキンシップを嫌がる人もいます。いくら感謝の表明とはいえ、軽率な行動は控えるべきです」

 「そうか? 私の好意を拒む者がいるのか?」

 「……」


 ランベールの振る舞いに対し苦言を呈するものの、当の本人はどこ吹く風とそれを受け流す。この男の自信はどこから湧いて出てくるのだろうか? その言動にアヤセは、呆れて返す言葉に詰まる。


 「し、しかし、少なくても今の反応を見れば、マリーさんがどの様に感じたか分かります。それが分からない貴方ではないと思いますが?」

 「ふーむ?」

 

 何とか口から出たアヤセの指摘を受け、ランベールはマリーをじっと見つめる。彼はしばらく自身が向ける熱い眼差しに困った様子を見せるマリーを眺めていたが、謝罪を口にした。

 

 「確かに、冒険者のあいだではこのような習慣は無いのかもしれないな。マリー殿も驚かれたでしょう。御無礼をどうぞお許しください」

 「え、ええ、私は構いません。でも、こういうことは急にされると困ります」


 マリーはどぎまぎしながら、ランベールの謝罪を受け入れる。

 未だ目の前で跪き、真剣な面持ちで自身を凝視するイケメン騎士の姿には、マリーも気恥ずかしさを覚えるばかりだったが、一方でランベールの応対に少しだけ浮かれている自分を発見してしまった。

 マリーは自問するが、心が揺り動かされる理由はランベールの並外れた容姿が答えだということは考える前から分かっていた。


 「……(アヤセさんもそばにいるのに私ったら、何を考えているの? でも、こんなイケメンなら女の子のプレイヤーはみんな夢中になっちゃうかも……)」

 「マリーさん?」

 「えっ!? い、いや何でもありません、大丈夫です! このくらいで私の心は揺らぎませんから!」

 「……? 急に考え込んでどうされたかと思いましたが、まぁ、大丈夫そうですね。それで、ランベール師団長は、何故自分らをここに呼び出したのですか? まさか、マリーさんの手に口づけをするためだけではないですよね?」


 アヤセがランベールに向けた問いは、幾分皮肉が込められている。最も、本人の立場に立ってみれば戦況が刻一刻と変化し、ラタスにいるギー隊長達の安否が気にかかっているところで、急に呼び出され、時間を無為に浪費している現状の中、接吻シーンなんてものを見せつけられては、一言言いたくなるのも無理はないかもしれない。


 「ああ、マリー殿へ誠意を見せるのが主な目的だったが、勿論それだけではないぞ」

 「……」

 

 アヤセの無言の抗議に気付かず、ランベールは立ち上がり再度マリーの手を取ると、テーブルの上に置かれた地図の前へと導く。その動きに合わせアヤセ、モリス主計長、取り巻きの士官達も自然に二人を中心に集まるかたちになった。


 「見てのとおり、連隊旗で味方を鼓舞したマリー殿の活躍により、我が軍は戦場の至るところで優勢を保っている」


 従卒から受け取った指揮棒で指し示しつつ、ランベールは簡潔に状況を説明する。


 「そして先ほど、中央軍が敵の第一戦を突破したと報告があった。クラン『蒼き騎士団』……。傭兵隊の指揮下の連中が左翼軍でなく何故中央軍にいるのかはこの際問うべきではない。何せ前線突破の原動力となったのだからな。」


 クラン「蒼き騎士団」は青星やまかろん達が所属する、王国最強の名を冠するクランである。このクランは傭兵隊長の指揮下に入るのを潔よしとせず、軍紀違反を犯して戦闘区域を勝手に変更しても(敵陣突破の功績があるとはいえ)見逃されていることから、王国軍において特別扱いされていることが窺い知れた。


 「迂回してラタスに進軍している第十六騎兵連隊が、間もなく敵の攻囲軍に襲い掛かる。油断しきっている奴らは大した抵抗もできまい。もう既に大勢は決したようなもので、このまま何もしなくても我が軍は勝利を収めることができるだろう。だが、それでは大いに不足だ」

 「……」


 モリス主計長や士官達のみならず、マリーもランベールの説明を聞き入り、彼が続きを話すのを待っている。


 (今回帝国軍が撃退できたとしても、西のブルボンヌ地方や北のポートキングストンには大軍団が控えているから、敵の兵力にはまだまだ余裕があるのだよな。何度も侵攻を受ければ地力で劣る王国軍はいずれ消耗してしまうだろうし。どうやらランベール師団長はだいぶ先を見越して戦略を練っているようだ)


 ランベールはただの女好きではなく、一軍を預かる将としての才覚は持ち合わせているらしい。アヤセは上辺だけで人のことを評価していた自身を戒めつつそう思った。


 「今回の勝利をより確実なものにするため、そして今後の帝国との戦いに少しでも有利な方向に持っていけるように、ここで大きな戦果を上げる必要がある。それこそ相手を『全滅』させるくらいの戦果だ」

 「全滅……」


 ランベールの口から出た苛烈な言葉に、マリーが息を飲みながら小声でつぶやく。


 「『全滅』という表現は、敵に残存戦力を再編成させないという意味合いもあります。つまり、敵軍をせん滅させるのではなく、吸収することも含まれるのです」


 マリーを安心させるためアヤセは補足的に解説をしたが、それを聞きランベールの目がきらりと光った。


 「ほう……。君には、私の考えていることを分かっているようだ。では、次に我々は何をすべきか、ついでに御披露願いたいな」

 「そうですね、大まかに言うと、包囲網の構築だと思います。こちらの左翼軍を大きく展開して退路を塞ぎ、更にラタスの籠城軍は敵の左翼軍を逃さないため出撃させて、帝国軍をそれぞれ南北に追い込んで投降を促すのが理想でしょうね」

 「そこまで考えているならば、我々がマリー殿をここに招いた理由も分かるのではないか?」

 「……」


 アヤセはテーブルの図面に目をやりながら、戦闘の経過を振り返る。


 今回の戦争イベント「ラタス湿原地帯の戦い」の大雑把な位置関係は、帝国軍十一万が北西、王国軍十三万が南東に布陣して対峙し、激しい戦闘を展開してきた。

なお、帝国軍の左翼側の背後に攻囲軍五万が包囲しているラタスがあり、中央と右翼側の背後には、ラタ森林地帯に境界を接する湿原地帯がバヤン川のほとりまで広がっている。

両軍は中央軍、左翼軍、右翼軍に分かれそれぞれ正対する敵の各軍とぶつかり戦闘を展開、そして兵力で劣る帝国軍が、「深紅の連隊旗」の効果を頼りに王国軍左翼に奇襲を敢行したものの、連隊旗を奪取された上、左翼軍の一部が反転して反撃をしたため阻止され部隊も壊滅、両軍の士気に大きな差が広がり、王国軍の勝利は目前の状況である。

 

 (そして、目的は降兵を一兵でも多く得ること。そしてそのためには、素早く軍を展開して敗走する敵を捕捉して追撃すること。それを考慮すると答えはそれほど難しいものではないかな)

 

 「『深紅の連隊旗』のポテンシャル『鼓舞激励』によって、左翼軍とできれば中央軍が素早い展開ができるよう、行軍を支援することです。それには、マリーさんの発動するポテンシャルが前線まで及ぶような位置まで移動してもらう必要があります。そして、それを効率的に実行できるのは、この司令部、ということになると思われます」

 「……」


 ランベールは、アヤセの見解に黙して正否を語らない。しかし本人が真剣な表情で頷くのを見れば考えていることは、大体同じだということが察せされた。

 

 「マリー君は我々司令部で身柄を預かった方が最良だと判断した。それでここに招いたのだ」

 

 ランベールの代わりにモリス主計長が語を継いでアヤセの答えを肯定する。

モリス主計長が言うとおり、司令部付きになれば精鋭のNPC護衛兵も付くので安全だし、功績値を稼ぎやすい場所に自動的に連れて行ってくれるのだから、ある意味至れり尽くせりだろう。マリーにとって、大いに利点がある申し出なのは確かだ。


 「方針が理解できているなら好都合だ。間もなく敵も総崩れになるだろうから急いだ方がいい。マリー殿は我々が命を懸けてお守りしますので、どうか御安心ください」


 本人がマリーにちょっかいを出さなければもっと早く話は終わっていたはずなのだが、ランベールは急かすように話を切り上げる。周りの士官等もこれを合図と捉え、ようやく本務に戻れるとばかりに動き出そうとしていた。


 「アヤセさん、どうしましょうか?」

 「この申し出は願ってもないことです。受けた方が良いと思います」

 「そうですね。私もそう思いました。アヤセさんもそう考えているなら、そうしましょう」

 「ああ、それで、アイテムマスターの君には別の任務に就いてもらうぞ」


 図面に目をやりながらランベールはにべもなく唐突に告げる。


 「自分に別の任務ですか?」

 「そう。君に特別任務を依頼する」

 「アヤセさんは一緒じゃないのですか!?」

 

 図面からマリーに目を移したランベールは、彼女の動揺を気遣い、にこやかな表情を浮かべつつ詳細を語り出す。


 「はい、彼には、彼の適正にかなった仕事をしてもらいます」

 「しかし、師団長、依頼の受託は個人の自由だと思いますが?」

 「先ほども言ったがマリー殿の護衛は我々だけで事足りる。君一人だけでは少し手に余るのではないかな?」

 「……」


 確かにランベールが指摘したとおり、ジェムグンが強襲を仕掛けた際、まかろん達が救援に駆けつけなかったら、これを防ぎきれずマリーを死に戻らせていただろう。痛いところを衝かれたアヤセは反論できず押し黙るしかなかった。


 「誤解をしないで欲しいが、何も責めを負わせるためこんなことを言っている訳ではない。適材適所の話をしているだけだ。モリス主計長から君が腕も立つし、機転が利くのも聞いてはいた。しかし『剛槍のジェムグン』をよもや討ち取るとは思わなかった!」

 「……」

 「自分でも感じているのだろうが、君自身、集団行動よりも単独行動の方が合っていると思っているのではないか? 君には君のやるべき役割がある。だからこその依頼なのだ」

 「……」


 当初は出し抜けに依頼を振られ、マリーと別行動を取らされることに反発を感じたアヤセだったが、よくよく考えてみるとそれが理にかなっていると思い直す。最も自身の能力の限界もあるので、クエストを受託するかは内容次第だが、話を聞くだけの価値はありそうだった。


 「アヤセさん……」

 「うーん、確かに師団長の言う通りなのですよね。マリーさんのエスコートは自分よりも司令部で行った方が適任かもしれません」

 「私はアヤセさんにエスコートして欲しいです。一緒に来てくれないのですか?」

 「自分には他に果たすべき役割が与えられていると思います。……連隊旗と勲章はそのまま持っていてください。王国軍の完全勝利のためにそれらはまだマリーさんに必要になりますから」


 マリーは再考を促すが、一方で求められる役割を全うすることを優先するアヤセの性格も理解していたので、これ以上言っても翻意することは無いだろうと諦観を受け入れてもいた。

 アヤセと別れることは心細いことだが、今まで無理を言ってついてきた経緯もあり、彼が言う「王国軍の勝利」のため、今度は自身も求められることをしなければならないだろう。


 「そうですね。私もアヤセさんに無理言ってくっついてきて迷惑をかけてしまいましたから、今度は自分でもできることをしないといけませんね。旗と勲章はもう少しだけ借ります。それと……、無理はしないでくださいね」

 「ええ、勿論です。マリーさんも御無事で」

 「必ず、必ず帰ってきてください。約束ですからね!」


 アヤセは無言で頷きながら右手を差し出す。マリーは差し出された手と固い握手を交わした。


 こうして、王都からずっと行動を共にしてきたアヤセとマリーは、各々の戦場へと向かうため袂を分かつことになる。

 マリーはアヤセが孤独で危険な戦いに身を投じることを察し、彼の無事を祈りつつ、ランベールの案内に従い出発の準備をするのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ