60_遠出
ここは、王都西城門前の広場。
早朝の霧が立ちこめる広場には、開門を待つプレイヤーやNPCが散見している。マリーもまた、これらの人々と同じように三匹のテイムモンスター達と広場に立っていた。
広場はあいにくの霧模様であるが、衛兵の立ち話を聞いたところによると、今朝のように早朝に霧が発生した場合、昼間は快晴になることが多いようである。マリーは、雲一つない五月晴れの澄みきった空を想像するとともに、自身の今の心の中がそれ以上に晴れ渡っていると感じていた。
上機嫌のマリーがここにいるのは、ある人物と待ち合わせしているためである。
「今日のアヤセさんとのお出かけ、楽しみだな~。今日の天気も良くなるようだし、もう言うことないわね」
彼女が以前アヤセにホレイショ(彼女自身はアヤセから金を騙し取ろうとしている女性だと思っている)と引き合わせることを求めており、今後避けて通れない対決が後に控えている(と思い込んでいるのはマリーだけ)とはいえ、取り敢えずそれはそれとして、今は待ち望んでいたアヤセとの旅行を心ゆくまで満喫しようと考えていた。
例え、アヤセの認識では、単なる食料調達であったとしても、マリーにとってはデートの約束であることに変わりない。オンラインショップ出品も無事に終了したタイミングで、改めてアヤセから予定を聞かれたあの時は、正に天にも昇る心地だった。
「アヤセさんが私との約束を覚えていてくれたことは嬉しかったな。デートもできて白パンも手に入るなんて、私ったら幸せ過ぎるわね~」
約束の時間より一時間も早く到着したマリーは、こうして待ち合わせの場所に立ち、テイムモンスター達から微妙に距離を置かれているのにも気付かず、一人でニヤニヤと笑みを浮かべながら、鼻歌混じりで小躍りしている。その様子は、当然傍目から見ると挙動が怪しく、遠巻きに見ている衛兵達から警戒されていた。
自分の世界にどっぷり浸り、周囲の様子を一向に気にしないマリーは、いつの間にか自身の背後にガラガラと音をたてて馬車が止まったことに気付かなかった。
「マリーさん」
聞き慣れた声が、マリーの耳と心を満たす。
「おはようございます。もう、こちらにいらしていたのですね。お待ちになりましたか?」
声の主はアヤセであった。屋根付きの二頭立ての馬車の御者台から降り、マリーに声をかけてくる。アヤセと再会するのは数日も間を空けていないにも関わらず、マリーの胸は大きく高鳴った。
「おはようございます。アヤセさん。全然待ってなんかいませんよ! 私も今来たところなんです」
マリーの嘘に、三匹のテイムモンスター達が自らの主人を白い目で見る。マリーはそれに居心地の悪さを感じながら気付かないふりをした。
「私とのお出かけのために、こんな素敵な馬車まで用意してくれるとは思っていませんでした。これで移動が楽になりそうですね。……それにしても、初めての遠出なのにいきなりお泊り旅行を計画するなんて、アヤセさんも大胆ですね! 私も大胆になっちゃいそうです」
「馬車で飛ばせば、その日のうちに目的地に着くことができるかもしれませんが、全員の安全を考慮して無理をせず、途中の宿場町で一泊することにしました。目的地でもう一泊するとして、帰りはおそらく途中泊せず王都に帰ることができると思っていますので、往復で三、四日の旅になると思います。王国の街道筋は比較的安全とはいえ、モンスターや追剥ぎに注意が必要です。ですので、マリーさんも大胆になるのは結構ですが、その辺りは念頭に置いてください」
「え? あの、『全員』でしょうか……?」
今まで自身やテイムモンスター達をさすのに、アヤセが「全員」という表現を用いることが無かったので、言い回しが気になったマリーはアヤセに聞き返す。
「ええ、『全員』です。今回は大所帯になりますから、全員の体力等に気を配って旅程を決める必要がありました」
「ええっ!? 私達だけじゃないのですか?」
マリーは衝撃を受ける。せっかくのアヤセとのお泊りデートを邪魔する者がいるなんて話は聞いていない。だが、彼女はアヤセと約束した際、重要な点を見落としていたことに気付いた。
(私、アヤセさんと二人っきりで行きたいって言っていなかった!!)
「二人の特別になりそうな場所」に連れて行って欲しいと言われたら、普通は二人だけで行くものだとマリーは思い込み、アヤセに特に念を押さなかった。マリーは詰めの甘さを悔やむとともに、自身の願いを汲み取ってくれないアヤセの鈍さを恨めしく思った。
「さぁ、出発しますから、荷台に乗ってください」
アヤセは、マリーを馬車の荷台に誘導し、荷台に上がるステップを上るのに手を貸す。マリーは荷台の下にいるアヤセに何か言おうと声を出しかけたが、間髪を入れず次々とテイムモンスター達も乗り込んできて、奥へと押しやられてしまう。アヤセは、最後に亀のターちゃんを持ち上げて荷台に乗せたあと、ステップを戻し、前部の御者台に上がった。
「それでは出発します。荷台にいる方々は、道すがらそれぞれ自己紹介をしておいてください」
馬に鞭をくれて馬車が動き出す。馬車の荷台は意外に広く、マリーとテイムモンスター達が入っても先客達を圧迫することはなかった。ちなみに荷台には、既に二人ほど乗っている。
「まぁ、可愛らしいモンスター達ですこと。貴女がマリーさんね。初めまして、オサキと申します。今回はアヤセさんが主人のもとに送ってくださるとのことですので、同道させていただきます。よろしくお願いしますね」
「俺はホレイショだ。庵主様の護衛とゲンベエ師匠に武器の売却を頼むため同行させてもらっている。アンタがマリー嬢か? 聞いた通りの人だな。道連れが増えて楽しい旅になりそうだぜ!」
「あ、あの、マリーです。よろしくお願いします……」
いきなり尼僧姿の老婦人に、厳つい水兵姿の男といった個性的な格好をした先客達の挨拶を受け、マリーは戸惑う。ひとまず挨拶を返すものの、旅の先行きに不安を感じるのだった。
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アヤセ、マリー、ホレイショ、オサキに加え三匹のテイムモンスターとチーちゃんの合計四人と四匹になる大所帯の一行を乗せた馬車は、アヤセ、ホレイショがそれぞれ交代で御者を務め、のんびりとした歩調で街道筋をたどっていく。
現在、御者台にはアヤセとホレイショが座り、荷台にはマリーとオサキとテイムモンスター達がいる。最もテイムモンスター達は暢気に昼寝をしており、荷台の中は、マリーとオサキが沈黙のまま対面している状態だ。
馬車の荷台のシートに座り、憂鬱に支配されたマリーは小さくため息をつく。ため息は、女心が分からないアヤセの鈍さへの不満から出たものだが、同時に自身が取り続けている態度に対する自己嫌悪によるものも含まれていた。
アヤセは約束を忘れず覚えていて、こうして色々と手筈を整えてくれたし、他にもいつもと変わらない気遣いを見せてくれた。それなのに、今朝方、馬車に乗った後からマリーはアヤセに対して会話を一言も交わすことをせず、無視し続けてきたのだが、いくら何でもその態度はアヤセに対して失礼ではないのかとマリーはそう思い、今までの行動を後悔していた。
「……(でも、でも、今からアヤセさんに何て話したらいいのだろう……)」
マリーは独り思い悩む。残念ながら馬車の荷台にはその答えになりそうな物は何も無い。
「(アヤセさん……)」
「少しよろしいでしょうか?」
「わっ!」
恋しげにアヤセの名前を心の中でつぶやいた際に、急に対面に座るオサキに声をかけられたため、マリーは驚いて声を上げた。
「あら、驚かせてしまったかしら? ごめんなさい」
「い、いえ。……もう宿泊先に到着したのでしょうか?」
「ああ、まだのようですよ。今日中にポワティエの宿場町に着けばいいのですから、随分ゆっくりと進んでいるみたいですね。ホレイショ殿は馬車の扱いに慣れているようですが、アヤセさんは少々手間取っているようね」
ポワティエの宿場町は、街道の三叉路に所在する王国で一番規模の大きい宿場町である。今日はこの宿場町で一泊する予定であるが、余裕を持って王都を出発していたため、馬車を御するのが今回初めてのアヤセが悪戦苦闘しても夕刻までには到着することができるだろう。
「そうですか……。それで、私に何か?」
「ええ、気を悪くしたら申し訳ないけど、年寄りは悩める若者にお節介を焼きたくなるものなの。特に、もどかしくなるような男女のやり取りを傍から見せられているとね」
「なっ、何のことでしょうか?」
「あなたがアヤセさんを慕っていることは、ここにいる全員分かっていますよ。……困ったことに当人は全く分かっていないようだけど」
「!!」
マリーはオサキの指摘を受け、周囲に分かるくらい顔や態度にアヤセに対する気持ちが表れていたことを恥ずかしく感じ、俯いてしまう。
「恥ずかしがることはないのよ。人を好きになることは誰にでもあることですし、それに二人はとてもよくお似合いだと思うわ」
「そ、そうでしょうか……?」
「だけど、どうしてマリーさんは彼に冷たく当たるのかしら? 本人に原因があるかもしれませんが、アヤセさんはあなたのご機嫌を損ねたことを大変気に病んでいますよ」
「それは……」
マリーは口ごもりつつもアヤセに対する不満を打ち明ける。
「私は、決してアヤセさんに冷たく当っているつもりなんてありません。少し今回の小旅行が私と思っていたのと違っていたので、戸惑っているだけです」
「そうなの。マリーさんが言う『思っていたのと違う』ということは、私達が一緒にいることね?」
「あっ……」
図星を突かれたマリーは、返答に困る。だが、オサキは自分達が邪魔者扱いされていることに気を悪くする素振りも見せず、穏やかな口調で話を続ける。
「さすがにマリーさんの様子を見れば誰だって察しがつくわ。ホレイショ殿もそのことを心配していますよ」
「……私はアヤセさんと白パンを一緒に取りに行くという約束をしていたのですが、私達だけで行くと思っていたのに、どうして皆さんが一緒なのか疑問に感じていました。済みません」
「いいのよ。マリーさんの気持ちを考えると、アヤセさんの鈍さに苛立ちを感じたのも無理は無いと思いました。それにしても白パンね……。何となく分かってきましたよ。あなた達が分けてもらおうとしている白パンを焼いているのは、私が会いに行こうとしている夫と同一人物ですね」
「えっ? オサキさんのご主人が白パンを作っているのですか?」
「本業は鍛冶師だけど、片手間にパン焼きもするの。ちなみに、夫とは二十年ぶりに会いに行くのですよ」
「二十年も!? そんなに会っていなかったのですか?」
「そう。でも、アヤセさんのお陰で、こうしてまた会えることになって……。本当に長い二十年でした。それで離別の原因なのですが、当時の私が夫とよく話し合わなかったことが原因だと今になってつくづく感じています。伝えること、話を聞くことは本当に大事なことです。私もそれを怠って、多くの人に迷惑をかけた上に人生の遠回りをしてしまったのですから」
「オサキさん……」
果たして自身はアヤセに伝えたいことを伝え、聞きたいことを聞いているのか? 遠い目をして過去に思いを馳せるオサキを見つめながら、マリーは今の自身を彼女に重ね合わせ、自問する。
「だから、アヤセさんに対して、不安に思っていることがあったら、そのことをしっかりと伝えて、本人の考えをよく聞かなければ駄目ですよ。お二人にはすれ違いで、お互いの心が離れてしまうことなんてないようにして欲しいと余計なお世話ながら私は、考えているのです」
「すれ違い……。アヤセさんの心は、私から離れてしまうのでしょうか?」
「マリーさんが、このまま黙っていたら、いずれはそうなるでしょう。それで、お二人に距離が生じることを好機と捉える方がいるかもしれません。女心に疎くても思いやりのあるアヤセさんを憎からず思っている女は、少なくないでしょうから。私ももう少し若かったら、あの人に対してどんな気持ちを持っていたか分かりませんね」
意味深な微笑を浮かべるオサキの話を聞きマリーは俄かに慌てる。
「ええっ!? そんなにアヤセさんって人気があるのですか? ……まさか、オサキさんも?」
「ごめんなさい、私は冗談ですよ。ですけど、競う相手が多いことはあなたも気付いているはずです。手綱はしっかり握っておかないといけませんよ」
ライバルが多いのは自覚していたが、改めて他人からそのことを指摘されると焦りが湧いてくる。マリーの表情は時間を置かず決然としたものに様変わりした。
「オサキさん! 気付かせてくれてありがとうございます! 私、アヤセさんにしっかりと話してみたいと思います。持った手綱は絶対に離しません。絶対に他のライバル達の好きになんてさせません!」
「そ、そうですか。マリーさんの頑張りに期待していますよ……」
オサキは、マリーが憂鬱を取り払い、前向きな気持ちになって良かったと思う一方で、彼女が顔を合わせたこともないライバル達に対抗心に燃やす様子を見て、少し焚きつけ過ぎたかもしれないと思うのだった。




