61_「相棒」の正体
一行は、予定通りポワティエの宿場町へ日没前に到着した。
ポワティエの宿場町は、王国のほぼ中心部に位置しており、見様によっては当地を中心として、東の王都、西のラタス、北のロメリーノ(注:王国第二の都市。ポートキングストンと街道続きであり、侵攻の機会を窺っている帝国軍第六軍に対する防衛拠点として非常に重要な都市)に向けてそれぞれ街道が延びでいるともいえる。街道の三叉路に発展した宿場町は、多くの人や物が行き交い、それに伴って大きな賑わいを見せている。特に夕暮れ時は馬車の往来も苦労するほど、今夜の宿泊先を求める旅人達で町全体がごった返し、加熱する客引きも混乱に拍車をかけていた。
通行には難儀したものの、アヤセが事前に宿を予約していたため、馬車を宿の前につけた後は宿泊手続きがあっという間に済み、まだ宿泊先を探して不慣れなプレイヤーが右往左往している騒がしい時間帯であったが、既に一行は投宿先で一足先に旅装を解いていた。
「しかし、宿取りがこんなに熾烈だったとはな。これだけ宿があって盛んに客引きをしているにも関わらず、後々足らなくなるとは信じられねぇぜ」
ホレイショがポワティエの宿場町の喧噪ぶりを目にして感嘆する。
「以前、自分はゲンベエ師匠の鍛治場から王都へ向かう途中に、ここで一泊しようと思っていたのだけど、宿にあぶれてしまったことがあって……。何とかここの宿屋の馬小屋を借りることができたのだけど、まぁ、泊まれたのはいいが、馬に蹴られて瀕死状態になるとか色々あって大変だったな。……あまり思い出したくないけど」
「う、馬小屋か……」
馬小屋での泊まり心地を想像しているのか、ホレイショが身震いしながら心底嫌そうな声を出す。
最も、アヤセにとっては、今回の遠出で馬車旅行を計画するに至ったのも、馬車を預かってもらえるこの宿の予約が事前に可能であると分かっていたからである。そういった意味では、アヤセが狭い馬小屋で御機嫌を損ねた馬に蹴られたことは、無駄ではなかったのかもしれない。
「アヤセさんの貴重な経験のお陰で、私達はこの様な素晴らしい宿を得ることができたのですね。御配慮ありがとうございます」
オサキがアヤセに礼を述べる。そしてマリーへ目を向けつつ、話を続けた。
「さて、無事に投宿できたことですし、私は先に休ませていただきますね。食事も携帯食を持参していますから、部屋でいただこうと思っています」
「分かりました。明日の出発は午前六時を予定していますから、五時五十分までにはフロントに集合願います。本日はお疲れ様でした」
「ええ、今日はありがとうございました。それではお休みなさい」
客室へと下がっていくオサキをアヤセ達は見送る。アヤセは、オサキが去り際にマリーに片目を瞑り何やら合図を送ったことに気付くが、その意図が分からず心の中で首を傾げた。
「まだ、五時を過ぎたところか。相棒はこの後どうする?」
ホレイショが伸びをしつつ、アヤセに今後の予定について尋ねる。
「他のプレイヤーは今のところ宿探しに忙殺されているから、飲食店に入るつもりなら今のうちだろう。投宿が一段落したら次は食事だからな。どこの店もすぐに満席になる」
「おう、それなら、早く店に入っちまった方がいいな。善は急げだ」
「幸いにして前回訪れた際に、周辺の店の位置は記憶している。選択の余地はそれなりにあると思うが、どこにしようか?」
「……」
先ほどオサキから視線でエールを送られたマリーであるが、中々会話に入ることができずその場に立っていた。
昼間荷台でオサキの前で決意を力強く表明したマリーであったのだが、結局その後もアヤセから話しかけられたにも関わらず、今まで無視してしまったことに対する後ろめたさも手伝い、会話を交わすことが一切できなかった。一方のアヤセもそんなマリーの態度から彼女の怒りが冷めやらないものだと判断したらしく、宿に着く頃には声かけを控えるようになってしまっていた。
焦れば焦るほど、言葉に詰まり話すことができなくなる。このままでは、本当にアヤセの心は自身から離れてしまう、そう思うと更に焦りを感じ、一層言葉が出なくなる……。悪循環を何とか断ち切ろうとマリーは必死にもがくが、試みは全て失敗している。
「マリー嬢も一緒に来るか?」
「えっ!?」
唐突にホレイショがマリーに声をかける。驚いたマリーが見返すとホレイショはアヤセに見えないように白い歯を見せ、笑顔を見せていた。
「マリーさんは長旅でお疲れだろうから、無理に誘うことはないのでは?」
(ご主人は黙ってるの~!!)
ホレイショを制しようとするのアヤセをチーちゃんが大きな声で鳴いて、すかさず止める。更に、傍らにいたラビちゃん達テイムモンスターもアヤセの足をバシバシと叩き始めた。
「な? いいだろ? マリー嬢」
マリーは厳つい格好のホレイショや、チーちゃん達が、見た目から想像できない気配りを見せたことに驚いたが、何とか頷くことで同行の意思を示す。ホレイショとチーちゃんが思わぬかたちで助け舟を出してくれたことにマリーは、大きく感謝するのだった。
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「マリーさん」
テーブルに着席すると同時にアヤセは姿勢を正し、マリーに声をかける。そして、ホレイショに目を向け、お互いに頷いたあと話の口火を切った。
「マリーさん。今回の遠出がマリーさんの想像していたものとおそらく違っていたので、戸惑いを持たれてしまったのではないかと思います。事前に相談無く独断で事を進めてしまったことは、申し訳ありません。今更ですが何故こうなったかについて、事情を説明したいのですが、お聞きくださいますか?」
「色々気遣ってもらっていたのに、私の方こそ昼間は大人げない態度を取ってしまい、本当にごめんなさい。アヤセさんのお話、是非聞かせてください」
「マリーさん、ありがとうございます」
マリーの承諾の意を聞き、緊張の面持ちをしていたアヤセの表情は和らいだ。
「良かったな、相棒。マリー嬢に話を聞いてもらえるようになって」
「あの、相棒って……?」
ようやく二人がまともに会話をできるようになったことに、ホレイショが声をかけたが、マリーはホレイショの台詞から出た「相棒」という言葉に気付き、アヤセに尋ねた。
「おっと、まだ言わねぇ方が良かったかな?」
「いや、構わない。それで、まず初めにホレイショ紹介します。ホレイショは、以前お話した、自分とある事業に共同で取り組んでいる相棒です。当人がゲンベエ師匠のもとに向かう用事があったことと、マリーさんから早急に引き合わせて欲しいという要望がありましたので、今回同行願いました」
「えええっ! アヤセさんの『相棒』って、ホレイショさんのことだったのですか!?」
「そうだぜ。俺達のやっていることは、気をつけなきゃいけないことがいくつかあってな、誰にでもホイホイと喋る訳にもいかねぇんだ。だから、相棒も必要以上のことはあんまり言わなかったのだろうな」
ホレイショは、大きく笑い、マリーの心情を慮るような口調で語りかける。
「見てのとおり俺は男だ。もしかしたら、マリー嬢は俺のことを相棒に言い寄る質の悪い女だと思っていたんじゃないか? だが、この堅物が鼻の下を伸ばして女に貢ぐ姿なんて、とても想像できないぜ!」
自分が対峙するのは、てっきり若い女だと思っていたのに、実際に目の前に現れたのは、筋骨隆々の厳つい男だったことにマリーは、衝撃を受ける。自身の思い込みと勘違いのせいで随分と取り越し苦労をしてしまい、更にアヤセに恥ずかしいことを言っていたことを思い返し、言葉が出なかった。
「もういい。どう考えたら、ホレイショが若い女性になるんだ? そんな勘違いをマリーさんがする訳ないだろう」
すかさずアヤセが、困惑するマリーを庇うようにホレイショをたしなめる。マリーは、本人が自覚していないアヤセの助け舟によって何とか気を持ち直し、話を合わせた。
「え、ええ、私も少し驚きましたが、これでアヤセさんの言っていることが間違っていないと分かりました。……今まで散々疑ってしまってごめんなさい」
「マリーさんは『ビジネスパートナー』として、今後の仕事に影響が出ないか心配をされていたのでしょうから、お詫びには及びません。それに、こちらとしても疑いが晴れて良かったです。それで、ついでと言っては何ですが、ホレイショと具体的に行っている活動についても話をさせてください」
アヤセは、マリーに対して、前段階として王国が置かれている状況、ゲンベエ師匠とオサキを取り巻くイベント、反帝国を目標に掲げる者達と知己を得ていること等を話し、最後にホレイショの目標である造船のことについて説明した。
「……ということを自分は今まで行ってきましたが、ここ最近は、実感できるくらい反帝国に関連するイベントに多く遭遇する傾向にあります。因果関係は分かりませんが、国境に集結している帝国軍の動きも無関係ではないと思います」
「他にも俺達の船材集めも多少は、関係しているかもしれねぇ。何せやっていることが帝国への敵対行動そのものだからな」
「もし、プレイヤーの各国に対する好反感情がマスクデータで存在しているならば、ホレイショと自分は、帝国に対する好感度は底を打っているはずです。そのようなプレイヤーの前に、帝国に思うところがあるNPCが、イベント等で目の前に現われても何ら不思議ではありません」
マリーは、アヤセの話を今までじっと傾聴してきたが、アヤセが話に一区切りを入れたところで口を開く。
「二人がそんな出来事に巻き込まれているなんて、ちょっと驚いちゃいました。それにしても、お金を必要としていたのは、このためだったのですね。ホレイショさんの目標を今耳にして、アヤセさんがそれに協力したいという気持ちがよく分かりました。小説や映画に登場する帆船が大海原を疾走するのを想像するだけで、何だかワクワクしますよね」
マリーは、納得がいった顔で何度も頷いたあと、少し遠慮がちに話を切り出した。
「あの、私にも手伝えそうなことってありますか? その、できることがあればですが……」
マリーの願ってもいない申し出に、アヤセとホレイショは顔を見合わせる。
「ああ、モチロンだぜ! 俺達からもそれを頼もうとしていたんだ」
「実は、今回の遠出の目的の一つに、マリーさんを自分らがしていることにお誘いすることも含まれていました。まさか、マリーさんからそのように言っていただけるのは、自分達にとって非常に有難い申し出です」
「でも、私、船のことはあまり詳しくありませんし、そんなに役に立てるか分かりませんけど……」
「正直言って、自分もできることと言えば、船材にポテンシャルを付与する程度です。ホレイショがポートキングストンで活動していた際は、百人近いプレイヤーやNPCがそれぞれの力を持ち寄って艦船を作り上げたそうです。マリーさんの才能だって持ち寄られる力の一つとして、絶対に必要になります」
「そうだぜ。仲間が増えるのは無条件に歓迎すべきことだと俺は思っている。ま、相棒は秘密の漏洩を気にしているところがあるがな」
「造船の計画が帝国のスパイの耳に入ると、面倒なことになるから情報の取り扱いは慎重にすべきという考えは今でも変わらない。だけど、マリーさんのように最高に有望で信頼できる人の協力を得られることは、それを上回るメリットがある」
「アヤセさん! ちょっと褒め過ぎです……」
アヤセの手放しの賞賛にマリーが照れた様子を見せ、もじもじする。
「まぁ、相棒の奴はお世辞で言っている訳じゃねぇし、俺もそう思っているぜ。それにしても、アンタが船に関心があるのは分かったが、どうして俺達に協力しようという気になったんだ? 金や手間もかかるし、帝国を向こうに回しているようなものだから、危険が伴うこともあるかもだぜ」
「それは……」
言い淀むマリーの視線がそっとアヤセに向く。ホレイショはそれを見て全てを察し、笑みをもらした。
「おっと、済まねえ。事情は色々だよな。聞かなくていいことを聞いちまったみてぇだ。ま、これからもよろしくな!」
「い、いえ、構いません。こちらこそよろしくお願いします。」
マリーが二人の造船計画に加わりたいと思った理由は、本人も述べたように帆走する艦船の姿を思い描き、完成した姿を見てみたいという思いもあったのだが、決め手になったのは、この活動にアヤセが積極的に関与している点であった。以前はトップクランに対する復讐を目標に掲げていたアヤセが、別の目的を持ってゲームを楽しんでいることが、マリーには嬉しかった。そして同時に、自らもアヤセに寄り添い、側でそれを見守っていきたいと感じたのだった。
「よし、それじゃあ、今夜はマリー嬢の歓迎会だ! おーい注文を頼む! 今夜は飲むぞぉ!」
「明日も早いのだから、飲み過ぎは厳禁だ。だけど、マリーさんの歓迎はしっかり行わなくてはな」
マリーの勧誘という大仕事を終えた二人は、肩の力を抜きこの後の飲食を楽しむことにしたようである。そしてそれは、アヤセへの疑念が解けたマリーも同様だった。
「ポワティエの宿場町の名物は、近郊の川で獲れる鰻です」
「ウナギが名物なのは宿場町の定番だな。それで、蒲焼きは……、醤油がないからタレが作れないか」
「でも、白焼きだってきっと美味しいですよ。ワインに合いそうですね!」
……この日、船をはじめとする諸々の話に花を咲かせた三人の歓談は、夜更けまで続いた。
マリーの勘違いが発端となったホレイショの紹介劇は、こうして双方にとって大きなメリットをもたらす結果で幕を下ろしたのだった。




