閑話 王都に広がる噂
王都の朝は早い。
日の出と共に市民は起きだし、朝食をとり、仕事やその日の準備を始める。
そんな街の一角ーー
冒険者が集うギルドに併設された一軒の酒場に人が集まっていた。
「おい、聞いたか? 新しい貴族が誕生したって話!」
冒険者の男が焼き立てのパンを齧りながらそう言う。
「何をだ?」
隣でスープをすすっていた商人が顔を上げた。
「セレスティア伯爵だよ」
その名前が出た瞬間、周囲の数人が反応した。
「あぁ! 新しく誕生した貴族家のことか!」
「そうそう!」
「王族を助けただけでなく国に貢献したらしいぜ?
「なんでもコルヴァン伯爵も認めているという噂だぜ?」
「どうせガセネタだろう」
テーブルに肘をついた大男が鼻で笑った。
「その噂本当だぜ?」
カウンターでグラスを磨き上げる店主が口を挟む。
「俺の弟が王城の厨房で働いているのだがな」
「なんだ? 内部情報か?」
「聞かせろよ」
男は声を少し潜めた。
「鉄砲魚を食べた陛下が食あたりを起こしてな。
解毒ポーションも宮廷医師も歯が立たなかったらしい。
それをセレスティア伯爵の作ったポーションで一瞬で治したって話だ」
一瞬、場が静まり返る。
「……は?」
「まじか?」
「子供が?」
商人が眉をひそめる。
「いくつなんだ?」
「七歳だ」
その場の全員が固まった。
「七歳?」
「七歳ってうちの息子より下じゃねえか」
「そんな子供が王族を救った?」
酒場の主人は肩をすくめた。
「それだけじゃないらしい」
「まだあるのか?」
「ポーションを作った数が……とんでもない」
「どれくらいだ?」
主人は指を三本立てた。
「三百?」
「違う」
「五百?」
「違う」
男は言った。
「千五百」
その瞬間。
「は?」
「ちょっと待て」
「ポーションってそんな作れるのか?」
冒険者風の男が腕を組む。
「腕の言い錬金術師でも、一日百五十本とかだぞ!
バレンシアにはもっと作れる熟練の錬金術師がいるとは聞くが......」
「だよな?」
「千五百って何日かかるんだよ」
酒場の主人がぽつりと呟く。
「俺も詳しい話は知らないが、一日で作ったらしい......」
沈黙。
完全な沈黙だった。
「……嘘だろ?」
「いや、俺も最初そう思った」
「一日で千五百本って、ローポーションだとしても無理だぞ!?」
「化け物じゃねえか」
そのとき、別の客が口を開いた。
「そういえば、セレスティア伯爵って王国でも重要な錬金術師で、史上初の王冠案件を発令された人物らしいぞ」
「は?」
「王冠案件って、あの“存在するだけの法律”って言われてるやつか?」
「それそれ」
「前にあっただろ。グリムヴァルト子爵家と王国一の闇組織“漆黒の鎖”がまとめて処刑された事件」
「ああ、そんなのあったな……」
「あのとき誘拐されてた少女が、セレスティア伯爵らしい」
その言葉に、周囲が一瞬だけ静まり返った。
「……待て」
大男がゆっくり口を開く。
「じゃあ何か?」
指を一本ずつ折りながら続ける。
「王族を助けて」
もう一本。
「ポーションを一日で千五百本作って」
さらに一本。
「闇組織の事件にも関わってる」
そこで顔を上げた。
「それ全部……七歳のガキがやったってのか?」
完全な沈黙が落ちた。
「……嘘だろ」
「いやいや、盛りすぎだ」
「どこまで本当なんだよそれ」
酒場のあちこちでざわめきが広がる。
そのとき、店主が肩をすくめた。
「さあな」
グラスを布で磨きながら続ける。
「だがよ」
少しだけ声を落とした。
「この前、そのセレスティア伯爵が住んでる屋敷に騎士団が来たらしい」
「騎士団?」
「なんでだよ」
「護衛だとさ」
「護衛?」
「王城から正式に派遣されたらしい」
その言葉に、何人かが顔を見合わせた。
「子供に騎士団の護衛?」
「どんだけ重要人物なんだよ」
冒険者の一人がぽつりと呟く。
「それ、もう普通の貴族じゃねえだろ」
店主は小さく笑った。
「少なくとも、王城はそう思ってるってことだろうな」
誰かがぼそりと言う。
「……七歳でか」
大男が酒をあおり、ため息をついた。
「世の中どうなってんだ」
酒場に小さな笑いが広がる。
だが同時に、誰もが思っていた。
もしこの噂が本当なら――
王都に、とんでもない存在が現れたのではないか、と。
その名は――
セレスティア伯爵。
まだ幼いその名は、すでに王都中へと広がり始めていた。
次回から新章がスタートします!!




