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転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

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63話 王国の要請、毒の町⑩

ーー王国・バレンシア近海


空はオレンジ色から澄んだ青空へと変わっていた。

心地よい波の音、遠くから聞こえるウミネコの鳴き声――そのすべてが、穏やかな海の風景を演出していた。


「エレノア様! ラスト五回目、行きますね!」


船長の声が甲板に響き、網が大きく投げられると波間に広がった。

私は手元のタブレットと鉄砲魚を見比べながら、慎重に確認し、記録を続けていた。


「このフグは……後で捌かないと毒性まではわからなさそうね……」


外観から毒性の有無を判断できない蒼灯フグが数匹、鉄製の箱に丁寧に収められる。


「調査のためなら持って帰ってもいいって言ってたけど、持ち帰るときは空間収納に入れておかないとね……」


そう独り言を呟いていると、ふと視線の端に動くものが映った。


「おや? あれは王国海軍の船じゃないかい?」


船長のその掛け声で、周囲は一瞬緊張に包まれた。

王国海軍は海上犯罪を取り締まる権限も持っているため、鉄砲魚の密猟を疑われたのではないかと、船長は少し身構えた様子だった。


高速で近づいてくる王国海軍の船――。

私たちの船の近くまで来ると、兵士が船長に声を掛けた。


「そちらの船にエレノア様は乗っていらっしゃるだろうか?」


「乗っていますよ!」


船長がそう答えると、兵士は近くにいた別の兵士に声を掛け、慌ただしく準備を始めた。


「了解しました! 陛下の命により、我々海軍もエレノア様の護衛をいたします!」


この時の私は特に何も思っておらず、ただ黙々と記録を続けていた。


「あ……このフグの記録、まだだ」


そのフグを手に取り観察を続ける私は、周囲の声がほとんど耳に入っていなかった。


「そろそろ時間なので港に帰りますねー!」


船長の声掛けも、私は淡々と記録を続けているだけで、特に意識していない。


船はゆっくりとバレンシア港へと向け進んでいく。

港に近づき視界が開けると、港全体に張り詰めた空気が漂っていた。


桟橋には出発前と比べものにならないほど大勢の騎士たちが整然と並び、船の接岸に備えている。

港全体が、まるで戦場の前線のような物々しい雰囲気に包まれていた。


船長は少し動揺した声で呟く。


「こ、これは……一体どうなっているんだ……!」


それでも私は、手元のタブレットと蒼灯フグに視線を落としたまま、淡々と作業を続けていた。

周囲の圧力も、騎士たちの鋭い視線も、私にとってはただの背景のようだった。


「……あ、このフグの記録、まだまとめないと」


港に戻るまで、私は集中力を切らすことなく記録を続けていた。


船が桟橋にゆっくりと着岸すると、大勢の騎士団が整然と船を取り囲んだ。


「エレノア様、こちらへ――!」


騎士たちの声は厳かでありながら、動きは迅速だった。

私は相変わらず淡々と蒼灯フグの記録をまとめ、手元のタブレットに目を落としたままだった。


船を降りると、港全体が警戒態勢に包まれていることに気づく。


通路沿いには槍を構えた騎士、建物の屋上には弓を構えた者たちが立ち、港の入口ごとに警備の目が光っていた。


「これほどまでの護衛とは……」


船長が小声で呟く。


私はそれに反応せず、記録に集中し続けた。

騎士たちは一切の油断もなく、周囲の警戒を怠らない。


港を離れる通路、街道沿いの街灯、森の端――あらゆる場所に目を配り、私の一歩一歩を守っていた。


「オスバルト伯爵の別荘までご案内いたします!」


一人の騎士が告げると、私を囲むように歩き出す。

その異様な光景に、街の人々は立ち止まり、困惑した表情で見つめていた。


「ふぅ……これで記録終わりっと!」


記録を終え、空間収納にタブレットをしまうと、ようやく周囲の異様な光景に気づく。


「あれ……? こんなに騎士さん達いたっけ?」


「今さら気づいたの?」


「さっきまで記録してたからね……」


後ろでは、今にも倒れそうなカイルをメルが支えていた。

私は一歩一歩、別荘へと進みながら、ようやく周囲の異様な緊張感を意識することになった。


「なにかあったんですか?」


一人の騎士に尋ねると、騎士は簡単に首を振り、落ち着いた声で答えた。


「特に大きな事件ではありません。陛下から、市民の不満が出ているとの報告を受け、念のため警備を強化するよう指示がありました」


「市民の不満……?」


「はい。海洋調査に伴い、鉄砲魚の取り扱いや捕獲制限についてご不満を持つ方がいるようでございます。万が一の騒動を未然に防ぐため、通常よりも厳重な護衛体制を敷いております」


私は少し首をかしげる。

記録に集中していたため、警備の異様さにはまだ完全に気づいていなかった。


「なるほど……だから、こんなにたくさんの騎士さんたちがいるんですね」


騎士は周囲を見渡しながら答えた。


「ええ。安全に別荘までお届けするのが我々の任務です」


後ろではメルが支えるカイルも、普段より表情を引き締めていた。

私は黙々と歩を進めながら、騎士たちの厳重な警護の理由を理解し始めた。


「それにしても厳重過ぎないですか……?

街の人も引いていますけど……」


「いえ、これでもまだ不十分なくらいです!」


「不十分??」


その言葉に疑問を抱いたまま、私たちは別荘へ到着した。


だが――


オスバルト伯爵の別荘も、今朝とは比べものにならないほどの騎士で埋め尽くされており、厳重そのものだった。


門の前、庭の周囲、屋敷の屋根の上にまで騎士たちが配置されている。

まるで小さな要塞のような光景だった。


「おい! エレノア様がお戻りになったぞ! 門を開けろ!」


門番の騎士が声を張り上げる。


重い門がゆっくりと開き、内側に控えていた騎士たちが一斉に姿勢を正した。


「エレノア様、ご帰還お疲れ様でございます!」


「屋敷内の安全はすでに確認済みです!」


次々と報告が飛び交う。


私はその様子を見渡しながら、少し困ったように首をかしげた。


「……本当に、何かあったんですか?」


騎士たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに答える。


「いえ。念のための警戒でございます」


「うーん……まあ、騎士さん達が大丈夫って言うなら……」


私は特に気にする様子もなく、屋敷へと足を踏み入れた。


その背後では騎士たちがさらに警戒の輪を狭め、別荘の周囲を固めていく。


港から続いていた厳重な警護は、別荘に戻った後も一切緩むことはなかった。


別荘に戻った私たちは、少し遅めの昼食を取ることになった。


食堂のテーブルにはすでに料理が並べられている。焼きたてのパンに温かいスープ、魚料理に野菜の煮込み――どれも美味しそうな香りが漂っていた。


だが、普段と違う点がいくつもあった。


私たちの背後には白衣姿の衛生兵が三人、静かに立っている。

さらに食堂の入口や窓際には数人の騎士が配置され、周囲に鋭い視線を向けていた。


まるで食堂そのものが警戒区域のようだった。


料理を運んできた使用人が騎士に小さくうなずく。

すると一人の騎士が前に出て、落ち着いた声で報告した。


「エレノア様。本日の食事はすべて毒見を完了しております。安全が確認されておりますので、ご安心ください」


「え、毒見……?」


思わず聞き返すと、騎士は真剣な表情のままうなずいた。


「万が一に備えての措置でございます」


横ではメルが苦笑いを浮かべている。


「今日は本当に物々しいね……」


その隣で、カイルはぐったりと椅子にもたれかかっていた。


「うぅ……まだ揺れてる気がする……」


「まだ船酔いしてるの?」


「船降りたのに……頭がふわふわする……」


メルがため息をつきながらカイルの背中を軽くさする。


「だから言ったでしょ。無理して甲板で立ちっぱなしになるから」


「だって……鉄砲魚見たかったんだよ……」


そんなやり取りを横目に、私はスープに手を伸ばした。


背後では衛生兵たちが静かに待機し、騎士たちは食堂の警戒を続けている。

まるで何かが起きるのを想定しているかのような厳重さだった。


それでも私は、いつも通り昼食を取ることにした。


昼食を終えたあと、私は空間収納の中にある材料の在庫を確認していた。


「蒸留水結構持ってきたはずだけど、このペースだとあと三日でなくなりそうね……」


原因ははっきりしている。

強力解毒ポーションを作り始めたのは昨日からなのに、すでに想定していた量の倍以上を使ってしまっていた。


それだけ解毒ポーションを必要とする人が多かったということだ。


「材料はまだあるけど……蒸留水がないと作れないのよね」


私は少し考え込み、ふと窓の外へ視線を向けた。


別荘の敷地の外には街が広がり、どこかに井戸もあるはずだ。


「井戸の水を汲みに行こうかな。それと……薬草店もあるか探してみたいし」


そう思い、私は席を立つと、そのまま別荘の門へ向かった。

すると門の前に立っていた騎士さんが、すぐに姿勢を正した。


「エレノア様、どちらへ向かわれますか?」


「えっと、井戸まで水を汲みに行こうと思って。それと薬草店がないか少し見てみたいんです」


私がそう答えると、騎士さんは真剣な顔でうなずいた。


「承知しました。では我々もお供いたします!」


次の瞬間――


「第一小隊、同行警護!」


騎士さんの声と同時に、周囲から次々と騎士さんが集まってくる。


気づけば、十数人の騎士さんに囲まれる形になっていた。


「……ちょっと多くないですか?」


「安全確保のためです!」


きっぱりと言われてしまい、私はそれ以上何も言えなかった。


そのまま私たちは街の方へ歩き出した。


通りに出ると、さっそく周囲の視線が集まる。

十数人の騎士に囲まれて歩く人なんて、どう見ても普通ではない。


街の人たちは道の端に寄り、私たちが通るのを遠巻きに見ていた。


「おい……またあの子じゃないか?」


「別荘に来てるっていう……」


「騎士団があれだけ付いてるってことは、やっぱり相当偉い人なのか?」


小声でそんな噂が交わされているのが聞こえてくる。


「でもあの子、この前冒険者を治したって話だろ?」


「そうそう、鉄砲魚の毒に当たった人も治したらしいぞ」


「え、本当かよ……?」


どうやら街では色々な噂が広がっているらしい。


私はそんな様子を横目に見ながら、少し苦笑した。


「……なんだか注目されてますね」


「気にされなくて大丈夫です。我々が対応します」


騎士さんは淡々と答える。


こうして騎士さんたちに囲まれながら、私は街の中心にある井戸へと向かって歩いていった。


「エレノア様! こちらがこの街の井戸でございます!

終わりましたらお声がけください!」


案内してくれた騎士さんがそう言って一歩下がる。


井戸の周囲にはすでに何人かの街の人がいたが、私たちの姿を見ると少し驚いたように距離を取った。

さすがに十数人の騎士に囲まれている人が来たら、近づきにくいのだろう。


私は桶を手に取り、井戸の縁に掛けられていた滑車に縄を通す。


「それじゃあ、ちょっと水を汲みますね」


桶をゆっくりと井戸の中へ降ろしていく。

やがて――


ぽちゃん、と水に落ちる音が響いた。


私は縄を引き上げながら、井戸水の透明度をちらりと確認する。

蒸留に使うなら、できるだけ綺麗な水の方がいい。


そんなことを考えていると――


「……あ、あの時の!」


後ろから声が聞こえた瞬間だった。


「止まれ!!」


騎士たちが一斉に前に出る。

私と声の主の間に、壁のように立ちふさがった。


「エレノア様に近づくな!」


声を掛けてきたのは、冒険者風の青年だった。

だが状況を理解する前に、両腕を騎士に掴まれ、その場で拘束されてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は怪しい者じゃ――!」


「身元を確認するまで拘束する!」


井戸の周りにいた街の人たちも、驚いたように距離を取っていた。


私は慌てて振り返る。


「あ、その人!」


騎士たちが一斉にこちらを見る。


「この前、その人の仲間を治療しました。冒険者さんですよね?」


拘束されていた青年は必死にうなずいた。


「そ、そうだ! あの時助けてもらった……!」


騎士たちは互いに顔を見合わせる。


数秒後、隊長らしき騎士が短く命じた。


「……拘束を解け」


青年の腕を押さえていた騎士たちが手を離した。


青年はほっとした様子で肩を落とす。


「す、すみません……ただお礼を言いたくて……」


周囲では騎士たちがまだ警戒を解かず、青年を見ている。


私は井戸の桶を引き上げながら首をかしげた。


「お礼なら、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ?」


青年はまだ少し青ざめた顔で騎士たちを見回していた。


どうやら、十数人の騎士に囲まれて拘束された衝撃は、かなり大きかったらしい。


私は桶を井戸から引き上げながら、ふと思い出したことを口にする。


「そういえば、この街に薬草店ってありますか?」


青年は一瞬きょとんとしたあと、少し考えてから首を振った。


「いや……この街にはないですね。昔はあったらしいんですけど、今はもう店じまいしてるって聞きました」


「そうなんですか……」


私は少し残念そうに桶の水を見下ろした。


「薬草が欲しいんですか?」


「ええ。少し補充しておきたくて」


「それなら隣の街まで行けばありますよ。ここから半日くらいですけど」


半日と聞いて、私は軽く首を傾げた。


「それはちょっと遠いですね……」


騎士さんたちも静かに頷いている。


どうやら今日は井戸水だけで我慢することになりそうだ。


「教えてくれてありがとうございます」


私がそう言うと、青年は少し慌てたように頭を下げた。


「い、いえ! こっちこそ助けてもらったのに……!」


周囲では騎士たちがまだ警戒を続けていたが、それ以上何か起こる様子はなかった。


私は桶の水を空間収納にしまい、騎士さんたちに向き直る。


「それじゃあ、別荘に戻りましょうか」


「承知しました。帰路の警護を開始します」


騎士の号令とともに、再び護衛の隊列が整えられた。


こうして私は、来たときと同じように十数人の騎士に囲まれながら街の通りを歩き始める。


道の端では、相変わらず街の人たちがこちらを見てひそひそと噂をしていた。


「またあの子だ……」


「今度は井戸に来てたぞ」


「やっぱり騎士団があれだけ付いてるのか……」


私はその様子を横目に見ながら、小さく苦笑する。


「……やっぱり目立ちますね」


「お気になさらず。我々が対応いたします」


騎士さんは淡々と答えた。


そんなやり取りをしながら歩いているうちに、やがてオスバルト伯爵様の別荘が見えてくる。


門の前には、相変わらず多くの騎士が警備についていた。


「エレノア様がお戻りです!」


門番の騎士が声を上げると、重い門がゆっくりと開かれる。


私はそのまま敷地の中へと足を踏み入れた。


井戸までのちょっとした外出だったが――

その帰り道も、相変わらず物々しい護衛付きだった。

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