6話 小さな錬金術師、初めての一滴
蒸留水の実験を終え、侍女と一緒に後片付けをした。
さっき作った蒸留水は素材として使えるようなので、劣化しないよう魔導棚にしまっておく。
片付けを終え、自室に戻って本を読み進めると、ポーション作りの準備や種類について書かれていた。
本には、薬草にも鮮度があり、市場で手に入るものは鮮度の落ちたものばかりであること、そして自分で育てれば安定してポーションを作れることが記されている。
また、ポーションには性能の低い順に、ローポーション<ポーション<ハイポーション<エリクサー<秘薬という種類があるらしい。
エリクサーと秘薬は現代ではロストテクノロジーとされ、ダンジョンの宝箱で極稀に出るものだという。
もちろん作り方などは書かれておらず、現時点でわかっているのは「作るには相応の技術と、相応しい素材が必要」ということだけである。
当然、いきなりそんなものを作れるわけはない。
まずは、ローポーションの素材となる薬草を探すことにした。
庭や魔法の練習場の近くの森を隈なく探したが、素材は見つからない。
再び自室に戻り、ヒントがないか本を調べてみたが、採取できる場所の記載はなかった。
そこで思い出したのが、屋敷の本棚にある植物図鑑だ。
本棚がたくさん並ぶ部屋に行き、記憶を頼りに探すと目的の本を見つけることができた。
部屋の中央にあるテーブルに腰を下ろし調べると、その薬草は王都郊外の平原に自生していることがわかった。
すぐにでも採取に行きたい――だが、生まれてから一人で屋敷の外に出ることは禁止されている。
まずはお父様とお母様に許可をもらわなければならない。
同時に疑問も湧いた。
「王都であれば、品質の良い薬草も扱っているのではないか」
ここは王都。品質の良い物や珍しい物も揃っている。
ましてや王都郊外の平原に自生しているのであれば、そこまで鮮度は落ちていないだろう――。
そう考えたエレノアは、侍女のアンナにお願いして王都の市場へ連れて行ってもらうことにした。
もちろん、お母様も「侍女と一緒なら」と許可をくれた。
屋敷から少し離れているため、馬車で向かうこと10分。
やがて、目的の薬草店に到着した。
扉を開けると、薬草特有の香りがふわりと広がり、カウンターの店員から声がかかる。
「いらっしゃい! 何を探しているの?」
「ローポーション用の素材がありますか?」
エレノアが尋ねると、店員は奥の部屋へと向かい、2つの素材を持ってきた。
見た目は鮮度が良さそうに見えたので、エレノアは鑑定してみた。
【鑑定結果1】
名前:薬草
品質:低品質
備考:ローポーションの材料。採取からかなり時間が経過しているため、有効成分の抽出はほとんど期待できない。
【鑑定結果2】
名前:薬草
品質:低品質-
備考:ローポーションの材料。ほぼ水のような出来になる可能性が高い。
本に書かれていた通り、鮮度はかなり悪かった。
「この2つはどちらもあまり鮮度が良くないみたいですが、もっと良いものはありますか?」
そう尋ねると、店主は少し困ったように首をかしげた。
「うーん……王都の市場に出るものは、どうしても収穫から日が経ってしまっていて、鮮度は落ちてしまいますね。うちにあるのはどれも同じです」
エレノアは小さくうなずき、カウンターの薬草を手に取った。
葉は少しくすみ、香りも弱く、茎も少ししなびている。
「……鮮度は落ちているけれど、使えないわけではない」
本に書かれていたことを思い出しながら、慎重に確認する。
「浸してから使えば、ローポーションなら問題なく作れそう」
アンナがそっと微笑む。
「さすが、エレノア様……鮮度が落ちていることも見抜くなんて」
エレノアは照れくさそうに笑いながらも、真剣な目で薬草を観察した。
手触りや葉のしなやかさを確かめ、少しの傷みがないかを見極める。
「ここは少し乾燥気味……でも、このくらいなら問題ないわ」
店主も微笑みを浮かべた。
「なるほど、お嬢様はよくご存じですね。少し鮮度は落ちていますが、使える状態です」
いくつかの薬草を選び終えると、店主は丁寧に袋に詰めて渡してくれた。
「これで十分でしょう。鮮度は完璧ではありませんが、きっと良いポーションが作れますよ」
エレノアは袋を抱きしめ、小さくうなずく。
「ありがとうございます。まずはこれでローポーションを作ってみます」
外に出ると、王都の穏やかな日差しが顔を照らした。
鮮度の落ちた薬草を手に、エレノアは少し考え込みながらも、これから自分の手でポーションを作るのを楽しみにしていた。
「まだまだ勉強が必要……でも、きっと上手く作れる」
自然と笑みがこぼれる。
屋敷へ戻り、そのままローポーションの作成を始めることにした。
作り方は思ったより簡単なようだ。本には、薬草を細かく刻み、蒸留水に入れて撹拌し、魔力を注ぎ込むと完成すると書かれていた。
ただし、初めてのことなので、まずは本に書かれている通りに作ったものと、蒸留水の代わりに湯冷ましを使ったもの、2種類を試してみることにした。
まずは下準備として、薬草店で買った薬草を飲用水に浸す。
10分後、薬草を取り出し水気を拭いて細かく刻む。
ここまでは2つとも同じ工程だ。
だがここからは蒸留水で作ったものと湯冷ましで作ったものに分ける。
まずは基本素材となる水に細かく刻んだ薬草を入れる。
ビーカーを温めながら撹拌し、魔力を注ぎ込む――のだが、加減がわからず一気に注いだ結果、爆発してしまった。
ビーカーが割れ、咄嗟にアンナが庇ってくれる。
「エレノア様! お怪我はございませんか!?」
「うん……大丈夫、ごめんなさい……」
片付けようとすると、アンナは言った。
「危ないので片付けはお任せください」
割れたガラスを手際よく片付けるアンナ。
片付けてもらっている間、エレノアは本を読み返すと端っこに小さな文字で
『魔力を注ぎ込む時はやさしく注ごう! 一気に注ぎ込むと爆発するよ!』
と書かれていた。
……そんな端っこに書かないでよ。
片付けが終わり、アンナにお礼を言ってもう一度挑戦する。
「今度は爆発しないように気を付けてくださいね!」
「うん!」
先ほど失敗した工程を慎重に行い、魔力を少しずつ注ぎ込む。
すると徐々に成分が溶け出しているのか色が変わり始める。
適時鑑定を入れながら作業を進め、ようやく完成した。
【鑑定結果1】
名前:ローポーション
品質:普通+
備考:一般的なローポーションと比べ、有効成分はしっかり溶けている。
だが鮮度の良くない薬草を使用しているため、回復量は控えめ。
味は非常に苦く、子供は嫌がるだろう。
「すごいです! エレノア様、もうポーションができたのですね!」
感動しているアンナ。
「でもこれ、すごく苦いらしいよ……」
そう言うと、アンナは首を傾げる。
「あれ? エレノア様はポーション、飲まれたことなかったですよね?」
「鑑定したら教えてくれたのよね」
「え……」
何かまずいことを言ったのかと驚き、無理やりもう一つのポーションを作り始める。
先ほどと同じように作り、完成後に鑑定してみた。
【鑑定結果2】
名前:ローポーション
品質:普通
備考:一般的なローポーション。
不純物が混ざっているうえ、鮮度の良くない薬草を使用しているため、ほとんど回復しない。
味は非常に苦く、子供は嫌がるだろう。
「やっぱり蒸留水を使わないと効果は落ちるみたいだね……」
「……」
エレノアはローポーションを手に取り、少し考え込む。
「うーん……鮮度の良い薬草を安定して使えるようにするには、自分で育てるしかないかも」
自然に薬草畑を作ることを思いつき、すぐに計画を練り始める。
「庭の隅に小さな区画を作って……日当たりや水やりの管理も必要だわ……よし、まずは畑の準備からだ!」
アンナはその様子を見て、少し驚いた表情を浮かべた。
「エレノア様……ただポーションを作るだけでなく、自分で薬草まで育てようと考えるなんて……」
そう呟きつつ、ふと気づいたように目を見開く。
「しかも、今の鑑定……あれは……もしかして……本当に鑑定スキルを持っていらっしゃるんじゃ……」
アンナは言葉を慎重に選びながらも、興奮を隠せずに続ける。
「でも、まだ確証はありません……端々から判断すると、かなりレアな力のようですし、今後も様子を見て、少しずつ確認していくしかないですね……」
エレノアは庭の片隅で小さな畑用の区画を指さし、にっこり笑った。
「まずはここから始めるわ。鮮度の良い薬草を自分で育てられれば、ローポーションももっと安定して作れるはず!」
アンナは少しはにかみながらも頷く。
「はい、エレノア様。しっかりサポートいたします。……それにしても、鑑定スキル……本当に使えるかもしれませんね」
二人は薬草畑の準備を始めながら、今後の実験とエレノアの成長に胸を膨らませていた。
――この小さな庭から、未来のポーション作りの大きな一歩が始まろうとしていた。
その日の夕方、アンナは静かに書斎へ向かった。
当主様は書類に目を通していたが、アンナの姿を見ると顔を上げる。
「アンナ、どうした? 何か報告か」
「はい……少し気になることがありまして……」
アンナは深呼吸をしてから口を開く。
「実は、本日エレノア様がご自身で作られたローポーションを鑑定しました……」
「鑑定? まさか、あのエレノアが作ったポーションの効能や品質を見極めたということか?」
「はい……ただの味見や知識ではなく、魔力を感じ取り、成分や回復力の具合まで判別されていました」
当主様の目が少し大きく見開かれる。
「ほう……それは驚きだな」
アンナはさらに言葉を重ねる。
「しかも、エレノア様はまだ五歳です……それでポーションを作り、鑑定まで行ったのです」
「……本当に五歳なのか?」
当主様は思わず声を漏らす。信じられないという表情だ。
「はい……ただ、まだ確証には至っておりません。鑑定スキルは非常にレアで、経験や感覚がものを言いますので……本当に力をお持ちかどうかは、今後も観察しながら慎重に確認する必要があります」
当主様は顎に手を当て、考え込む。
「なるほど……なるほど……まだはっきりとは言えないが、可能性は十分にあるということか」
「はい……ですので、今後も少しずつ見守りつつ、必要であればサポートしていきたいと思います」
アンナの言葉に、当主様は小さく頷いた。
「わかった……アンナ、よく報告してくれた。今後は慎重に、しかし注意深く見守ろう」
アンナはほっと息をつき、微笑む。
「はい……では、これからもエレノア様の様子を見守りつつ、ポーション作りのサポートを続けます」
書斎を出ると、アンナの心の中には驚きと、将来への大きな期待が混じっていた。
――五歳にして、これほどの魔力と技術を持つ子……エレノア様は、普通の子ではないのかもしれない。




