表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/94

42話 まれなる発症、その真相

ーー王城・執務室


鉄砲魚による食あたり事件から二週間程が経過した。


この日、コルヴァン伯爵領より凍結魔法が施された魚が送られてきた。


机の上に置かれた数匹の鉄砲魚――。


薄く白い霜をまとい、時間を止められたまま横たわるその姿は、ただの食材というにはあまりにも物々しい。


「……これが同じ漁場の個体か」


低く呟いたのは宰相だった。


傍らには医官長、王城専属の魔術師、そして食材管理官。普段なら厨房で扱われるはずの魚が、今は王国中枢の机の上にある。


それだけで、今回の件の重さが分かる。


「はい。事件当日に王城へ納められたものと同じ海域、同じ漁法で獲られた個体にございます」


食材管理官が一歩進み出る。


「漁師によれば、鉄砲魚が“まれに当たる”こと自体は昔から知られております。ただ……」


「ただ?」


「ここまで強い症状が出た例は、聞き及んでおりません」


沈黙が落ちた。


王族六名が立てぬほどの激痛。


あれは“軽い食あたり”の範疇ではなかった。

それは、人を殺し得る毒とほぼ同じだった。


「鑑定官、この鉄砲魚を鑑定せよ」


「畏まりました。」


人の鑑定官は一匹ずつ鑑定を行う――

だが、帰ってきた答えは意外なものだった。


「鑑定結果を報告します! こちらの鉄砲魚は、無毒でございます」


「無毒だと!? そんなバカな……」


宰相の声が、低く鋭く響いた。


机上の鉄砲魚は、何事もなかったかのように静かに横たわっている。


鑑定官の一人が、額に汗を滲ませながら続けた。


「複数の角度で鑑定を行いましたが、結果は同じでした。」


その言葉にもう一人の鑑定官も頷く。


「なら、私が食べた個体がたまたま強力な毒を持っていたということか……」


陛下の言葉に、室内が静まり返る。


医官長が慎重に答える。


「……鉄砲魚に関する文献は、いくつかございますが」


「詳しい記述はないのだろう?」


宰相が先に言った。


「はい。“まれに当たることがある”という一文があるのみ。原因、発生条件、毒の強度に関する具体的な記録はほとんど残っておりません」


「症状の記録もか?」


「腹痛、吐き気、といった簡素な記述のみです。今回のように立てぬほどの激痛という記載は確認できませんでした」


つまり。


鉄砲魚は“なんとなく危険なこともある魚”として扱われてきただけ。


誰も、本気で調べていなかった。


鑑定官が言葉を継ぐ。


「今回送られてきた個体は無毒です。同じ漁場の魚も無毒。ですが、あの日の個体だけが強毒だった可能性は否定できません」


「だが、その“まれ”を説明できる者がいない」


宰相の声が低く落ちる。


“まれに当たる”


それは便利な言葉だ。


だが、王が倒れた以上、曖昧では済まされない。


陛下はゆっくりと椅子にもたれた。


「……つまり我々は、理由も分からぬまま“運が悪かった”と結論づけるしかないのか」


誰も答えない。


理由が分からない。


条件も分からない。


だが、ある一人の少女のことを思い出した。


「レーヴェン子爵家の令嬢。エレノア嬢も鑑定を使えたな」


その名が出た瞬間、室内の空気がわずかに変わった。


宰相の眉が静かに動く。


「エレノア嬢、でございますか」


「ああ」


陛下はゆっくりと頷く。


「あの解毒薬を即座に完成させた。しかも、自ら鑑定を行ったうえで問題ないと判断したのだろう?」


「はい。完成直後、自ら鑑定を行っておりました」


陛下はわずかに目を細める。


あの落ち着いた声音。


六歳とは思えぬ冷静さ。


「ただの偶然で、あの精度は出まい」


静かな確信が滲む。


「エレノア嬢ならば、魚そのものではなく、“状態”を見ることができるやもしれぬ」


宰相が慎重に口を開く。


「陛下。子爵家へ王が自ら赴くのは――」


「軽率か?」


穏やかな問い。


「……はい。周囲が騒ぎます」


陛下は小さく笑った。


「騒がせておけ。それに、まだ正式な礼もしておらぬ」


「褒賞の件でございますか」


「それもある。だがそれだけではない」


椅子から立ち上がる。


「命を救われたのだ。玉座の上から言葉を与えるだけでは、礼にならぬ」


その声音は柔らかいが、揺るがない。


宰相は静かに息を吐いた。


「……調査の相談も、なさるおつもりで?」


「無論だ」


陛下は机上の鉄砲魚へ視線を落とす。


「“まれ”で片付けるには、不安が残る。王として、それを放置はできぬ」


そして静かに告げた。


「エレノア嬢の目を借りる」


沈黙ののち、宰相は深く一礼する。


「……承知いたしました。護衛を整えます」


「大げさにするなよ。礼に伺うだけだ」


だがその訪問が、王都にどれほどの波紋を呼ぶか――


まだ誰も知らなかった。


ーー王都・実験室


「ふぅ……今日のノルマはこれで終わり……」


小さく息を吐き、エレノアは肩を回した。


机の上には、ずらりと並ぶポーションの小瓶。

淡い翠、澄んだ蒼、ほのかに金を帯びた透明。


どれも王城へ納品するためのものだ。


窓から差し込む午後の光が、ガラス越しに反射し、室内をきらきらと彩る。


「うん! 問題なさそうね」


最後の一本を確認し、エレノアは満足げに頷いた。


机の上にエプロンをそっと置き、実験室を後にする。


向かう先は、屋敷裏手の薬草畑。


今は夏真っ盛り――


強い陽射しが容赦なく降り注ぎ、土の表面はすぐに乾いてしまう。


朝、昼、夕方の三回。

欠かさず水を与えなければ、繊細な薬草たちはすぐに弱ってしまうのだ。


「ごめんね、暑いよね」


しゃがみ込み、じょうろを傾ける。


水が土へ染み込み、ほっとしたように葉が揺れた。


魔力をほんの少しだけ込めて、水の巡りを整える。


成長を促しすぎず、弱らせもしない。


加減が大事。


「……みんな頑張ってるんだから、私も頑張らないと」


額の汗を拭い、立ち上がったその時――


足音が慌ただしく近づいてきた。


「エレノア様、王城より国王陛下と宰相様が……」


「はい?」


思わず、間の抜けた声が出た。


「こ、国王陛下が、当家へお越しになっております!」


一瞬、理解が追いつかない。


国王陛下が?


ここに?


「……どうして?」


呟きは、ほとんど独り言だった。


王が体調を崩されたという話は聞いている。

解毒薬を納めたのも事実だ。


けれど。


わざわざ、王自らが子爵家へ来る理由が思い当たらない。


「お父様とお母様は?」


「正門にてお迎え中です。エレノア様もすぐにお支度をと」


「わかったわ」


胸の奥が、静かに高鳴る。


不安?


それとも、別の何か。


水を止め、じょうろを置く。


手早く手を清め、汗を拭い、髪を整える。


――失礼のないように。


理由は分からない。


けれど、王が直々に訪れる以上、軽い用件ではないはずだ。


エレノアは一度だけ深呼吸をした。


「行きましょう」


夏の陽射しが、やけに眩しく感じられた。


ーー王都・応接室


国王陛下を出迎え、応接室へとお通しする。


父と母が丁重に頭を下げ、侍女たちが静かに茶を用意する。


形式通りの挨拶。


礼儀正しい言葉の応酬。


だが――


「席を外してくれ」


陛下の穏やかな一言で、空気が変わった。


宰相も静かに頷く。


「我々とエレノア嬢のみで話したい」


その言葉に、両親がわずかに息を呑む。


「……承知いたしました」


戸が閉まる。


応接室に残されたのは――


国王陛下。

宰相。

そして、エレノア。


沈黙。


やけに時計の音が大きく聞こえる。


「私……何かやらかした……?」


思わず、本音が口をついて出た。


はっとして口元を押さえる。


しまった。


王の前で何を。


だが。


「くく……」


低い笑い声が漏れた。


陛下が、肩を揺らしている。


「安心せよ。叱責ではない」


その声音は、柔らかい。


けれど。


真っ直ぐに向けられる視線は、王のそれだ。


「今日は礼と、そして……少々、頼みがあって来た」


頼み。


胸が、どくりと鳴る。


――王が、子爵令嬢に?


「実は、これを鑑定してもらいたい……」


陛下ではなく、宰相が口を開いた。


その声はいつも通り落ち着いている。

だが、わずかに硬い。


そう言うと、宰相は懐から小ぶりの箱を取り出した。


深い紺色の木箱。


側面には精緻な魔法陣が刻まれている。


温度を維持するための術式だ。


エレノアは息を呑む。


保存魔法まで施されているということは――

生もの。


あるいは、変質を避けたい何か。


宰相が机の上に、そっと箱を置く。


部屋の空気が、ぴんと張り詰めた。


「中身は、ある魚だ」


魚。


一瞬、思考が止まる。


魚の鑑定?


なぜ、わざわざ私に。


「先日、陛下が体調を崩された件は聞いておろう」


陛下が静かに告げる。


「はい。解毒薬が間に合ったと……」


「うむ。その原因と推測されているものが、これだ」


宰相が魔法陣を解除する。


箱の蓋が、ゆっくりと開かれる。


冷気が、かすかに漂った。


中に収められていたのは――一匹の魚。


細長い体。

やや尖った口先。

銀灰色の鱗。


見慣れた姿。


細長い体躯。

引き締まった身。

光を受けて鈍く輝く鱗。


エレノアの視線が止まる。


そして――


それは、明らかに前世で高級魚として知られていた魚だった。


「陛下、鑑定するまでもありません。 こちらはある部位を除き無毒です。」


その答えに陛下と宰相は驚いていた。


「ね......念の為鑑定してもらってもいいか......」


王の身に関わることだ。


理詰めよりも、確証が必要。


エレノアは素直に頷いた。


「承知いたしました」


そっと魚へ手をかざす。


魔力が、静かに満ちる。


【鑑定結果】

名前:タイリクトラフグ

品質:高品質

備考:広範囲に生息する海洋生物

   身は上品で淡白な味わいでとてもおいしい

   

「そうですね、鑑定しましたが、この()()()()()()です。」


「無毒……?」


陛下の声が低く落ちる。


「はい。正確に申し上げますと、この魚は本来無毒です」


宰相が眉を寄せる。


「というと?」


エレノアは静かに頷いた。


「少し生態の話になりますが……」


一拍置く。


「この魚は、元々は毒を持ちません。ですが、有毒な海洋細菌を取り込んだ貝類やヒトデなどを捕食すると、体内に毒素が蓄積されることがあります」


宰相の目が鋭くなる。


「蓄積、だと」


「はい。一度に強い毒を持つわけではありません。ですが、繰り返し取り込めば体内濃度が上がります」


エレノアは魚へ視線を落とす。


「そしてそれを人間が食べれば、症状が出ることがあります。いわゆる“蓄積毒”です」


沈黙。


陛下が静かに問う。


「鑑定では、それは分からぬのか」


エレノアはわずかに首を振った。


「今の状態では何とも言えません」


宰相の視線が鋭くなる。


「……どういう意味だ」


「外見と鑑定結果からは、毒素の保持は確認できません。ですが、蓄積毒は部位ごとに偏ることがあります」


一瞬の間。


そして、はっきりと告げる。


「一度、捌いて確認してもよろしいでしょうか」


室内の空気が凍る。


王の前で魚を捌く。


しかも、毒の可能性がある個体を。


宰相が反射的に口を開く。


「危険ではないのか」


「問題ありません。手袋と器具をお借りできれば、安全に確認できます」


落ち着いた声音。


迷いはない。


陛下はエレノアをじっと見つめる。


六歳の少女。


だが、その目は研究者のそれだ。


「……できるのか」


「はい」


即答。


わずかな沈黙の後。


「許す」


短い言葉。


だが重い。


宰相がすぐに控えに指示を出す。


やがて、清潔な布、刃物、受け皿が整えられた。


エレノアは袖を軽く整え、魚へ向き直る。


「では、失礼します」


刃が、静かに光った。


応接室の空気が、張り詰める。


――王の運命を左右するかもしれない解体が、今始まる。


前世で見た料理動画を思い出す。

熟練の料理人が迷いなく包丁を走らせる姿。

その後に、満足そうに杯を傾けていた光景。

だが、まさか私がフグを捌くことになるとは思っていなかった。

有毒部位と思われる箇所をそれぞれ器に分ける。


肝。

白子。

腸。


エレノアは目を閉じ、そっと手をかざした。


「――鑑定」

【鑑定結果A】

名前:タイリクトラフグの肝

品質:高品質

備考:テトロドトキシンを大量に含んでいる為食べるのは危険

   強力な毒の為通常の解毒ポーションで解毒はできない上最悪死に至る


【鑑定結果B】

名前:タイリクトラフグの白子

品質:高品質

備考:卵巣と混同されるが無毒

   フライにするとおいしい


【鑑定結果C】

名前:タイリクトラフグの腸

品質:高品質

備考:テトロドトキシンを大量に含んでいる為食べるのは危険

   通常は捨てる部位だが混同に注意する必要がある


エレノアは静かに告げた。


「やはり、これとこれに毒があります」


肝と腸を分けた皿を、陛下の前へ置く。


「特に肝には高濃度の毒素が蓄積されています」


宰相が低く問う。


「……陛下が召し上がったのは」


陛下は淡々と答えた。


「香草焼きと、肝のソテーだ」


沈黙。


エレノアはわずかに息を整える。


「肝のソテー……」


それならば。


混入ではない。


「今回の症状は、肝が原因である可能性が極めて高いです」


宰相の眉が寄る。


「だが、肝は常に毒を持つわけではないのであろう?」


「はい。本来この種は無毒です。ですが、蓄積毒の影響を受けた個体であれば、肝に毒が集中します」


陛下は静かに目を閉じた。


「つまり、余が食した個体は“当たり”だったか」


「……そうなります」


陛下の言葉に、静かに頷く。


「なら内臓と肝を食べなければよいということですね」


宰相様のその判断に、私は小さく首を振った。


「鉄砲魚は、種類や個体によって有毒部位が異なります」


そう言い、白子の乗った皿を前へ差し出す。


「例えばこちらの白子――いわゆる精巣は無毒ですが、卵巣は強い毒を持ちます。種類によっては、身であっても危険なものもございます。ゆえに、安易に口にされることはお勧めできません」


「なんと……」


室内にざわめきが広がる。


陛下が改めて私を見る。


「エレノア嬢は、鉄砲魚の種類はわかるか……?」


「申し訳ございません。そこまでの知識は持ち合わせておりません。ですが、卵巣と白子を判別する方法なら存じております」


そう言って、私は皿の白子へ刃を入れた。


静寂の中、刃が柔らかな組織を割く。


断面を示す。


「ご覧ください。こちらは内部に空洞がなく、密に詰まっております」


指先で示しながら続ける。


「もし内部に空洞があれば、それは卵巣の可能性が高い。この個体に関しては、白子は安全と判断できます」


「なら、安全が確認されるまで流通と食すことを王命で禁じねばならぬな……」


低く落ちた声が、応接室に響く。


一瞬の沈黙。


宰相が静かに頭を垂れた。


「はっ。直ちに布告の準備を」


陛下はゆっくりと頷き、再び私を見る。


「エレノア嬢。此度の件、見事であった。余の命を救ったと言っても過言ではあるまい」


陛下はゆっくりと立ち上がった。


「それから――強力解毒ポーションの件だ」


その声音は、先ほどの王としての決断とは違い、どこか柔らかい。


「エレノア嬢。あれがなければ、余は今ここに立っておらぬ」


そして――


陛下は、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとう」


謁見の間が凍りつく。


「へ、陛下……!?」


思わず声が漏れる。


宰相が一歩前に出た。


「陛下が頭をお下げになるなど……!」


だが、陛下は静かに手を上げて制した。


「今のは、この国の王としてではない。一人の人間として、命を救われた者の礼だ」


まっすぐな視線が、私を射抜く。


胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「……も、もったいないお言葉です」


うまく言葉が出ない。


陛下はわずかに微笑んだ。


「褒美については、また改めて用意しよう」


一瞬、意味深に目を細める。


「今度は素直に受け取るのだぞ?」


「え……?」


反射的に困惑する私に、陛下は小さく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ