237話 湖畔に到着、異常な重症化率
ーユグアッシュ王国・ロンバス湖
「やっと着いたぁぁぁぁぁ……」
馬車の窓から見える景色に、私は思わず声を漏らした。
王都を出発してから五日。
途中、宿が足りなかったり。
二日連続で降った雨のせいで半数の食材がダメになったり。
通過する街で騎士団の大行列に驚かれたり。
色々あった。
本当に色々あった。
……騎士団の大行列に関しては街を攻め落とすか参勤交代にしか見えないけどね。
でも……
決して悪い移動ではなかった。
王都とセレディア王国とは全く異なる植生や気候ーー
そして目の前のとてもとても大きな湖。
「これがロンバス湖……」
山々に囲まれ水面には山が綺麗に反射しとても綺麗だ。
私はついいつもの癖でタブレットを取り出し写真を数枚撮る。
「エレノア様!?!?!?」
リュシアさんが大慌てで私に近づく。
「リュシアさん……?」
「タブレット!!」
「……あ」
私は自分の手元を見る。
見慣れた薄い板。
そして周囲を見る。
ユグアッシュ王国の騎士さん。
衛生局の人。
医療関係者。
御者さん。
その他大勢。
「…………」
「…………」
「しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は慌ててタブレットを空間収納へ押し込んだ。
「何してるんですか!?」
「景色が綺麗だったのでつい!!」
「ついで出していい物じゃないでしょう!?」
「ごめんなさい!!」
完全に忘れていた。
セレディア王国ならまだしも、ここはユグアッシュ王国。
しかも周囲には、今回の調査のために集められた人たちが大勢いる。
「誰かに見られました!?」
「分かりません!」
「どうしましょう!?」
「だから私に聞かないでください!!」
私たちは揃って周囲を見回す。
幸いというべきか。
騎士さんたちの多くは周囲の警戒。
衛生局や医療関係者の人たちは、到着後の準備。
荷馬車の周辺では物資の確認が行われている。
少なくとも――
こちらを凝視している人はいない。
「……大丈夫、ですかね?」
「多分……」
「多分?」
「エレノア様が一瞬でしまったので」
「よかったぁ……」
私は胸を撫で下ろす。
危なかった。
本当に危なかった。
綺麗な景色を見ると写真を撮る。
前世では当たり前だったその行動が、完全に身体へ染み付いているらしい。
「以後気を付けてくださいね?」
「はい……」
「絶対ですよ?」
「はい……」
「景色が綺麗でも?」
「…………」
「エレノア様?」
「努力します」
「そこは『出しません』って言ってください!!」
だって。
こんなに綺麗なんですよ!?
山々に囲まれた巨大な湖。
鏡のような水面。
そこに映り込む山々。
写真を撮りたくなるのは仕方ないと思う。
……次からは馬車の中でこっそり撮ろう。
「今、別の方法で撮ろうとか考えてません?」
「考えてませんよ!?」
「こっち見て言ってください」
「…………」
「エレノア様!!」
「さて調査を始めますか……」
「誤魔化さないでください!!」
だが私はあえて聞いていないフリをした。
「待ってくださーい!!!」
こうしてこの地での調査を開始するのであった。
2時間後ーー
「書類間違っていませんか……?」
おかしい。
非常におかしい。
さっきまでは半分観光気分だった。
だがーー
「そう思うのはわかります」
一拍。
「私も何回も徹夜で確認したので……」
「……」
村の一角に臨時に設けた本部内は長い静寂を支配する。
「……この村って人口3000人くらいですよね?」
「そうですね……」
「……」
再び長い静寂が支配する。
「単純計算ですけど重症化率70%は超えていますよ……?」
「78%ですね……」
「もう一回調査してもらってもいいですか……?」
「既に三回ほど再調査済みです……」
「……ギャグかドッキリか何かですか?」
「現実です……」
「…………」
笑えない。
全く笑えない。
私はもう一度、目の前の資料へ視線を落とす。
村の人口、およそ3000人。
そのうち、アルファインフルエンザへの感染が確認されたのは――
「感染者が1842人……」
「はい」
「そのうち重症者が1437人」
「はい……」
私は紙の端に計算式を書く。
約78パーセント。
「…………」
やっぱり変わらない。
何回計算しても変わらない。
「こんなの重症化率って言っていいんですか……?」
「私に聞かれても……」
「10人感染したら8人近くが重症になるんですよ!?」
「そうなりますね……」
「…………」
私は頭を抱える。
今まで調査してきた地域とは明らかに違う。
感染者が多いだけならまだ分かる。
最初期に鳥型の魔物が持ち込まれた村なのだから、感染が一気に広がった可能性はある。
だけど。
感染した人の大半が重症化する理由にはならない。
「死亡者は?」
「こちらです」
渡された別の資料を見る。
「…………」
「…………」
「これも間違いじゃないですよね?」
「三回確認しました」
「先回りしないでください!!」
「どうせ聞かれると思ったので……」
「うぅ……」
私は椅子の背もたれへ身体を預ける。
何かがおかしい。
この村だけ。
明らかに何かが違う。
「……リュシアさん」
「はい」
「最初に鳥型の魔物が持ち込まれたから感染者が多い――そこまでは説明できます」
「そうですね」
「でも、感染した後の症状までここまで違うのは説明できません」
私は資料を並べる。
王都。
港町。
途中で感染者が確認された街や村。
そして――ロンバス湖畔の村。
「同じアルファインフルエンザなのに……」
指先が、ロンバス湖の資料で止まる。
「どうしてここだけ、こんなに重いんですか?」
「現時点ではなんとも……」
一拍。
「ただ、私の手元にある資料を見ても異常なことだけはわかります」
そう言ってリュシアさんは数枚の書類を机の上に置く。
「まず、国境都市グーへロスは、重症者は確認されていません」
「それは知っています」
国境都市グーへロスは、咳き込んでいる人は確かにいた。
但しそれも行商や冒険者を通じて感染が広がっているだけで問題の鳥型の魔物の問題もない。
この資料にもそれを裏付けるかのように感染者数自体も少ない。
「そして王都ユグアッシュですが、こちらは35%です」
「こっちは意外と少ないですね……」
「単純に分母の違いもあると思いますが、ここほど酷くはないです」
一拍。
「単純な感染者数で言えばダントツですが……」
「人口が多い分それは仕方ないですよ」
私は苦笑を浮かべる。
「最後に、最初の感染者が出た港町のオーリーハーゲンでは、重症化率39%です」
「因みに感染者数自体はどうですか?」
「王都に次いで二番目に高いですね」
「やっぱりそれを考えると異常すぎませんか……?」
「そうなんですよね……」
「今後の治療方針として修正する必要があると判断したのですが、指示をお願いします」
「人数は足りるんですか……?」
「セレスティア伯爵こそ大丈夫ですか……?」
「「…………」」
お互いに顔を見合わせる。
「……足りません?」
「足りませんね……」
「私もです……」
「ですよね……」
再び沈黙。
四百人近い大所帯で来たはずなのに。
どうして現地に着いた途端、人手不足の話をしているんだろう。
「あれだけ連れてきたのに……」
「騎士の方々に診察はできませんからね」
「それはそうなんですけど……」
護衛。
衛生局。
医療関係者。
補給担当。
四百人という数字だけを見れば多い。
だけど、感染者1842人。
そのうち重症者1437人。
この人数を相手にするとなれば――
「全然足りない……」
「はい」
「…………」
さっきまで400人も連れてくる必要があるのかと思っていた。
ありました。
むしろ足りませんでした。
「……とりあえず、重症者を最優先にしましょう」
私は資料を引き寄せる。
「現在使っている治療薬は継続。ただし、症状の進行が早い患者さんについては投与間隔を短くします」
「分かりました」
「それから医療関係者だけでは足りないので、衛生局の方には診察以外で代行できる仕事をお願いしてください。患者さんの記録、薬の運搬、消毒、隔離区域の管理――知識がなくてもできる仕事を分けます」
「騎士団にも協力を?」
「お願いします。物資の運搬や区域整理ならできるはずです」
「承知しました」
「あと――」
私は一度言葉を止める。
問題は治療だけじゃない。
1400人を超える重症者。
この村だけ異常に高い重症化率。
原因が分からないまま治療だけ続けても、同じことが繰り返される可能性がある。
「私は原因を調べます」
「お一人で?」
「リュシアさんにも手伝ってもらいます」
「私も確定なんですね?」
「駄目ですか?」
「……いえ」
リュシアさんは小さくため息を吐く。
「どうせ止めても調べるでしょうから」
「もちろんです!」
「そこは否定してください」
「…………」
「セレスティア伯爵」
医療関係者の方が、何とも言えない表情で私を見る。
「治療薬を作りながら調査できますか……?」
「まぁなんとか?」
「出発前は徹夜して仮眠したと聞きましたが……?」
一拍。
「前日もあまり寝れていないとも……」
「と……とりあえず治療薬作りますね!!!」
私は勢いよく立ち上がる。
よし。
まずは治療薬だ。
何事もなかった。
何も聞かれていない。
「待ってください」
「なんですか!?」
「誤魔化しましたよね?」
「誤魔化してませんよ!?」
「では、昨日は何時間寝ました?」
「…………」
「セレスティア伯爵?」
「……三時間くらい?」
「一昨日は?」
「…………」
「エレノア様?」
リュシアさんまでこっちを見てくる。
「……覚えてません」
「駄目じゃないですか!!」
「でも今は寝てる場合じゃないんですよ!!」
私は机の上に積まれた資料を指差す。
「1400人以上重症者がいるんですよ!?」
「だからといってセレスティア伯爵まで患者になったらどうするんですか!?」
「うっ……」
正論。
何も言い返せない。
「それに、治療薬を作れるのはセレスティア伯爵だけなのでしょう?」
「今のところは……」
「なら尚更です」
一拍。
「倒れられたら一番困る人が無茶しないでください」
「…………はい」
怒られた。
至極真っ当な理由で怒られた。
「ではまず休息を――」
「でも薬は作ります」
「セレスティア伯爵?」
「薬だけ作って寝ます!!」
「調査は?」
「起きてから!!」
「本当ですね?」
「本当です!」
「リュシアさん、監視をお願いします」
「分かりました」
「なんでですか!?」
「信用がないからです」
「酷い!!」
私の叫びが響くのであった。




