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【20万PV突破・毎日更新中】転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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150話 護衛対象、地球で暴走中③

 眩しい光が落ち着くと――


 そこは、巨大な駅構内の一角だった。


 頭上を行き交う人々。


 途切れない足音。


 電子音。


 広告。


 光。


 そして、見上げるほど巨大な建築物。


 神域とは真逆の、人の熱気で満ちた空間。


 仙台駅東西自由通路。


 東口と西口を繋ぐ広い通路の端だった。


「ここは……?」


 エリシアが、きょろきょろと周囲を見回す。


 高い天井。


 絶えず流れる人波。


 ガラス越しに見える巨大なビル群。


 人間界ではある。


 だが、エリシア達が普段暮らす王都とは文明規模が違いすぎた。


「もう地球よ!」


 ミストルティン様が楽しそうに両手を広げる。


「詳しく言うと、エレノアの前世の出身地――仙台市ね!」


「……せんだい?」


 聞き慣れない単語に、エリシアが目を瞬かせた。


 その横で、メルは感心したように周囲を見回している。


「相変わらず人多いですねぇ……」


「休日だから余計にねー!」


 パルシア様が笑う。


 実際、通路にはかなり人が多い。


 買い物客。


 学生。


 旅行客。


 スーツ姿の会社員。


 様々な人間が忙しなく行き交っている。


 その光景を見たエリシアが、小さく息を呑んだ。


「……王都より人多くないですか?」


「多いわよ」


 私は自然に答える。


「仙台は地球側でもかなり大きい都市だから」


「これで!?」


 エリシアの声が裏返った。


「もっと大きい場所があるんですか!?」


「あるわね」


「東京とか」


 ミストルティン様がさらっと言う。


 一瞬。


 エリシアが静止した。


「……怖い」


 心の底から呟いていた。


 すると。


「おっ、懐かしい」


 私は通路脇の店を見て思わず足を止める。


 視線の先には、ずらりと並ぶ土産物店。


 牛タン。


 ずんだ。


 笹かまぼこ。


 見覚えしかない。


「エレノア様?」


「いや、なんか前世思い出すなって」


 懐かしい。


 この空気感。


 この駅特有の雑踏。


 学生時代、何度も歩いた場所だった。


 そんな私を見て。


 ミストルティン様が少しだけ嬉しそうに笑う。


「やっぱり懐かしい?」


「はい……」


 自然と声が柔らかくなる。


 正直、自分でも少し驚いていた。


 もう“前世”なんて随分遠いものだと思っていたのに。


 こうして実際に来てみると、不思議なくらい感覚が蘇る。


 駅構内独特の匂い。


 人混み。


 電子音。


 広告モニター。


 全部覚えていた。


「ここ、昔よく通ってたんです」


 ぽつりと呟く。


「学校帰りとか、買い物とか……あとライブ行く時も使ってました」


「へぇー」


 パルシア様が楽しそうに辺りを見回す。


「エレノアの前世ってこういう場所で暮らしてたんだね!」


 その横で。


「でも前来た時より人多いですね?」


 メルが少し驚いたように周囲を見回した。


 そう。


 メルだけは既に一度地球へ来たことがある。


 以前、ミストルティン様達と一緒に来た時以来だ。


「今日は休日だからね」


 私は苦笑する。


「あと駅前だから、元々人通り多いのよ」


「なるほど……」


 メルが感心したように巨大モニターを見上げた。


「やっぱり何度見ても不思議ですねぇ」


「分かる!」


 ミストルティン様が勢いよく頷く。


「地球のこういう“情報量の暴力”感好きなのよね!」


「言い方」


 エリシアが即座に突っ込む。


 だが、そのエリシア本人は完全に圧倒されていた。


 絶えず流れる人波。


 聞いたことのない機械音。


 見たこともない巨大建築。


 そして誰も魔法を使っていないのに成立している文明。


「……本当に異世界なんですね」


 ぽつりと零れた声は、半分呆然としていた。


 その時だった。


 大型モニターから流れた音楽に、私は思わず視線を向ける。


 駅広告。


 映像。


 電子案内。


 懐かしい。


 本当に懐かしい。


「……なんか変な感じ」


 小さく呟く。


「もう今は別世界の人間なのに」


 そう言った瞬間だった。


 ミストルティン様が、隣でふわりと笑う。


「でも」


 一拍。


「エレノア、ちゃんと嬉しそうよ?」


 その言葉に、少しだけ目を瞬かせる。


 そして。


「……そうかもしれません」


 私は小さく笑った。


 すると。


「よし!」


 ミストルティン様が勢いよく両手を叩く。


「じゃあ手分けしてファ〇マ巡りするわよー!」


 一瞬。


 空気が変わった。


 さっきまでのしんみりした雰囲気が、一気に作戦会議モードへ切り替わる。


「第一陣は東口側担当!」


「第二陣は西口側!」


「駅ナカも確認!」


「最終的に中央集合ね!」


「急に軍隊みたいになったんですけど!?」


 エリシアが即座に悲鳴を上げた。


 だがミストルティン様は止まらない。


「時間との勝負なのよ!」


「一番くじってそんな命懸けなんですか!?」


「推し活は戦争よ」


「神様が真顔で言わないでください!!」


 エリシアのツッコミが綺麗に駅構内へ響く。


 その横で、ソフィア様がスマホを確認する。


「一応近場の店舗は全部営業確認済みね」


「入荷してない店舗もチェック済みよー」


 パルシア様が自然に続けた。


「なんでそんな準備完璧なんですか……」


 エリシアが遠い目になる。


 すると。


「エリシアちゃんは私達と一緒ねー!」


 パルシア様がにこにこしながら肩を掴んだ。


「えっ」


「逃がさないわよ?」


「なんで笑顔なのに圧あるんですか!?」


 完全に巻き込まれていた。


 一方。


「メル、そっちお願い」


「任せてください!」


 既にメルはノリノリである。


 スマホ片手に店舗位置を確認していた。


「メルまで完全に染まってる……」


 エリシアが絶望した顔になる。


 だがその時。


 ミストルティン様がふと真顔になった。


「あと重要事項」


「まだあるんですか?」


「人混みで逸れたら即連絡」


「あと地球側で魔法暴発禁止」


「目立つ行動も禁止」


「それは普通に大事ですね……」


 エリシアが初めて安心した顔をする。


 だが。


「でもラストワン見つけた時は例外」


「例外作らないでください!!」


 安心は一瞬で消えた。


 そんなやり取りをしている間にも、人波は絶えず流れていく。


 巨大都市特有の雑踏。


 聞き慣れた駅メロ。


 そして。


 これから始まる、あまりにも規模感がおかしいファ〇マ巡回。


 私は小さく息を吐いてから、少しだけ笑った。


「……なんだかんだ、楽しみですね」


「でしょ!?」


 ミストルティン様が満面の笑みになる。


 次の瞬間。


「じゃあ作戦開始ー!!」


 神族達が一斉に駆け出した。


「本当に始まっちゃったぁぁぁ!!」


 エリシアの悲鳴を置き去りにしながら。


 仙台駅周辺を巻き込んだ、推し活大遠征が幕を開けたのだった。


 ――一店舗目。


「……ない」


 店内へ入った瞬間、ミストルティン様が真顔になった。


 くじ棚。


 空。


 見事なまでに空。


 店員さんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「朝一で全部無くなっちゃって……」


 一瞬の沈黙。


「早くない!?」


 ミストルティン様が悲鳴を上げた。


「開始してまだそんな経ってないわよね!?」


「なんか複数人で来て一気に……」


「あっ」


 全員が察した。


「転売ヤー……」


 私が遠い目になる。


「やはり存在するのねこの世界にも……」


 エルヴィータ様が静かに呟く。


「世界共通の厄介存在なのねぇ」


 ソフィア様まで引いていた。


 一方。


「許せない」


 ミストルティン様の声が低い。


 かなり珍しいレベルで本気トーンだった。


「推し活を金儲けに使うなんて……!」


「ミストルティン様、目が据わってます」


 メルが若干後退る。


「落ち着いてください!? 神罰とか駄目ですからね!?」


 エリシアが慌てて止めに入った。


 危なかった。


 割と本当に。


 そして。


 ――二店舗目。


「こちら会員アプリ提示が必要になります」


「……はい?」


 一同が固まる。


 店員さんが申し訳なさそうに説明した。


「転売対策で、会員登録されてる方限定なんです」


「なるほど……」


 私は少し感心する。


 確かに効果はありそうだった。


 だが。


「問題は私達ほぼ持ってないことよね」


「そこなのよ……」


 ミストルティン様が真顔になる。


 唯一。


「私ありますよ?」


 メルだけが普通にアプリ会員だった。


「なんで!?」


「前回来た時に普通に作りました」


 強い。


 生活適応能力が高すぎる。


 結局。


 メルが代表で数回だけ引くことになった。


 結果。


「G賞三つです!」


「うん、知ってた」


 現実は厳しかった。


 そして。


 ――三店舗目。


「お、一番くじ残ってる!」


 ミストルティン様のテンションが一気に上がる。


 だが。


 その直後。


『お一人様五回まで』


『並び直し禁止』


 無慈悲な張り紙。


「ぐっ……!」


 ミストルティン様が膝をついた。


「対策が完璧すぎる……!」


「むしろ良いことなんですけどね?」


 エリシアが冷静に返す。


 だがミストルティン様は真剣だった。


「五回……」


「たった五回で……」


「推しを引けと……?」


「確率ってそういうものです」


 そして運命の結果。


「G賞」


「F賞」


「G賞」


「D賞」


「G賞」


 一瞬の静寂。


「…………」


 ミストルティン様が固まる。


「ミストルティン様……?」


 メルが恐る恐る声を掛けた。


 次の瞬間。


「爆死したぁぁぁぁ!!!」


 仙台のファ〇マ前に、神様の絶叫が響いた。


「なんで!? なんで上位賞来ないの!?!?」


「落ち着いてください人目ありますから!!」


 エリシアが全力で止める。


 だが。


「私、地球来るたび課金してるのに!!」


「ソシャゲみたいに言わないでください!!」


 完全に駄目だった。


 一方。


「でもバックチャーム可愛いですね」


 メルは普通に当たりを満喫していた。


 強い。


 そして。


 ――四店舗目。


「……まだかなり残ってるわね」


 私は棚を見ながら呟く。


 上位賞。


 まだ全部ある。


 しかも残数も多い。


 かなり良い状況だった。


「エレノア、行く?」


 ミストルティン様が真剣な顔で聞いてくる。


「……行きます」


 私は財布を取り出した。


「五回お願いします」


 くじを引く。


 一枚目。


 店員さんの目が少し見開く。


「A賞です」


「…………え?」


 二枚目。


「B賞です」


「……はい?」


 三枚目。


「C賞になります」


 一瞬。


 空気が止まった。


「………………は?」


 ミストルティン様の声が完全に死んでいた。


 周囲の空気もざわつく。


 店員さんすら若干困惑している。


 私は手元の半券を見る。


「……え?」


 自分でも理解できない。


 だが現実だった。


 A。


 B。


 C。


 五回中三枚。


 しかも全部上位賞。


「え、待ってエレノア様」


 メルが震える。


「神引きでは……?」


「神引きね……」


 ソフィア様すら引いていた。


 その横で。


 ミストルティン様がゆっくり私を見る。


「…………エレノア」


「はい?」


「あなた今日、“持ってる側”だわ」


 その声は真剣だった。


 そして次の瞬間。


「崇めなきゃ」


「やめてください」


 だがもう遅い。


「エレノア様すごい!!」


「これは流れ来てるわねぇ!」


「待って!? なんで急に幸運の女神扱いなんですか!?」


 エリシアのツッコミを背景にしながら。


 ミストルティン様は真顔で次の店舗検索を始めていた。


いい感じに続けて


「今のうちに回るわよ」


「流れがエレノアへ来てる」


「完全にオカルトなんですよそれ!!」


 エリシアのツッコミが飛ぶ。


 だが。


「でも実際引いてるし……」


 メルがA賞の箱を見ながら呟いた。


 説得力が強すぎた。


 しかも。


 現在私の手元には。


 A賞。


 B賞。


 C賞。


 既に目的の上位賞がほぼ揃っている。


 意味が分からない。


「……夢じゃないわよね?」


 私は思わず景品を見直した。


「現実よ」


 ミストルティン様が真顔で頷く。


「だから次行くわよ」


「切り替え早くないですか!?」


 エリシアが叫ぶ。


 だが神族組は既に完全に次の戦場へ意識が向いていた。


「今ならエレノアの豪運でラストワンまで行けるかもしれない」


「なるほど」


「納得しないでください!!」


 ソフィア様まで普通に会話へ混ざり始めている。


 もう駄目だった。


 そんな中。


「でも本当に凄いですね……」


 店を出ながら、メルがしみじみ呟く。


「五回でAからCまで揃うって聞いたことないですよ?」


「私もないわ……」


 自分でも怖い。


 前世込みでも、ここまでの引きは記憶にない。


 すると。


 ミストルティン様がじーっとこちらを見る。


「……もしかして」


「?」


「エレノアって“物欲センサー”薄いタイプ?」


「あー……」


 言われてみれば。


 欲しいとは思っていた。


 だが。


 “絶対引く!!”みたいな気迫は、ミストルティン様ほど強くなかった気もする。


「なるほどね……」


 ミストルティン様が遠い目になる。


「欲望が重すぎると逆に出ないやつだわこれ……」


「ガチャ理論みたいに言わないでください」


 エリシアが即座に突っ込んだ。


 その時だった。


「……あ」


 パルシア様がスマホ画面を見ながら声を上げる。


「近くにもう一店舗あるよー!」


 一瞬。


 全員の視線が集まった。


「残数確認は?」


「まだ結構残ってるっぽい!」


「上位賞は?」


「AはないけどBとC残ってる!」


「行くわよ」


 ミストルティン様が即断した。


「判断が早い」


 アルなら絶対そう言う。


 そのまま私達は駅前を移動する。


 朝の仙台駅周辺。


 休日特有の人混み。


 ビル街。


 チェーン店。


 懐かしい景色。


 その中を。


 神様達と一緒に一番くじ巡回している。


「……冷静に考えると凄い状況ですねこれ」


 エリシアがぽつりと呟く。


「今さら?」


「今さらですけど!?」


 だが。


 その直後。


「……ん?」


 私はふと足を止めた。


 視線の先。


 駅前大型ビジョン。


 そこへ映し出された映像。


 そして流れ始めた音楽。


「――あ」


 一瞬。


 懐かしさが胸を突いた。


 前世で何度も聞いた曲。


 学生時代。


 帰り道。


 ライブ前。


 友達と騒いだ記憶。


 全部が、一瞬で蘇る。


「エレノア?」


 ミストルティン様が少し不思議そうにこちらを見る。


 私は大型ビジョンを見上げたまま、小さく笑った。


「……なんか、本当に帰ってきたみたいです」


 その言葉に。


 ミストルティン様は、どこか優しい顔で笑った。


「なら連れてきて正解だったわね」


 私は小さく頷く。


 すると次の瞬間。


「でも次の店急がないと上位賞消えるわよ!!」


 ミストルティン様が急に現実へ引き戻してきた。


「余韻!!」


 エリシアの悲鳴が響く。


 だがもう遅い。


「走るわよー!!」


「おー!!」


 再び始まる神速ファ〇マ巡回。


 仙台駅周辺を舞台にした推し活遠征は、まだまだ終わりそうになかった。


 ――気づけば。


 空はすっかり夕焼け色へ染まっていた。


 仙台駅前を行き交う人の流れも、朝とは少しだけ空気が変わっている。


 仕事帰りらしい人。


 買い物帰りの家族連れ。


 観光客。


 そして。


「……終わった……」


 駅中央口付近のベンチへ座り込みながら、私は静かに呟いた。


 疲労感が凄い。


 だが同時に。


 妙な達成感もあった。


 なぜなら。


「全部揃ったわね!!」


 ミストルティン様が満面の笑みで戦利品を掲げた。


 A賞。


 B賞。


 C賞。


 バックチャーム。


 メモ帳。


 ラバーコレクション。


 そしてラストワン。


 最終的に、全賞コンプリートしていた。


 意味が分からない。


「本当にやり切りましたね……」


 メルが若干放心した顔で呟く。


「途中から完全に意地になってましたよね?」


「否定できないわね……」


 私も遠い目になる。


 特にミストルティン様。


 三店舗目爆死以降、妙なスイッチが入っていた。


『次こそ!!』


『まだ終わってない!!』


『ラストワンは呼んでる!!』


 完全に戦士だった。


 一方。


「……もう歩けません……」


 エリシアはベンチへぐったりしていた。


 魂が半分抜けている。


「お疲れー!」


 パルシア様が元気すぎる。


「地球の推し活楽しかったね!」


「規模がおかしいんですよぉ……」


 エリシアの声がかすれていた。


 だが、その時だった。


 ぐぅぅぅぅ……。


 一瞬。


 空気が止まる。


「……」


「……」


 私とミストルティン様の視線が重なった。


 さらに。


 ぐぅぅぅ……。


 今度は別方向。


 ソフィア様だった。


「……あ」


 パルシア様が目を瞬かせる。


「そういえば私達」


 一拍。


「今日ご飯食べてなくない?」


 沈黙。


 全員が固まった。


「…………」


「…………」


 そして。


「忘れてた」


 綺麗に声が重なった。


「いや何でですか!?」


 エリシアが即座に叫ぶ。


「朝からずっとファ〇マ巡ってましたよね!?」


「夢中だったのよ……」


 私は真顔で呟く。


 実際。


 本当に忘れていた。


 完全に。


 ミストルティン様も真剣な顔で頷く。


「推し活中って空腹感じないのよね」


「それ危ないやつです!!」


 エリシアのツッコミが鋭い。


 すると。


「じゃあせっかくだし牛タン食べましょうよ!」


 パルシア様がぱっと顔を輝かせた。


 一瞬。


 空気が変わる。


「牛タン……!」


 ミストルティン様の目が輝いた。


「仙台と言えば!」


「それですよね!」


 メルまで乗っかる。


 完全に第二ラウンドが始まりそうだった。


 結局。


 私達は駅近くの牛タン屋へ入ることになった。


 そして。


「美味しい……」


 私は思わず呟いた。


 炭火の香ばしさ。


 程よい塩味。


 柔らかいのにしっかりした歯ごたえ。


 懐かしい。


 本当に懐かしい味だった。


「地球のご飯ほんと美味しいよねー!」


 パルシア様が幸せそうに頬を緩める。


「分かる」


 ミストルティン様も真剣に頷いた。


「文明レベル違うのに食文化強いのズルい」


「褒め方独特ですね……」


 エリシアも、なんだかんだ普通に食べていた。


 最初は緊張していたが、流石に一日行動を共にしたせいか、少し慣れてきたらしい。


「でも……」


 エリシアが小さく笑う。


「ちょっと楽しかったです」


 一瞬。


 全員の視線が集まる。


「おっ」


「遂に染まった?」


「違います!!」


 即否定。


 だが。


 その顔は、少しだけ楽しそうだった。


 そして。


 食事を終え。


 店を出た、その時だった。


 ふと。


「……ん?」


 ミストルティン様が足を止めた。


 空気が変わる。


 さっきまでの軽い雰囲気が、一瞬で消えた。


 私は思わず顔を上げる。


「ミストルティン様?」


 ミストルティン様は、静かに空を見ていた。


 その瞳が、僅かに細められる。


「……これ」


 一拍。


「屋敷側?」


 ソフィア様の声も低くなる。


 次の瞬間。


 ミストルティン様の表情から、完全に笑みが消えた。


「緊急用の転移魔法陣が発動したわ……」


 その呟きに。


 神族組の空気が、一瞬で変わった。


 さっきまで牛タンを食べながら笑っていたとは思えない。


 空気が重い。


 いや。


 重すぎた。


 周囲の温度が、一気に下がった気さえする。


「……なにがあったの?」


 エルヴィータ様が静かに問う。


 ミストルティン様は目を閉じる。


 微かに空間が震えた。


 神力による遠隔確認。


 数秒。


 そして。


「屋敷の関係者ではない魔力を感知したみたい」


 一拍。


「転移先は――王城の最重要区画」


 空気が止まった。


「王城の最重要区画ってなんでそんなとこに転移しているんですか!!」


 エリシアの悲鳴が、牛タン屋の前へ綺麗に響き渡った。


 だが。


 神族組の空気は、一瞬で切り替わっていた。


 さっきまで。


「この牛タン柔らかい!」


「仙台来たらやっぱこれよねー!」


 などと言っていたとは思えないほど、静かな圧が広がっている。


 ミストルティン様は目を閉じたまま、小さく息を吐いた。


「……緊急用転移魔法陣は二段構えになってるの」


「二段……?」


 エリシアが恐る恐る聞き返す。


 ソフィア様が静かに説明を引き継いだ。


「中程度までの危険なら、王城側の最重要区画へ避難」


 ソフィア様が静かに説明する。


「あそこなら並大抵のことでは侵入できないしね」


 一拍。


「勿論、陛下も公認だよ」


「公認なんですか!?」


 エリシアが即座に反応した。


 だがソフィア様は普通に頷く。


「けどそれでも危険な場合――」


 一拍。


「例えば国が亡ぶほどの戦争とかが起きたり、エレノアそのものの命が危険と判断されると、神の領域に作った“エレノアの領域”へ強制転移する」


「……はい?」


 エリシアの声が完全に止まった。


 ソフィア様はさらりと続ける。


「神域側に完全隔離型で作ってあるの」


「外部干渉遮断済み」


 エルヴィータ様が静かに補足した。


「空間固定、因果遮断、神力結界、多重認識阻害」


「人間側からは100%干渉不可能ねぇ」


 パルシア様まで普通に頷く。


 エリシアがゆっくりこちらを見る。


「……エレノア様?」


「行ったことないけどね」


 一瞬。


 空気が止まった。


「行ったことないんですか!?」


 エリシアが思わず叫ぶ。


 私は小さく肩を竦めた。


「だって今まで使う機会なかったし……」


「使う機会が来たら駄目な場所なんですよそれは!!」


 正論だった。


 だが。


「まあ基本的には最終避難先だからねぇ」


 パルシア様が苦笑する。


「神域側でもかなり特殊な場所よ?」


「そもそも神族以外ほぼ入れないし」


 ソフィア様も頷いた。


「空間そのものがエレノアへ最適化されてるから、下手に外部存在入れると術式側が弾くのよ」


「怖いこと言わないでください……」


 エリシアが遠い目になる。


 するとミストルティン様が少しだけ得意げに胸を張った。


「まあエレノアの関係者なら害はないから大丈夫よ?」


 ミストルティン様が軽い調子で言った。


「認識判定も入れてあるし、敵意や害意がなければ普通に通れるよう調整済み!」


「調整済みって……」


 エリシアが頭を抱える。


 だがエルヴィータ様は静かに頷いた。


「エレノアへ危害を加える可能性がある存在のみ排除対象」


「友好的判定なら制限解除される」


「なのでメルやエリシアが入っても問題ないわよ~」


 パルシア様も笑う。


「むしろ歓迎側ねぇ」


「歓迎って何ですかその概念……」


 エリシアが遠い目になる。


 その横で、私は少しだけ考える。


「……つまり私の知り合い判定されれば入れるの?」


「うん!」


 ミストルティン様が元気よく頷いた。


「だからセレスティア家の人達とかも大丈夫!」


「護衛隊の皆さんも通れるわね」


 ソフィア様が自然に補足した。


「ただし敵対認定された瞬間弾かれるけど」


「怖い怖い怖い!!」


 エリシアが即座に叫ぶ。


 だがミストルティン様は不思議そうだった。


「え? 普通じゃない?」


「神族基準の“普通”を人間界に持ち込まないでください!!」


 もう完全にいつもの流れだった。


「とりあえず一通り見た感じ問題なさそうだから急いで帰るよ!」


 ミストルティン様がそう言って立ち上がる。


 先程までの“推し活モード”とは違う。


 空気が少しだけ鋭かった。


「転移反応自体は収まってるけど、念のため確認したいしね」


 ソフィア様も静かに頷く。


「王城側へ転移してるなら、向こうも既に動いてるはず」


「……本当に何が起きたんですか?」


 エリシアが不安そうに呟く。


 するとエルヴィータ様が短く答えた。


「まだ断定はできない」


「けれど、“屋敷の関係者ではない魔力”が感知された時点で自動防衛術式は正常作動している」


「つまり最低限、安全装置は機能しているわ」


 淡々とした説明だった。


 だが逆に怖い。


 私は静かに息を吐く。


「……アメリアお姉様達、大丈夫かな」


「王城側へ転移してる時点で安全性はかなり高いわよ」


 ミストルティン様がそう返す。


「むしろ王城側が今頃大騒ぎしてると思う」


「それは……ちょっと想像できます」


 というか絶対そうなる。


 突然。


 セレスティア家関係者が、王城最重要区画へ強制転移。


 しかも理由は“不審魔力感知”。


 普通に事件だった。


 その時。


「でもその不審者、運悪かったわねぇ」


 パルシア様がぽつりと呟く。


「うん?」


「だってよりにもよって――」


 一拍。


 パルシア様がにこりと笑う。


「エレノアの屋敷に土足で踏み入れちゃったんだもの」


 空気が静かに冷えた。


 エリシアがびくりと肩を震わせる。


 ミストルティン様も、にっこり笑っていた。


「いい度胸してるわよねぇ?」


 笑顔。


 なのに怖い。


「……あの」


 エリシアがおそるおそる口を開く。


「帰った後、その人どうなるんですか?」


 一瞬。


 神族組が静かに顔を見合わせる。


 そして。


「「「さあ?」」」


 綺麗に重なった。


「怖い怖い怖い怖い!!!」


 エリシアが悲鳴を上げる。


 だがミストルティン様は既に転移術式を展開していた。


「ほら行くわよ!」


 床面へ巨大な魔法陣が広がる。


 淡い光。


 空間震動。


 先程までの旅行空気とは違う、やや高出力の転移術式だった。


「王城直通?」


「ううん、一回屋敷側確認してから」


 ミストルティン様が短く答える。


「場合によってはそのまま王城飛ぶ」


 その瞬間。


 空気が再び少しだけ張り詰めた。


 さっきまで牛タン食べていたのに。


 数分後には緊急帰還である。


 温度差が激しすぎた。


「……なんか今日一日情報量多すぎません?」


 エリシアがとうとう遠い目になる。


 私は小さく苦笑する。


「まあ……ミストルティン様達と一緒だと大体こんな感じだから」


「慣れないでくださいよぉ!!」


 その叫びと同時に。


 眩い光が七人を包み込んだ。


 次の瞬間――


 私達の姿は、仙台駅から綺麗に消え去った。


 そして。


 誰もいなくなった駅前では、いつも通り人々が行き交っている。


 休日の仙台。


 賑やかな雑踏。


 光る広告。


 流れ続ける電子音。


 だがその裏で。


 遠く離れた異世界では――


 セレスティア家を中心に、とんでもない騒ぎが始まろうとしていた。








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