閑話 ミストルティン様、また全滅する
「奇点、よく見えなかった……」
その言葉と共に、ミストルティン様が操作するキャラは全滅してしまった。
「あー!!!!! このボス難しすぎない!!!!?????」
ゲーミングチェアが、のけぞったミストルティン様の体をやさしく受け止める。
それでも椅子は大きくたわみ、今にもひっくり返りそうな勢いだった。
「もうこのボスだけで何回挑戦してるの!」
「ミストルティン様、極限回避とかレール反撃使ってます……?」
私は隣から、恐る恐る確認する。
一瞬。
ミストルティン様の動きが止まった。
「……え?」
「そのボス一回あたりの攻撃がかなり痛いうえに手数も多いので使わないと難しいですよ......」
「……え?」
もう一度。
今度は、より深く。
空気が止まる。
「そんな仕様あったっけ?」
静寂。
私とメルが、同時にゆっくり顔を上げる。
パルシア様はすでに額を押さえていた。
「……ありましたよ」
「かなり序盤から」
「むしろ基本操作です」
三方向からの現実。
ミストルティン様の目が、すっと細くなる。
「いや待って。
それ、たぶん私の知ってるやつと違う」
「違いません」
「違います」
「完全に同じです」
「ひどい連携やめて!?」
ゲーミングチェアごと後退する神様。
逃げようとしている。
物理的にも、精神的にも。
「だって回避って、こう……
なんとなく避けるものでしょ?」
「なんとなくでクリアできるほど甘くありません!」
「救えてた時もあった!」
「たまたまです」
「ひどい!」
机をばんばん叩く。
本当に神様かこの人。
「探検ガイドの一番下のタブに、基本チュートリアルがあるのでそれをもう一回やってください!!」
私がびしっと画面を指差す。
ミストルティン様は、その指先を追って画面を見る。
「……探検ガイド?」
「はい」
「一番下のタブ?」
「はい」
「基本チュートリアル?」
「はい」
一拍。
「そんなもの初めて聞いた」
「なんでですか!!!!」
思わず立ち上がった。
メルが横で肩を震わせている。
完全に笑っている。
パルシアはもう、何も言わずに天井を見ていた。
「だって普通、最初の強制チュートリアル終わったら自由になるじゃん!?」
「なりますね」
「じゃあ終わりだと思うじゃん!?」
「思いません」
「思います」
「思わないです」
「なんでそんな冷たいの!?」
ゲーミングチェアの上で暴れる神様。
本当に落ち着いてほしい。
「探検ガイド、ちゃんと報酬もありますからね」
「報酬!?」
ぴたり、と止まる。
現金だった。
「円石が貰えます。
次のピックアップはエイボンの店主という噂があるので、今から貯めるためにもやりましょうね」
一瞬。
空気が変わった。
「…………は?」
ミストルティン様が、ゆっくりこちらを見る。
「今、なんて?」
「円石が貰えます」
「その先」
「次のピックアップはエイボンの店主」
「その先はもういい」
食いつく場所が完全に予想通りだった。
ゲーミングチェアが、ぎし、と音を立てる。
前のめり。
目が本気だった。
「……店主、来るの?」
「噂ですけど」
「確定ではない?」
「でもかなり濃厚らしいです」
「回す」
即答だった。
一切の迷いがない。
「まだ発表もされてませんよ」
「回す」
「性能も不明です」
「回す」
「見た目だけで判断してません?」
「当然でしょ」
威張ることではない。
「だってあの人絶対強いじゃん!
強い顔してる!」
「顔で性能を判断しないでください」
「するよ!!!
ああいうタイプは絶対バフ撒くし裏で全部操ってる!」
「願望が混ざってます」
「夢を見させて」
切実だった。
ものすごく切実だった。
メルがくすくす笑う。
「じゃあ今から石集め頑張らないとね」
「うん……」
ミストルティン様が、遠い目をする。
「私、今まで取り逃した石、何個あるんだろう……」
「考えない方がいいです」
「優しさが逆に怖い」
「ちなみに探検ガイド、かなりあります」
「やる」
「サブ任務もあります」
「やる」
「実績もあります」
「やる!!!!」
完全に覚醒した。
さっきまでボスに心を折られていた人とは思えない。
ガチャの力は偉大だった。
「よし」
ミストルティン様は、ものすごい勢いで探検ガイドを開いた。
「よし……!
未来の店主のため、今こそ私は立ち上がる!」
「動機が不純すぎます」
「違うよ、これは愛」
「なおさらだめです」
そんなやり取りをしながら、まずは基本チュートリアルをやり直す。
画面には、懐かしい説明文。
『極限回避を成功させよう!』
「うわ、ちゃんと書いてある……」
「ちゃんと最初からありました」
「過去の私を殴りたい」
「私もです」
「なんで!?」
理不尽らしい。
だが、チュートリアル自体は驚くほど順調だった。
「見て!
今の完璧じゃない!?」
「ちゃんと極限回避できてますね」
「私、才能あるかもしれない」
「最初からありました。
方向性だけが壊滅的だったので」
「その言い方やめて」
そして。
問題のボスがいるストーリークエストへ、再挑戦。
ミストルティン様はコントローラーを握り直し、真剣な顔になる。
「今度こそ勝つ」
「今度は仕様を知ってますからね」
「つまり私は最強」
「その自信はどこから来るんですか」
戦闘開始。
ボスの攻撃。
極限回避。
極限反撃。
レール反撃。
「ふははは!
見たか!
これが学習した私だ!」
「そのまま油断しないでください」
「大丈夫!
もう完全に理解したから!」
さっきまで苦戦していたのが嘘みたいに、HPは安定している。
ボスの体力も、順調に削れていく。
「勝ったな」
「その台詞は危険です」
「勝ったわ」
「だから」
――その瞬間。
ボスのHPが、あとわずかになったところで。
画面が、暗転した。
「……ん?」
ミストルティン様の手が止まる。
流れ始めるイベント演出。
序盤は激しい戦闘シーンと派手な演出が繰り広げられていた。
だが、時計の演出とともに一気に不穏なBGMへと変わる。
重い空気。
画面の奥で、何かがゆっくりと現れる。
「え、なにこれ」
「……あ」
私は察した。
メルも察した。
パルシアは静かに目を閉じた。
「なんか嫌な予感するんだけど」
ミストルティン様の声が、急に小さくなる。
画面の中。
空間が歪み、黒い裂け目が走る。
そこから現れたのは――
異象。
明らかに、今までより強そうなやつ。
そしてこの異象こそこのストーリーの本当のボスだった。
「え?」
一拍。
「え?????」
カットシーン終了。
再び戦闘画面へ。
そして。
ミストルティン様のキャラのHPは――
ほぼ瀕死。
「そんなの聞いてない!!!!!!」
絶叫だった。
「いや、ストーリー演出なので……」
「聞いてない!!!!!
再挑戦なのに初見殺しそのままなの!?」
「仕様です」
「優しくない!!!
このゲーム優しくない!!!!」
異象が、静かにこちらを見る。
圧がすごい。
完全に“狩る側”の目だった。
そしてミストルティン様のキャラはというと......
パーティー全員が瀕死の状態でHPゲージは笑えるくらい真っ赤だった。
「いやもう赤ゲージとかいうレベルじゃないんだけど!?
みんな瀕死! ほぼ遺言!!!」
「まだ立っているのでセーフです」
「セーフじゃない!!!!
その理論で生きていけるの強すぎるでしょ!!!」
画面の中。
パーティー全員のHPバーは、もはや装飾かと思うほど細い。
ほんの少しでも被弾すれば即終了。
「刑務所に投獄された時にもらった回復アイテムもうあんまりないんだけど!!!!」
「なら被弾しないように立ち回りをしっかりしないといけませんね!」
私がにっこり微笑みながら言うと
「エレノアが鬼なんだけど!!!!」
「事実を言っただけです」
「もっとこう……
優しく『大丈夫ですよ、一緒に頑張りましょう』みたいなのないの!?」
「大丈夫です。
一人で頑張りましょう」
「悪化した!!!!!」
メルが耐えきれず吹き出す。
「ふふっ……がんばって、ミストルティン様」
「メルまで!?」
パルシアは静かに頷いた。
「料理も戦闘も、最後は気合よ」
「その理論で全部片付けないで!?」
異象が、また静かにこちらを見ている。
圧がすごい。
絶対に今、こっちの会話を待ってくれてる。
「なんで敵の方が空気読めるの……」
「ボスですから」
「答えになってない!!」
次の瞬間。
異象が、腕を振り上げた。
「来る!!!!」
ミストルティン様が悲鳴と共に回避。
ぎりぎりで避ける。
画面が光る。
だが、異象から放たれる攻撃は、あまりにも苛烈だった。
一撃。
二撃。
三撃。
間隔が、明らかにおかしい。
「待って待って待って!!!
早い早い早い!!!!」
ミストルティン様の指が、ほぼ反射でボタンを叩いている。
「これ絶対人間用じゃない!!
神様でも反応できないって!!!!」
「ちゃんと見てください!」
「見えてたら苦労しない!!!!」
回避。
成功。
――したと思った次の瞬間。
追撃。
「えっ」
被弾。
さらに追撃。
「えっっっ」
ミストルティン様の声が裏返る。
だが、それで終わりじゃなかった。
異象の身体がわずかに沈み込み――
次の瞬間。
赤い光が、走る。
一瞬だけ。
ほんの刹那。
けれど、明確な“予兆”。
「それ、光った!!!!」
「来ます!!!!!」
「何が!!!!」
「全部です!!!!」
「説明が雑すぎる!!!!」
直後。
空間ごと叩き潰すような範囲攻撃。
逃げる。
とにかく逃げる。
ミストルティン様の指がほぼ祈りの速度で動く。
「避けろ避けろ避けろぉぉぉ!!!!」
一人、間に合わない。
轟音。
「ぎゃあああああああ!!!!」
綺麗に一人、消えた。
「今の絶対無理!!!
絶対避けさせる気なかった!!」
「予兆はありました!」
「赤いピカって一瞬だけだったじゃん!!!
あれで察しろって!?」
「はい」
「鬼!!!!」
だが異象は待たない。
次。
横薙ぎ。
さらに赤い閃光。
「また光った!!!
また来る!!!!」
「ちゃんと見えてるじゃないですか!」
「見えても指が追いつかないの!!!!」
回避、失敗。
「うわぁぁぁぁ!!」
二人目、退場。
「減ってる減ってる!!
仲間がどんどん減ってる!!」
メルが横で小さく手を合わせる。
「がんばって……」
「祈るだけ!?」
さらに。
異象が静かに腕を持ち上げる。
赤い光。
もう嫌というほど見た。
「またそれぇぇぇぇ!!!!」
「最後です!」
「その言葉さっきも聞いた!!!!」
逃げる。
走る。
祈る。
でも、ほんの一瞬だけ遅い。
爆発。
「ぁぁぁぁぁ……」
三人目、静かに倒れる。
残るは、あと一人。
ミストルティン様の声が震える。
「いやだ……
この子だけは生かしたい……」
完全に情が移っていた。
「大丈夫です!
落ち着いて、赤い光を見てください!」
「もう赤い光がトラウマなんだけど!?」
最後の一人。
必死に回避。
希望。
そして。
異象が、ゆっくりとこちらを見た。
身体が沈む。
赤い光。
「あ」
一拍。
「これ、絶対だめなやつ」
特大モーション。
見ただけでわかる、終わりの技。
「そんなの聞いてない!!!!」
振り下ろされる一撃。
画面が白く染まり――
静寂。
HPバーが、完全に消えた。
そして無慈悲に表示される。
――全滅。
「……………………」
ミストルティン様が、そっとコントローラーを置く。
静かに。
とても静かに。
「このゲーム、性格悪い」
「今さらですね」
「もっと早く言って!!!!」
机をばんばん叩く。
本当に神様かこの人。
メルがそっとお茶を差し出した。
「どうぞ……」
「ありがとう……
優しさが染みる……」
パルシアは静かに頷く。
「敗北の後のお茶は美味しいわよ」
「経験者みたいに言わないで」
私は画面を見ながら、淡々と言った。
「ちなみに今の、かなり進んだ先のストーリーボスです」
一拍。
「…………帰っていい?」
「だめです」
沈黙。
そして、ミストルティン様はゆっくりとこちらを向いた。
その目は、妙に真剣だった。
「……エレノア」
「嫌です」
「まだ何も言ってない」
「どうせ
『代わりにやって』でしょう」
「話が早いね」
「嫌です」
「そこをなんとか」
「嫌です」
「未来の店主がかかってるんだよ!?」
「それはミストルティン様の問題です」
「冷たっ!!!!!」
ゲーミングチェアごとこちらへ寄ってくる。
「一回だけ!
一回だけ見本を見せて!」
「嫌です」
「なんで!?」
「自分で倒した方が絶対達成感あります」
「今ほしいのは達成感じゃなくて勝利なんだよ!!」
「名言みたいに言わないでください」
メルが横でくすくす笑う。
「でも、エレノアちゃんに頼るのはずるいかも」
「メルまで!?」
パルシアも頷いた。
「自分で乗り越えた壁の先に、推しはいるのよ」
「急にいいこと言う!!」
完全に包囲されていた。
ミストルティン様は、がくりと項垂れる。
「世界って厳しい……」
「ゲームも厳しいです」
「知ってるよ……」
そうして。
再び、戦いが始まった。
数十分。
一時間。
二時間。
「なんで今の当たるの!?」
「今のは欲張りましたね」
「欲張ってない!
生きたかっただけ!!」
「それが欲です」
「哲学やめて!!」
そして――
窓の外が、うっすら明るくなり始めた頃。
小鳥の鳴き声。
差し込む朝日。
完全に朝だった。
私は静かに紅茶を飲みながら、画面を見る。
そこには。
元気いっぱいの異象。
そして。
瀕死のミストルティン様。
「…………」
一拍。
「まだ倒せてないんですか?」
「うるさい」




