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【20万PV突破・毎日更新中】転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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118話 対毒装備、その真価

 ローディスさんに素材を引き渡してから、五日が経過した。


 残りは、二日。


 依頼主への納品期限が、すぐそこまで迫っている。


(……あと二日)


 頭の中で何度も同じ言葉が繰り返される。


 けれど――


 連絡は、まだ来ていない。


(そろそろ何かあってもいいはずなんだけど……)


 視線が、無意識に扉へと向かう。


 何度目かも分からない確認。


 当然、何も変わっていない。


「エレノア様」


 ふと、横から声がかかる。


 振り向くと、メルがいつもの穏やかな表情で立っていた。


「そんなに焦らなくても、ローディスさんなら間に合わせてくれますから」


「……わかってはいるんだけどね」


 小さく苦笑する。


 信頼していないわけじゃない。


 むしろ、その逆。


 だからこそ――


(間に合わせてくれるって分かってるのに、落ち着かない)


「気持ちはわかりますが」


 メルは少しだけ視線を和らげて、


「ここはお店ですので、あまりその表情はおすすめしません」


「……気をつける」


 軽く息を整える。


 ――仕事中。


 切り替えないと。


 ちょうどその時、扉が開いた。


「いらっしゃいませー!」


 メルの明るい声が店内に響く。


 入ってきたのは、見慣れた常連客だった。


「いつものポーション、あるかい?」


「はい、ございますよ」


 自然と身体が動く。


 棚から目的のポーションを取り出し、手渡す。


「助かるよ。最近ちょっと無理しててな」


「無理はなさらないでくださいね」


 軽く言葉を交わし、代金を受け取る。


 いつも通りのやり取り。


 何も変わらない、日常。


 ――それなのに。


(……まだ来ない)


 ほんのわずかに、思考がそちらへ引き戻される。


 客が帰り、扉が閉まる。


 静けさが戻る前に――


 次の来客。


「いらっしゃいませー!」


 今度はメルの店側へ向かう客だった。


「今日は何かおすすめある?」


「今日はこのたっぷりのハーブとバターを使った塩パンがおすすめですよ!」


 メルが笑顔で応対する。


 軽やかな会話。


 世間話が自然と混ざる。


「最近ちょっと体調崩す人多くてさ」


「あら、そうなんですか?」


「季節の変わり目だからかねぇ。外で変なもん食べたって話も聞くし」


 何気ない会話。


 どこにでもある、日常の一コマ。


 けれど。


(……体調を崩す人が多い)


 ほんの少しだけ、意識が引っかかる。


 すぐに振り払う。


 今は、それを考える時間じゃない。


 商品を受け取った客が満足そうに帰っていく。


 ――そして、三人目。


 またしてもメルの店側の客だった。


「お、今日も賑わってるな」


「ありがとうございます。いつものでよろしいですか?」


「頼むよ」


 手慣れたやり取り。


 常連同士の軽い空気。


 その中で――


 ふと、メルがこちらに視線を向ける。


「エレノア様」


「……?」


「少し、顔に出ていますよ?」


「……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 自覚は、あった。


 けれど。


 やっぱり、隠しきれていなかったらしい。


「……大丈夫」


 小さく息を吐く。


 意識して、表情を整える。


(任せてるんだから)


 そう。


 もう、やることはやった。


 あとは――


 待つだけ。


 ほんの少しだけ、肩の力を抜く。


 その時。


 ――扉が開いた。


 今までとは違う、少しだけ重い音。


「ごめんください」


 静かな声が、店内に響く。


 視線が、一斉にそちらへ向いた。


 そこに立っていたのは――


 見覚えのある使いの姿だった。


 そして、その背後。


 ゆっくりと、一歩前に出る影。


「よぉ! 待たせたな!」


 場の空気を一瞬で崩す、軽快な声。


 ローディスさんが、いつもの調子で手を上げる。


 その隣には、苦笑を浮かべたリシェルさんの姿もあった。


「……相変わらずですね、ローディスさん」


 その勢いに、思わず苦笑が零れる。


 そんなことはお構いなしに、ローディスさんはカウンターまで歩み寄り――


 籠を、どん、と置いた。


「すまんな、素材に癖があってな。特性の引き出しに手間取っちまった」


「ですが、その分――仕上がりは保証します!」


 リシェルさんの表情は、どこか自慢げだった。


「……そう」


 小さく頷きながら、視線を籠へと落とす。


 自然と、息が整う。


(……来た)


 ゆっくりと、手を伸ばす。


 蓋を開ける――


 その瞬間。


「――」


 言葉が、止まった。


 中に収められていたのは――


 白銀に、わずかに淡い光を帯びた装飾具。


 ブレスレットと、ネックレス。


 それぞれが、静かに、しかし確かな存在感を放っていた。


(……綺麗)


 思わず、そう思う。


 余計な装飾はない。


 だが――


 無駄が一切ない。


 曲線は滑らかで、装着を前提とした自然な形状。


 金属でありながら、どこか柔らかさすら感じる仕上がり。


 そして何より――


(……流れてる)


 内側に、確かに感じる。


 あの時、釜の中で作り上げた“循環”。


 毒に反応し、分解し、無効化する流れ。


 それが、崩れることなく、装備として成立している。


「……すごい」


 ぽつりと、零れた。


「だろ?」


 ローディスさんが、にやりと笑う。


「お前の素材、ただの金属じゃねぇ。下手にいじれば全部死ぬ代物だった」


 腕を組みながら、続ける。


「だからよ、“流れ”は一切壊さず、そのまま形にした」


「……」


「その代わり、装着時に違和感が出ねぇように、内側で微調整してある」


 軽く顎で示す。


「着けりゃ分かる」


 迷いはなかった。


 ブレスレットを一つ、手に取る。


 ひんやりとした感触。


 だが、不思議と拒絶感はない。


 そのまま、手首へ――


 装着する。


「……」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ。


 微かな“反応”が走った。


 次の瞬間には、何もない。


 違和感も、重さも、存在感すら――薄い。


(……馴染んでる)


 まるで最初からそこにあったかのように。


 自然に、溶け込んでいる。


「どうだ?」


「特に大きな問題はなさそうです。寧ろ想定以上です」


 はっきりと答える。


 ローディスさんが満足そうに笑った。


「だろうな」


「――これなら、納品できる」


 視線を上げる。


 残り時間は、二日。


 ――間に合う。


 確信があった。


「ローディスさん、ありがとうございます」


 軽く頭を下げる。


「おう。礼はいいから、ちゃんと使わせてやれ」


 ぶっきらぼうに返しながらも、その口元はどこか満足げだった。


「……はい」


 静かに頷く。


 もう迷いはない。


「あとこれ、請求書な」


 ローディスさんが、無造作に一枚の紙を差し出す。


「うちはその金額の三割でいい」


「……え?」


 思わず、視線を上げる。


「残りは持ってけ」


 あっさりとした口調。


 まるで、大したことじゃないと言わんばかりに。


「いや、でも――」


「いいんだよ」


 言葉を遮るように、軽く手を振る。


「今回のはな、“仕事”ってより――」


 一瞬だけ、視線が装備へと向けられる。


「面白ぇもん触らせてもらった対価だ」


「……」


「それに」


 にやり、と口元が歪む。


「その素材、次も来るだろ?」


 確信している声。


 こちらの事情を、すでに見抜いている。


「……否定はしません」


「だろうな」


 満足そうに笑う。


「だったら、今はこれでいい」


 それ以上は言わない。


 だが――


 十分すぎるほど、伝わってくる。


(……この人は)


 利益だけで動いているわけじゃない。


 “いい仕事”を優先する人間だ。


「……分かりました」


 小さく息を吐いて、頷く。


「今回は、その条件でお願いします」


「おう」


 短い返事。


 それだけで、成立していた。


 ――二日後。


 開店と同時に、依頼主の冒険者とそのパーティーが店へとやって来た。


 扉が開いた瞬間、その表情で分かった。


 依頼主は、明らかに緊張している。


「エレノア様、お願いしていた装備はできましたか……?」


 不安を隠しきれない声。


 期限ぎりぎりだったのだから、無理もない。


 けれど――


 その後ろにいた三人は、別の意味で固まっていた。


「おい……今、“エレノア様”って言ったよな……?」


「うん、間違いなく言った」


「ってことは、ここ……セレスティア伯爵家運営のアトリエ!?」


 三人の視線が店内を泳ぐ。


 薬棚。

 設備。

 店の造り。


 今さら気づいたのか、顔色が変わっていく。


「お、おいおい……そんなところに依頼してたのかよ……!」


「聞いてないぞ……!」


「いや、俺だって知らなかったんだよ!」


 依頼主が慌てて否定する。


 どうやら本当に知らなかったらしい。


 その様子を見ながら、私は小さく息を吐いた。


「装備は完成しています」


 そう告げると、四人の視線が一斉にこちらへ向く。


 先ほどまでざわついていた空気が、一瞬で静まった。


「こちらです」


 カウンターの下から、丁寧に包まれた箱を取り出す。


 布に包まれたそれを、静かにテーブルへ置いた。


 依頼主が、ごくりと喉を鳴らす。


 ゆっくりと布を開くと――


「……っ」


 誰かが息を呑んだ。


 白銀のブレスレットとネックレス。


 四人分、整然と並べられたそれらは、店内の光を受けて静かに輝いていた。


「すげぇ……」


 後ろの一人が、思わず呟く。


 無理もない。


 ただの装飾品ではない。


 見ただけで分かるほど、完成度が高い。


「これが……俺たちの装備……?」


 依頼主が、信じられないものを見るように呟く。


「はい」


 静かに頷く。


「依頼内容通り、毒無効化の特性を付与しています」


「ありがとうございます!」


 依頼主は、心から安堵したような表情を浮かべながら、完成した装備を見つめている。


 その手は、わずかに震えていた。


「通常の毒は無効化されます」


 淡々と、続ける。


「強毒であっても侵入後に分解されるため、致命的な影響は受けません」


「……っ」


 後ろにいた三人も、息を呑む。


 理解が追いついていないのか、言葉が出てこない。


「ただし」


 一拍置く。


「即死毒に関しては、完全な防御はできません」


 静かに告げる。


 ――限界は、ある。


 だが。


「それでも――」


 依頼主が、ゆっくりと顔を上げた。


「十分すぎます」


 その声に、迷いはなかった。


 むしろ――


 確信に近い響き。


「これがあれば……」


 小さく呟く。


 その意味は、誰にでも分かった。


 “生き残れる”確率が、変わる。


 それほどの装備だと。


「……では」


 私は、静かに言葉を続ける。


「最終確認と――金額のご案内を」


 一瞬だけ、空気が変わる。


 依頼主の表情が、わずかに引き締まった。


 覚悟を決めるように。


「今回の装備は、一組につき――」


 わずかに間を置く。


「100万ルミナとなります」


「…………は?」


 思わず、声が漏れた。


 依頼主ではない。


 後ろにいた仲間の一人だった。


「おい待て、それって……」


「高級装備どころじゃねぇぞ……」


 ざわめきが広がる。


 当然の反応。


 だが――


「……いい」


 依頼主が、静かに手を上げた。


 全員の動きが止まる。


「払う」


 その一言。


 迷いは、一切なかった。


「……いいのか?」


 仲間の一人が、小さく問う。


 その問いに――


「いい」


 即答だった。


 一切の迷いもなく。


「命の値段だ」


 短く、そう言い切る。


 その言葉には、現場で生きてきた者だけが持つ重みがあった。


 誰も、反論しなかった。


 むしろ――


「……だな」


「ケチって死ぬより、よっぽどいい」


 小さく頷き合う。


 空気が、静かにまとまる。


 覚悟が、決まる。


 依頼主は改めて装備へと視線を落とし――


 それを、しっかりと握った。


「――これで、やれる」


 その一言に、確かな実感がこもる。


 そして。


「ついでにポーションを十二本と、ローポーションを四十本お願いします」


 迷いのない追加注文。


 それはつまり――


 完全に信頼を置いた、ということだった。


ーー数日後


 冒険者ギルド内は、異様な熱気に包まれていた。


「おい、見たかあの報告書!」


「嘘だろ……毒霧の迷宮を完全踏破だぞ!?」


「しかも負傷者なしってどういうことだよ!」


 ざわめきが止まらない。


 机の上に置かれた報告書。


 そこに記されている内容は、常識を逸していた。


 常時毒に侵される危険地帯。


 対策なしでは数分と持たないダンジョン。


 それを――


 全員無事で踏破。


 解毒ポーションの消費も、最小限。


「ありえねぇだろ……」


 誰かが、呟く。


 その時。


「ありえたんだよ」


 軽い声が割り込んだ。


 振り返ると、当のパーティーがそこにいた。


「……お前ら」


「どうやった?」


 当然の問い。


 依頼主は、少しだけ肩をすくめて――


「装備だな」


 短く答える。


「装備?」


 訝しむ声。


 だが次の瞬間。


 白銀のブレスレットが、視界に入る。


 淡く、澄んだ光。


「これのおかげで、毒はほぼ無効だった」


「強毒でも入った瞬間に抜けていく」


「途中から普通のダンジョンだったぞ」


 あまりにも軽い口調。


 だが、その内容は異常だった。


「……は?」


 空気が止まる。


「どこのだ、それ」


 低い声で問われる。


 依頼主は、迷いなく答えた。


「セレスティア伯爵家のアトリエだ」


 ――その一言で。


 場の空気が、変わった。


 その日を境に。


 噂は、一気に広がった。


 ギルド内から、冒険者へ。


 冒険者から、商人へ。


 そして――貴族へ。


「毒を無効化する装備があるらしい」


「いや、分解するらしいぞ」


「しかも装着するだけでだ」


 尾ひれがつき、話は膨らみ続ける。


 だが。


 核となる事実は、変わらない。


 ――“実績がある”


 難攻不落とされた毒のダンジョンを、


 無傷で踏破した。


 その事実だけで、十分だった。


 そして。


 ある者が、ぽつりと呟く。


「……それ、誰が作った?」


 返ってきた答えは、二つ。


「素材は、エレノア様」


「加工は、ローディスだ」


 その瞬間。


 名前が、刻まれた。


 ――エレノア。

 ――ローディス。


 毒を覆す装備を生み出した者として。


 その名は、確かに刻まれた。


 そして――


「……その装備、いくらだ?」


 誰かが、低く呟いた。


 その問いは、小さく。


 だが確実に――


 “次”を呼び込んでいた。



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