99話 理想具現、建設着工
なんとかなった.....
病院ってなんで予約した時間の意味をなさないんだろw
まだまだ暑さの残る日々が続いていた。
照りつける日差しは容赦なく、石畳はじんわりと熱を帯び、風は吹いても生ぬるい。
立っているだけで、じわりと汗が滲む。
――そんな中でも。
計画は、止まらなかった。
セレスティア家の屋敷では、朝早くから職人たちが出入りし、普段は静かな庭に次々と資材が運び込まれていく。
未使用だった区画には杭が打たれ、縄が張られ、測量の声が飛び交う。
やがて響き始める金属音と木槌の音。
整えられていく地面。
ここに、水生植物用の小川が新たに造られる予定だ。
「思っていたより……本格的ですね」
その光景を見つめながら、思わず呟く。
「当然だ。中途半端なものは作らん」
隣で腕を組むお父様が、いつもの調子で言い切った。
「むしろ、これでも抑えている方だ」
「……抑えて、ですか」
思わず聞き返す。
「本来なら、もう一段規模を広げてもいい」
さらりと言われて、言葉に詰まる。
(これで抑えてるって……)
内心でため息をつきつつも、視線を庭へ戻す。
人の動きに無駄はなく、作業は淀みなく進んでいる。
必要な人員が、必要な場所で、正確に動く。
その光景は、まるで一つの完成された仕組みのようだった。
「エレノア様、日差しが強うございます」
使用人に声をかけられ、軒下へと移動する。
日陰に入るだけで、体への負担がぐっと軽くなる。
「ありがとうございます」
差し出された水を受け取り、一口。
冷えた感触が、喉を通っていく。
「……生き返る」
思わず本音が漏れた。
小さく笑い声が返る。
その間にも、庭では工事が進み続けていた。
――確かに、ここでも“始まっている”。
けれど。
(アトリエの方は……どうなってるんだろう)
ふと、そんなことを思う。
同じ計画でも、あちらは“本体”とも言える場所。
きっと、規模も熱量も――
ここ以上だ。
一方その頃――
王都の一角、アトリエ建設予定地。
そこには、想像を上回る光景が広がっていた。
広大な敷地。
積み上げられた資材の山。
絶え間なく出入りする馬車。
そして、あちこちで飛び交う怒号と指示。
現場はすでに、一つの戦場のような熱気に包まれていた。
「……すごいね、これ」
メルが呟く。
「ああ」
カイルも短く頷いた。
「ここまでとは思っていなかった」
地面は区画ごとに整理され、作業は段階ごとに分けられている。
無駄のない動き。
止まらない流れ。
それは明らかに、通常の工事のそれではない。
「王族案件だからな」
カイルが続ける。
「人も資材も、最優先で回されている」
「……納得」
メルが小さく息を吐く。
そのとき、
「お二人とも」
現場責任者が歩み寄り、一礼した。
「お越しいただきありがとうございます。現在、予定通り基礎工事へ移行する段階です」
「順調、ということでいいのかな?」
「はい。問題はございません。本日中に整地を完了し、明日より本格施工へ入ります」
「……早いですね」
「人員が揃っておりますので」
さらりとした返答。
だが、その“揃っている”規模が異常なのは、一目で分かる。
「エレノア様の計画に支障が出ぬよう、万全を期しております」
その言葉に、メルは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「はっ」
責任者は一礼し、すぐに持ち場へ戻る。
その背を見送りながら――
「……十分だね」
メルが呟く。
「ああ」
カイルも同意する。
「これ以上は、現場の邪魔になるだけだ」
「うん。それに――」
メルは軽く振り返る。
「エレノア様に、ちゃんと伝えたいしね」
「屋敷に戻るか」
短く決まり、二人はその場を後にした。
背後では、変わらず作業の音が響き続けている。
その熱気を背に、馬車へと乗り込んだ。
しばらくして――
セレスティア家の屋敷。
庭では相変わらず工事が続いている。
その軒下で。
私は変わらず、作業の様子を眺めていた。
「エレノア様」
聞き慣れた声に振り向く。
「あ、メル。カイルも」
「ただいま戻りました」
二人が軽く頭を下げる。
「おかえりなさい。どうだった?」
問いかけると、
「……想像以上でした」
メルが少し苦笑しながら答えた。
「規模も、人も、全部が一段上って感じ」
「王命の重みだな」
カイルが淡々と補足する。
「本日中に整地完了、明日から本格施工だそうだ」
「……早いね」
思わず呟く。
こちらも十分早いと思っていたのに、それ以上。
「でも、問題はなさそうでしたよ」
メルが続ける。
「むしろ順調すぎるくらいです」
「そっか……」
胸の奥に、じんわりと安堵が広がる。
庭へと視線を戻す。
「こっちも順調。小川の区画は、もう形が見えてきてる」
「もうそこまでか」
カイルがわずかに目を細めた。
「……なんだか」
メルがくすっと笑う。
「どっちも、すごいことになってるね」
「……うん」
否定はできない。
屋敷と、アトリエ。
離れた場所で、同時に進む大規模工事。
その中心にあるのは――自分の計画だ。
(……本当に、始まったんだ)
改めて実感する。
汗ばむ空気の中、
響き続ける作業音を聞きながら――
私は静かに息を吐いた。
この流れは、もう止まらない。
そしてきっと、
想像していたよりもずっと早く――
“完成”へと近づいていくのだろう。
――工事開始から、一週間。
夏の暑さは相変わらずだが、状況は大きく変わっていた。
セレスティア家の屋敷。
庭の整地はすでに終わり、小川の輪郭ははっきりと形になっている。
水路の基礎は組み上がり、流れを制御するための設備も設置が進んでいた。
「……早い」
思わず呟く。
ほんの数日前まで、更地に近かった場所とは思えない。
視界の中で、職人たちは休むことなく動き続けている。
無駄のない動き。
途切れない作業。
その密度の高さが、そのまま進捗の速さに繋がっていた。
「アトリエの方も、かなり進んでいるみたいですよ」
隣でメルが報告する。
「基礎はほぼ完成。もう一部は骨組みに入ってるそうです。」
「……それ、一週間でやる速度じゃないよね」
「王族案件ですからね……」
少し苦笑しながらメルが返す。
カイルも小さく頷いた。
「人員も資材も、最優先で回されている。止まる理由がない」
「……なるほど」
納得はする。
するけれど、やっぱりどこか現実味がない。
「順調なのはいいこと、なんだけど……」
そこまで言いかけて、
――ガンッ!!
すぐ近くで、大きな音が響いた。
「……っ!?」
思わず肩が跳ねる。
「す、すみません! 内部改修の作業です!」
職人の一人が慌てて頭を下げた。
「……内部?」
聞き返すと、
「はい! 本日より屋敷内の改修にも入っております!」
――その瞬間。
嫌な予感がした。
そして。
数時間後。
屋敷の中は――
完全に“工事現場”と化していた。
ガンッ! ドンッ! ギィィィン!!
壁の向こうから響く衝撃音。
床を伝ってくる振動。
時折混じる金属音。
「……」
私は、部屋の中で静かに座っていた。
けれど。
落ち着けるはずがない。
「……無理」
ぽつりと呟く。
次の瞬間、
――ドゴンッ!!
「ひっ……!?」
思わず肩が跳ねる。
「エレノア様、大丈夫ですか?」
メルが苦笑混じりに声をかけてくる。
「大丈夫じゃないかも……」
即答だった。
「これは……なかなかだな」
カイルもさすがに少し顔をしかめている。
「庭だけじゃなかったの……?」
「むしろ本番はこっちだろうな」
淡々とした返答。
否定できないのがつらい。
水路を通す以上、内部の工事は避けられない。
分かってはいるけれど――
――ガガガガガガッ!!
「……っ!!」
今度は連続音。
もはや逃げ場がない。
屋敷のどこにいても、音が追いかけてくる。
「……ねえ」
私はそっと二人を見る。
「これ、いつまで続くの?」
「しばらくは続くだろうな」
カイルが即答する。
「内部改修が終わるまでは、この調子だ」
「……」
沈黙。
そして――
――ガンッ!!
追撃。
私はゆっくりと天井を見上げた。
(……ゆっくりできない)
心の底から、そう思った。
計画は順調。
むしろ順調すぎるくらい。
けれど――
その代償は、
想像以上に騒がしかった。




