90話 新たな扉、魔法学院へ④
「――始めなさい!」
校長の声が響いた瞬間――
「剛脚の覚醒!」
男子生徒は合図と同時に魔法を発動し、地面を蹴り砕く勢いで加速した。
爆発的な踏み込み。
一瞬で距離が消える。
(……速い!)
視界が揺れる。
だが――
「真空の刃!!」
詠唱と同時に、術式を並列起動。
空間が、裂けた。
不可視の刃が、一直線に――相手を切り裂くように襲いかかる。
だが。
「甘いッ!」
男子生徒の身体が、ぶれる。
――いや、消えた。
残像すら置き去りにする加速。
迫り来る刃の軌道を、紙一重で躱していく。
(……いい動き)
見切ってはいない。だが、踏み込みと直感で抜けてくる。
次の瞬間。
踏み込み。
距離が、さらに詰まる。
「紅炎の弾!」
振り抜いた手から、火球が放たれる。
空気を焼き、一直線に迫る灼熱。
(速い……けど)
避けるまでもない。
私は、防御魔法の詠唱をはじめ、正面から受け止める準備をする。
「水壁」
詠唱と同時に、水の壁が展開される。
直後――
轟音。
火球がぶつかり、水蒸気が爆ぜる。
白い視界。
熱と霧が、アリーナを覆う。
その中で――
「まだ終わりじゃない!」
男子生徒は、私の背後へと回り込み次の魔法の準備を始めていた。
「岩塊の弾雨!」
無数の岩塊が空中に展開される。
次の瞬間――
一斉に降り注いだ。
(数で押すタイプ……!)
「反響する防壁!」
展開。
半透明の防壁が、周囲を覆う。
直後――
轟音。
降り注ぐ岩が、防壁に叩きつけられる。
弾く。
弾く。
弾き――
――ミシッ。
(……あ)
違和感。
一瞬遅れて、理解する。
(やばい……これ、足りない)
出力じゃない。
“練度”が低い。
雑に展開した防壁では、この密度を受けきれない。
次の瞬間――
パキン!!
乾いた音と共に、防壁に亀裂が走る。
「っ……!」
さらに、もう一撃。
岩塊が叩きつけられ――
――砕けた。
「やばい! 練度を間違えた!」
防壁が崩壊する。
そのまま、残っていた岩塊が押し寄せる。
「もらった!」
男子生徒の声。
(まずい――でも、間に合う)
踏み込む暇はない。
だから――最短で。
「瞬壁!」
詠唱と同時に、目の前に小さな防壁を連続展開する。
一枚。
二枚。
三枚――
轟音。
直撃。
だが。
完全には止めない。
“流す”。
衝撃を分散しながら、威力を削る。
最後の一撃が、防壁を砕き――
そのまま、肩をかすめた。
「……っ」
軽い衝撃。
だが、致命傷じゃない。
(よし、立て直した)
顔を上げる。
視界の向こう。
男子生徒が、こちらを見ていた。
その口元が、わずかに歪む。
「……へぇ」
一歩、踏み出す。
まだ余裕はある。
だが――
確かに、認めた目。
「なかなかやるじゃねえか」
低く、楽しげに。
戦意を滲ませながら。
「その歳で、それだけ捌けるとは思ってなかった」
一度、肩を回す。
小さく首を鳴らし――
息を吐く。
「……体も温まってきたことだし」
視線が、鋭く細められる。
空気が、変わる。
先ほどまでの“試し”が消えた。
「ここからは――本気で潰しに行く」
その言葉と同時に。
魔力が、爆ぜた。
足元の砂が舞い上がる。
圧が、空間を歪ませる。
(……来る)
直感が告げる。
さっきまでとは、別物。
「紅蓮爆裂!」
放たれる。
巨大な火炎が、一直線に迫る。
だが――
(いいね)
口元が、わずかに緩む。
「水刃連弾」
即応。
水の刃が連なり、火炎へとぶつかる。
激突。
蒸発。
爆ぜる蒸気。
だが、それで終わらない。
「まだだ!」
踏み込む。
地面が、唸る。
「大地穿つ槍群!」
次の瞬間。
地面が裂ける。
無数の岩槍が、下から突き上がるように襲いかかる。
(下から……!)
跳ぶ。
だが、数が多い。
「逃がすか!」
さらに魔力が流れ込む。
追撃の槍が、軌道を変えて迫る。
(いいね……!)
空中で体勢を整える。
「風障壁」
槍の軌道を逸らしながら――
「真空の刃!」
反撃。
不可視の刃が、霧と土煙を切り裂く。
「チッ!」
男子生徒が舌打ちし、身を捻る。
だが、その動きすら読んで――
次の魔法が、既に組み上がる。
火、水、土、風――四属性すべての魔法が繰り出され、
アリーナ全体が、戦場へと変わっていく。
爆炎が走り、
水が弾け、
大地が裂け、
風が切り裂く。
視界が、何度も塗り替わる。
轟音。
衝撃。
砂煙と蒸気が混ざり合い、空間そのものが揺れる。
それでも――
止まらない。
「まだだぁ!!」
男子生徒が叫び、さらに踏み込む。
連続詠唱。
間髪入れずに魔法が重なる。
(速い……でも)
処理は、追いつく。
一つ一つを捌きながら、
最小限の魔力で、打ち消し、逸らし、崩す。
“勝つ”ためじゃない。
“壊さない”ための戦い。
――だから。
決めにいかない。
「くっ……!」
男子生徒が距離を取る。
同時に、私も一歩引く。
一瞬の静止。
互いに、呼吸を整える。
熱と砂煙の中。
視線が、ぶつかる。
「……はぁ……はぁ……」
荒い呼吸。
だが、その目はまだ死んでいない。
むしろ――鋭く、こちらを射抜いていた。
「……なあ」
低い声。
「お前」
一歩、踏み出す。
「手加減してるだろ?」
――静寂。
観客席も、息を呑む。
(やっぱり、気づくよね)
小さく息を吐く。
「……してるよ」
否定はしない。
その瞬間。
ざわめきが、広がる。
「やっぱりかよ……!」
男子生徒の表情が歪む。
「なんでだ!」
問いが、飛ぶ。
(理由、ね……)
少しだけ、考えて。
「……本気でやると」
言葉を選ぶ。
ほんの少しだけ。
「あなたのプライド、粉々にしちゃうと思うから」
――沈黙。
一瞬で、空気が凍る。
「……は?」
声が、低く落ちる。
「あと」
続ける。
「私、四属性以外も普通に使えるから」
軽く、言う。
まるで大したことじゃないみたいに。
「さすがに、それ使うのは反則かなって思って」
また、沈黙。
今度は――観客席ごと、止まった。
「……おい」
ルーカスお兄様が、頭を抱える。
「それ、言っちゃうのかよ……」
アメリアお姉さまも、額に手を当てる。
「……火に油どころじゃないわね」
そして。
対面。
男子生徒の顔が、ゆっくりと歪んでいく。
怒り。
悔しさ。
そして――
はっきりとした、闘志。
「四属性以外が使えるだと? お前は魔法が四属性と無属性以外の魔法が使えるというのか?」
「使えるよ?」
その言葉に男子生徒は、高らかに笑い飛ばした。
「おもしれぇ! そんな属性が本当にあるというなら俺に放ってみろ!」
一歩、踏み出す。
足を止める。
「俺は、ここから動かない!」
腕を広げ、真正面から構える。
「どうせそんな魔法なんてないがな!」
――静寂。
観客席が、凍りつく。
「おい……まずいだろ、あれ……」
「ええ……」
「……止めた方がいい」
そのとき。
一段高い位置から、静かな声が落ちた。
「――やめなさい」
ミストルティン。
その一言で、空気が張り詰める。
だが。
男子生徒は、動かない。
「来いよ」
視線は逸らさない。
真正面から、私を見据える。
(……本気だ)
「……わかった」
小さく、息を吐く。
一歩、踏み出す。
足を止める。
距離は、そのまま。
「でも」
視線を合わせたまま、告げる。
「後悔しても、知らないからね」
右手を、ゆっくりと上げる。
その瞬間。
空気が、変わった。
ざわり、と観客席が揺れる。
「……なんだ、あれ」
「魔力の質が……違う?」
見えない何かが、集まっていく。
四属性とは違う。
ただ――“異質”。
(これくらいなら……大丈夫)
ほんの少しだけ、出力を抑える。
それでも。
周囲の空間が、わずかに歪む。
男子生徒の笑みが、消えた。
本能が、理解する。
「……っ」
だが――それでも、動かない。
(いいね)
そして――
私は、静かに魔法を発動した。
「これが私の本気!!裁きの光!」
その瞬間。
私の周りに光が集まり始める。
最初こそ小さな光の玉だったが――
やがてそれは脈動するように膨れ上がり、
巨大な光の球体へと変わっていく。
眩しいはずなのに、
どこか静かで、
逃げ場のない“圧”を孕んだ光。
それが――ゆっくりと、男子生徒へ向かっていく。
「な、なんだよ……それ……」
光は触れる。
優しく。
包み込むように。
――逃げ場を、与えずに。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!熱い!熱い!!」
悲鳴が、響く。
魔力が、削られる。
抵抗する力そのものが、削ぎ落とされていく。
「やめ……ろ……っ!!」
暴れる。
だが、抜け出せない。
そして――
――パキン。
防護が、砕けた。
観客席が、凍りつく。
「……なんだよ、あの魔法……」
その中心で。
私は、小さく息を吐いた。
「……だから言ったのに」
少しだけ、困ったように。
光が、ふっと収束する。
静かに、消えた。
その場に残ったのは――
膝をついたまま、動かない男子生徒。
「……っ、は……っ……」
「――そこまで」
校長の声が響く。
「防護結界の破損、および戦闘継続不能と判断します」
「――勝者、エレノア」
――どっと、ざわめきが爆発した。
ルーカスお兄様が、大きく息を吐いた。
「……マジかよ」
アメリアお姉さまも、小さく首を振る。
「想像以上ね……」
私は、男子生徒に歩み寄る。
「……大丈夫?」
「……ああ……なんとか、な」
「……ほんとに、あったんだな」
「うん」
「……反則だろ、それ」
「だから、手加減してたんだけど」
「……はは……」
「……完敗だ」
その言葉に。
ざわめきが、広がる。
私は、静かに立ち上がる。
(……やりすぎたかな)
――その日を境に、学院中に“ある噂”が広がることになる。




