ライバル
「──何してるの?」
地を這うような低い声にノエンと私は一緒になってビクッと身体を揺らす。声のした方を見れば手にビニール袋を提げたイェナが今までにないほど怒った顔をしていた。
「あ……イェナ様、お帰りなさい」
慌てて涙を拭って、ノエンの腕の中から脱する。イェナは私の声かけにはしっかり「ただいま」と返事をしてノエンを睨んだ。
「なんでノエンがここにいる?」
「別に、ナツが心配だったから」
イライラとしているのが手に取るようにわかる。ピクリと眉を上げて、私の肩にノエンの手が置かれているのをじっと見ていた。
「心配?そんなのしなくていい」
「するよ。誰かさんのせいでまた危険な目に遭わないかってさ」
「……」
「ノエン様……」
やはり、この話題にイェナは何も言えなくなる。それが何だかとても辛くて、また泣いてしまいそうになった。
「やっぱりナツは俺たちが守る。でも兄貴はそれじゃ納得しないよな」
ノエンが珍しく強気に出てはイェナを挑発する。私の婚約者は、その場から動かない。すぐに私とノエンを引き剥がすと思ったのに。
「だから決勝戦で俺は兄貴と戦う。賭けるものは──分かるだろ?」
ちらりと私を横目で見るノエン。あまり鋭くない私にもわかる。決勝戦で勝った方に私はついていくことになるのだと。
──イェナは負ける。それを知っているのに、了承できるわけがない。でも“イェナ様は負けます”だなんて言えるわけもなくて。
唇を噛み締めた私に気付いたイェナは、私にしか分からないくらいに微笑んで「わかった」と言った。
「……イェナ様……」
彼のもとへ行こうと立ち上がるが、ぐっと腕を掴まれる。ノエンが悲しそうにこちらを見上げていて困惑した。
「……ナツ、兄貴だけじゃなくて俺のことも見ろよ」
その言葉の意味を考える前に、掴まれた腕を引かれた。反対の手は首の裏に差し込まれ、力を込めると私の身体は前のめりにノエンに倒れ込む。
「──!」
目の端でイェナが駆け寄ってくるのが見えた。珍しく、焦ったような表情だ。初めて見たかもしれない。
──カツン、と歯が当たる音が微かにした。
ノエンの顔が間近にあり、唇が触れ合っているのを感じる。
「──ノエン!!」
これまた珍しく声を荒げたイェナが後ろから私を抱き寄せノエンを突き飛ばす。イェナに触れて分かったが──手が震えている。これは不安だろうか?怒りだろうか?
「ねえ、本当に、何した?」
「──キスだけど?」
悪びれもせずそう言うものだから、ギリッと歯を軋ませたイェナはノエンに殴りかかろうとして私は慌てて止めた。ノエンはそのイェナの行動に目を見開いて驚いていたが、すぐに真剣な顔に戻って立ち上がる。
「俺はナツが好きだから、試合に勝ったらナツは俺がもらう。──欲しい物は奪い取れ。立派なうちの家訓だろ?」
そして私に向かって口パクで「ごめんな」と言うと、この部屋から静かに出て行った。




