笑顔花咲く
慌てた様子の純に、敏も現実に引き戻された。
階段を駆けあがる足音が聞こえて来る。
ドアの外で母親の声。
「良太君と神山君が来たわよ」
敏と純は、顔を見合わせると、あわてて距離を取った。
「わかったぁ」
敏は母親に、普段ありえないほどの明るい返事をする。
『何で来るの?何で今なの?アイツら・・・』
敏はドアを開け、廊下に出た。
階段にはすでに神山明和の大きな姿が。
新井良太はそれに続いて上がって来た。
「お邪魔でしたね・・・住吉さん、来てるんだって?」
明和はニヤニヤしながら、敏のそばに来た。
「分かっているんなら、帰る?」
「心配して来た友達を追い返すんだ?」
良太も黒い笑いを浮かべる。
「そんなことはしないよな~」
明和は腕を敏の肩から回して首を絞める。
「苦しい・・・」
明和の腕の中でもがく敏。
「部活の代表で来たんだよ。皆心配してるんだから」
良太はそう言って一瞬真面目な顔になった。
そして、明和に抑え込まれている敏より先に、部屋に入って行った。
「純ちゃん、ひさしぶり~」
教室の女の子たちにするように、気安く声を掛けている。
敏が明和から解放され、良太の後を追いかけると、良太の前で、純は立ったまま固まっていた。
「お母さんに聞いたぞ。本当に熱を出してたんだって」
明和が、敏の顔をのぞき込む。
「ウソだと思ってたの?」
敏が心外だという顔をする。
良太は、
「『体調が悪いから休む』ってメッセージ貰ってたけど、てっきり・・・」
と、純の方をチラリと見た。
「え?」
「敏。夏休みに入ったころから病んでたじゃん・・・それかと思って」
「皆そうだと思ってるよ」
明和も良太に同意する。
「もう、大丈夫みたいだね」
良太も明和も、敏と純を交互に見て安心した表情だ。
「よくなったんなら、部活、出て来いよ」
明和が敏の肩を叩いた。
「うん」
そこへ、敦が階下からジュースを運んできた。
ジュースを飲みながら、話題は純のことになる。
「純ちゃん、今日も敏のためにスカート穿いて来たの?」
にやにや笑いながらの良太。
図星をさされて赤くなる純。
そんな純を驚きの表情で明和は見つめる。
「天才住吉純も、フツウの女の子ってこと?」
中学の同級生だった明和には、信じられない光景なのかもしれない。
「二人、付き合ってんの?」
「付き合うって?」
明和のダイレクトな質問に、敏は疑問形で返してしまった。
さっきのキスを思い出してしまって、敏は自分で顔が熱くなるのを感じた。
良太が敏のうろたえぶりにニヤリとした。
「まさか、『だだのクラスメイトです』な~んて、言わないよね?」
敏と純は、キョトンと顔を見合わせた。
「え~っ。自覚がないわけ?彼氏と彼女じゃないの?」
良太がうるさく騒ぐ。
「敏から『付き合ってください』とか『好きです』とか、そんなの無いの?」
明和は純に静かに聞いた。
「なかったわけじゃないけど・・・」
純が顔を赤くした。
『普段、無口なくせに、そんなこと、何でここで言うかな・・・』
敏は、真っ赤になって一人で焦っている。
「いつ?どこで?」
良太がさらに大きな声で騒ぐ。
敏も純も、どの場面か思い出し、ますます顔を赤くする。
二人とも、やっと体調が良くなったばかりなのに、また熱が出そうだ。
「内緒だよ、僕たちだけの秘密だよ」
敏がやけっぱちになって叫んだ。
「おお~っ」「わぁ」
明和と良太が声をあげる。
「『僕たちの秘密』だってぇ」
「やってられねぇ」
自分たちで聞いておきながら、大騒ぎだ。
良太は、手にしていたジュースのグラスを飲み干すと、
「帰ろうか?ジュースも飲んだし、お邪魔だし」
と、帰り支度を始めた。
「住吉さんがいれば、元気みたいだし、な」
明和が笑う。
再び、「部活に出て来いよ」と明和が言って、
二人はニヤニヤしたまま、帰って行った。
残された二人は顔を見合わせる。
「あの・・・」
純は、顔を伏せ、言葉を探す。
「ん?なに?」
「私って・・・」
純はうつむいたままだ。
「彼女?」
敏は微笑む。
「そうじゃなければ、何?・・・僕は純・・・の・・・ただのクラスメイト?」
「ううん・・・私の・・・『彼』・・・」
言葉の最後が消えそうになった。
『『私の彼』・・・いい言葉・・・』
「純は、『僕の彼女』だよ・・・」
敏は純の巻き髪を撫でた。
純がゆっくり顔を上げる。
純の笑顔は、花が咲いたように可愛くて、美しい。
『・・・そう・・・僕が見たかった笑顔は、これなんだ・・・』
敏は緩いカーブを描いた純の唇に、想いを込めて、そっと唇を重ねた。
『つぼみひらくまで』これにて、終了です。




