貴兄さんの誕生日
貴久の誕生日に、純の家に一番に来たのは清水渡だった。
十二時集合なのに、十時すぎにインターホンが鳴り、渡の声がした。
「何か手伝うことがあるかと思って」
渡は玄関に入りながら、母親が持たせてくれたお菓子を差し出す。
「ケーキは伯母様が持って来てくださるし、チキンとプレゼントは翔君の係りだし。今、サンドイッチを作ってるから」
「何か手伝う?」
「じゃ、応接間から椅子をリビングに運んでもらっていい?全部で五人だから、一個足せばいいから」
純が出来上がったサンドイッチを冷蔵庫にしまっていると、渡がキッチンにやって来た。
「運んでおいたよ」
「ありがと」
純のそばに渡が近づく。何か言いたげ。
「ん?何?」
「あの・・・」
なかなか言い出せない。
「あの・・・。純ちゃん。お見合いした人と結婚するの?」
「え?」
冗談を言っているのかと、一瞬思ったが、渡は真剣な顔だ。
「結婚だなんて・・・。私、まだ高一だよ?十五歳だよ?」
「今すぐじゃなくても、将来、とか?」
「将来?まだ二回しか会ったことないし。今は大学進学のことを考えるので精一杯」
「ねえ、純ちゃんはその人のこと、好き?」
驚いて渡の目をまじまじと見る。渡はますます真剣だ。
「たった二回しか会ったことのない人を好きかどうかなんて・・・」
「だって、ひと目惚れってこともあるじゃない?」
「ひと目惚れ?ひと目惚れなんて・・・私・・・」
そう言いながら、心に思い描くのは村上敏のこと。
『・・・ただの一度も話したこともないのに、『あのひと』を追ってしまう心。彼に対する気持ちは、どう説明すればいいの?』
「そうだよね。純ちゃんみたいに慎重な人がひと目惚れなんてね」
渡がほっとした表情で笑った。そして再び真剣な目になる。
「純ちゃん、僕、一生懸命努力するから・・・だから待ってて」
『何を努力?』と『待ってるって何を?』の疑問、それに渡の真剣さを受け止めきれなくて、純はうなずく代わりに、大きく目を見開いてしまった。
集合時間になる直前、貴久の母、伯母の京子がケーキを持って来た。会社を拭け出してケーキ屋に寄ったのだと、大急ぎで帰って行った。
そこに翔と憲人がフライドチキンの箱を手にやって来た。
「渡。抜け駆けズルいぞ!」
渡は翔の言葉を無視して、お菓子を皿に盛りつけている。
「貴、とうとうバイクを買ったんだって。乗って来るって言ってた」
翔は羨ましそうだ。
「去年から言ってた、あのバイク?」
翔のことを無視していたのに、バイクの話しにつられて渡が振り返る。
「早く来ないかな」
「楽しみ~」
男の子たちはバイクの話しで盛り上がっている。
貴久は、バイクを買うため、時間があれば父親の会社でアルバイトをしてお金を貯めていたのを、皆知っていた。
アルバイトと部活に夢中だったから、成績が落ちて、母親の京子に叱られたのも。
貴久がヘルメットを片手にやって来た。
純は、あのハグの日以来、初めて会う。
純は、貴久にどんな顔をして会えばいいのか戸惑っていた。でも、純と貴久が顔をあわせたとたん、男の子たちがバイク目当てに貴久を引きずって行ってしまった。
純もひと通りの準備が整ったところで、エプロン姿のまま外に出る。
駐車スペースに一台のバイクが停まっている。
皆、バイクに夢中だ。
純はそんな男の子たちを、微笑ましく見ていた。
「あのさ・・・もう一人、来るんだ」
貴久の言葉が、皆の視線を集める。
「えっ?もう一人って、だれ?」
翔の言葉にも返事せず、
「駅まで迎えに行って来る」
と、貴久は皆の戸惑いをよそに、駅の方に歩いて行ってしまった。
まだ、皆がバイクに張り付いているところに、二人はやって来た。
皆で噂したとおり、貴久が連れて来たのは女の子だった。
「川崎優奈です。聖華女学園の二年生です。よろしく」
目のパッチリしたロングヘアの可愛い女の子。
親友の翔ですら、優奈の存在を知らなかった。
皆、戸惑いながらも、自己紹介する。
純に続いて、貴久と優奈が家の中に入って行く。
「翔さんも知らなかったんですか?」
憲人が貴久たちの姿が見えなくなったとたん翔の方を向く。
「知らなかった・・・。何かショックだな・・・教えてくれなかったこともだけど・・・」
翔は玄関を見つめたまま、しばし呆然としている。
「いつからつきあってるんでしょう?」
渡は興味深々だ。
「この前、貴に会ったときは、すごく落ち込んでるみたいだったんだけどなぁ」
翔がつぶやく。
「聞いてみましょう」
憲人は、眉間にしわまで寄せていた。
残された三人は、ぞろぞろと玄関に向かった。
純はキッチンに戻り、冷凍のフライドポテトを調理する。
匂いを嗅ぎつけた憲人と渡が、キッチンに入り込んでいる
「ねえ、食べてたらなくなっちゃうよ。それより早くお料理を運んでね」
「あ、ごめん」
渡と憲人がリビングに料理を運んで行く。
優奈がリビングからやって来た。
「手伝わせてください」
積極的な性格らしく、二人と共にさっさと料理や飲み物を運んで行く。
「貴さんと合うのかな?」
憲人が純のそばに戻って、こっそり疑問を口にする。
「あうって?」
純は優奈をそれとなく見ながら質問を返す。
「貴さん、ああいう感じの女の子、好きだったかな?」
「さあ・・・でも、とっても可愛い人だよね」
パッチリの目、白い肌、明るい雰囲気。そして何より、ストレートのロングヘア。
『貴兄さんの彼女にふさわしい可愛らしさ』
純の目には、そう映った。
純がろうそくを刺したケーキを持ってリビングに入った。
優奈は驚いた様子。
「今日は誰かのお誕生日?」
優奈の言葉に皆が固まる。
「貴、教えてないの?」
翔が貴久を責めた。
「俺の誕生日なんだ・・・」
素っ気なくボソっと言う。
「そうだったの・・・」
優奈は戸惑った顔。
憲人も渡もリビングに入って来て、やり取りを心配そうに見ている。
「優奈ちゃんに会ったの、まだ二回目だし、なんか言いそびれて・・・」
貴久の言い訳。
「まだ会うの二回目なんだ」
と、翔が並んで座る二人を見比べる。
「うん、軽音楽部のヤツの彼女の紹介・・・」
憲人も渡も、さっきまでは質問攻めにしそうな勢いだったのに、すっかり黙り込んでいる。
「ね、お料理がさめちゃうし、ロウソクに火を点けようよ」
純の声がなかったら、パーティなのを忘れていたかもしれない。
翔が火をともした。
翔が場を盛り上げようと、皆で『Happy Birthday』を歌おうと提案した。
「子供じゃないんだから、恥ずかしいからやめてくれよ」
貴久が抗議する。
「恥ずかしいんだったら、じゃ、やっぱり歌おう」
翔がいたずらっぽく笑って、皆をさそう。
『せーの!」で、貴久以外、声を張り上げて歌った。
苦笑いの貴久。
ロウソクの火が吹き消されると、翔は皆からのプレゼントをわたす。
「開けてみて」
プレゼントの入った紙袋を開くと、中からは黒いTシャツが。
肩から胸に斜めに白い文字。
「『Utility Player』だって?翔が着たほうが似合いそうだ」
貴久の言葉に、皆笑う。
「ごめんなさい。お誕生日だって知ってたら、私も何か用意して来たんだけど」
優奈はすまなそうだ。
「気にしなくていいよ。コイツが悪いんだから」
鈍感な貴久の代わりに翔が謝った。
「優奈さんもどうぞ」
渡が不器用な手つきでケーキを切り分けている。
「お料理、みんな純さんが作ったの?」
優奈はテーブルいっぱいの料理に目をやった。
「ええ、まあ。チキンとかは、買って来たものだけど」
「純は見かけによらず、料理が上手いんだ」
貴久の言葉は、まるで純を自慢しているようにしか聞こえない。
「一緒に俺の家に住んでいたときは、朝ごはんは純が作ってくれたんだ」
優奈は驚いた顔。
「純さん。貴久君と一緒に住んでいたの?」
「ええ、今年の三月までは」
「純の卵焼きが食べたい・・・」
唐突に貴久がつぶやいた。
翔たちは、貴久の考え無しの言葉にドキリとする。
『それって、優奈さんの前で言ったらダメな言葉じゃない?』
憲人はハラハラする。
優奈は案の定、不安と不満が入り混じった気持ちを押し隠している。
「こんなにたくさん、純が用意したんだ。あるもので我慢しろよ。俺の純をこき使うな」
翔らしい、救いの言葉。
全員がホッとしながらも、『俺の純』に引っかかる。
でも、優奈はその言葉を信じたらしい。表情が緩んだのがわかる。
ケーキを分け終わった渡は、座る席が足りないのに気付くと、純が座っている一人掛けのソファーのひじ掛けに腰を下ろした。
純と渡が寄り添っている感じだ。
優奈はその様子を見て、渡と翔を見比べた。
「翔さんが純さんの彼氏じゃないの?」
翔は「そうだよ」憲人と渡が「違うよ」と、一緒に言ったから、優奈が混乱してしまった。
「幼稚園時代から、ずっと一緒の音楽教室の仲間なの。何でも話せる友達」
戸惑う優奈に純が説明する。
「俺も中学三年まで、通ってたんだ。純と一緒に」
貴久がケーキをつつきながら言う。
「みんな、仲がいいのね・・・」
優奈が羨ましそうに皆を見回す。
純の分のケーキの生クリームの部分だけを翔と渡が横取りして食べ始めた。
優奈がそれを『いいのか?』という目で見ている。
憲人が、
「純ちゃんは生クリームが苦手だから」
笑って言い訳をする。
「なんか、本当に羨ましいくらい仲良しなのね」
そう言う優奈が、純には羨ましかった。
ストレートの長い黒髪。
ミニスカートが似合う綺麗な脚。
女の子らしい姿・・・。
優奈を見つめている純を、貴久が見ている。
その貴久を、翔と憲人と渡が見ていた。
会話が途絶えたのを機にしたのか、渡が古いオーディオプレイヤーで音楽を掛けた。
リビングのドアをノックする音がして、家政婦の藤井が顔を覗かせた。今日は二時から出勤ということになっている。
優奈以外は、藤井が誰であるか知っているから、それぞれ挨拶をしている。優奈も訳が分からないまま立ち上がった。
「うちの用事をしてくれる家政婦さんなの」
藤井が行ってしまうと、優奈はため息交じりで言った。
「家政婦さんのいるお家なんて初めて・・・」
誰も藤井を頼んでいる理由を、優奈に教えるものはいなかった。
優奈は、あいまいな笑顔を浮かべる純となんとなく素っ気ない貴久を交互に見た。
お菓子や料理を食べつくしたあと、皆でグランドピアノのある部屋に移動した。優奈は翔に、窓際に置いてある丸テーブルの席に案内される。
おのおの、バイオリンやピアノをふざけて演奏したり、即興で曲を作ったりしている。
「おうちにグランドピアノがあるっていうのが、びっくり・・・。憲人君のバイオリンが上手なのもびっくり・・・」
優奈が驚きを口にする。
「憲人はコンクールで賞を取るくらい、上手いんだ。憲人も渡も純も、母親は音楽の先生なんだよ」
翔が貴久に代わって優奈に教えている。
「ふうん、そうなの・・・」
優奈は貴久と皆が仲良く遊んでいるのを、手持無沙汰に見つめていた。




