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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第一章
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初デートは雨のち晴れ

目覚めると窓の外は小雨模様だった。日差しは無いけれど蒸し暑い。

純はいつものように、勝と朝食をとっていた。

「今日は出かけるのか?」

勝が声をかける。

今日のデートについて、勝には何も言ってない。

『父は今日のことを知っている・・・』

妙に不愉快な気持ちになってしまった。

「なんで?」

「出かけるなら」

勝はそう言って、財布からお金を出してテーブルの上に置いた。

純が毎月貰っている小遣いと、ほぼ同額。

「ありがとう」

口ではそう言ったが、素直に喜べなかった。


勝が出勤してしまうと、純はベッドルームに戻った。

クローゼットの前で、デートの服を考える。

気が重いとはいえ、純だって女の子だ。相手に気に入られたい気持ちが無いわけではない。

でも、あえていつもの恰好をすることにした。

クリームイエローのカッターシャツに、グレンチェックのパンツを併せて、紺色のスニーカーを用意した。

それから、グランドピアノのある部屋に行って、落ち着かない心をなだめるようにバイオリンを弾き始める。


十時を少しまわったころ、門扉に付けてあるインターホンが鳴った。

純は白い小さなバッグを肩に掛け、傘を手にして玄関を出てゆく。

門の前には、小ぶりの車が停まっていて、傘をさした和幸が待っていた。和幸はグレーのポロシャツにジーンズ姿だ。

「おはようございます」

「おはよう」

さわやかな和幸の笑顔。純の今までの憂うつが少し和らぐ。

「乗って」

和幸は助手席のドアを開けてくれた。純は軽く頭を下げて車に乗り、シートベルトを締めた。

「どこか行きたいところ、ある?」

「え?別に・・・」

強引に誘っておきながら、行く場所も決まってないのかと、純は一瞬思ってしまった。

「特にないなら、僕が行きたいところでいいかな?」

「ええ・・・どうぞ」

和幸はナビに行き先を入力する。

「建築学会の博物館だよ」

「博物館?」

純の声に和幸が振り向く。

「つまらない?」

「いいえ」

純は博物館や美術館が好きだ。けれど、建築に関する博物館があるとは知らなかった。

車内に流れる音楽は、クラシックのアレンジ曲。

運転しながら、和幸は行き先の建築博物館の説明をする。

建築学会会員か、会員の紹介状を持っている人でないと入れないこと。大きい施設ではないけれど、建築関連の資料が充実していること。

そして、話しは和幸が通っている和同大学の話しになっていった。

大学の話しをする和幸は、純の目にもいきいきして見える。


「純ちゃんは、将来、どうするつもり?」

「え?」

「進路のこと。西山高校でも二年になるときは、理系か文系か選択しなけりゃならないだろう?それにはそろそろ将来のことを具体的に考えていないと・・・」

「それはもちろん、音大に行くつもりです」

「そうなんだ。じゃ、音大を卒業したあとは?演奏家になりたいとか?」

「・・・いえ、母みたいに音楽教室の先生になって・・・」

「ふうん」

純は和幸が納得していないことにに気付いた。

「へん・・・ですか?」

和幸はしばらく考えた後、率直な意見を言う。

「まだ知り合ったばかりで、こんなこと言うのは何だけど・・・。純ちゃんが先生に向いているのかなって、ちょっと思っちゃったんだよね。純ちゃん、ちょっと引っ込み思案なところがあるだろ?気になったらごめん。あくまで僕の意見だよ」

純は前を向いたまま反論する。

「今まで、音楽教室の先生になること以外、考えたことないです」

「そうなんだ」

「和幸さんは、お父様の会社を継ぐんですか?」

「将来的にはね。最初から親父の会社に入るとは限らないけど」

純は、ハンドルを握る和幸をちらりと見た。

「お父様に言われたからですか?」

「はっきり言われたことは無いよ。でも僕が会社を継ぐことは、周りから期待されているし、ね」

「それって、嫌なことではないんですか?」

「そうだね、押し付けられているみたいで、嫌だなって思っていた時期もあるよ。でも、建築とか設計とか、やっぱり好きなんだ。会社の経営っていうのも興味あるし。やりがいありそうだから」

「やりがい・・・ですか」

「純ちゃんも、音楽をやっていて楽しいだろう?」

「ええ、楽しいです。それに、音楽は自分の一部みたいなものです」

「もし、音楽教室の先生になるんなら、『やりがい』を持って出来るといいよね」

純は、音大に行くことばかり考えていて、その先を突き詰めて考えていなかったことに気付かされた。ただ、漠然と『ママみたいな音楽教室の先生になるのだ』と、思っていただけだった。

『やりがい・・・そこまで考えていなかった・・・。和幸さんが言うように、引っ込み思案な私が、大勢の生徒を教えて引っ張っていけるのだろうか?ただ音楽が好きっていうだけでは、人に教えることなんて出来ない。将来のことをホントに真剣に考えなければ・・・』

純は、和幸の綺麗な横顔を見ながら、焦りを感じた。


車は近代的な建物の脇にある駐車場に入った。雨はあがって、傘はいらないようだ。

建物に博物館の文字は無く、学会の看板だけが掛かっていた。

和幸が受け付けで紹介状を出して、二人分の料金を払った。純がお財布を出そうとすると和幸がそれをとめた。

「僕が無理やり連れて来たんだから」

建物の中は、博物館と言うより資料館に近いかもしれない。それでも、建築の歴史や建築様式、建物の構造などの展示が充実していた。

和幸の説明もあって、純は楽しんで見学出来た。

今まで父親の仕事に、大して興味を示したことのなかった純だが、図面から一つの建物になる過程が面白いなと、初めて思った。

展示物を見終わって、併設されている売店へと向かう。

和幸が本を探している間、純も簡単そうな建築の歴史の本と、初心者向けの図面の書き方の本を買った。

「本、買ったの?」

和幸がたずねる。

「面白そうだったから。自分の住みたい家が設計できたら楽しいかなって思って」

「楽しいよ。やってごらん。歴史の本もきっと面白いよ」

和幸も三冊も購入して、二人は博物館を後にした。



二人を乗せた車は、高速道路を走って、海の見えるところまで出た。

「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼にしようか。駐車場からちょっと歩くけど、いい?」

「ええ、大丈夫です」

高速を下りて、海岸沿いに道路に入った。有名なショッピングモールの駐車場の車を置く。

商業施設の中には入らず、和幸は近くのビルの前に純を連れて行った。

「このビル、親父の会社で建てたんだけど、設計は君のお父さんの会社だよ」

ビルは雲の合間から射した夏の光でキラキラ輝いている。

「入ろうか」

純は和幸にエスコートされて、中へと進む。

一階はイタリアンのお店だ。

人気のある店らしく、昼をとうに過ぎているのに客いっぱいだ。

「予約している伊藤です」

フロントで和幸が言うと、すぐに予約の席に案内された。

メニューを貰って料理の注文をする。

「この内装もいいでしょ?」

和幸はくるりと店内を見渡した。落ち着いた雰囲気なのに、明るくて気持ちいい。

「・・・ええ・・・」

「内装も君のお父さんの会社の人が考えたんだよ」

「和幸さん、何でも知ってるんですね」

「何でもってわけじゃないけど、親父にいろいろ聞いてるだけだよ。勉強になるから」

前菜のサラダが運ばれて来て、ちょっと会話が途切れる。

「純ちゃんは、お父さんに仕事の話しとか、聞かない?」

「あんまり・・・。父は忙しそうだし、あの・・・。聞いてるかと思うけど・・・私、父と四月まで別べつに暮らしてたから・・・」

「うん、そうなんだってね。じゃ、これから色んなこと、聞けばいいよ。建築のこととか。設計のこととか。純ちゃんなら、絶対おもしろく感じると思うよ」

「そうでしょうか?」

「うん、僕が保証するよ」

和幸は左の頬にえくぼを見せて言った。


食事を終えて、ビルを出た。

和幸は純が払おうとする食事代も受け取らなかった。

「次のデートは払ってもらうよ」

にっこりして言う。

『次のデート・・・』

戸惑ったまま、純は先に歩き出した和幸の背中を追った。


二人でショッピングモールに入って行く。

のんびりお店を見て回る。

洋服を見たりしていたが、一軒の楽器店を見つけて中に入った。

おもむろに和幸が電子ピアノを試す。少し弾いただけで、純には和幸の技量がわかった。

「和幸さん、すごく上手ですね」

「そう?最近弾いてないからなぁ。指が動かないよ。一応、趣味はピアノって言いふらしてるんだけどね」

「趣味・・・ですか」

純は、伊藤家との会食のときに言われた、和幸の父親の言葉を思い出す。

「そう、僕も音楽はとっても好き。聴くのも演奏するのも。でも、大好きだからこそ、趣味にしておきたいんだ」

「好きだからこそ、趣味?」

「僕は君とは逆に、音楽を仕事にしようと思ったことはないよ。音楽が仕事になったら、音楽が苦しいものになって、楽しめなくなっちゃうタイプだから」

「ふうん・・・」

『好きなものに対して、色んな接し方がある・・・』

純は、鍵盤の上に置かれた和幸の白い指を見つめた。


和幸は純を家まで送ると、携帯の番号とメッセージのIDを書いたメモを渡した。

「君の番号もIDも、今日は聞かないから・・・。今度は純ちゃんから僕を誘ってよ。君の行きたい場所でいいから」

最初は気のすすまないデートだったけれど、和幸の優しさがわかって、最後は純も素直にうなずくことが出来た。

純が家の玄関に入るとき、振り返って門扉の方を見ると、和幸が車のそばで純の姿を笑顔で見つめていた。









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