第2話 「合成巨獣キメラ」エリア:終焉の森
眠りから覚めたら崖の上にいた。
「……」
あれ?
ここ本当に異世界?
崖の上に転移させられるのもおかしいことだけど、周り森しかないんだけど?
そう、崖から見えるのは森。
どの方角を向いても森。
鬱蒼と生い茂る木々は遥か遠くどこまでも続いている。
どうやら俺は大森林のど真ん中にある崖の上に転移させられたらしい。
うん、どうして?
俺は足元に銀色の鞘に収められた錆びた剣と手紙一粒の飴が置いてある事に気づき手に取った。
鞘から剣を抜くと、相変わらずボロボロに錆びていた。
さらに手紙の内容がこれだ。
『この手紙を読んでいる頃には貴方は異世界にいるのでしょう。まず始めに、転移させる場所はランダムなので文句を言ったりはしないでください』
おい、ふざけんな。
転移させる場所がランダムとかなんだよ!
せめてもう少しまともな場所に転移させてくれよ!
俺は溢れんばかりの怒りを押し殺し、さらに手紙を読み進める。
『次に手紙と一緒に置いてあった飴についてです。その飴は翻訳キャンディーと言って舐めるだけで異世界後が理解できるようになります。もちろん異世界後を喋れるようにもなれますので必ず舐めるようにしてください。注意してほしいのですが、飴を噛み砕いたりすると効果が正常に発動しない場合があるので気をつけてください』
翻訳キャンディーか、これはまあ親切だな。
有り難く受け取っておこう。
俺は翻訳キャンディーを口に放り込み、舐め始める。
味はレモン味で意外と美味い。
『最後になりますが、異世界におけるお金の単位についてです。簡単に説明しますが、まず異世界では銅貨、銀貨、金貨の3種類の硬貨があります。銀貨は銅貨10枚分の価値があり、金貨は銀貨10枚分の価値があります。つまり金貨は銅貨100枚分の価値があるという事です。ちなみに宿屋は大体一泊銀貨1枚程度です。貴方の魔王討伐を期待して手紙の裏に金貨1枚を貼り付けておきました。大切に使ってくださいね!』
手紙の裏を見てみると、確かに金貨が1枚貼り付けてある。
転移させる場所の件では怒りを覚えたが……仕方ない、これでチャラにしてやるか。
『最後に、あっ、さっきも最後にって書いてましたね。すみません。えーと、貴方の幸運を遠く彼方より祈らさせて戴きます。頑張ってください! 親愛なる大天使ルシフェルより――』
俺は手紙を読み終えるとそれをポケットのかにしまった。
これから先は自分でなんとかしないといけない。
まずはこの崖の下に降りてこの大森林を出なければ。
さて、どうしようか……
1
数十分考えた俺は、命綱無しのロッククライムをする事に決めた。
高さは大体100mくらいか。
落ちたら即死だろう。
鞘に付いた革紐を右肩に掛け、背中に剣を背負う。
そして、少しずつ下へ下へと地面に向かって降りていく。
慎重に、慎重に……
ピキッ
「ちょっ!?」
左手で掴んでいた石から嫌な音が聞こえてきた。
高さはまだ半分以上ある。
この高さから下へと落下したら……
頼む!
耐えて、耐えてくれ!
……
よ、よかった、なんとか耐えてくれたようだ。
俺は助かった、そう思った。
だが――
バキバキッ!
うわぁ、駄目だった!
このままだと地面にダイブしてしまう事になる。
つまり、死ぬ。
「こんな所で死んでたまるかあぁぁぁっ!!」
まだ残っている右手の石を全身全霊を込めて掴む。
ピキッ
最悪だ……
右手で掴んでる方の石からも嫌な音が……
バキバキッ!
「マジかよぉー!!」
俺は数十メートルの高さから地面へと落ちていった。
2
「命綱の大切さがよくわかった」
地面に降り立った俺は、そんのことを呟いていた。
俺はついさっきロッククライム中に地面へと落下してしまった。
だが、背負っていた錆びた剣を鞘から抜き、崖へと突き刺すことによって落下速度を落とすことに成功。
なんとか無事に地面へと降り立つことができた。
錆びていても意外と耐久度高いのな、この剣。
まあ、何はともあれ地面に降りることできた。
これから北に向かって森の中を進んでみることにする。
ちなみに方角は近くにあった木の切り株を見てわかった。
多くの人が知っていると思うが、木の年輪の狭い方が北の方向を向いているからだ。
「さーて、日が暮れる前に街とかに出れればいいけど……難しいだろうな」
根拠は無いが異世界の森だ、きっと日本の森と比較にならないほどデカいだろう。
1日、2日……最悪1週間経っても森を出れないかもしれない。
そんな事を考えながらもとにかく足を前へと動かし進んで行った。
3
何時間歩いただろうか。
時計が無いから今の時間はわからないが、遠くの空がオレンジ色に染まり始めたからもうすぐ日は沈んでしまうだろう。
そろそろ今日の寝床を確保しないと。
少しでも疲れた躰を休めたい。
野宿は確定だろうからできるだけ安全な場所を見つけたい。
てか、異世界に来たってのに歩いてばかりじゃん。
ゲームのチュートリアルとかで出てくるザコいモンスターとかなら出てきてもいいんだよ?
強いのは勘弁だけど。
1時間――
あー、腹減ってきた。
歩き過ぎて足の裏が痛い。
ずっと剣を背負ってたから革紐が右肩に食い込んでこっちも痛い。
はぁ、なんかもう日本に帰りたい。
ルシフェルの……バカ野郎。
俺はルシフェルに対して頭の中で文句を言いながら、さらに森を進んでいた。
やがて日は暮れ、辺りは暗闇に支配された。
街灯やら自販機やらの灯りが無いためかとても暗く、視界が悪い。
ワオオオンッ!!
やがてオオカミか何かの遠吠えが耳に聞こえてくる。
まさか、モンスターが辺りを徘徊したりしてるのか?
こんな暗い場所で、見たこともないモンスターに襲われでもしたらひとたまりもない。
気がつくと俺は早足になっていた。
いくら急いだところで森から出ることができないことはわかっている。
だが、それ以上に暗闇と未知のモンスターという存在が俺を恐怖に駆り立てていた。
それから数十分後――
俺は木々が刈られた広場のような場所に出た。
暗くてよく見えないが奥に洞窟の入り口のようなものが見える。
「入らないべきか、それとも入ってみるべきか」
このままこの場所にいても安全は保障されない。
かといって洞窟が安全という保障もない。
さてどうするか……
俺が悩んでいると背後の木々の奥から――
グルルッ……!
獣のような……いや、もっと獰猛な生物の鳴き声が聞こえてくる。
動物で例えればライオンだろうか。
いや、ゲームによく出てくるドラゴンにも似た鳴き声だ。
どちらにしても危険な生物であることに変わりはないだろう。
恐怖からだろうか、足の震えが止まらない。
おまけに躰中から汗が噴き出し、ポタリポタリと首元から垂れてゆく。
マズイ、このままだと……
俺に与えられた選択肢は1つーー
「全力で走って洞窟の中に入り込む!」
俺は疲れた躰に鞭を打ち、洞窟の入り口へと向かった。
グウオォォォッ!
同時に、俺の背後にあった木々をなぎ倒し、体長3メートルほどの巨大な生物が現れた。
頭が2つあり左から、ライオン、ヤギの顔。
そして、尻尾の先端がヘビの顔をしている。
あれは間違いなく奴だ。
ファンタジーゲームではよく中ボスとして出てくるモンスター、合成巨獣とも呼ばれるキメラだ。
キメラはその巨体に似合わぬスピードで洞窟の入り口へと逃げ走る俺を追跡する。
「はぁ、はぁ……くっ、うわっ!?」
俺は疲労のせいか足がもつれ、地面に転んでしまった。
「クソッ! 早く逃げないと……あ」
ズシャッ!
何かを切り裂く音が辺りに響き渡った。