第49話 「秘書課配属――“親子”と“他人”の境界線」
秘書課配属から、さらに数日。
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業務フロアはすでに、二人を“戦力”として扱い始めていた。
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そして正式な配置が発表される。
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榮助は——
取締役・柿沼健二郎の第二秘書。
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菫は——
秘書課・柿沼美枝子のサポート秘書。
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その一文が社内システムに載った瞬間、
静かだった空気がわずかに揺れた。
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「……親子と同じフロア?」
「いや、たまたまでしょ」
「でも健二郎取締役の息子って……」
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だが秘書課では、それを“話題”にする者はいない。
それがこの部署の暗黙のルールだった。
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第一秘書室。
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そこにはすでに一人の女性がいた。
島津向葵。
冷静で、無駄のない動きのベテラン秘書。
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向葵は榮助の入室を見て、淡々と一言。
「よろしくお願いします、柿沼さん」
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榮助は軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
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向葵は資料を渡しながら続ける。
「健二郎取締役との関係は、苗字で把握しています」
「特別扱いはしません。通常業務でお願いします」
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榮助は静かに頷く。
「はい」
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その返事に迷いはない。
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少し離れた会議室では、
柿沼健二郎が書類を見ていた。
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そこへ榮助が入る。
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一瞬だけ、空気が変わる。
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だが健二郎はすぐにいつもの調子で言った。
「来たか」
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榮助は一礼する。
「本日より第二秘書として配属されました」
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健二郎は軽く頷く。
「分かった。よろしく頼む」
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その言葉は、父としてではなく、
“取締役としての指示”だった。
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だからこそ、余計な感情はない。
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同じ頃。
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別フロア。
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菫は柿沼美枝子のデスク横に立っていた。
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美枝子は書類を見ながら言う。
「秘書検定1級……助かるわね」
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菫は静かに答える。
「お役に立てるよう努めます」
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美枝子は一瞬だけ視線を上げる。
「堅いわね」
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そして少しだけ笑う。
「でも嫌いじゃないわ、その感じ」
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その時。
フロアの奥から声がする。
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「健二郎取締役、午前の資料です」
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第一秘書・島津向葵が歩いてくる。
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健二郎は軽く頷く。
「ありがとう」
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向葵は榮助にも目を向ける。
「柿沼さん、これもお願いします」
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榮助は受け取る。
「はい」
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そのやり取りを、美枝子が横目で見ていた。
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(静かに回っているわね……)
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そして昼前。
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秘書課全体に、ひとつの“空気”が生まれる。
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親子。
秘書。
同じ姓。
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だが誰も踏み込まない。
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それが、この会社の“均衡”だった。
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榮助は書類を整理しながら思う。
(ここでは、親子でも他人)
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菫もまた同じことを感じていた。
(ここでは、夫でも他人)
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だが——
その“他人”の中に、
確かに家族の気配だけが残っている。
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