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赤色の鏡像

 エスカくんが赤い転移ノ紋に乗って飛ばされた後。次はアタシが行くことになった。


「それじゃあ行ってくるね! みんなもすぐ来るんだよ〜!」

「頑張ってこいよ、リーファ!」


 みんなに手を振ってから転移ノ紋に乗ると赤い光が放たれる。パッと切り替わった視界には、たくさんのアタシがいた。


「わあ、やっぱり鏡でいっぱいだあ!」


 前に来た時もこうだったなあ。たくさんの鏡がある中で、目の前の一枚に触れる。ひんやりしてて気持ちいい。

 でも、この鏡……イヤなものを見せてくるんだよね。今回もそうなのかなあ。イヤだなあ。

 下がりかけていた視線を上げる。鏡に映っていた景色はぐにゃりと歪んでいた。


 また燃えるお家を見させられるのかな。それとも燃えるみんな? どっちもイヤだ。イヤなのに、鏡から目を離せない。

 でも、見えたのはどちらでもなかった。燃えてないお家。まだお母さんが優しかった頃の……。

 お母さんが泣いている。こんなものしか食べさせられなくてごめんねって泣いている。泣かないで、お母さん。お母さんの温かい料理はとても美味しかったの。


「……行かなきゃ」


 ずっとここにはいられない。きっとみんなも転移ノ紋を使ったはずだし、早くここを出てみんなと合流しなくちゃ。鏡と鏡の間を通って進んでいく。

 鏡に映る景色はどんどん変わっていった。笑顔でアタシを抱きしめるお母さん、アタシが悪いことをしちゃって怒るお母さん、眠れないアタシに物語を聞かせてくれたお母さん……そして、燃える家。


「……進みたく、ないなあ」


 足が止まる。きっとここから先はイヤなものしか見えない。そんな予感がしてしかたがない。でも進むしかない。そうだよね? ごくんと喉を鳴らして先へ進む。

 鏡に映るお母さんは、笑っていなかった。泣いているお母さん、怯えるお母さん、頭を掻きむしるお母さん……そして一人きりの食卓。


 アタシが家を燃やしてから温かい料理は食べられなくなった。アタシが一緒にいるとお母さんは怖がるから、アタシがご飯を食べるのはいつもお母さんが食べ終わった後だった。一人で食べる冷たくなったご飯は寂しくて、悲しくて、嫌いだったの。


「あ……大きな部屋」


 鏡の景色から目を背けながらひたすら歩いていると、大きな部屋についた。奥の壁には一枚の大きな鏡がある。

 こんどは何を見せようとするの? じっとりとイヤな汗をかいてる。足が重たい。でも、行かなくちゃいけない。

 大きく息を吸って、吐いて。そして、前へ進んだ。大きな鏡に映る顔色が悪いアタシが、ぐにゃりと歪んだ。


「リーファ」


 鏡に映るのは表情が抜け落ちたお母さんの姿だった。虚ろな目でアタシを見つめている。


「お母さん……」


 ああ、アタシはこの顔を覚えてる。お母さんが『楽になる』少し前によく見ていた顔。疲れきったお母さんの顔だ。


「バケモノ」


 一言呟いたお母さんは、まるで魚のように吊り上げられた。首に縄をかけて、ちゅうぶらりん。あの日見た景色そのもので、アタシは思わず口を押さえて俯いた。

 ひどい。ひどいよ。どうしてこんなものを見せるの? どうして。


「どうしてなんて、決まりきってることでしょ?」


 アタシの声が聞こえて、顔を上げる。そこには笑顔の『アタシ』がいた。


「あなたがバケモノだから。だからお母さんは『楽になった』の。全部全部、あなたのせいなんだよ? 今こうして苦しんでいるのも、あなたのせい」


 鏡に映る『アタシ』の後ろにはみんなの姿があった。ちゅうぶらりんの、みんなの姿が。『アタシ』は鏡の中から抜け出してアタシに近づいてくる。


「きっとみんなも『楽になる』んだよ。あなたのせいで、そうなるの」

「ちがう」

「だってあなたはバケモノだから。お母さんも言ってたでしょ? あなたさえいなければって」

「ちがう!!」


 ぎゅっと拳を握りしめて叫ぶ。

 あなたは何もわかってない。わかってないよ。


「アタシはバケモノじゃない……! みんなと一緒にいて分かったの!! お母さんだって、お母さんだって……がんばってアタシを愛そうとしてくれてた!!」


 そうじゃなかったら、アタシのご飯まで作ってくれない。そうでしょ? お母さんは最後の日まで、アタシにご飯を作ってくれていた。ううん、最後の日だってそうだった。アタシのご飯と小さなケーキを用意して、アタシのお母さんは『楽になった』の。あの日はアタシの誕生日だったから。


「アタシはもう間違えない。何も分からなかったあの頃とは違うの! アタシにはみんながいる。たくさんのことを教えてくれた、支えてくれるみんながいる!!」


 杖を握りしめて『アタシ』へと向けた。


「だから……あなたの言葉なんて聞かない。効かない!!」

「それでどうするの? アタシを殺す?」

「あなたはアタシじゃない。このダンジョンの魔物……でしょ?」

「そうなんじゃないかな? あなたがそう思うならね」


 『アタシ』も杖を構える。口を開いたのは同時だった。


「ファイア!!」


 炎をまとった杖同士がぶつかり合う。燃え盛る炎が前髪を焦がした。

 ガンガンと互いにぶつけ合い、このままじゃダメだと距離をとる。今こそ遠距離で戦うべきなのかもしれない。


「ファイアボールッ!」


 きっと、たった一つじゃ足りない。まだたくさんのファイアボールは制御できないけど……ここにみんなはいない。心配することなんて、ない!

 いくつもの炎の球が『アタシ』に向かって飛んでいく。いくつかを避けた『アタシ』だけど、避けきれなかった球に体を焼かれていた。


「ファイアボール」


 でも『アタシ』は顔を歪めるだけで、同じようにいくつものファイアボールを飛ばしてきた。できるだけ避けて、避けきれない分はケープで受けた。一つ二つの球が体を掠める。

 『アタシ』がどれだけ『アタシ』と同じなのか分からない。でも、もし一緒ならお腹から下を狙うべきだと思う。だってアタシのケープは防火仕様だからね。

 なら、近づいて叩いた方がいいかな? それとももっとたくさんのファイアボールを出す? 分からないのなら、どっちもやっちゃえばいいんだ。


「ファイアボール!」


 アタシはたくさんのファイアボールを飛ばしてから、杖に炎をまとわせて飛びかかった。ファイアボールを避けることに集中していた『アタシ』のお腹に杖がめり込む。


「う゛ぅっ……ファイアボールッ」


 『アタシ』はお腹を押さえて杖を向ける。アタシのファイアボールより大きな炎の球が飛んできた。慌てて足に魔力を集め、半ば転びかけるみたいに部屋の隅まで飛び退いた。

 このままじゃダメだね。杖を掲げる。決着は早くつけなくちゃ、だよね!


「ファイアストームッ!!」


 いつもよりずっと魔力をこめて放つ。アタシね、すごく練習したんだよ。偽物の『アタシ』にアタシの全力を見せてあげる。

 ゴウッと燃え上がった炎の渦は部屋中を包み込んだ。アタシまで渦の端に巻き込まれる。炎が肌を焼いていく。


「ッ、あ゛ぁっ!!」


 でも、これくらいしないと。逃げ場を完全に塞がなくちゃ、きっと『アタシ』には勝てない。アタシが思いついたことだ、きっと『アタシ』だって思いつくに決まってる。だったら先にやるしかない、でしょ?

 ねえ、みんな。待ってて。絶対にアタシは『アタシ』に勝って、みんなのところに行くからね。

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