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銀色の鏡像

 壁が全て鏡になっている部屋の中、正面の鏡へと手を伸ばす。触れてみても少しひんやりした普通の鏡で、手がすり抜けるなんてこともない。

 しかし鏡は待っていたとばかりに景色を揺らがせた。ああ、やっぱりこうなるのか。一体何が映し出されるのだろう。前と同じ白い部屋か?

 予想通りと言うべきか、鏡には真っ白な部屋が映し出された。窓の外に見える景色が青々とした森であることも、夜の空が広がっているのも、ポツンと置かれた白いベッドも同じ。

 ただ一つ違ったのは、そこに人が寝ていることだった。


「誰だ……?」


 顔を近づけて見てみても、ベッドまでの距離が遠いせいで黒い長髪の人物だということしか分からない。近づけたらいいのかもしれないけど、鏡だからなあ……そんなことはできないわけで。

 ズキ、と頭が痛む。前と同じなら道を探して進めばいいだけだ。さっさと進んでしまおう。


 奇妙な鏡から離れて、見つけた道を進んでいく。やはり奇妙な景色を映す鏡は増えていった。これも前と同じだ。

 どれも白い景色。でも、どの景色にも黒髪の何者かが小さく映り込んでいる。その姿を見る度に頭痛が酷くなっていく気がした。

 一体この景色は何なんだ。それに、いつまで経ってもみんなの声が聞こえない。これは前もそうだったから予想はできてたけど。


「おっ? 大部屋だ」


 真っ白な部屋の中、奥の壁一面が鏡になっている。前は俺と似たイノセンスの男が映った鏡。

 ……もしかして、白い景色に映っていた黒髪の人物はあのイノセンスと同一人物なんだろうか? でも、だとしたらなんで?

 鏡に映る自分を見つめながら考えてみても答えは浮かばない。そもそもあのイノセンスのことだって何も分からないのだから仕方ないといえば仕方ないか。

 考えることを諦めた時、鏡に映る自分の姿が揺らいだ。


 赤。前にも見た荘厳な大広間の床に赤が広がっている。

 鏡の向こう、シャンデリアの下。赤く染まった床に倒れる四人の姿はとても見慣れたものだった。


「みんな……?」


 思わず手を伸ばしたところで阻まれる。ああ、そうか。そうだ、これは鏡だ。この光景は鏡が見せる幻影でしかない。だから大丈夫だ、本当のみんなは無事なはず。


「おいおい悪趣味すぎるだろ……」


 正直、気分が悪い。こんなものを見せて何がしたいんだ。一度逸らした目を鏡へ戻した時、俺は反射的に仰け反った。

 なんてことはない。この悪趣味な光景の中に、俺が映っているだけだ。

 でも、鏡に映る自分は俺と同じ動きをしなかった。片手に赤く染まった短剣を持って、凪いだ目で俺を見ている。


「な、なんだよ。これも幻影の一つか。驚かせるなよな」


 ホッと胸を撫でおろす。さて、これで幻影は全部か? それなら鏡の向こうに行けるはずだ。

 この景色も頭が痛くなるし、さっさと進んでしまおう。伸ばした手が鏡に触れる瞬間、鏡の向こうから伸びた手が俺の手首を掴んだ。


「は……」


 鏡に波紋が広がる。鏡に映る暗い表情の俺が、ゆっくりとこちらへ出てきていた。

 なんだよ、これ。鏡に映ってるのはあくまで幻影だろ? なんで、実体なんかあるんだよ。

 混乱する俺をよそに、鏡の俺は完全に鏡から抜け出した。赤く染まった短剣を見て、咄嗟に手を振り解く。


「なんだ、お前……!」

「なんだとは何だ。俺はお前、だろ?」


 鏡から出てきた『俺』が口を開く。俺とまったく同じ姿の『俺』は、声さえも同じで。これじゃまるで、俺の複製じゃないか。

 得体の知れない薄気味悪さに、じっとりと背が汗ばむ。俺は今、何と向き合っているんだ? 目の前の『俺』は、何だ。


「なあ、虚しいとは思わないか」


 何が。そう返そうとして、声が出なかった。『俺』は俺の返事なんて聞かずに続ける。


「なかよしこよしの旅は大層楽しいだろうよ。でもな、結局最後には独りだ。そうなる運命なんだよ」


 嘲るように笑った『俺』は鏡に映ったみんなの死体を見る。

 独りになる運命? 何を言っているんだ、こいつは。


「お前は全て忘れている。自分が何者なのか、この旅の先に何が待っているのか」

「お前、は……何を、知ってるんだ」

「全部だよ。お前が忘れた全てを知っている」


 ああ、頭が割れるように痛い。なんなんだ、なんなんだよ。痛む頭を押さえる俺に向かって『俺』が短剣を向けた。


「こうは思わないか? いつか仲間を自らの手で刈り取る未来を迎えるくらいなら――今ここで死んでしまった方がいい」

「何が言いたいんだよ、お前。わけがわからねえよ……でも、これだけは言える」


 いつかみんなを自分で殺すことになるって? いくらデタラメとはいえ、メチャクチャだ。それでも俺は真正面から答えよう。短剣を抜いて『俺』へ向ける。


「そんな未来はこないし、こさせない。絶対にな」


 『俺』が鼻で笑った直後、眼前に迫った剣撃を短剣で受ける。ガキンッと甲高い金属音が鳴り響く。『俺』の目は酷く暗くて、何の光も宿っていなかった。

 魔力を込めて押し返せば、飛び退いて軽やかに着地した『俺』が刃に手のひらを添えた。刃が輝きを帯びていく。


「何の根拠もない薄っぺらい希望……俺が叩き斬ってやる」


 俺も刃に魔力を注ぐ。光り輝く短剣を構えて『俺』を睨みつけた。


「なら、その根拠のない絶望を叩き斬ってやるまでだ」

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