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療養

 それから数日。毎日誰かが見に来てくれるから寂しくはないが、やることがないというのは中々にこたえるものがある。

 そんなわけで俺は今リハビリ中だ。そろそろ歩ける頃だと思って、ゆっくり壁伝いに歩いてみている。

 ちなみにここは西門近くにある宿の一室らしい。様子を見に来たオリヴィエが教えてくれた。

 わりと歩けるな。体の痛みもかなり引いてきている。すごく小さい穴が身体中にたくさん開いていたって聞かされた時はびっくりしたけど、意外と治るものなんだなあ。うんうんと頷いていると、コンコンとノックされる。


「はーい。お、レイスか」

「どうだ、多少は歩けるようになったか」

「まあ、それなりには? まだ走ったりはできそうにないけどさ」

「そうか」


 レイスも療養中だからか、よく俺に会いに来る。他のみんなは簡単な依頼を受けているみたいで、日中は外にいることが多い。


「無理して傷が開いてもダメだしさ、のんびりやってくよ。お前こそ腕はどうなんだ?」

「オリヴィエの回復魔法のおかげで断面はふさがっているからな。まだ痛む気はするが……幻の類だろう」


 レイスが椅子に座り、俺はベッドに腰掛ける。窓の外では小鳥が鳴いていた。


「何か不便なことはないか」

「みんなそれ聞いていくんだよなあ。今は大丈夫だよ。そういうレイスは? 困ってることがあるんじゃないのか?」

「……スクロールの制作ができない」


 レイスはため息をついて左手を見つめた。


「左手では駄目だな。精度が足りない」

「失ったのが利き腕ってのが痛いよなあ……義手もダメなんだろ?」

「ああ。生身の体と相違ないレベルの義手は、それこそ高額だ。私達全員の財産をかき集めたとして届かないだろうな」


 ヴァルテン帝国じゃ魔導工学を利用した義手があるって聞いた時は、それでなんとかなるって思ってたんだけどな。やっぱり高性能なものは値が張るんだろう。


「だよなあ。ヴァルテン帝国の技術力があればって思ったのにさ」

「言っておくが、帝国の技術には格差が大きい。私達が手を出せるのは精々中の下レベルだ」

「それってどれくらい?」

「日常生活には支障がない程度の物だ。それでもかなりの金を注ぐことになるだろうが」

「そっかあ……」


 スクロールの制作はできなくても、腕がないよりはある方が良いと思うんだけど、どうかなあ。そんな俺の考えを読んでか、レイスは緩く首を振った。


「借金をしてまで腕をつけようとは思わん」

「強いなあ、レイスは……あ、そうだ」


 ふと思いつく。これ、かなりの名案じゃないか!?


「なら俺がレイスの腕になるよ!」

「は?」

「その顔やめて、ちょっと傷つく」


 何を言ってるんだと言わんばかりの呆れ顔だ。そんな顔しないでくれよ、俺は本気なんだから。


「ほら、俺ってそれなりに絵が上手いだろ? 魔力だってあると思うし、頑張れば何とかならないか?」

「……確かに素質はあると思うが」

「なら決まりだな。レイスが練習するとき、ついでに教えてくれよ。俺もスクロールが作れるようになれば制作速度も二倍だろ?」


 レイスはメガネを押さえると小さく笑った。なんだか、あの日からよく笑うようになった気がする。気のせいかな?


「二倍? 私と同等レベルになろうとは大きく出たものだな……分かった、教えよう」

「っしゃ! よろしくな、レイス!」


 そうしてスクロール制作指導が始まった。

 歩くリハビリをして、空いた時間でスクロールを作る練習。自由な時間はたっぷりあるから、どんどん上達! ……すればよかったんだけど。

 歩くだけなら平気になってから数日。俺の部屋でレイスと一緒にスクロールを作る練習をしていると、元気なノックの後に扉が開いた。


「エスカくん、ただいまー! 調子はどうかなっ」

「おかえり、リーファ。調子はまあまあかな」


 いつもより早い帰りだ。今日の依頼はもう終わったんだろうか? 何やら紙袋を抱えたリーファは机の上に広げた羊皮紙を覗き込んだ。


「はい、お菓子買ってきたよ! 何やってるの? お絵描き?」

「俺達はスクロールを作る練習中だよ」

「スクロール! レイスさんが使ってるやつだよね。エスカくんも作れるの?」


 机の上には魔石を砕いて作るっていう特別なインクに、丁度いいサイズの羊皮紙。羊皮紙には円の中に三角やらカクカクした記号やら、いろんな模様を書き込んである。


「超簡単なやつならなんとか。でもレイスが使うような強い魔法のはまだできないな」

「初めから書くべき図案が分かっているんだ。ゼロから始めるよりは幾分か難易度も低いはずだが」

「それはそうなんだけどさあ、実際にやってみると案外難しいもんだな。レイスがあまりにもスラスラ書いてたから簡単そうに見えてたよ」


 レイスはふんと鼻を鳴らすと羊皮紙にペンを滑らせた。俺からすると利き手じゃないにしては結構綺麗に書けてるように見えるけど、彼曰く使い物になるまでにはまだまだかかりそうとのこと。


「一応、これが光の球を生み出すスクロールだよ」

「へえ〜! これもう使えるの?」

「ちゃんと書けてたらね。試してみるか」


 手本を見ながら書き上げたスクロールを持ち上げる。綺麗な丸を書くだけでも意外と難しい。その中に魔力変換のための指示を意味する記号を書き込んで、実際にどんな魔法を発動させるかの指示記号も書き入れる。そうしてやっと一枚のスクロールが出来上がるんだ。

 本当は魔力変換の指示はいらないらしいんだけど、どうも俺は魔力の変換ができないみたいなんだよな。数日前、スクロールを初めて書いたときのことを思い出す。


 何回ちゃんと正しく書いても発動できない不良品になるから、訝しんだレイスが俺の手を掴んで魔力の流れを見てくれたんだよな。

 手を握るだけで分かるって言ってたのに、腹やら胸やら肩やらをぺたぺた触るし難しい顔をしてたけど、結局あれは何だったんだろう。

 それから何度か魔力変換の仕方を教えてもらって試しても出来なかったんだよなあ。もしかして俺って普通に魔法を使うのは絶望的だったりするのかな。


 とにかく、そういうわけで俺の書くスクロールには魔力を変換するための仕組みがあるってことだ。パパッと俺用に魔法陣を組み上げたあたり、やっぱりレイスってすごい魔術師なんだと思う。俺なんてまだほとんどの記号の意味が分かってないし。


「光の球ってどんなのかな?」

「まあ見てろって。ほら」


 スクロールに少しだけ魔力を注ぐと魔法陣が光り、スクロールの上に光の球が浮かんだ。リーファは目を輝かせて光球を見つめている。スクロールは俺の手の中でサラサラと散っていった。


「わあ……! すごい、すごいよエスカくんっ!」

「私の腕になると豪語したんだ、これくらいは出来て貰わなければな」

「ははっ、お手柔らかに頼むよ」

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