封鎖
ゆっくり休んでリハビリもして、今じゃ楽々走ることもできるようになった。もうほとんど元通りだ。
そんなわけで療養期間は終わり、また旅に戻ろうと思うんだけど……俺が休んでる間に、外では異変が起こっていたらしい。
「ダンジョンの変質?」
宿で昼飯を食べながら、今しがた聞いた言葉を繰り返した。
リーファは食べていたパンを飲み込むと、こくりと頷く。
「そう! なんかね、ダンジョンがおかしくなっちゃったんだって!」
「初心ノ洞窟、灼熱ノ渓谷、心境ノ鏡館、極寒ノ淵境……四つのダンジョンがおかしなことになったみたいだぞ」
「忘却ノ迷宮以外全部ってことか」
おかしくなった、ねえ。一体どんな風に変わってしまったんだろう。気になるといえば気になる。
あの二人の魔族……ハイマとプシュケーの次の標的も分からないことだし、まだランクだって上がってない。といっても今回ソシエゴ獣王国を守るのに大きく貢献したってことで、かなりポイントは上がってるみたいだけど。
「行ってみるか、灼熱ノ渓谷」
戦う感覚を取り戻すにも丁度いいだろ、多分。耐熱薬は……正直飲みたくないけど。
思い立ったが吉日ってことで、早速出発した俺達はネグロへ向かった。
「そういえばさ、魔法の練習ってどうするんだ?」
「ああ……そのことだが」
平原を歩きながらふと気になったことを尋ねると、レイスは少し言いづらそうに口を開いた。
「エスカ、お前は無属性以外の魔法を使えない」
「……やっぱり? 魔力の変換できないってことはそういうことだよなあ」
「加えて、お前の魔力操作能力は磨き上げられている。正直なところ、私が教えられることはないと考えた」
「わあ、まさかの免許皆伝」
うーん、喜べばいいのか悲しめばいいのか分からないな。教わればもっと強くなれると思ったんだけど。
「エスカくん、魔法使いたがってたのに……残念だね」
「まあ仕方ないさ、その分身体強化でどうにかするって。あーあ、憧れてたんだけどなあ」
「……気になるのはお前が魔力変換を行えない理由だ」
「理由?」
魔力変換できないのに理由とかあるんだ? てっきり素質とかそういうものだと思うんだけど。
「人体には魔力を流すための細い管が無数に通っている」
「へえ、初めて聞いたな」
「同様に、魔力を変換するための器官も存在する」
細い管に専用の器官ねえ。なんだろう、それが無いとかなのかな。
「それらは魔法を使い続けることで発達していく傾向にあるのだが……お前の管と器官は、両方ともほとんど最大限と言っていいほど発達しているように感じられた」
「えっ?」
うん? だって俺は魔力の変換が出来ないんだろ? 管の方はいいとして、どうやってその器官とやらが発達するっていうんだ。
「魔力を変換するための器官は発達しているのに、実際には変換できない……どうもおかしなことが起きているように感じますね」
「そうだぞ、それじゃあどうやって発達したっていうんだ? オイラ分かんないぞ」
「えっと……つまりどういうこと?」
ケイトもリーファも首を傾げている。俺もさっぱりだ。
記憶を失う前の俺は魔法が使えたってことなのか……?
「私が見た限り、管も器官も妙に封鎖されているように思う。思い当たる節はあるか」
「封鎖ぁ? あー、うーん……んー?」
封鎖、封鎖……いや、さっぱり分からん。何も思い当たる節がないな。となると、やっぱり一番ありえるのは。
「記憶を失う前の俺に何かあったってことかもな」
「……記憶を失う前?」
レイスが眉をひそめる。え、なんでそんな顔するんだ?
「待て、お前も記憶がないのか」
「そうだけど……あれっ、言ってなかったっけ?」
「聞いていない。オリヴィエの記憶のことは聞いていたが、お前まで記憶を失っていたなんて」
「エスカくん、言ってなかったの?」
「そうみたいだな……」
ああ、そういえばそうだ。オリヴィエのことは共有したけど、俺のことは言ってなかった。うっかりうっかり。
「俺さ、十年より前の記憶がないんだ。倒れてたところを拾ってもらってからトーガ村で暮らしてて。忘却ノ迷宮に挑もうとしてるのも、この記憶喪失と何か関係あるんじゃないかって思ったからなんだ」
「……そういうことはもっと早く言うものだ」
「いやあ、ごもっとも。最初に言った気でいたよ」
レイスは深くため息をつくと、右腕を上げ……ハッとして、下げた。ああ、顎に手を当てようとしたんだろうな。分かってしまうのが少し悲しい。
「ならば記憶を無くす前に封鎖を施されたと考えるのが妥当か」
「本当、何があったんだよ過去の俺……」
俺もため息をついて肩を落とした。手掛かりらしい手掛かりが見つからないんだよなあ。ピュルテ皇国で英雄像を見た時に感じた頭痛もまだ謎だし。あ、ダメだ考えるのやめよう。どんな像だったか思い出そうとしたら少し痛んできた。
「その封鎖を解く方法は探してみよう」
「いいのか? スクロールの件でも大変だろ?」
「……片手間に探すだけだ。期待はしないことだな」
もしその封鎖とやらが解けたら、俺も魔法を使えるようになるのか。そう考えると少しワクワクするな。まだ可能性はゼロじゃないってわけだ。
もしかしたら記憶を失う前の俺ってすごい魔術師だったりしたのかな。ますます気になってきたぞ。
「話を戻そう。リーファ、ケイト、オリヴィエ……お前達三人に魔法を教える」
「えっ、本当!?」
「嘘は言わん」
「やったー!! レイスさんに教えてもらったら、きっとすっごい魔法が使えるようになるよ!!」
飛び跳ねるリーファの横で、ケイトが目をキラキラと輝かせた。
「オイラも魔法使えるのか!?」
「わたくしもですか?」
「言っておくが、各々に合うものしか教えない。教えるのは主に魔力操作と魔力変換の効率的な方法だ。リーファ、お前には身体強化の方法も教える」
「ありがとう、レイスさんっ!」
リーファ達はすっかりテンションが上がっているみたいだ。丁度昼時になったということで、ケイトが昼食を作っている間にリーファの魔法を見るらしい。
リーファから少し離れたところでレイスが声をかける。
「一度魔法を使ってみろ」
「うんっ!」
ふんふんと気合いを入れているリーファは、杖を構えるとキリッとした表情で呪文を唱える。
「ファイアッ!!」
いつも通り……いや、いつもより少し火力強めのファイアだ。気合い入れすぎだ。
炎をじっと見つめていたレイスは、リーファの側へと歩み寄る。
「魔力変換の効率が悪い。お前は保有魔力量が多いから何とかなっているが、常人のそれであれば毎回の戦闘で魔力欠乏を起こしてもおかしくない」
「えっと、えっと……?」
「……魔力の無駄遣いをしているということだ」
「なるほど!」
杖を持つ細い手に、骨ばった手が重なった。
「効率的な魔力の流し方、変換の仕方を実演する。感覚を覚えて真似ろ」
「うんっ!」
あー、俺もスクロール書く時にやってもらったなあ、あれ。多分俺が魔力変換できないって気づいたのって、あの時なんだろうな。
「……以上だ。やってみろ」
レイスが離れると、リーファはうーんうーんと口をもにょもにょさせながら杖を構えた。
「ファイアッ!」
ブワッと巨大な炎が杖の先から燃え上がった。リーファ一人分よりもはるかにデカい炎。思わず目を見開く。えっ、なにあれ? 今までで一番火力高くないか?
炎を出したリーファでさえ、ぽかんと口を開けている。
「……一回でモノにするとはな」
「す、すっごーい!! なになに、なにこれ!? すっごく頑張ったファイアよりすっごいよ!?」
「一度に変換しすぎだ。流す魔力量を調節しろ」
「こうかなっ?」
キャッキャとはしゃぎながら魔法を使うリーファはとても楽しそうだ。しかしなんというか……すごく感覚派だとは思ってたけど、まさかここまでとはな。言葉で理解するのは苦手な分、感覚での理解はピカイチってわけだ。
「すごいですね……わたくしも効率を上げれば、より長くお役に立てるでしょうか」
「……もし一回二回で上手くいかなくても落ち込まなくていいからな。多分リーファが特別なだけだから」
「ふふ、わかりました。リーファさんはすごいですね」
「本当にな」
ケイトが俺達を呼ぶまで、リーファの練習風景をじっと眺めていた。ちゃんと火力調整はできたみたいだ。もしうっかりであんな規模の炎を出されたら俺達まで巻き込まれかねないからな……気をつけてくれよ? 本当に。




