迫る魔の手
ほんの少しの仮眠をとって出発した俺達は、急ぎ足でソシエゴ獣王国へと向かっていた。
あの女、プシュケーは獣達の街で待っていると言った。それはつまり獣王国のことだろう。仲間の住処とも言っていたから、ケイトの家があるあそこで間違いない。
急がないと。待ってくれるなんて保証はない。身体強化を使って平原を走る。
本当は村のみんなを弔う時間なんてなかった。でも、俺の我儘に付き合わせてしまった。これで間に合わなかっただなんてことになったら、ケイトに何を言えばいい?
既に姉を失っているケイトから、更に母親を、故郷を奪うなんてことはできない。だから持てる限りの力で平原を駆けていた。
「おい、エスカ。オリヴィエが遅れている。もう少しスピードを落とすべきじゃないのか」
「あ、ああ。そうか、ありがとうレイス」
気持ちばかりが急いてしまう。こんなんじゃダメだ。もっと冷静にならないと。
ほんの少しスピードを落として、オリヴィエに合わせる。彼女はリーファを抱えているから、それも考慮してやらないと。
「やっとナーダの森ですね」
「森を越えれば獣王国……あと一息だ。辛いと思うけど、頑張ってくれ」
俺はまだ大丈夫だと思うけど、ケイトとオリヴィエは少し疲れてきているみたいだ。身体強化をするにも魔力をそれなりに使うからな。
森の中へと駆け込む。ここも不気味なほど静かだ。なんというか……そう、生を感じられない。
「ま、まだ着かないのか」
「いくら間で休憩を挟んでいるとはいえ、そろそろ厳しいです……ッ」
「オリヴィエさん、アタシ降ろしていいよ。すぐ追いかけるから……!」
「いや、それはダメだ。広範囲に攻撃できるリーファは連れて行かないと万が一街が囲まれていた時に対応が……」
そう言っている内に森を抜ける。開けた視界の中、広がる光景を疑いたかった。
「おいおい……そりゃないだろ」
思わず口元が引きつる。向かう先には、プリュームを襲った数が足元にも及ばないほどの魔物がびっしりとひしめいていた。歩いていく魔物の姿はまるで波のようだ。
見たところ、既に街に近い方では交戦しているところもある。獣王国出身の冒険者はほとんど獣王国から出ないから、数は確保できたのだろう。でもいくら冒険者が多いからって、この魔物の量を相手にするのは厳しいんじゃないだろうか。
「加勢するぞ!」
「は、はいぃっ!」
もうかなり体に来ているみたいだ。それでも立ち止まるわけにはいかない。スピードを上げ、魔物の洪水に近づく。
「レイス、頼む!」
「ああ」
俺から降りた彼は三枚のスクロールを取り出した。全ての紐を解くと同時に、スクロールに書かれた陣が光りだす。
「ターミナル・ベロシティ」
瞬間、目も開けていられないほどの暴風が吹き荒れた。下から上へと流れる空気の重さに、体がふわっと浮きかけたほどだ。発動位置からそれなりに離れていてこれなのだから、その中心にいた魔物なんてひとたまりもない。
魔物の塊が上空へ高く打ち上げられ、そのまま重力に従い地面へと落ちていく。叩きつけられた体は目も当てられないほどの惨状になっていた。中には吹き飛ばされなかった魔物に落下した魔物がぶち当たって共倒れになっているところさえある。
「う、うわ……すごいな、何ヶ所で起こってるんだよ」
「一枚につき三箇所、よって九箇所だ。凍らせるよりも効率がいい」
「そうかもしれないけどさぁ」
「スクロールの残数が心許ないが……出し渋ってはいられないな」
レイスは敵に回したくないな。心からそう思うよ。
彼が広範囲の魔物を打ち上げては落としている間にも、リーファが範囲外の魔物を焼き尽くしていっている。
「ファイアストーム! ファイアストームッ!! 獣王国には手を出させないんだからっ!!」
「わたくし達で守りましょう」
「や、やるぞーっ!!」
オリヴィエとケイトは疲弊しているだろうに、それでも参加するようだった。後衛ならまだしも、ガンガン前線に出ていくから心配だな。
「無理はするなよ、二人とも」
「はい、外側であぶれた者を中心にお相手してきます」
「オイラもそうするよ。中心の方に行くと……巻き込まれそうだしな」
それは同意する。今もゴウッと凄まじい音と共に魔物が打ち上がっている。一体何枚持ってたんだよ、そのスクロール。あっちはあっちで燃やしまくって、こっちまで魔物が焦げる臭いが漂ってきてるし。
でも、おかげでなんとかなりそうだ。この調子で数を減らせば、獣王国の冒険者達でもどうにか片付けられるだろう。
俺もあぶれた魔物達を矢で撃ち抜いていく。一匹でも多く減らして、街側で頑張ってる冒険者達の負担を減らしてやらないとな。
そうして粗方の魔物が片付いてきたという頃。
「そろそろ範囲攻撃はやめて、各個撃破といくべきじゃないか?」
「ああ、これ以上は効率が悪い。スクロールもなくなってしまったからな」
「全部使って大丈夫なのか?」
「他のスクロールはある。それに、ここで使わずしていつ使うというんだ?」
レイスは杖を構えると、氷の槍を飛ばし始めた。貫かれた魔物達がどんどん地面に伏していく。リーファは相変わらずファイアストームで魔物を焼いていっている。ケイトとオリヴィエも、身体強化を駆使して端の方で討伐に勤しんでいた。
俺も頑張らないといけないけど、そろそろ矢がなくなりそうだ。一体どれだけいるんだよ、この魔物。もはや地面が見えないくらい魔物の死体が積み重なっている。血の臭いで気分が悪くなりそうなくらいだ。
「あとはあの一画で終わりだな」
「わ、わたくし達は少々休憩をとらせていただきますね」
「オイラもうヘトヘトだぞぉ……」
「お疲れさま、オリヴィエさん。ケイトちゃん」
オリヴィエは杖を地面について体重を預け、ケイトは地面に座りこんだ。肩で息をしながら、どうにか呼吸を落ち着けようとしている。走りっぱなしからの戦闘だからな、ゆっくり休んでほしい。
「私も少々魔力を使い過ぎてしまったな……」
レイスが杖を見つめながら呟いた時、パチパチと緩やかな拍手が鳴り響いた。
「上……ッ」
見上げた空にはプリュームを襲った吸血鬼の男ハイマと、トーガ村を襲った魔族のプシュケーがいた。プシュケーを姫抱きにしたハイマはゆっくりと降下し地面に降り立つ。そっとプシュケーを下ろすと、胸に手を当ててお辞儀する。
「お待ちしていましたよ、追憶ノ探求者」
閉じられた目の奥は見えないまま、ハイマはニタリと笑みを深めた。




