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襲撃

 平原を駆ける、駆ける、駆ける。黒い煙が上がるプリュームの町を目指して、ただひたすら真っ直ぐに。

 一体何があったのか。そんなことを考える暇すらない。明らかな異常事態だ、急がないと。

 オリヴィエがリーファを、俺がレイスを担いで走る。レイスは身体強化もできないことはないらしいけど、魔力を温存しておいてもらわないと困るかもしれない。そんなわけで俺が担ぐことになった。


 門番はいない。というか、門がない。閉じられた門の中央が四角く切り抜かれていた。

 想像以上に只事じゃないことがわかる。切り抜かれた穴を潜って町の中に入った。


「ひ、ひどい……!」


 あちこちの家が倒壊している。中には燃えている家もあって、町中を魔物達が我が物顔で闊歩していた。

 リーファを下ろしたオリヴィエがふらりと歩きだした。段々とその足が早まっていく。


「オリーブの……オリーブの枝の、皆さんは」

「オリヴィエを追いかけるぞ!」

「お、オイラがリーファを担ぐ!」


 ケイトがリーファを背負って走り出す。俺もレイスを抱えたままその後に続いた。


「ごめんね、アタシも身体強化が使えたらよかったのに」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ! あとで練習すればいいんだ!」


 オリヴィエは身体強化まで使って走っているようだ。あっという間に孤児院まで辿り着く。

 そこにはたくさんの人々が避難してきていた。


「タンドレーさんッ!」

「オリヴィエ!? どうしてここに……」

「て、帝国から戻ってきたので、ここへ寄って行こうと……一体何がどうなっているのですか!?」


 オリヴィエに追いついて、レイスを下ろす。ケイトもリーファを下ろして、少し荒くなった息を整えていた。

 タンドレーさんは煙が上がる町を見て、焦燥した様子で喋り始めた。


「突然、魔物達が押し寄せてきたのです。最初は門を下ろして対応していたらしいのですが、何があったのか打ち破られたそうで……今はここと教会を避難場所としていますが、いつここまで魔物達がやってくることか……」

「冒険者達は? 少しくらいこの町にもいるんだろ?」

「はい、討伐に向かってくれています。ですが魔物の数があまりにも多く、怪我をして戻ってくる者もいる状況です」


 これは……俺達でどうにかできる問題なのか?

 でも、どうにかするしかない。町に入る時、周囲に他の魔物はいなかった。つまり町の中の魔物さえ掃討してしまえばひとまずの平穏は得られるわけだ。

 やるしかない。応援が来るかどうかもわからない今、立ち止まっているわけにはいかないのだから。


「タンドレーさん、俺達に任せてください。オリヴィエも安心してくれ。俺達がこの町を守るよ」

「エスカさん……」


 オリヴィエの顔色が悪い。今にも倒れそうだ。

 彼女の過去を、そして記憶のことを考えれば、今すぐ倒れて記憶を消去してもおかしくない。それでも立っているのは、それだけこの孤児院のことが気掛かりだったのだろう。


「オリヴィエは……怪我をした人達の治療をしてあげていてくれ。それと、子供達を安心させるのも頼む」

「ですが、エスカさん達は……」

「俺達はどうにかやるよ。一応ポーションも持ってるし……大丈夫、なんとかしてみせる」


 さあ、まずは孤児院に近いところから回っていこう。一匹たりとも逃さないようにしないと。

 それに……教会も避難所になっていると言っていたな。そっちにも魔物が行っていないか確認しないといけない。


「行こう、みんな」

「ああ。オイラ達でこの町を守るんだ」

「もう一人だって傷つけさせないよ……!」

「仕方ない、スクロールの使用も視野に入れるか」


 みんなで孤児院近くの気配を探す。この付近にはまだ魔物はきていないみたいだ。

 もう少し範囲を広げる。建物の陰から出てきたゴブリン目掛け矢を放つ。ゴブリン程度なら一発で仕留められる。問題は上位種だな。


「ファイアッ!!」

「そこだぁ!!」


 リーファも炎をまとわせた杖でオークを殴っている。ケイトも巨大な肉切り包丁でコボルトの首を落としていた。

 レイスは風で魔物達を高く打ち上げ、落下させて倒している。そんな倒し方もあるのか。


「この辺りは片付いたな、次だ!」

「エスカ、あっちに怪我してる人がいるぞ!」

「助けよう。歩けそうなら孤児院に行くように――」


 そうして俺達は時に怪我人を助けながら魔物を掃討していった。ある程度孤児院近くのエリアは片付けたから、そろそろ教会側を見に行かないと。

 教会側には魔物が近づきつつあった。矢で応戦しているけど、とても間に合っているようには見えないな。今すぐ加勢しなければ。


「助けに来たぞ!」


 魔力を込めた矢で数体のゴブリンをまとめて貫く。

 レイスが風魔法のスクロールで広範囲の魔物をかき集める。そこにリーファのファイアストームが炸裂する。


「いけっ! ファイアストーム!!」


 風にとらわれた魔物達が焼かれていく中、残った魔物をケイトと俺で仕留めていく。あらかた数が減ってきたな。懸命に矢を放つ男の側に寄る。


「大丈夫か?」

「ああ、助かった。ありがとう、冒険者」

「礼は全部終わってからにしてくれ、まだまだ町の中にはいるみたいだからな」


 それに男は怪我をしているみたいだ。対処しきれなかったか、ここに逃げてくるまでにやられたんだろう。大きく動けない代わりにここの防衛を任されたってところか。

 教会に群がっていた最後の一体を倒したところで、パチパチとどこからか拍手が聞こえた。


「誰だ……?」


 教会の方からじゃない。これは……空から!?

 見上げた先では、黒いコウモリの翼を背から生やした黒髪の男が緩やかに拍手をしていた。

 その男は異質な雰囲気をまとっていた。

 サラリとした長めの黒髪を後ろで一つにまとめ、にこりと目を閉じて微笑む白い肌の男。深い赤色のシャツに黒のベストとズボン、黒い革靴。胸元のループタイを飾る赤い宝石がキラリと輝いた。


「いやはや、お見事。人間にエルフ、獣人のパーティですか。中々やりますねえ」


 男はパチパチと手を叩きながら地面に降り立つ。なんなんだ、こいつは。

 じっと男を見ていたレイスが杖を構えながら口を開く。


「魔族……吸血鬼か」

「ご明察。そう、ジブンは吸血鬼……名をハイマといいます。以後、お見知りおきを」


 ハイマと名乗った男は胸にハーフグローブをはめた手を当てて軽やかに礼をした。

 魔族……それは主に言葉を解する魔物のことを指す。言葉を解さない普通の魔物よりも強大な力を持つことが多いという。

 目の前のこの男が魔族……まさかこの男が今回の騒動を引き起こした張本人なのか?

 ハイマは俺を見ると、ずっと閉じていた目を開いた。本来白くあるはずの箇所が黒く染まった赤い瞳が俺を射抜く。


「おや? ……これはこれは、思わぬ収穫があったものですねえ」


 再び目を閉じた彼は唇の端を吊り上げて笑う。一体何が面白いっていうんだ。


「何が目的なんだ! どうしてこんなことをするんだよ!!」


 ケイトの叫びに、ハイマはくすくすと笑いながら両腕を広げる。


「どうして? どうしてと言われましても、ねえ。ふふ……あるお方を呼び戻すためとでも言いましょうか」

「あるお方……?」

「しかしまだ時期尚早だったようですね」


 肩をすくめたハイマは緩やかに首を振った。

 あるお方だって……? そのあるお方とやらを呼ぶために、こんな酷いことを?

 ギリ、と歯を噛み締める。そんなことが許されるはずがない。


「さて、ジブンはそろそろ引き上げましょうか。良い情報も得られたことですし……しかし、そうですねえ。このまま帰るには不完全燃焼だ」


 ハイマはパチンと指を鳴らす。ぞわりと嫌な予感が身体中を這い回った。


「……今、何をした?」

「そう怖い顔をしないで。残りの魔物達に指示を出しただけですよ」

「指示……?」


 彼はクックッと笑うと翼をはためかせ、ふわりと宙に浮いた。


「ゆっくりしていて良いんですか? もう一つ、人間達が集まっている場所があるというのに」

「なっ、まさか孤児院に!?」

「ふふ……また会える日を楽しみにしていますよ」


 そのまま逃すわけにはいかない。弓を構え、矢をつがえる。一瞬で詰め込めるだけの魔力を注いで放つ。しかし、ニマリと笑ったハイマは矢が届くより先に無数のコウモリへと姿を変えて姿を消す。矢はただ空を裂いたばかりだった。


「くそっ、急いで戻るぞ!!」

「ああっ!」

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