皇都フォワクール
魔導論学を読み込んでいたはずが、気づいたら眠っていたらしい。窓の外からは光が差し込み、鳥の声が聞こえる。腹の上に重みを感じて見てみれば小さな足が乗っていた。そっとケイトを横にずらしてから体を起こす。ベッドの上に転がっていた本は鞄に戻しておいた。
今日は出発の日だ。行き先については三人に相談して決めよう。ちょっと行ってみたい場所があるんだよな。地図を開いてその場所を確認する。
「んん……あれっ、もう朝?」
むにゃむにゃと目元を擦ったケイトが起き上がる。まだ眠たそうだな。
「おはよう、ケイト」
「ん? おー、おはようエスカ。地図なんて見てどうしたんだ?」
ぽてぽてと隣に来たケイトが地図を覗き込む。
「ああ、次の行き先を考えててな。リーファとオリヴィエにも話してから決めようと思うんだけど」
「それじゃ二人を起こしにいくかあ」
「そうだな。あ、寝癖ついてる」
ぴよっと跳ねたところをそっと撫でつける。なかなかしぶとい寝癖だな。何度も撫でつける。よし、やっと直った。
「ありがとな、エスカ」
「おう」
部屋を出ると、すでに二人が廊下で待っていた。早起きだな。
「おはよ、エスカ」
「おはようございます、エスカさん」
「おー、二人ともおはよう。眠れたか?」
頷いた二人は見た感じしっかり眠れたみたいだ。
階段を降りて、朝食をとる。パンとスープだけの簡単な食事だ。パンは柔らかくスープは具沢山で、中々の食べ応えがある。
「次の行き先なんだけど、次のダンジョンに行く前に忘却ノ迷宮を見にいこうかと思ってるんだ。どう?」
「あっ、そういえば忘却ノ迷宮ってピュルテ皇国にあるんだっけ」
「そうそう。先に最終目標を一目見ておくのも悪くないかなって思ってさ」
パンをちぎりながらリーファが頷いた。
「うん、アタシはいいと思うよ。二人は?」
「オイラもいいと思う! どんな所か気になるしな」
「わたくしも大丈夫ですよ」
「それじゃあ決まりだな。次の行き先は忘却ノ迷宮がある街、デフィールだ」
デフィールは皇都フォワクールを挟んで更に西にある。途中で皇都を観光するのも悪くないな。皇都の料理も楽しめるだろう。教会を見に行くのも悪くないかもしれない。
食べ終わったら早速出発だ。矢と食料を補充してから街を出る。
「皇都を通って向かうんだよね? ここから皇都までどれくらいだろう?」
「そこまでかからないとは思うぞ。一日歩けば着くだろ、多分」
馬車に乗ってもいいだろうけど、ギルドでの件もあるしあまり他の人と乗り合わせる馬車は避けたい気分なんだよな。かといって貸切なんてそれこそいくらかかるか分からないし。
そんなわけで徒歩の旅だ。いつも通りといえばいつも通りだな。
「結構歩くけど、オリヴィエは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。こう見えて結構動けるんですよ」
あの戦い方を見ていれば納得だな。心配することもなかったか。
そういえばあの獣人達を乗せた馬車は無事皇都に辿り着いたんだろうか? 今度こそちゃんと護衛を雇っていればいいんだけどな。
皇都フォワクールまでは特にこれといったアクシデントもなく着くことができた。もちろん途中である程度魔物に襲われたりはしたけど、あっさり撃退できたからな。
ちなみにリーファのファイアボールは少し飛距離が伸びた。といってもあれ、飛ばすんじゃなく伸ばした炎を切ってる感じだから火炎放射みたいなものなんだけど。
皇都ともなれば結構人が来るみたいで、馬車や人が少し並んでいた。俺達も列に並んで、ギルド証を出して門を通る。
「ここが皇都かあ……! 王都もすごかったけど、ここもすごいね!」
リーファの目が輝く。あちこちを見渡しながら歩く彼女の手を掴む。
「またぶつかりそうになるぞ」
「あっ、ごめんね。なんだか楽しくなっちゃって」
リーファはちゃんと前を向いて歩いた。相変わらず視線はあっちこっちにいってるけど、危なくなりそうならまた引っ張ってやればいいか。こんなに楽しそうなんだ、水を差すのも悪いだろ。
それにしても綺麗な街並みだ。フレイユールも綺麗だったが規模感が違うな。建築様式は似てるし色合いも近いけど、あっちより背の高い建物が多い。
「よし、宿に行くか」
「うんっ! 明日は観光?」
「そのつもりだ。明日一日ここでゆっくりして、明後日に出発だな」
「オイラ、レストランに行きたい!」
わいわいと明日の予定を組み立てながら宿に向かう。
実はオススメの宿を門番に聞いておいたんだよな。どうやらニ・デ・ルポという宿がオススメらしい。なんともオシャレそうな響きだ。
「お、ここだな」
薄オレンジ色の壁が美しい三階建ての宿屋だ。看板にニ・デ・ルポと書いてある。
中に入り、手続きをする。ここは亜人料金とかないんだな? ちょっと高い気がするけど良いホテルっぽいしな。こんなもんか。
「お食事はあちらの食堂でどうぞ」
「どうも。先に食べて行くか」
「そうだね! どんな料理があるんだろ?」
食堂に入ると美味しそうな匂いが漂ってきた。客は獣人が多いみたいだな。あまり視線が集まらない。それが逆に違和感を覚えるくらいには普段視線を集めてるんだなあ。
空いている席に座る。メニューはないみたいだ。決まった料理が出されるんだろうか?
「どんな料理が来るんだろうな」
「オイラ、楽しみだなあ。皇都のいいホテルの料理ってくらいだから、すっごい料理が出るはずだ」
「えへへ、もうお腹ぺこぺこだよ〜。楽しみだねっ、オリヴィエさんっ」
「ええ、そうですね。ピュルテ皇国の料理が皆さんの口に合えばいいのだけど……」
ちらりと周りを見てみる。獣人達は和気藹々と食事を楽しんでいる。これだよ、俺はこういう光景をこの国に求めてたんだ。本当にこのホテルはいいホテルなんだなあ。
暫し待っていると、ウェイターがワゴンを押してきた。その上にはいくつもの皿が並んでいる。
きたきた。さて、どんな感じかな?
まず並べられたのは四角い……肉、か? 分厚めに切られた四角い肉だ。ブロック肉ってわけじゃなくて、ミンチを四角く焼き固めたような、そんな感じ。
次いで出てきたのは、周りに野菜を散らしたパイ?
それから粉砂糖がかけられた濃い茶色のケーキだ。
全部見たことのない料理だな。一体どんな味なんだろう?
「わ〜っ、おいしそ〜!」
「すっごく豪華だな!」
とりあえず置かれた順番通りに食べてみるか。テーブルに並べられたナイフとフォークで四角い肉を切り取って食べてみる。
口の中に入れた途端に柔らかい肉の旨みとスパイスの香りが広がる。温かくはないな。口当たりなめらかで濃厚な味だ。
「これ、何のハーブを使ってるんだろう……? 初めての風味だ」
ケイトは真剣な顔で肉を見つめている。どこかにレシピが載ってる本とかあるかな? 本って高そうだけど、ケイトのためなら多少出してやりたい。なにせ大切な仲間だからな。
四角い肉を食べ終えたら、次はパイだ。割ってみると、中から赤身の魚が出てきた。添えられた黄色いソースにちょんとつけて食べてみる。
ピリッと舌に走るわずかな辛みと酸味が魚の旨みと合わさってとても美味い。これ、イモも入ってるのかな? ほんのり甘みがある。サクサクのパイもいい食感だ。
「このお魚おいひいねえ……ちょっぴり辛いけどおいしいよ……」
リーファがうっとりしている。四角い肉は冷たかったからかあまり進まなかったみたいだけど、こっちは気に入ったみたいでよかった。
パイも食べ終えたら、今度は濃い茶色のケーキだ。粉糖がかかったそれを小さく切り取って食べる。
その柔らかさに驚く。口の中でとろりと溶けてしまいそうなほどだ。濃厚な味はほんのり苦く、そして甘い。この独特の香りは何だろう? なんとも食欲を誘う香りだった。
あっという間に食べてしまって、空っぽの皿をぼうっと見る。
……芸術。そんな言葉がふと頭に浮かんだ。見た目にも美しく、味わい深い料理だった。ただただ美味いという単純な感想だけでは表しきれない料理。
ちらっとケイトを見る。案の定深く考えているようで、思い当たる材料を呟いているみたいだった。料理のことはよく知らないが、ケイトほどの料理人となれば調理法もなんとなく分かるんだろうか?




