魔導論学・中級
フレイユールの冒険者ギルドはまあまあの大きさだった。明るい薄オレンジ色の建物にギルドの看板がかけてある。
中に入ると、ちらちらと視線がこちらを向く。ここでも視線は来るんだなあ。亜人は平等に扱われるみたいな話だったと思うけど。
それとも……あきらかにシスターの格好をしてるオリヴィエがいるからか? ギルドにシスターって似合わないといえば似合わないもんな。物珍しさはあるか。
視線は無視して受付まで向かう。
「パーティの加入申請をしに来ました」
「はい、ではギルド証をお出しください。登録するパーティ名は何でしょうか?」
「追憶ノ探求者……であっていますよね?」
「ああ、あってる」
ギルド証を出したオリヴィエがこちらをちらりと見る。頷けば「よかった」と呟いて前を向いた。
「……はい、登録が完了しました」
返却されたギルド証を確認したオリヴィエは口元を綻ばせる。
「これでわたくしも皆さんと仲間ですね。よろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく。心強いよ、オリヴィエ」
しっかりと握手を交わす。これで四人パーティか。かなりいいメンバーになったんじゃないか?
「一緒に大冒険しようねっ、オリヴィエさんっ!」
「仲間に入った記念にとびきり美味しい料理を作ってやるぜ!」
リーファとケイトがオリヴィエの隣に並ぶ。オリヴィエはくすりと笑って「それは楽しみですね」と穏やかに返していた。
「……獣人とエルフか」
ぽつりと呟かれた言葉は、やけに耳についた。
振り向けば椅子に座ったガラの悪い男が頬杖をついてニヤニヤとした顔でこっちを見ていた。
「いくらリエロス教が平等をうたってるからって、シスターに縋るなんて情けねえ奴らだ」
あちこちから笑い声が広がる。なんとも嫌な空気だ。いくらリエロス教が平等を掲げていても全員が全員その教義に従っているわけではないみたいだな。
ま、無視だ無視。ああいうのには構うだけ無駄だって分かってる。
「行くぞ……オリヴィエ?」
すっと前に出たオリヴィエは、男の前に立った。怒っているのかと思ったが、その顔には変わらない微笑みがあるばかりだ。
「……んだよ」
「言葉を慎みなさい。主は貴方の言葉を見逃しません」
「アァ?」
怪訝そうにオリヴィエを見上げた男は、ふはっと笑って同じテーブルにつく仲間達を見る。やれやれといった様子で手を上げて首を振った男は、あからさまにオリヴィエを馬鹿にしていた。
「いやはやお優しいこって。シスターも大変だなあ、獣のお守りなんて面倒なことしなきゃならねえなんて」
「まだ言いますか。教義に反しますよ」
「へえへえ、そもそも俺ぁリエロス教の信者じゃないんでね。痛い目見たくなきゃさっさと失せな、シスターさんよ」
これ以上は絡まない方がいいな。オリヴィエの肩に軽く手を置いた。
「いいんだ。ほら、行くぞ」
「ですが……」
「こういう手合いには何を言っても無駄だよ」
彼女の腕を引いてギルドを出る。俺達のためにああやって注意してくれるのは嬉しいが、それで彼女が目をつけられるのは避けたい。
ギルドを出てしばらく歩く。オリヴィエは相変わらず小さな笑みを浮かべていて、イマイチ心境が読めない。
「大丈夫だよ、オリヴィエさん。アタシ達もう慣れてるから」
「そうだぞ。だから気にすんなって」
「……皆さんが、そうおっしゃるなら」
ぽつりと呟いたオリヴィエは空を見上げた。
「世界中の皆さんがリエロス教に入信し、その教義を重んじれば平穏な世になるはずですのに……人の心を動かすというのは難しいですね」
「そんなもんだよ」
俺も別にリエロス教の信者ってわけじゃない。そもそもどういった宗教なのかもよく分かっていない状態だ。それでも彼女が真っ直ぐに見つめているそれが悪くないものだろうというのはなんとなく分かる。
本当に全員が信者となって平和になるのなら、きっとそれは良いことなんだろうな。
「さ、宿を探そう。昨日の宿は安かったけど、ちょっと狭苦しかったからな」
今日はゆっくり休んで、明日からまた出発しよう。次はどこに行こうかな。
結果から言えば、宿は見つかった。でも、なんとも言えない宿だった。
「亜人料金ってなんなんだよ、まったく」
はー、とため息をつく。暫く歩いて見つけた宿は亜人にだけ高い宿泊料を提示してきたのだ。
聞けば主に獣人は毛がよく抜けるから、その清掃料として加算されるだのなんだの……まあそれはそうかもしれないけどさあ。だからって亜人で一括りにするかね。
「まあまあ、オイラは気にしてないよ」
「ケイトがそう言うならいいけど……」
結果として、リーファとオリヴィエで一室、俺とケイトで一室をそれぞれ使うことにした。同じランクの部屋なのに清掃料とやらで二倍近く値段が変わってくるってどういうことだ? なんとも納得がいかない。
でもまあ、ベッドはふかふかだ。昨日の宿と比べると天地の差だな。ベッドに腰掛けて今日の戦利品を鞄から取り出す。
魔導論学・中級……これを読めば、俺も魔法が使えるようになるだろうか?
「あ、それってボスが落とした本だろ? どんな本なんだ?」
「魔導論学・中級。前に俺が読んでたのは初級だったから、その続きかな」
「へ〜。オイラも見てていいか?」
「いいぞ」
ケイトも魔法には興味があるようで、隣に座って覗き込んだ。ケイトにも見えるように膝の上に本を立てて、ページをめくる。
「えーっと、なになに……? 魔法とは術者のイメージにより変化した魔力が起こす現象のことである。本項では魔力が変化するメカニズムについて解説する……」
「なあエスカ、これって魔法の使い方じゃなくないか?」
「……ま、まあ、理解を深めるのは大事だろ」
気を取り直して、本の上に連なった文字へ目を向ける。
……。
…………。
……。…………。
………………。
「……つまり、えっと? ここ、どういうことだ?」
三十ページほど読み進めたあたりで躓いた。こめかみの辺りを掻いて、ふと静かになった隣を見た。ケイトはうつらうつらと舟を漕いでいる。そっとベッドに寝かせておいた。
改めて紙の上で踊っている文字へ視線を落とす。なんか目が滑るな。えーっと、魔力の変換には……。




