心境ノ鏡館
それはダンジョンと呼ぶには綺麗な外観をしていた。なんというか……真っ白なお屋敷?
「うわ〜っ、綺麗な建物だね!」
「あれがダンジョンなのか? ホントか?」
「……お偉いさんの住居とかではなく?」
でも見ていると冒険者達が意気揚々と入っていっている。あれがダンジョンなのかあ、そうかあ。
挑戦しようとしている人達を見ていると、黒い服を着た女性が目についた。あれは……シスター? えっ、ダンジョンに入っていったけど。
さすがはピュルテ皇国、シスターも冒険者になるのか……と感心していると、リーファとケイトに腕を引かれた。
「ほら、早く行こうよ〜!」
「いくぞエスカー!」
「わかったわかった、わかったから引っ張るんじゃない」
二人に引っ張られ、笑いながらダンジョンへ向かう。あちこちから視線が集まっているのは気のせいじゃないだろう。なんだよ、子供っぽいからか?
「ふふ、どんなダンジョンかなあ?」
「お屋敷の中が巨大迷路になってるとか!」
「必須のアイテムとかは……なさそうだな? ま、何かありゃ戻ってくればいいか」
いざダンジョンへ。真っ白な屋敷の扉は開け放たれ、奥は見えない。こうして見るとたしかにダンジョンの入り口なんだよな。
よしっ、入るか。三人一緒に足を踏み入れる。でっかい屋敷って入り口も広いものなのかな、なんてことをふと考えた。
「わあ、中も真っ白だあ」
「でも薄暗いぞ。ダンジョンってどこもこうなのか?」
二人はキョロキョロと辺りを見渡す。真っ白な壁、シャンデリアがぶら下がった真っ白な天井、赤い絨毯が敷かれた床。ダンジョンと呼ぶには小綺麗な場所だけど、通路の先は暗くて遠くまで見えないのは今までのダンジョンと同じだ。
「どんな魔物が出るか想像つかないな……」
「罠もあるのかなあ? この絨毯の下にスイッチがあったり?」
「その罠、見分けにくそうだな。オイラ、うっかり踏んじまわないか心配だぞ」
三人並んで廊下を進む。扉が壁のあちこちにあるけど、ドアノブを回しても開かない。鍵がかかってる……というよりはハリボテだな。いくつかの扉を確認してからはスルーすることにした。
「魔物出てこないねえ」
「だなあ。まさかいないってことはないだろうし」
「オイラ達に恐れおののいてるとか?」
「ははっ、まさか」
だとしたら攻略が簡単すぎるって。
でも中々魔物は現れず、だんだんと緊張が解けてきて雑談しながら通路を進んでいく。
「でさあ、オイラ言ってやったんだよ。そこは塩より砂糖だろって」
「えっ、そうなのか?」
「そうだぞ。そういうのは砂糖の方が味にコクが――」
ハリボテの扉の前を通り抜けようとした時。
ギィ、と音を立てて扉が少しばかり開いた。
「えっ!? 開いちゃったよ!?」
「魔物か!?」
短剣を構える。リーファとケイトもそれぞれ武器を構える中、扉は段々と開いていく。
黒い影が見えて短剣を持つ手に力がこもる。
「う……」
開いた扉から、黒い塊が倒れ込んできた。金色の杖がカランと音を立てて落ち、黒いベールが床に広がる。
あれ? この人、ここに入る前に見かけたシスターさん?
「おっ、おい、大丈夫か?」
倒れた彼女を揺さぶる。怪我は……しているようには見えない。一体何があったんだ?
リーファとケイトも彼女のそばにしゃがみ込む。
「だ、大丈夫? 怪我してるの?」
「ポーションいるか?」
小さな呻き声をあげた女性は、なんとか顔を上げた。短い金髪に青い瞳をもち、左の口元にホクロがあるイノセンスの女性だ。苦しそうな顔の彼女は、薄い唇を開く。
「ご……」
「ご?」
「ごはん……」
ぐうう、と音が鳴る。
まるでその場の時間が止まったようだった。
「……シスターさん、お腹すいてるの?」
ダンジョンで空腹で倒れる人、いるんだあ。
「ふう……体に染み渡るようです」
絨毯の上に座っているシスターさんは干し肉とパンを食べて息をついた。流石にあのまま放っておくわけにもいかないからな。ケイトも空腹の人を放っておけないとノリノリだったし。
「本当は温かいスープでも作ってやれればいいんだけど、流石にここで料理はできないからなあ」
ケイトの短い尻尾が垂れ下がる。もしここで焚き火なんてしたら絨毯に燃え移りそうだもんな。
「いえ、お気遣いなく。施しをありがとうございます、冒険者様方」
杖を片手に穏やかな微笑みを浮かべる姿はまさに聖職者だ。
「わたくしはオリヴィエ・フォリエ。リエロス教のシスターです」
「自己紹介をどうも。俺は『追憶ノ探求者』リーダーのエスカ・トーガだ」
「アタシはリーファ・レヴァ! よろしくね、オリヴィエさんっ!」
「オイラはケイト・ラットだ!」
落ち着いた雰囲気といい、見た感じ俺達の中では最年長だろう。俺の実年齢は分からないけど。ほら、だってエルフだし。見た目の年齢はアテにならないからな……って、それはケイトも同じか?
ま、まあ、少なくともリーファよりは歳上だ。
一通り自己紹介を終えた後、気になっていたことを尋ねることにした。
「で、なんでシスターさんがダンジョンに? 冒険者なのか?」
「ええ、冒険者登録はしていますよ。なぜダンジョンにいるのか……簡単なことです。わたくしは世界を守るため、強くなろうとしているだけです」
彼女はとてもいい笑顔で告げる。世界を守るためだなんて、これまた壮大な理由だな。聖職者らしい立派な理由とも言う。
「へえ〜! 世界を守るためってカッコイイね!」
「ふふ、ありがとうございます。近頃は何かと物騒ですからね、わたくしの力で一人でも多くの人々を助けられればと」
落ち着いた声と穏やかな微笑みからはとても戦えるようには見えない。それでもダンジョンに入れるくらいには依頼をこなしてきたってことだし、中々やるのかもしれないな。
「いつかは忘却ノ迷宮に挑戦するつもりです。いつになるかは分かりませんが……」
「忘却の迷宮? 俺達の目標もそこだよ」
「あら、それは奇遇ですね。貴方がたも強くなろうと?」
うーん、強くなることは目標じゃないんだよな。手段ではあるけど。
「俺、記憶を無くしててさ。忘却ノ迷宮に行けば何か手掛かりが見つかるんじゃないかって思って」
「なんと、記憶が……わたくしも幼い頃の記憶がないのです。少し親近感が湧きますね」
「えっ、オリヴィエも記憶がないのか?」
「はい」
大変だっただろうに、彼女は笑みを浮かべたままだ。
「幼い頃、孤児院の階段から落ちてしまったようで……それでそれ以前の記憶がなくなってしまったと聞きました」
「ははぁ、そういうパターンもあるのかあ……大変だったろ?」
「いえ、孤児院の皆さんがよくしてくださいましたから。困ることと言えば、皆さんの名前を覚えなおすことに少しばかり時間がかかってしまったくらいで」
ふふ、と小さく笑った彼女は立ち上がった。
「ここで出会ったのも何かの縁です。よければわたくしをパーティに入れてくださいませんか?」
「えっ、いいのか?」
「ええ。目的地も同じようですし、わたくしとしても仲間がいれば心強い。なにより貴方がたはわたくしを救ってくださいましたので、その恩返しができればと」
救っただなんて、そんな大袈裟な。
でもありがたい話だ。見るからに後方支援タイプっぽいし、もし回復魔法とか使えるなら……!
「えっと、オリヴィエさんの得意なことは?」
「わたくしは皆様の防御力を高めたり、回復させることができますよ」
「おおっ!」
きた! きたきたきた! これはとてもありがたいぞ!
やっと、やっと俺以外の後衛が!
オリヴィエは金色の杖を掲げて微笑む。杖の先は円の中に逆三角が入った構造になっており、その中心には青い球体がはめ込まれている。彼女がつけているネックレスと同じ構造だ。
うんうん、この杖で支援してくれるんだな。そう頷いていると、彼女は杖をブンっと振って微笑む。
「それから、こちらの杖で敵の皆様を薙ぎ倒します」
「えっ?」
「この杖は細く折れそうだと思われるかもしれませんが、破壊不能の魔法が付与されています。壊れることはありませんよ」
「……えっ?」
「先端の棘で刺すこともできます」
どうして皆杖で殴るんだ????




