襲撃されし獣人達
ナーダの森を出る間際、また奇妙な視線を感じた。結局この視線は何だったんだろう? 手を出してくるわけでもなく、ただ警戒しているだけのような視線。
たしかに何かがそこにいるのに、何も動きがない。なんか観察されてるみたいで嫌だけど、そんな視線とももうオサラバだ。
「ダンジョンがある街はここから北西だな。フレイユールっていう街だ」
「楽しみだねっ!」
「ピュルテ皇国の料理はどんな感じだろうな? ワクワクしてきたぞ」
わいわいと話しながら平原を歩く。
ピュルテ皇国はアマルガ王国の北にある国だ。この国にだけダンジョンが二つあるらしい。
リエロス教は亜人にも優しいらしいし、俺達も気兼ねなくいられるかもしれないな。
暫く歩いていると、遠くに馬車が見えた。休憩中か?
……なんか空を複数の黒い何かが旋回してるな。デジャヴを感じる。
よし、目に魔力を集めて遠視だ。あれは……バートゥンだな? コウモリのような翼と鋭い角を持ち、群れで行動する黒い魔物。図鑑で見たことがあるぞ。
放ってはおけないな。二人に声をかけて走り出す。
「リーファ、ケイト。急ぐぞ」
「えっ?」
「どうしたんだ、エスカ」
二人は困惑しつつも走ってついてきてくれた。
「遠くに見える馬車があるだろ。魔物に襲われてる」
「ほんと!? じゃあ助けに行かないとねっ!」
「よーし、オイラに任せろー!」
ケイトが身体強化して駆けていく。俺も……と思ったけど、そうするとリーファだけ取り残されてしまうな。
「よしっ。捕まれ、リーファ!」
「わっ!?」
細い体を抱き上げ、脚に魔力を込める。急加速したからか、リーファはぎゅっとしがみついてきた。
「は、はやい! はやいよ〜!!」
「ちょっと辛抱してくれ」
「うう〜!」
彼女はぎゅっと目をつぶって体を縮こませた。
ケイトに追いつき、スピードを合わせる。馬車までもう少しだ。
「俺が落とすから、落ちた奴らをどうにかしてくれ」
「おうっ!」
「わ、わかった!」
馬車に辿り着き、段々と失速していく。リーファを下ろして弓を構えた。
リーファは少し足を震えさせながら杖を構える。
「こ、こわかったよ〜!」
「そんなにだったか? ごめん」
声も酷く震えている。思ったより怖がらせてしまったみたいだ。彼女には悪いことをしたな。
とにかく、今はあの魔物達をどうにかしなければ。見れば既に何体かのバードゥンが鋭い角で馬車に攻撃を仕掛けている。馬車の中では獣人が頭を抱えて縮こまっていた。
……馬と御者はどこにいるんだ? 馬は逃げて、御者は馬車の中に立てこもっているんだろうか?
「とおっ!」
馬車を突き回していた一体をケイトの肉切り包丁が叩き切る。金属を叩きつけたような音が鳴り響いた。バードゥンは硬い外骨格も特徴の一つだ。それでもケイトの包丁の方が強かったみたいだが。
「アタシもッ! ファイアボール!!」
ボウッと燃え上がった炎は数メトルほど先に現れたが、空を飛ぶバードゥンにはあと一歩届かない。「そんな〜!」と声を上げた彼女は肩を落とした。
まだ実践で使うには課題が山積みだな。ぶっちゃけ、ファイアボールと言っても飛ばしてるというより置いてる感じだし……本人に伝えると落ち込みそうだから言わないけど。
「さて、俺もやりますかね」
狙いを定めて弓を引く。あれだけの数がいるとちゃっちゃと次の矢を放たないと埒があかないな。十本の矢を持ち、全ての矢に魔力を注ぎながら手前を飛んでいるバードゥンから順に撃ち抜いていく。
こちらへ急降下してくる黒い体めがけ矢を放つ。空を切る音が連続して響き渡り、ある個体は翼を、ある個体は頭を貫かれ地面へと落ちていった。
「ファイアッ!」
落ちた個体をリーファが次々と焼いていく。肉を焦がしたときの臭いが立ち込めた。
彼女を狙う個体もサッと射抜く。速度を重視しているせいで狙った通りのところに当たっていないが、的から外れてはいないし及第点だろ。
「あれっ、もしかしてアタシ狙われてた!? ありがとう、エスカくんっ」
「気にするな、リーファはそっちに集中してくれ」
「うんっ!」
一本、二本、三本。矢を放つたび黒い影が落ちる。空を旋回していたバードゥン達はみるみるうちに数を減らしていった。
「……よし、これで全部だな」
最後の一体を射ち抜いて、残った矢を矢筒に納める。辺りには両断されたり焦げたりしている死体が散らばっていた。ケイトが死体を集め、リーファが高火力で燃やし尽くす。バードゥンは数の割に可食部位は少ないし外骨格も硬いとはいえ装備の素材になるかというと……という風に使い道がない。それでも流石に放っておくわけにもいかないからな。
「大丈夫か? もう魔物はいないぞ」
馬車を開けると、怯えていた獣人達がおそるおそる空を覗き見た。何もいないことを確認してようやく体から力が抜けていく。
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」
茶色ウサギの獣人が耳を垂れさせながら礼を言う。他の獣人達も口々にお礼を言ってくれた。怪我をしている人はいなさそうだな。馬車に多少の傷は入ってしまったが、それだけの被害で良かった。
「この中に御者はいるのか?」
「ええと……いません。任せたと言って、馬に乗ってどこかに行ってしまって……」
「えっ? それって逃げたってこと?」
リーファの問いかけに獣人達は「まさか」と声を上げた。
「あの人は俺達を皇国まで連れていってくれるいい人だよ。きっと何か理由があったんだ」
「そうだそうだ」
「……お? あれ、そうじゃないか? 馬に乗ってこっちに来てる人がいる」
ふと皇国の方角を見ると、小さな影が見えた。目に魔力を集めて見てみれば、それが馬に乗った人間だということが分かる。
馬車の近くまでやってきたその人を見て、馬車の中の獣人達は顔をパアッと明るくさせた。
「やあやあ、魔物は全ていなくなったようですね。皆さんご無事ですか」
イノセンスの男だ。長い薄紫色の髪を緩く結んだ、いかにも優男といった風貌の。にっこりと笑った彼は、ホッとした様子で馬車の中へ声をかけていた。




