表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/192

小鼠の食卓

 ファンタスマ・サーカスでの一幕を終えた俺達は、その場で一夜を過ごすことにした。開けているおかげで周囲の警戒がしやすく、気兼ねなく火を起こせる。

 パチパチと踊る炎を囲み、焼いただけの肉をかじる。その間、重たい沈黙が場を満たしていた。


 そりゃあそうだ。あんなことがあってすぐ元通りにとはいかない。特にケイトは姉を自分の手で殺したんだ。たとえ相手がすでに魔物となっていたとしても、殺したという事実は変わらない。

 リーファも相当落ち込んでいる様子だ。普段の明るい二人が嘘のように大人しい。


「……エスカくん、怪我は大丈夫?」


 俯いていたリーファがぽつりと呟く。

 あの風船爆弾での怪我は相当ひどかったらしい。戦っている最中は気づかなかったが、いざ全てが終わると歩くだけで身体中が痛むことにきづいた。


「だいぶよくなったよ。ポーションが効いたみたいだ。さすが中級ってところだな」

「そっか……」


 こちらを見ていた彼女は、再び視線を落とした。

 仕方ないとはいえ、すごく暗い雰囲気だ。無理はないが、そろそろ眠らなければ明日に響く。


「今日は俺が番をするから、二人は寝ていいぞ」


 眠れるかどうかはわからないが、休んでおくに越したことはない。二人はこくりと頷くと、のろのろとテントに入っていった。

 一人、パチパチと上がる火の粉を見つめる。空を見上げれば満天の星空が広がっていた。


「……あ、流れ星」


 きらりと光った星が流れ落ちていく。

 空が、泣いている。




 翌朝になっても、二人は落ち込んだままだった。一晩で立ち直れるわけもないか。彼女達には時間が必要だ。


「……どうする? これから」


 言葉を投げかけてみれば、二人は顔を見合わせた。何か通じるものがあったのか、ケイトはこくりと頷いて俺を見上げる。


「獣王国に戻ってもいいか? 母ちゃんに伝えておきたいんだ」

「そう、か。分かった」


 姉が見つかったら帰ると言っていた、ケイトの実家。まさかこんな結末になるとは思っていなかった。

 一体どう伝えるというのだろう。尋ねる気は起きなくて、静かにテントを片付けて獣王国へ向かって歩き始めた。

 道中も静かなもので、魔物が出ないこともあって無言のまま街に戻ることになる。


「……それで、ケイトの実家ってどこにあるんだ?」


 街に入ってからも無言だ。これ、俺が話さなかったらずっと黙ったままになりそうだな。

 ケイトの実家に行くにしたって場所が分からない。というわけで、俺から聞くことにしたわけだ。


「街の南にある。小鼠の食卓っていう料理屋だ……ここからそう遠くないぞ」

「案内頼めるか?」

「ああ……」


 いつもならオイラに任せろ! って胸を張るんだがな。今思えば、あれは空元気だったのかもしれない。ずっと姉が見つからなかったんだ、不安でしょうがなかっただろう。

 ケイトの案内で街を歩く。あれほど賑やかな街の声がどこか遠くに聞こえる気がした。


「ここだ」


 案内されたのは、こぢんまりとした二階建ての一軒家だ。二階が居住スペースになっているのだという。

 大きく深呼吸したケイトは、息を止めて扉を開けた。

 素朴ながらも柔らかい雰囲気の店だ。緑色のクロスを敷いた木製のテーブルセットが並んでいる。

 時間が時間だからだろうか? 中に客はいない。


「……ただいま、母ちゃん」

「あら、その声……ケイト?」


 優しそうな声が聞こえてくる。パタパタと小さな足音が聞こえたと思えば、ケイトより一回り大きなネズミの獣人が小走りでやってくる。その風貌はケイトによく似ていた。ふわふわの長い髪が揺れる。


「おかえり、ケイト! 心配だったのよ!」


 笑顔を浮かべた母親は、ケイトをぎゅっと抱きしめた。暫く抱き合っていた二人が離れると、母親と目が合った。


「あら、そちらの方は?」

「……オイラの、仲間だ」


 ケイトがぽつりと呟くと、母親はパアッと明るく笑った。


「そうなの〜! 冒険者仲間かしら? どうもこんにちは、ケイトの母です。この子がお世話になったようで……」

「エスカ・トーガです。こちらこそ、頼りにさせてもらってます」

「アタシはリーファ・レヴァです。ケイトちゃんにはお世話になってます」


 互いにぺこりと会釈する。俯くケイトをちらりと見た母親は、少し不思議そうな顔をした後……穏やかな笑顔で、俺達を中へ招き入れた。


「どうぞ、座ってください。お茶をお出ししますよ」

「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて……」


 三人で席に座る。母親はお茶を入れに厨房へ向かった。その後ろ姿を見て、ぽつりと呟いた。


「優しそうな人だな」

「母ちゃんは優しいよ。すっごく優しくて、でも怒ると怖くて……すっごく料理が上手な自慢の母ちゃんだ」

「そっか。大好きなんだな」

「……うん」


 こくりと頷いたところで、母親が戻ってくる。トレーに乗ったグラスには薄茶色の液体がなみなみと注がれていた。


「当店自慢のお茶なのよ。といっても、普通のだけどね」

「あ、どうも」

「いい香りだね」

「ここじゃよく飲まれてるお茶よ。とても香ばしいの」


 席に座った母親は、元気がないケイトを見てゆっくりと瞬きした。


「アンタが帰ってくるのをずっと待ってたのよ。ラーナを探しに行くんだって飛び出していった時は驚いたわ」

「……ごめん、母ちゃん」

「いいのよ。こうして帰ってきてくれただけで嬉しいもの」


 母親は優しく微笑んでいる。ケイトが膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめたのが見えた。


「母ちゃん、あの……あのな……」

「ラーナのことでしょう? アンタ、あの子を見つけるまで帰ってこないって言っていたものね。見つけたの?」

「……うん」


 俯きかけていた顔をあげたケイトは、まっすぐに母親を見つめる。


「姉ちゃんは、遠い場所に行ったよ」

「……そう」


 母親は目を閉じる。きっとケイトが言いたいことは伝わっているのだろう。次に目を開けた時、灰色の瞳は潤んでいた。


「そうなのね……」


 立ち上がった彼女はケイトに歩み寄り、そっと抱きしめる。母親の腕に抱かれたケイトはキュッと眉を寄せて唇を噛んだが、堪えきれずにポロポロと雫が溢れた。


「母ちゃん。ごめ……ごめん、母ちゃん。オイラ……ッ」

「アンタのせいじゃないわ、ケイト。アンタは悪くないの」

「うう……ッ」


 声をあげて泣くケイトの頭を、母親の手がそっと撫でる。何度も何度も、泣き止むまでずっと撫で続けていた。

 俺達は寄り添う親子をただ静かに見守る。


 きっと詳しいことは言わない方がいい。ケイトもそう思っていたのだろう。

 彼女の行く末は、あまりにも悲しいものだったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ