小鼠の食卓
ファンタスマ・サーカスでの一幕を終えた俺達は、その場で一夜を過ごすことにした。開けているおかげで周囲の警戒がしやすく、気兼ねなく火を起こせる。
パチパチと踊る炎を囲み、焼いただけの肉をかじる。その間、重たい沈黙が場を満たしていた。
そりゃあそうだ。あんなことがあってすぐ元通りにとはいかない。特にケイトは姉を自分の手で殺したんだ。たとえ相手がすでに魔物となっていたとしても、殺したという事実は変わらない。
リーファも相当落ち込んでいる様子だ。普段の明るい二人が嘘のように大人しい。
「……エスカくん、怪我は大丈夫?」
俯いていたリーファがぽつりと呟く。
あの風船爆弾での怪我は相当ひどかったらしい。戦っている最中は気づかなかったが、いざ全てが終わると歩くだけで身体中が痛むことにきづいた。
「だいぶよくなったよ。ポーションが効いたみたいだ。さすが中級ってところだな」
「そっか……」
こちらを見ていた彼女は、再び視線を落とした。
仕方ないとはいえ、すごく暗い雰囲気だ。無理はないが、そろそろ眠らなければ明日に響く。
「今日は俺が番をするから、二人は寝ていいぞ」
眠れるかどうかはわからないが、休んでおくに越したことはない。二人はこくりと頷くと、のろのろとテントに入っていった。
一人、パチパチと上がる火の粉を見つめる。空を見上げれば満天の星空が広がっていた。
「……あ、流れ星」
きらりと光った星が流れ落ちていく。
空が、泣いている。
翌朝になっても、二人は落ち込んだままだった。一晩で立ち直れるわけもないか。彼女達には時間が必要だ。
「……どうする? これから」
言葉を投げかけてみれば、二人は顔を見合わせた。何か通じるものがあったのか、ケイトはこくりと頷いて俺を見上げる。
「獣王国に戻ってもいいか? 母ちゃんに伝えておきたいんだ」
「そう、か。分かった」
姉が見つかったら帰ると言っていた、ケイトの実家。まさかこんな結末になるとは思っていなかった。
一体どう伝えるというのだろう。尋ねる気は起きなくて、静かにテントを片付けて獣王国へ向かって歩き始めた。
道中も静かなもので、魔物が出ないこともあって無言のまま街に戻ることになる。
「……それで、ケイトの実家ってどこにあるんだ?」
街に入ってからも無言だ。これ、俺が話さなかったらずっと黙ったままになりそうだな。
ケイトの実家に行くにしたって場所が分からない。というわけで、俺から聞くことにしたわけだ。
「街の南にある。小鼠の食卓っていう料理屋だ……ここからそう遠くないぞ」
「案内頼めるか?」
「ああ……」
いつもならオイラに任せろ! って胸を張るんだがな。今思えば、あれは空元気だったのかもしれない。ずっと姉が見つからなかったんだ、不安でしょうがなかっただろう。
ケイトの案内で街を歩く。あれほど賑やかな街の声がどこか遠くに聞こえる気がした。
「ここだ」
案内されたのは、こぢんまりとした二階建ての一軒家だ。二階が居住スペースになっているのだという。
大きく深呼吸したケイトは、息を止めて扉を開けた。
素朴ながらも柔らかい雰囲気の店だ。緑色のクロスを敷いた木製のテーブルセットが並んでいる。
時間が時間だからだろうか? 中に客はいない。
「……ただいま、母ちゃん」
「あら、その声……ケイト?」
優しそうな声が聞こえてくる。パタパタと小さな足音が聞こえたと思えば、ケイトより一回り大きなネズミの獣人が小走りでやってくる。その風貌はケイトによく似ていた。ふわふわの長い髪が揺れる。
「おかえり、ケイト! 心配だったのよ!」
笑顔を浮かべた母親は、ケイトをぎゅっと抱きしめた。暫く抱き合っていた二人が離れると、母親と目が合った。
「あら、そちらの方は?」
「……オイラの、仲間だ」
ケイトがぽつりと呟くと、母親はパアッと明るく笑った。
「そうなの〜! 冒険者仲間かしら? どうもこんにちは、ケイトの母です。この子がお世話になったようで……」
「エスカ・トーガです。こちらこそ、頼りにさせてもらってます」
「アタシはリーファ・レヴァです。ケイトちゃんにはお世話になってます」
互いにぺこりと会釈する。俯くケイトをちらりと見た母親は、少し不思議そうな顔をした後……穏やかな笑顔で、俺達を中へ招き入れた。
「どうぞ、座ってください。お茶をお出ししますよ」
「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて……」
三人で席に座る。母親はお茶を入れに厨房へ向かった。その後ろ姿を見て、ぽつりと呟いた。
「優しそうな人だな」
「母ちゃんは優しいよ。すっごく優しくて、でも怒ると怖くて……すっごく料理が上手な自慢の母ちゃんだ」
「そっか。大好きなんだな」
「……うん」
こくりと頷いたところで、母親が戻ってくる。トレーに乗ったグラスには薄茶色の液体がなみなみと注がれていた。
「当店自慢のお茶なのよ。といっても、普通のだけどね」
「あ、どうも」
「いい香りだね」
「ここじゃよく飲まれてるお茶よ。とても香ばしいの」
席に座った母親は、元気がないケイトを見てゆっくりと瞬きした。
「アンタが帰ってくるのをずっと待ってたのよ。ラーナを探しに行くんだって飛び出していった時は驚いたわ」
「……ごめん、母ちゃん」
「いいのよ。こうして帰ってきてくれただけで嬉しいもの」
母親は優しく微笑んでいる。ケイトが膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめたのが見えた。
「母ちゃん、あの……あのな……」
「ラーナのことでしょう? アンタ、あの子を見つけるまで帰ってこないって言っていたものね。見つけたの?」
「……うん」
俯きかけていた顔をあげたケイトは、まっすぐに母親を見つめる。
「姉ちゃんは、遠い場所に行ったよ」
「……そう」
母親は目を閉じる。きっとケイトが言いたいことは伝わっているのだろう。次に目を開けた時、灰色の瞳は潤んでいた。
「そうなのね……」
立ち上がった彼女はケイトに歩み寄り、そっと抱きしめる。母親の腕に抱かれたケイトはキュッと眉を寄せて唇を噛んだが、堪えきれずにポロポロと雫が溢れた。
「母ちゃん。ごめ……ごめん、母ちゃん。オイラ……ッ」
「アンタのせいじゃないわ、ケイト。アンタは悪くないの」
「うう……ッ」
声をあげて泣くケイトの頭を、母親の手がそっと撫でる。何度も何度も、泣き止むまでずっと撫で続けていた。
俺達は寄り添う親子をただ静かに見守る。
きっと詳しいことは言わない方がいい。ケイトもそう思っていたのだろう。
彼女の行く末は、あまりにも悲しいものだったから。




