そして幕は降りる
動かなくなった姉の体は、光の粒子となって消えていった。その間際、彼女の唇が微笑みを浮かべていたように見えたのは気のせいじゃなかったと思いたい。
「ケイト……」
項垂れる小さな背中に声をかける。振り向いた顔はぐしゃぐしゃに濡れていて、それでも懸命に笑顔を作っていた。
「オイラ、やったよ」
「……ああ」
「姉ちゃんの、願い。かなえた、よ」
「そうだな……」
灰色の髪を撫でる。ひっくひっくと嗚咽をもらす小さな体を抱きしめた。
声をあげて泣くケイトの背を撫でながら、最後に残った彼へ目を向けた。
ココは不安に顔を歪め、ふらふらと当たりを探して回っていた。
「クビナシ? エディ、ケイティ……トリィ、どこ? ココをおいていかないで……」
落ち着いたとは言えない状況だが、それでも聞きたいことは山ほどある。なぜこんな場所ができたのか。なぜ、マオを殺したのか。
ぐすぐすと鼻を鳴らすケイトから離れ、ココへと近づく。
「ココ」
「……ねえ、みんなどこにいったの?」
「もういないよ。どこにも」
「どこにも……? どうして……?」
焦燥していながらも何一つ分かっていない彼に、俺は淡々と言葉を突きつける。
「彼らはみんな死んだからだ」
「しんだ……? しんだって、なに?」
「お前がマオにしたのと同じことを、俺達がしたんだよ」
「マオはおやすみしてるだけだよ。みんなはいなくなっちゃった」
「同じだ。体が残っているかどうかの違いしかない」
リーファとケイトが隣に並ぶ。リーファは憐れむような顔で、ケイトは怒りを滲ませた顔で、ココを見つめていた。
「聞かせてくれ。マオと別れてからのことを……ここはどういう場所なんだ? お前はなぜマオを殺したんだ?」
ココは困惑しながらも、身振り手振りを交えて話し始めた――
――ココはごしゅじんといっしょにいたよ。
でも、ごしゅじんがこなくなって、お腹がすいて、眠たくなって……きづいたら、知らないところにいたんだ。
ごしゅじんはいないけど、マオがいてくれた。だからさびしくなかった。
でも、マオもこなくなっちゃった。だからココはさびしくて、さびしくて、どうしたらいいのって空のキラキラにきいたんだ。
そしたら、あかい人がきたんだよ。あかい人はココにさびしくない方法をおしえてくれた。おなかがすかない方法もおしえてくれた。
このたくさん木がある中で、サーカスをすればいいんだって。サーカスをするためのキラキラする石もくれた。トモダチをつくる方法もおしえてくれた。クビナシはさいしょのトモダチで、あかい人がつれてきてくれたんだ。
だからココはあかい人がおしえてくれたとおりに、サーカスをしたよ。あそびにきたヒトとたくさんあそんで、つかれておやすみしたらトモダチになるおなじないをかけるんだって。
だからマオともトモダチになろうとした。マオがつかれておやすみしたとき、みんながきたんだ――
――頭を抱えたくなった。ココは死というものすら知らなかったのか。
その赤い人とやらが何者なのかはわからない。わからないが、分かることはある。それはその赤い人がココにダンジョンを作らせたこと、そしてケイトの姉を連れ去った犯人であることだ。
そしてココはダンジョンに入ってきた人を殺し、アンデッドとして蘇らせた。自分が何をしているかも自覚できていないまま。
「いいか、ココ。赤い人はお前に嘘を教えた」
「え? どういうこと?」
「お前がやったのは、殺しだよ。殺して、死んだ人間をアンデッド……魔物として蘇らせたんだ」
「ころし? しんだ? あんでっど……? マモノは知ってるよ。たべるものでしょ?」
ココは首を傾げているままだ。何も知らない子供相手に物事を教えるというのはこんなに難しいことなのか。溜息をつきたくなった。
「いいか、ココ。人は死んだら二度と目覚めないんだ。おはようできないんだよ」
「でもみんなトモダチになったよ? おはよう、したよ?」
「それはお前が魔物に……悪いものに作り変えたからだよ」
ココは俯いて何かを考えている様子だった。これで分かってくれるだろうか。
分かってくれたとして、彼をどうすればいいんだろう。自由にダンジョンを作れる存在なんて危険でしかない。放っておくという選択肢は、ない。
「……トモダチにするのは、わるいこと?」
「友達になるのは悪いことじゃない。でも、お前がやっている……『つかれておやすみした人間をトモダチにする』っていうのは悪いことだよ」
「ココ……マオをわるいものにしたくない。まってたら、おはようする?」
「しないよ。マオは寝ているんじゃない。死んでいるんだ」
ココはぽろぽろと涙を流し始めた。
自分がしたことを多少なりとも理解したんだろう。
「……なんでオマエが泣くんだよ。姉ちゃんをあんなバケモノに変えたオマエが、なんで……!」
ケイトが震える手を固く握りしめ、唇を噛み締めている。よほど怒りが湧いてきたのだろう。
今にも切り掛かりそうなケイトの肩に手を置く。
「知ってるか、ココ。お前の言うクビナシは……この子にとってのマオみたいな存在だった」
「え……?」
「それをお前は、殺して、魔物に変えた。自分が何をしたのか、理解したか?」
ココの視線がさまよう。ケイトを見て、俺を見て、そして天井に吊るされたモニュメントの上で眠るマオへと向く。再び俺を見た彼は、眉を下げて唇を震わせた。
「ココ、わるいことした……どうすれば、いいの……?」
「……謝って済むことじゃない。それにお前は危険な存在だ……だから、死んでもらう」
「しんだ、するの? ココ、ずっとおやすみするの……?」
「そうだ」
ココは崩れ落ちるように膝をついた。涙を流しつづける彼は、こくりと頷く。その手は少し震えていて……ぽたりと落ちた雫が伝った。
「わかった。ココ、しんだするよ」
「……ああ」
短剣を抜く。彼は大罪人だが、無知が招いたことでもある。何もかもが彼のせいというわけではないのだろう。
せめて、一思いに。ココの胸に深く、深く、刃を突き立てた。
痛みにあえぐ彼は、涙を流しながら呟く。
「これが……死……」
短剣を抜くと、ココはステージに倒れ込んだ。光の粒子が溶け出していく。
なんとも言えない気分だ。後味が悪い……とでも言えばいいのか。もしコイツがただの悪人だったら、こうは思わなかっただろうに……。
消えゆくココを見ていると、地面が揺れ始めた。ガラガラと音を立ててステージの照明が落ちて割れる。
まずい、崩れるぞ……!
「逃げろ!!」
「う、うんっ!」
柱の瓦礫が落ちてくる中、暗い通路を駆ける。
出口に辿り着くと同時に、背後で大きな音が鳴り響いた。振り返らずに外へと走り抜ける。
外はすっかり暗くなっていた。振り返った時、そこには開けた空間だけがある。テントはどこにも無く、存在していた形跡すらない。
ただ一枚の紙が、中央に落ちているばかりだった。
「これは……?」
拾い上げた紙には、子供がクレヨンで描いたような落書きが残されていた。
大きな赤と白のテント。その前でにこにこと笑う獣人が二人。
その色と姿は、ココとマオによく似ている。
サラサラと崩れた絵が風に飛ばされ、そして何も残らなかった。




