ショータイム
ステージの上、双頭の男女を狙い弓を構えた。二対の瞳が俺を捉え、指で作ったフレームを向ける。
瞬間、俺の周囲に色とりどりの風船が現れた。放った矢は風船の隙間を駆け、男側の肩へ突き刺さる。痛みに呻いた双頭はエル字にした指で俺を……否、俺の周囲に浮いた風船を指した。
「爆ぜろ」
「爆ぜて」
男女の声が重なると同時に、風船を指していた指が跳ね上がる。
ボボボボッ
一つの風船が爆発し、他の風船も連鎖して爆ぜる。咄嗟に両腕を顔の前で交差させた。しかし四方八方から遅いくる爆風に体を焼かれる。
熱い。痛い。体が吹き飛ばされて座席の上へ落ちる。
「ッ、くそ、厄介な技を……!」
フッと笑った双頭は、再び指でフレームを作る。あの中に収められたら終わりだ。座席の裏に身を潜める。
暫く経っても風船は現れない。隠れていれば問題ないようだ。
どうする? このまま隠れつつ隙を見て射つか?
何にしろ同じ場所に隠れていても無駄だ。位置を変えよう。床を這って座席の裏を移動する。
ケイトはココのナイフから逃げ回っている。当たってはいないようだが、息が切れているようだ。キメラは……手を叩いてココを応援している? ケイトの姉も、手の代わりに頭を叩いてココを見つめていた。
ココが言った通り、彼らは遊んでいるつもりなのだろう。本気ではないことくらい分かる。
それなら、その隙を突くしかない。
きっとリーダーはココだ。ココさえ討てば……幾分か楽になる。
でも、それでいいのか? だってあいつは、マオがずっと探していた――
ためらっている場合じゃない。それは分かっている。魔物を従えているあの獣人が普通じゃないことも分かっている。やるしかない。やるしかないんだ。
「やってやるさ……」
ぽつりと呟き、矢を向ける。大丈夫、まだ俺が狙っていることは気づかれていない。狙うは……ココ。
ナイフ投げに集中しているあいつは、まったくこっちを見ていない。
――今だ!
魔力を込めた矢を放つ。光の軌跡を描いたそれは、狙い通りココの腹にくらいついた。
「うぁッ!?」
呻いたココは、自分に突き刺さった矢を見て目を白黒させている。
「な、なに? なにこれっ!? う、うぁあっ」
矢を両手で掴んだココは、思い切りそれを引き抜いた。溢れた血がステージを汚す。
「う、やだ、なに? わからない、やだ……!」
腹を押さえた彼はぶつぶつと何かを繰り返している。自分が置かれた状況を何も理解していないのか……?
「団長」
キメラの女がココに近づく。翼の腕でココの傷口を撫でると、ココの顔色がよくなっていく……まさか回復させているのか?
させてなるものか。弓を構えたところで、双頭の男女がフレームをこちらへ向けようとしていることに気づく。
咄嗟に身を屈めた。くそ、思うようにいかない。ひっそりと顔を覗かせた時、ステージの端に赤色を見た。杖を構えた彼女は、大きく振りかぶってキメラへ走っていく。
「いけ、リーファ!」
「ファイアァッ!!」
炎をまとった杖がキメラの女を殴り飛ばす。翼に火がついた彼女は慌ててバタバタと羽ばたく。そこへリーファが追い打ちをかけた。
「イヤァッ! 熱い、熱いィ……ッ!」
「や、やめて! トリィがいやがってる!!」
炎の中で白い手が踊る。ココの叫びと苦しむキメラを前に、杖を持つ手が止まった。
「ためらうな、リーファ! 相手は魔物だ!!」
「うっ……ごっ、ごめんなさい!」
ぎゅっと目をつぶった彼女は一際強く杖を振り下ろす。頭を打たれたキメラの体がふらりと傾く。床に伏した異形の肉体は炎の中で黒ずんでいった。
黒く焦げた体はやがて光の粒子となって消えていく。ダンジョンと同じだ。
「トリィ? トリィ、どこにいったの? かくれんぼ……?」
ココはキョロキョロとあたりを見渡した。
ダンジョンのルールを知らない……? 一体あの少年はどういった立ち位置なんだ? てっきりあの子供がこのダンジョンを作り上げたのだと思ったが、それにしては何もかも無知すぎる。
思考を巡らせている間に、双頭は指フレームでリーファを捉えていた。しまった……!
彼女の周囲にカラフルな風船が浮かぶ。そのファンシーな見た目と裏腹に凶悪なそれ。
双頭が起爆させる前にやらなければ……!
幸い、あいつの意識はリーファに向いている。あまり動かない彼らの頭を射抜くことはそう難しくない。
男側が起爆させようと指を向けると同時に、矢が男の頭を貫いた。
「グッ……」
「……え?」
女の皿のような目が男を映す。ぐったりと項垂れた男に、女は必死に声をかけた。
「エディ、エディ! いやっ……おいていかないで!」
女側の腕が男側の肩を揺らす。どうやら女側は男側の体を動かせないらしいな。
「いやよ、いやぁっ!!」
……やりづらい。それでもやるしかない。
見た目に惑わされるな。アレはもう魔物だ。人じゃない。
リーファが不安そうに見守る中、女の頭も射抜く。どさりと崩れ落ちた体は光となって消え、風船は爆発することなく割れた。
「う……っエスカくん……! こわかったよー!!」
「気を抜くな、リーファ!」
まだステージの上には二人残っている。ココと……ケイトの姉が。
ココはもうナイフ投げどころではないようで、腹を押さえながら消えたキメラと双頭の男女を探しているようだった。
ようやくナイフの猛攻から解放されたケイトは、ぜえぜえと荒くなった息を落ち着けている。少しふらついた足取りで姉へと近づいた。
「……姉ちゃん、オイラだよ。ケイトだよ、姉ちゃん!」
「しらナい」
縋るケイトを、姉は無情にも振り払う。それでもケイトは諦めずに手を伸ばした。
「忘れたの!? 一緒に店を出そうって、獣王国一のレストランを開こうって、約束したじゃないか! オイラだよ、思い出してよ、姉ちゃん!!」
ぼろぼろと涙をこぼすケイトが姉の体にすがりつく。姉は鬱陶しいと言わんばかりに乱暴な手つきでケイトを剥がそうとした。
「オイラだよ……ラーナ姉ちゃん……」
ケイトの頭を掴もうとしていた手が止まる。彼女の生首は苦痛に歪んだ顔で、呻き声を上げた。こぽこぽと音がする。煮えたつように断面から血が溢れる。
ケイトの姉……ラーナは、ない頭を抱えるように首の上へ手をかざした。背を曲げ、苦しみ出した彼女は絞りだすように言葉を紡ぐ。
「ケイト」
「姉ちゃん……? 思い出したのか!? 姉ちゃん!」
「ワたシをころシて」
「え……」
「はヤク」
震える姉を前に、ケイトは息を呑んだ。
奇跡。そう、これは奇跡だ。
アンデッドと化した彼女が記憶を取り戻した。たったそれだけの、奇跡。
ケイトの姉はもう人間として生きられない。その現実が覆ることはないのだから。
探し続けていた家族を、大切な存在を、自らの手で終わらせなければならない。それがどれほど辛いことか、俺には想像しかできないけれど。
「ケイト、俺がやるよ」
「……エスカ」
入ったばかりの、けれども大切な仲間のためだ。その辛い役回りを俺が背負うことくらいはできる。
けれど、ケイトは首を振った。
「いいよ。きっとこれはオイラがしなくちゃいけないことだ」
ケイトは静かに話しながら、肉切り包丁を構えた。
「さよなら、姉ちゃん。母ちゃんには……ちゃんと、伝えておくから」
「あリが……ト……わたシ、の……だいジな――」
振りおろした刃が、姉の胸を抉る。
呻き声をあげる姉に向かって、涙を溢れさせながら、何度も包丁を打ちつける。
死にながらに生きる彼女が早く楽になれるように。




