ネグロ
あれから街をひたすら歩き続けた俺達は、一晩宿に泊まってからまた歩き続けた。一度街を出て、遠くに見える山を目指して平原を歩いていく。時に襲いかかってくる魔物と戦いながら、そして時に魔物を避けながら、ネグロを目指す。
「ねえねえ、次のダンジョンってどんなところ?」
「名前は『灼熱ノ渓谷』……火山の近くにあるダンジョンみたいだ。この辺が暑いのはそのせいかもな」
「へ〜、火山かあ! ここって初めて見るものがいっぱいだね。すごく暑い山なんでしょ? 炎の水が流れてるって聞いたことあるもん!」
炎の水っていうのは溶岩のことか。暑い山っていうのは間違いないだろうな。
どれくらい暑いのかはわからないが……耐えられるくらいだといいな。近づくにつれて少しずつ温度が上がって行っているのが気がかりだけど。
見た感じ、西側と比べると植生も違うみたいだ。見かけない植物がちらほらある。
「あっ、街が見えてきたよ! ネグロってあそこだよね?」
「そうそう、あそこがネグロだ。他と比べると小さめの街だな」
「やっぱり暑いからかなあ?」
「そうかもな」
耳や尻尾だけ生えてるタイプの獣人だとそうでもないかもしれないけど、より動物に近い容姿の獣人だと余計に暑そうだよな。あんなもふもふの毛皮をまとってるんだから。
そんなことを考えながら遠くに見える街を目指して歩く。壁に囲われた街の入り口には、二人の門番が立っていた。
ギルド証を見せて中に入る。
「よし、到着! なんか中は結構涼しいな? 気のせいか?」
「だよねだよね、涼しいよね! アタシの気のせいじゃなかったんだ」
街の中に入った途端、ぐんっと気温が下がった。何かそういう魔術的な仕組みでもあるんだろうか? よく見てみれば、街を囲む外壁の内側には模様が刻まれている。あれかなあ。あれだろうなあ。
随分と大掛かりな仕組みだ。あれだけ大きいと補修とか大変そうだな、なんて感想が浮かぶ。
「ま、ありがたいな。ずっとあの暑さの中にいるのは気が滅入るし」
「そうだよね、魔法使うの躊躇っちゃうくらい暑かったもん」
道中、魔物と遭遇した時は大変だった。リーファが使う魔法は炎……そう、余計に暑くなるのである。
群れに襲われた時なんて大変だった。俺は遠くから弓で戦うからマシだけど、杖に炎をまとわせて戦うリーファは戦闘後に「あついよ〜」と項垂れるくらいだった。
「さて、ダンジョンに行くか。あっちだな」
「楽しみだねっ! 次はどんなダンジョンなのかなあ? アタシ達でも攻略できるかなあ?」
「できる……いや、やるんだ。どんなダンジョンでもな」
「そうだね、アタシ達の目標は忘却ノ迷宮だもん。ここでつまずいていられないよね!」
リーファはこっちを振り向いて、後ろ歩きしながら満面の笑みで言う。彼女は俺の目標達成にとても協力的で、すごくありがたい。
ふと、向こうから紙を見ながら歩いてくる人がいた。
「おっと、危ないぞ」
「わわっ」
危うく通行人とぶつかりそうになっていた彼女の腕を引く。少しよろけた彼女は、俺の胸に倒れ込んだ。通行人はちらりとこっちを見て、気にせず紙を見ながら歩いて行った。地図か何かでも見ていたんだろう。
「前を見て歩かないとぶつかるぞ」
「うう、ごめんねエスカくん。ありがとう」
すっと離れたリーファは少し恥ずかしそうにはにかんだ。頬がほのかに赤らんでいる。
……いくら危なかったとはいえ、年頃の女の子を引き寄せるのはまずかったか?
「エスカくんは優しいね」
「そうか?」
「そうだよ。じゃなきゃ、アタシはここにいなかった」
隣を歩くリーファは小さく笑う。
「改めて……仲間に入れてくれてありがとね、エスカくん」
「……こちらこそ。仲間になってくれてありがとう、リーファ」
彼女がいなくても、初めのダンジョン……初心ノ洞窟はクリアできたかもしれない。それでも、ここまで楽しい旅にはなっていなかっただろう。
やっぱり仲間というのは、とてもありがたい存在だ。改めてそう思う。
「あっ、見てみて! 屋台があるよ!」
「ダンジョンの入り口で色々売ってるのか。ビギンズでも何か売ったりしてるのは見かけたけど」
「わああ、いい匂いがする! ねえねえ、ダンジョンに挑戦する前にご飯食べようよ!」
「そうだな。腹が減っては戦はできぬって言うもんな」
匂いに誘われたリーファがふらふらと屋台に歩いてく。その後ろを歩きながら小さく笑う。彼女、本当に食べるのが好きなんだな。
思えば屋台飯って食べたことなかったな。どんな物があるんだろう。
「このお店にしよう、エスカくんっ」
「ここか?」
「あのすごく美味しかったお店と同じ香りがするの!」
「あの店っていうと……なんだっけ、ペルシュワール?」
獣人がたくさんいた、少し価格が高かった店だ。もちろん値段相応のクオリティで大満足だった。
あの料理を思い出すと、口の中に唾液が溢れた。たしかにあの店と似た匂いがする。でもそれって、同じソシエゴ獣王国の料理を扱っているからだと思うけど。
「……イノセンスがペルシュワールに行ったのか?」
屋台の後ろから、ぽつりと小さな声が聞こえた。屋台を覗き込むと背の低い獣人が立っている。
ネズミだろうか?外にハネた灰色の髪と、同色の丸い獣耳。可愛らしい顔立ちといい、高めの声といい、まるで子供みたいだけど……獣人だから見た目で判断つかないんだよな。
赤いスカーフを首に巻いた白い衣装に灰色の腰エプロンは、まるで良質なレストランのコックを思わせる。
「うん、行ってきたよ! すっごく素敵なお店だった!」
「……素敵?」
「どの料理も美味しかったよ。帰る時また行きたいなぁ」
怪訝そうな顔をしていた獣人は、ふっと表情を和らげる。赤い瞳が柔らかく細められた。
「なんだ、オマエいいヤツなんだな。てっきり、オイラの時みたいに難癖つけるヤツかと思った」
「店員さん、もしかしてあのお店の人?」
「元、だけどな」
獣人の店員は丸っこい眉を下げる。何かあったんだろうか?
まあ、でも俺達が聞くことでもないか。どうやらそう思ったのは俺だけだったみたいで、リーファは不思議そうに首を傾げた。
「やめちゃったの? どうして?」
「……オイラが働いてたとき。珍しくイノセンスの客が来たと思ったら、難癖つけて料理を粗末にしたことがあったんだ。オイラ、我慢ならなくて……つい、手を出しちまった。オイラのせいであの店に迷惑かけたくなかったから、責任とって辞めたんだ」
ああ、それであの店の人達、やたらピリピリしてたのか。滅多に来ないイノセンス……亜人じゃない人間が店に来たから、同じようなことにならないか心配だったんだな。
もっとも、リーファがあまりに美味しそうに食べるものだから、すっかり空気は柔らかくなってたけど。
「そっか……料理を粗末にするなんて、ひどいお客さんだね」
「そうだろ? オマエはそんなことなさそうで安心したぜ。さ、何か食べてくか? ダンジョンに挑戦するんだろ? ちゃんと腹ごなししないと、途中で倒れちまうぞ」
「うんっ! 何にしようかな〜」
コンパクトな屋台だけど、三種類の料理を用意してあるみたいだ。あの辛いソースがかかったポテトフライに、平べったいオムレツ、リング状の揚げ物は……なんだろう。何にしても美味そうだ。それに価格も安くて懐に優しい。
「俺はこのオムレツで」
「じゃあアタシもオムレツ!」
「あいよ。アツアツだからヤケドするなよな〜」
紙皿に切り分けられたオムレツが乗せられる。う〜ん、いい匂いだ。やっぱり、あの店で働いていただけあって腕はたしかなんだろうなあ。
ホカホカと湯気を立てるオムレツに軽く息をふきかけて冷ます。一口ほおばると、濃厚な卵が柔らかく崩れる。中に入ったポテトとハムが絶妙なアクセントになってるな。
「あったかくて、おいひいねえ」
はふはふと美味しそうに食べるリーファの顔はとても幸せそうだ。その姿を見て、獣人も自然と笑顔になっている。俺の顔も気づけば緩んでいた。
「ああ、美味しいな」
「へへっ、よかった。それ、オイラの得意料理なんだ」
ぺろりと完食した俺達は、屋台の隣に置かれたクズ箱に紙皿を捨てた。
「それじゃ俺たちは行くよ」
「またね、店員さん!」
「おう、頑張ってこいよ〜」
リーファが手を振ると、獣人も振り返してくれた。いい人だったな。
ダンジョンに挑戦し終わったらまた食べに行こう。そう決めて、二人でダンジョンの入り口へと向かった。




