灼熱ノ渓谷
俺達が次に挑むダンジョン、灼熱ノ渓谷はネグロの中でも東の端に位置している。どうやら初心ノ洞窟と忘却ノ迷宮以外のダンジョンはパーティランクがD以上じゃないと入れないらしい。ランク上がっててよかったな。
火山のふもとにある石造りの門は、初心ノ洞窟で見たものと似通っていた。あそこを通ればダンジョンに入れるんだろう。
「よし、入るか」
「ドキドキだね! どんなトコロかなぁ?」
一歩、門の中へ踏み込む。やはり一瞬の内に視界が切り替わった。
通路はゴツゴツとした黒い岩で囲われ、カラッと乾いた空気は熱い。灼熱ノ渓谷と呼ばれるだけあって、やっぱり暑いんだな。
光源が無くてもそれなりに明るくて、通路の先は暗くて見えないってのはどこのダンジョンも同じなんだろうか。
「リーファ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。外とは全然違うね」
「そうだな。さあ、進むぞ。罠には気をつけろよ」
「……どうしたらいい?」
キョロキョロと辺りを見渡していた彼女はこっちを振り返って、眉を下げた。
罠と言っても色々あるだろうけど……まあ、最低限気をつけるとすれば。
「不用意に壁を触らない、足元をよく見るくらいか?」
「うん、分かった!」
大きく頷いた彼女はキリッとした顔でじっと床を見つめながら進む。杖を握る手にも力がこもっている。完全に意識を持っていかれてるけど、他は俺が警戒していればいいしな。罠に引っかかるよりはいいだろ。
進んでいると、上から何かが降ってきた。
「おわっ、何だ!?」
「わわわっ」
咄嗟にリーファの手を引いて後ろに下がる。
べちゃりと音を立てて床に落ちたそれは、赤色のスライムだ。ぷるぷると震えるそれは炎をまとっていた。
「スライムか……」
「わあ、燃えてるの初めて見た!」
スライムは核を破壊することで倒せる。あのぷるぷるした体のせいで矢は少々相性が悪い。試しに普通の矢を射ってみても半透明な体で受け止められてしまう。それどころか矢を燃やされてしまった。
魔力を込めた矢なら貫けるか? もう一本の矢を用意したところで、リーファが杖を構えた。
「……えいっ!」
走り寄った彼女はスライム目掛けて杖を振り下ろした。ぺちょ、と音がして杖がめり込む。ぽよんと反動をつけて跳ねたスライムが壁に当たって返ってくる。
スライムに打撃は不利なんだよな。それに炎の魔法も効かないだろうし、リーファとは相性が悪い。
「あれっ、倒せないよ〜!?」
「俺に任せろ」
キリキリと弦を引き、矢に魔力を集め、放つ。
鏃がスライムの体を突き進んで核を破壊した。貫通した矢が床に突き刺さる。
「よし、魔力を込めた矢なら通るんだな。これでもダメだったらどうしようかと思ったぜ」
「うう……アタシ、ダメだなぁ。他の魔法も使えたらなぁ」
「得手不得手ってのはあるからな。それにまだ絶対使えないって決まったわけでもないし……そう落ち込むなよ、リーファ」
「……うん。このダンジョンをクリアしたら、アタシ他の魔法にも挑戦してみるね!」
「その意気だ」
ぐっと拳を握った彼女はやる気満々だ。
度々現れるスライムを矢で射抜きながら進む。ここはスライムしかいないのか?
そう思ったからなのか、聞いたことのない音が通路に響いた。キィキィと何かを引っ掻いたような音だ。音の出所を探ると、天井に三つほどの影が見えた。
「……コウモリ?」
天井にぶら下がってたのは赤いコウモリの魔物だ。マントのような翼をたたんでいたコウモリは、大きく翼を広げて飛び立った。
人の頭ほどある体目掛けて矢を放つ。一匹が床に落ちた。
「ファ、ファイア! ファイアー!!」
彼女は杖に炎をまとわせ、襲いかかってくるコウモリを狙って杖を振り抜いた。魔法というよりは打撃でダメージをくらってるっぽいな、あれ。
あっちはリーファに任せるとして、残った一匹を処理しないとな。バサバサと翼をはためかせていたコウモリは、牙を剥いてこっちに向かってくる。
「そんな攻撃、当たんねぇよ」
タンっと床を蹴って後ろへ避け、矢をつがえる。パッと手を離せば、赤い翼を貫かれたコウモリは床に落ちた。
まだ生きているコウモリに近づき、腰に差した短剣でトドメをさした。
「リーファ、そっちはどうだ?」
「ふー、倒せたよ!」
彼女は額に滲んだ汗を拭って笑顔でピースしている。その足元にはボコボコにされたコウモリが落ちていた。結局杖で撲殺したのか……強いな。
引き続き通路を進んでいくと、左右の分かれ道に辿り着いた。右も左も特に変わりないが、どっちに行こう。
「どっちに行く?」
「アタシが決めていいの?」
「いいよ」
リーファは口元に拳を当て、う〜んと考え込んだ。ふと杖に目を向けた彼女は、床に杖をついた。真っ直ぐ立てた杖から、そおっと手を離す。
カランと音を立てて杖が右へ倒れた。
「あっち!」
彼女は杖が倒れた方向を指差す。あ、そういう決め方でいいんだ。
右の道を進んでいくと、行き止まりにポツンと箱が置いてあった。いかにも何か入っていますよという風貌の箱だ。
「宝箱だ〜!!」
「あっ、ちょっ」
タタッと走って行ったリーファがしゃがんで箱を開ける。罠かもしれないだろ!?
何があってもいいように弓を構える。彼女は鼻歌を歌いながら何かを取り出した。
「みてみてエスカくんっ! キレ〜な石!! ひんやりしてるよ〜」
笑顔で振り返った彼女の手には、両手に収まるくらいの澄んだ青色の石があった。たしかにキレイな石だけど、魔石か何かか?
彼女が中身を取り出した後、何かが変化する……ということもなく。
「……罠じゃなかったか」
「あれ、どうしたの? 魔物でもいたのっ!?」
弓を構えてた俺を見て、リーファはキョロキョロと周りを見渡した。
「いや、いないよ。そういう箱も罠の可能性があるから、気をつけて」
「うっ、わかったよ〜。ごめんなさい〜!」
しゅんとした彼女は肩を落とした。好奇心旺盛なのはいいことだけど、ダンジョンじゃそれが命取りになりかねないからなあ。
「さ、行こう。きっと反対の道に次の階層への階段があるはずだ」
「はーい!」
「あっ、そうだ。その石は俺が持っておくよ」
動き回る近接寄りのリーファより俺が持ってるほうがいいだろうからな。受け取った青い石はたしかにひんやりとしている。すべすべで気持ちいい手触りだ。
袋に石を入れて、背負う。少しずしっとくるが、まあ大丈夫だな。
分かれ道に戻り、そのままもう一つの道を進む。
「あっ、罠!!」
嬉々としてリーファが床を指差す。床から少し浮かせた位置にピンと張った紐があった。
前は気付かずに進んで引っかかっていたけど、成長したなあ。
「よし、避けて通ろう」
「うんっ」
分かっていれば避けることは容易い。ひょいと跨いで、それで終わりだ。
それから暫く進むと下への階段を見つけた。
「この階層は終わりだな」
「次はどんなところだろ〜」
上機嫌のリーファと一緒に階段を下りる。最後の段を下り終えた瞬間、空気が肌を焼いた。
「あっつ!?」
「ひゃあっ!?」
二人して階段に戻る。すると温度が元に戻った。
どうもこの階層は他より温度が遥かに高いらしい。床や壁になっている黒い岩は、所々にヒビが入って赤い光が漏れている。まさか溶岩、か?
「……行けると思うか?」
「むりむりむり……! あんな暑い中で進むなんてできないよ〜!」
「だよなあ」
我慢の問題じゃない暑さだ。あの暑さ、数分も経たずに倒れる自信がある。
準備不足か。これは一度戻った方が良さそうだ。
「リーファ、一旦帰ろう」
「そう、だね。このままじゃ進めないよ」
そして俺達は一度来た道を戻ることになった。
罠? ちゃんと帰る時も避けたよ。あんな罠に一々引っかかってられないからな。




