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ナーダの森

 翌朝、早々に街を出た俺達はソシエゴ獣王国へ続く東の森の中を歩いていた。

 たしかここの名前はナーダの森。動物も魔物も多く住んでいる森らしい。


「いい空気だね、エスカくん」

「そうだな。清々しい気分だ」


 息を吸えば森の青い香りが肺を満たす。木漏れ日が彩る道を進んで小一時間が経過した。


「これで妙な視線がなければ最高なんだけどなあ……」


 ここ数分程、ずっと何かの視線を感じている。観察されているような、監視されているような、そんな気配だ。


「誰かいるの?」

「多分な。それが人か魔物かは分からないけど」


 見てくるばかりで何をするわけでもない。手を出す気はないのだろう。助かるといえば助かるけど、気になってしかたない。かといって、こちらからヤブをつついて蛇を出すはめになるのも嫌だし。


「もしかして仲間になりたいのかな?」

「いやあ……警戒してるだけなんじゃないか?」


 仲間になりたいのだとしたら、とんだシャイっ子だ。


「魔物が活発になってるっていう噂もあったし、気をつけろよ」

「はーい」


 一晩はここで過ごすことになりそうだから、余計に心配だ。馬車に乗るっていう手もあったけど……もしリーファのことを知っている冒険者でも一緒に乗り合わせた時が大変そうだからな。だったら徒歩の方がいいと思ったわけだ。

 時に馬車に追い越されながら歩き続けること数時間。すっかり日は傾き、夜行性の鳥達が歌い始める。


「今日はここで休むか」

「うん! 少し疲れちゃったよ〜」

「ずっと歩きっぱなしだったもんな。休んでていいぞ」

「ううん、大丈夫! アタシ木の枝集めてくるね」


 ガサガサと草木の奥へ向かう背中を見送って、テントを組み立てる。今日の飯はどうするかな。昼に狩った鳥でも焼くか。それからパンとその辺になってる木の実。


「木の枝拾ってきたよ!」

「おつかれ。火、頼めるか?」

「もちろんっ! ファイアー!」


 集めた木の枝に火をつけたら、野営の準備は終わりだ。枝を刺した鳥肉を焚き火の側に立てる。


「焼けるまで勉強するか」

「うんっ! 早く魔法を飛ばせるようになりたいなぁ」

「ま、ゆっくりやっていこうぜ。俺も使えるようになりたいしさ」


 パラパラと本をめくる。パチパチと踊る火の粉が耳に心地良い。

 こんがりと焼けた肉の香りが漂い始めるまで、本に書かれた内容を読み上げた。


「そろそろ焼き上がったか?」

「いいにおい! じゅわじゅわしてて美味しそうだねっ」

「軽く塩をかけたら完成だ」


 アツアツの肉にかぶりつく。パリパリに焼けた皮がまた美味い。ちょっと生臭さは残ってるけど、多少はご愛嬌ってことで。

 本当は酒にでも漬けておけばよかったんだろうけど、そこまで手の込んだ料理を外でやるのはなぁ。


「ん〜!! パリパリじゅわじゅわ〜!」


 でもリーファは美味そうに食べてるし、いいか。これでも充分美味いしな。

 ……ただなあ、なんかさっきから視線を感じるんだよなあ。昼間に感じてた気配とは違う気もするけど。


 ぐぅぅぅぅ。


 なんか今、変な音鳴ったな。音の元を見ると、ガサガサと草木が揺れた。再び音が鳴って、思わず笑ってしまった。


「出てきたらどうだ?」

「……うぅ」


 葉の向こうにぴょこんと黒い耳が見える。草木の陰から出てきたのは、猫系獣人の少年だった。黒いおかっぱ頭に紫のスカーフ、水色と黄色の瞳。動きやすそうな格好の彼は、声変わりが済んでいないのか中性的な声でぼそぼそと紡いだ。


「こんなの、とんだ屈辱……っ」

「腹すいてるんだろ? なんなら一緒に食うか?」

「……いいの?」


 串を一本差し出すと、少年はおずおずと手を伸ばした。


「ここで会ったのも何かの縁だろうしな。お前が良ければだけど」

「そうそうっ、一緒に食べると美味しいよ〜!」

「あ、ありがと」

「まあ座れば? 立ったままも疲れるだろ」


 串を受け取った少年は少し離れたところに腰を下ろした。すんすんと肉の匂いを嗅いで、肉にかぶりつく。非対称の瞳がきらりと輝いた。


「おいしい」

「だろ? ちゃんと血抜きもしてるからな」

「エスカくん、料理上手なんだよ!」

「はは、焼いただけだけどな」


 少年はガツガツと一心不乱に肉を食べている。よっぽど空腹だったんだな。あれだけ腹を鳴らしていればそりゃそうか。


「アタシはリーファ! あなたは?」

「……オレはマオ」


 ごくんと肉を飲み込んだ彼はぽつりと呟いた。マオか、覚えやすくていい名前だ。


「そっか! マオちゃん、よろしくね!」


 ……ん? ちゃん?


「マオって……女の子なのか?」

「そうだけど」


 嘘だろ、男だと思った。オレって言ってるし。でも言われてみれば顔も中性的だし、線も細い。声変わりしてないだけだと思ったけど、女の子にしては低めの声だっただけか。

 よかった、変なこと言う前に気づけて。


「え〜? マオちゃんはどこからどう見ても女の子だよ?」

「そう言われたのは初めてだよ。よく男だと思われるから」


 マオの尻尾がゆらりと揺れる。食べ終えた彼女は立ち上がると、腰のポーチから銀貨を一枚取り出した。


「どうもありがとう。これは礼」

「えっ? いやいや、いいよ別に。銀貨一枚も貰うほどのモノじゃないし」

「オレが気にするから、受け取って」

「えー……? でもなぁ」


 彼女はずいっとコインを差し出す。これで受け取るのはなんか悪い気がするけど、彼女は引くつもりなさそうだし。どうしようかな。


「お礼がしたいの? それじゃあ、見張りを手伝ってもらうのはどうかな?」

「見張り? でも、オレは……」

「お、いいアイデアだな。マオ、お前が良ければ夜番に加わってくれないか?」


 悪い人ではなさそうだし、手伝ってくれるならありがたい。

 今も二人で分担してるけど、三人になればもっと睡眠時間増えるしな。


「いいの? 今さっき出会ったばかりなのに」

「いいよ。マオが嫌じゃなければ手伝ってもらえると助かる」

「……そこまで言うなら、分かった。任せて」

「じゃあ最初はリーファで、次がマオ。最後が俺でいいか?」


 二人はすぐに頷いた。これで決まりだ。

 寝袋は……俺の使わせるのは気にするかもしれないしなあ。彼女には悪いけどそのまま寝てもらうか。

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