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獣人

「起きて、エスカ。時間」


 軽く肩を揺さぶられ目を覚ますと、マオが顔を覗き込んでいた。

 夜番を終えたらしい。


「ん、ありがとう」


 俺がテントから出ると、マオも後に続いて出てきた。そのままテントの前に座り込む。


「あれ、中にいればいいのに」

「……思ったんだけど、なんで出会ったばかりのオレ相手にそこまで気を許すわけ?」

「なんでって言われてもな……」


 ぽりぽりと頬を掻く。そりゃ理由は色々あるけど、一番はアレだな。


「飯の時にも言ったけど、悪い人に見えないから」

「それは理由になるの……?」


 なんだか呆れられているような感じがするのは気のせいだと思いたい。

 ほら、リーファも受け入れてるし。彼女はかなり鋭い部分があるから、判断材料の一つになるだろ。

 ……あ、でも同じくらい警戒心薄いしな。あまり当てにしない方がいいか?


「ヘンなヤツ」


 フッと笑ったマオは立ち上がると俺の隣に座る。


「寝なくていいのか?」

「少しアンタと話してみたくなった」

「ええ? いいけど、面白い話とかできないぞ」

「構わない」


 焚き火の明かりが彼女の瞳に反射してきらめく。綺麗な目してるな。


「エルフに会うのは初めてなの。せっかくだから色々聞いてみたい」

「あー、でもなあ。俺、人間の村で暮らしてたから望んでるような答えは出せないと思うけど」

「人間の村で? それはまた珍しいね。一体どんな経緯があったの?」

「近くの森に倒れてるところを拾われて、そのまま。記憶喪失だったのもあって、随分世話になったよ」


 これを話すのも何度目だろう。マオは興味深そうにこちらへ視線を向ける。


「人間と一緒に暮らしてる記憶喪失のエルフ、ね。それでここまでのお人好しなんて、アンタってどれだけ珍しい存在?」

「俺としては珍しいつもりはないんだけどな……そこまでか?」

「それはもう。イノセンス達の間じゃエルフといえば傲慢な奴らってイメージだから」


 イノセンスといえば、亜人以外の人間の総称だ。ということは、獣人やその他の亜人達にとっては違うイメージなのか?


「獣人の間じゃどんなイメージなんだ?」

「カタブツ」

「……それだけ? 随分とシンプルだな」

「オレはそんなイメージってだけ。他がどうかは知らない」


 彼女は頬杖をついて空を仰いだ。

 にしても、カタブツって。いったい俺以外のエルフってどんな性格なんだ? 機会があれば文献でも読んでみるかな。


「アンタ達、ソシエゴ獣王国に行くんでしょ? 何の目的で?」

「ダンジョンを攻略しに。俺達冒険者なんだよ」

「まあそうだろうね。そういう格好をしてる。そうか、最終目標は忘却ノ迷宮か」


 えっ? なんで分かったんだ?

 思わずマオを見つめる。彼女はくふふっと笑った。


「なんで分かったって顔してるけど、記憶喪失のエルフがわざわざ上手く行ってそうな村を出て冒険者になる理由なんてそんなものでしょ」

「あー、なるほど……それもそうか。マオは? なんでここにいたんだ?」


 水色と黄色の瞳が少し揺れる。戸惑ってる……? 話したくないのか?


「話したくないなら、別に話さなくていいぞ。無理に聞き出すものでもないからな」

「……話したくない、というか。その……なんというか」


 んんっと咳払いした彼女は、まっすぐに俺を見つめる。その表情は少し固い。いや、強張っているというべきか。


「オレは人探しをしてる。白と黒の髪をした、犬系獣人の子供なんだけど……見かけなかった?」

「白と黒の……?」

「ああ。ちょっと待って、似顔絵を描くから」


 彼女は木の枝を一本拾い上げると、ガリガリと地面に描き始めた。


「髪は半分が黒で、半分が白」


 ふむ。


「で、何も考えてなさそうな間抜けヅラ」


 ……うん? んんん?


「できた。大体こんな感じ」

「えっと……?」


 出来上がった似顔絵は、人かどうかも怪しい出来だった。デロデロに溶けたバケモノにしか見えない。


「なに、その顔は」

「いや……はは、見たことない気がするなぁ〜」

「そう、見ていないんだ。それと妙な喋り方をするんじゃない」

「ごめんな。ははは……」


 とても……うん、とても独創的な似顔絵だ。俺は見なかったことにして目を逸らした。あまり見ていると夢に出そうだ。


「それで、なんでその子供を探してるんだ?」

「……オレが拾って面倒見てた子供だったから。一人じゃ何もできないんだ。だから早く見つけてあげないと……」


 彼女は手をぎゅっと握りしめて苦い顔をした。ふと、彼女の服が随分と汚れていることに気づいた。

 彼女はいつからこの森にいるんだろう。その子供を探すために、一人きりで……一体いつから?


「早く見つけてあげないと、なのに……街を探しても、どこにもいないの。だからもしかしたら森にいるのかもって」

「それは……心配だな」

「……うん」


 彼女は背中を丸めた。ずっと一人で探してるなんて、よっぽど心細いだろうに。


「俺達も手伝おうか?」


 彼女は視線をさまよわせ、唇を震わせた。きゅっと口をつぐんだ後、小さく息を吸う。


「いや、いい。そこまで迷惑はかけられない」


 絞り出したような声はひどく震えている。素直に手伝って欲しいと助けを求めればいいのに。

 仕方ない、気に留めておこう。もしかしたら彼女が探しきれていないだけで街にいるかもしれない。


「そうか、わかった。あまり無理はするんじゃないぞ」

「……ああ」

「そろそろ寝た方がいい。明日に響くぞ」

「そう、だね。そうさせてもらう」

「テント使っていいからな」


 立ち上がった彼女は小さく頷いて、テントへと向かう。テントに手をかけようとしたところで振り返った瞳と目が合う。何かを言いたそうにする彼女に小さく手を振った。


「大丈夫、その子のことは気にかけておくよ」

「……ありがとう」


 彼女は今度こそテントに入っていった。

 獣人の子供、か。白と黒の髪……目立つところにいてくれればいいけど。

 今日も夜が更けていく。踊る火の粉を眺めながら、強がりな彼女がよく眠れるように祈った。

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