飛翔せし怪鳥
階段を下りた先はただ広い部屋へと繋がっていた。壁は相変わらずの石レンガで、ところどころが崩れている。
部屋の中央には一羽の鳥が佇んでいた。
俺達よりも遥かにデカい、見上げるほどの巨体。色鮮やかな緑色の羽根。金色の瞳は鋭い光を灯し、俺達を静かに見下ろしている。
「わあ、おっきな鳥さんだ!」
「明らかにここのボスだな……」
知性さえ感じさせるその怪鳥は、けたたましい鳴き声をあげて羽ばたいた。
「避けろ!」
「わっわっ!」
羽根が刃のように降りかかる。左右に分かれて避けた俺達は、各々攻撃を仕掛けた。
「ファイア!」
リーファが殴りかかっている間に矢を撃ち込む。魔力を込めた矢が何本も突き刺さり、怪鳥はけたたましい声をあげる。
「いいぞ、効いてる!」
「よしっ! ファイア! ファイア! ファイアー!!」
炎にまとわりつかれた怪鳥は大きく翼をはためかせた。揺らめいていた炎は消え、怪鳥の体が浮く。
バサバサと翼が動く度に強い風が吹き荒ぶ。
「うわわっ」
よろめいたリーファは尻もちをついて怪鳥を見上げる。怪鳥の目が一層鋭くなった気がした。
「避けろ、リーファ!!」
「わわわわっ!」
一際大きく羽ばたいた翼から鋭い羽根が飛ばされる。半ば地面を這って避けたリーファは、地面に突き刺さった羽根を見て顔を青ざめさせた。
「ず、ずるいよー! そんな高いところ届かないよ!!」
「しかたない。俺が撃ち落とす」
幸い、怪鳥はその場に浮いているだけで飛び回ってはいない。狙いを定めるのは簡単だ。
今までで一番多く魔力を込める。狙うは胸元、心臓だ。
「当たれっ!!」
微かな光さえもまとった矢が軌跡を描いて空を裂く。その一矢は怪鳥の胸を見事貫き、天井に突き刺さった。
「ギャアアアアアアアアオ!!!!」
耳が痛くなるほどの断末魔をあげた怪鳥はバランスを崩して地に落ちる。砂埃が舞い上がり視界が塞がれた。
やがて薄れた砂埃の向こうで、ぐったりと倒れた怪鳥が光の粒子となって消えていく。完全に消えたとき、怪鳥がいた場所には一冊の本が落ちていた。
「勝った……?」
「やった、やったよエスカくん! すっごーい!!」
ぴょんぴょんと跳ねたリーファが俺の両手をとってぶんぶんと上下に振った。
こうして俺達にとって初めてのダンジョン攻略は無事に幕を下ろしたのである。
「魔導論学・初級……?」
怪鳥が落とした本を拾い上げ、パラパラと中身を流し読む。魔法の使い方について簡単に書かれた本のようだ。
これ、リーファには丁度いいかもしれないな。このファイアボールとか、炎を飛ばす練習に最適だろ。
「ねえエスカくん、あれって何だろう?」
「ん?」
リーファが指差した隅の床には青白く光る紋様が浮かび上がっていた。
「あ、転移ノ紋じゃないか? ダンジョンをクリアすると外に出る陣が現れるって本で読んだことがあるんだ」
「へえ、エスカくんって物知りなんだね!」
「そう褒めるなよ。少し照れるだろ……ほら行くぞ、リーファ」
「うん!」
転移ノ紋に乗ると光が強くなる。思わず目を閉じると、次の瞬間にはダンジョンの外に出ていた。
「おお、本当に一瞬だ」
「わあ……ダンジョンってすごいね」
見上げた空は茜色に染まっている。達成感に包まれているからだろうか? 落ちていく太陽が一際美しく見えた。
「見てみろよリーファ、綺麗な夕焼けだ」
返事はない。隣に立つリーファを見ると、ぼんやりと夕焼けを眺めていた。
「リーファ?」
「えっ? あ……う、うん。そうだね、キレイだね」
「どうした、疲れがきたのか?」
「うーん、そうみたい」
無理もない。あれだけ走り回って杖をぶん回しまくったんだ、疲れて当然だろう。
今日は宿を探して休むことにしよう。
「行こう、宿を見つけないと」
「うん」
夕日に照らされた道を歩く。ふいにリーファが呟くように言った。
「ごめんね、エスカくん」
「ん? 何が?」
「アタシ魔法使いなのに、最後何もできなかった。エスカくんがいなかったら一方的にやられてたもん」
なんだ、そんなことか。
「気にするなよ、リーファは充分強かったって。それに人それぞれ得意不得意ってのはあるものだろ?」
「エスカくん……」
道の端、ぶらさがった看板を指差す。やすらぎの巣だって。ゆっくり休めそうな名前の宿だ。
「お、宿見っけ。腹空いてきたよな、何食べる? 俺は肉にしようと思うんだけど」
「アタシは……うん、アタシもお肉食べようかな」
「じゃあ決まりだ。ほら、早く行こうぜ」
リーファに少し笑顔が戻る。こうじゃないとなんだか落ち着かないな。
扉を開けるとカランカランとベルが鳴る。店員は俺達を見ると少し眉を上げたが、すぐに微笑みを浮かべていた。うーん、プロだ。
「お二人様ですね。お食事ですか? 宿泊ですか?」
「両方で頼むよ」
「かしこまりました。宿泊料は一泊百ピアです。お食事は別途料金がかかります。こちらのメニューからお選びください」
お、結構高いな。王都にあった銀猫亭が安かっただけに余計そう感じる。でもダンジョンで結構稼げたから余裕で出せる額だ。
メニューから肉料理を一つ選んでテーブルに向かう。リーファは少し悩んでいるようで遅れてテーブルにやってきた。
「あー、水が美味い……」
疲れた体に染み渡るようだ。いくらでも飲めそうな気がする。ほのかに柑橘の風味がするのもいい。
リーファも水に口をつけると、不思議そうにコップを見た。
「わっ、この水ほんのり甘いよ、エスカくん」
「な。何かのフルーツでも絞ってんのかな」
「お待たせしました、ブラックボアのステーキです」
机に置かれた鉄板にはジュウジュウと音を立てるステーキが乗っている。音だけでもう美味そうだ。
「わあ、おっきいね」
「ザ・冒険者向けって感じのサイズだな。食べきれるか?」
「うん、大丈夫! アタシ、こう見えて結構食べるんだよ」
あれだけ動き回ってたらそりゃそうか。
ステーキにナイフを添えると、思ったより柔らかくすぐに切れた。
アツアツの肉を頬張る。ジュワっと肉汁が溢れて口の中に幸福が広がった。
「うっま……」
ブラックボアってこんなに美味いのか。俺が今まで食べたことあるのはせいぜいビックボアだけだ。魔物の肉ってそのまま食べると体調崩すけど、ちゃんと処理するとこんなに美味くなるんだなあ。
「ん〜! おいし〜!!」
リーファなんて頬に手を当てている。
結構な量だけど、これならペロッといけそうだな。
会話も忘れてゆっくりと食事を楽しむ。これは部屋の方も期待できそうだ。




