夜の訪問者
ステーキを食べ終えて宿泊部屋に入った俺は、ベッドに大の字で寝転がった。
いやあ、さすが百ピアするだけあるわ。ベッドはふっかふかで広いし、っていうかまず部屋が広いし。料理も美味かったし、かなり大当たりの宿じゃないか?
ごろんと転がって窓の外を見る。天高くで輝く二つの月を見て考えるのは明日のことだ。
「どうしようかなあ、明日」
もうダンジョンはクリアしちゃったし、次のダンジョンへ向かう? それともダンジョンに慣れるためにもう一回潜る?
ああ、でもその前にギルドに寄らなきゃな。パーティ組むときは申請するようにって言われてたし。
ああいうのってパーティ名とか考えるんだろ? どうしようかな。俺、あんまりそういうの考えられないからなあ。
考えている内に少しずつうとうとしてきた。客はそれなりにいるみたいだけど音は漏れてこないし、これはゆっくり眠れそうだ。
そう思ったところでドアがノックされる。まどろんでいた意識が浮上する。
扉を開けると、薄く微笑むリーファが立っていた。
「どうしたんだ? こんな時間に」
「……エスカくん。入ってもいい?」
「いいけど……まあ、とりあえず座ったら?」
リーファを部屋に招き入れ、椅子に座らせる。俺はベッドに腰掛けた。
彼女はどこか暗い顔だ。まるで夕焼けを見ていたときのような。
「それで、どうしたんだ?」
「うん。あの……あのね、話しておかなくちゃいけないことがあるの」
「話しておかないといけないこと?」
ぎゅっと服を握りしめた彼女は、逸らしていた目を真っ直ぐにこちらへ向けた。その瞳にはわずかな躊躇いが滲んでいる。
「……アタシね、時々魔法の制御ができないことがあるの」
「魔法の制御が?」
「うん。アタシ、お母さんと二人で暮らしてたんだ。小さいときにね、お母さんが……お客さんを家に呼んでて。アタシ、物置でおとなしくしてなさいって言われたんだけど……」
リーファはゆっくりと話し始める。俺はただ静かに耳を傾けた。
「でもアタシ、どうしても喉が渇いちゃって。こっそり物置を出て、お水を飲みにいこうとしたんだ。そしたらお母さんの声が聞こえて……アタシ、お客さんがお母さんに酷いことしてるんだって思って、お母さんの部屋に入っちゃったの」
「それって普通のことじゃないか? 心配だったんだろ?」
「うん。でもね、お母さんを助けなきゃって思って、それで……アタシ、無意識に魔法を使っちゃったみたいで、気づいた時には部屋が燃えてたんだ」
リーファは膝に置いていた両手をぎゅっと握った。無意識に魔法を……? 待て、そんなことできるのか? 魔法を使うには様々な手順を踏む必要があるはずだが。
「その時、お客さんもお母さんも大火傷しちゃって。偶然近くを通りがかった魔法使いの人が火を消してくれたから燃え広がらずに済んだんだけど……でもね、後から知ったんだ。お母さんは魔法使いへのお礼とお客さんへのお詫びで、ただでさえ少なかったお金がなくなっちゃって……その日を生きるのもやっとだったんだって」
リーファはへらりと笑う。でも、その笑顔はとても違和感のあるものだった。無理矢理貼り付けたものだと俺でもわかるくらいには。
「その……今は……?」
「お母さんはもういないの。楽になりたかったんだって」
俺は何も言えなくなった。どう言葉をかけていいか分からなくて、口をつぐむことしかできない。彼女は少しばかり上擦った声で続ける。
「お母さんに言われたんだ。アタシってバケモノなんだって。何もかもダメにする疫病神なんだって」
「そんな」
「本当にね、簡単に燃えちゃうんだよ。だから……夕焼け、苦手なんだ。まるで空が燃えてるみたいで」
「……そう、だったのか」
「ごめんね、急にこんなこと話して。それに長くなっちゃってごめんね。どこから話したらいいか分からなくって……」
ふと、彼女の瞳が潤んでいることに気づいた。そしてその声が少し震えていることも。
リーファは今も笑顔だ。それでも俺には分かった。彼女は今泣いている。
「でもね、話さなくちゃって思ったの。エスカくんはアタシとパーティを組んでくれるって言ってくれたから。それにエスカくんのことを教えてくれた。なら、アタシも話さなくちゃって」
リーファは少し俯いて、唇を震わせた。
「……もう一回、きくね。アタシ、火の魔法しか使えないし、制御もヘタだし、もしかしたらケガさせちゃうかもしれない。それでも……それでも、仲間になっていいかな?」
リーファは俺を見ない。ただ、微かに肩が震えている。ひどく緊張しているんだ。今、彼女は怖がりながらも本心を伝えている。それが痛いほど分かった。
そして俺の答えは決まっている。
「いいよ。話してくれてありがとな、リーファ」
「……ほんと? いいの?」
「ああ、勿論。制御がヘタって言ってもさ、俺が今日見たお前はちゃんとやってたよ。今はある程度できるようになったんだろ? なら何の問題もないと思うんだよな」
「エスカくん……」
そうだ、彼女が話したのはあくまで過去の話。それに彼女の魔法だってまだまだ成長する余地がある。
それに……それに、何よりも、リーファは俺をまっすぐ見てくれる。仲間になりたいと思ってくれている。それだけで十分だった。
「改めて、これからよろしくな! リーファ!」
「うん……うんっ!」
リーファの目からぽろぽろと雫が落ちる。くしゃりと顔を歪めて、それでもにっこりと笑って、彼女は雫を拭った。
「よろしくね、エスカくんっ!」
ああ、元通りの笑顔だ。
そうだ、今日ダンジョンで手に入れた魔導論理学の本。リーファにぴったりだと思ったけど、まだ渡してなかったな。
荷物の中からその本を取り出す。何度見ても中々に分厚いな。
「リーファ、これダンジョンで拾った本なんだけど……リーファ?」
振り返ると、リーファは机に突っ伏していた。近づくと穏やかな寝息が聞こえる。
「おいおい、緊張解けすぎだろ」
思わず小さく笑って、彼女の目元に溜まった雫を指先で拭う。こんなところで寝たら体が痛くなっちまうよ。
彼女を抱き上げてベッドに寝かせる。せっかくのふかふかベッドだけど仕方ない。彼女の部屋まで運ぼうとして起こしても可哀想だしな。
俺は椅子に腰掛けて窓の外を眺めた。一つ星が流れていく。
ああ、いい夜だ。




